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彼は誰時、孤独を埋める

作者: 雨桐ころも

 猛烈な喉の渇きで目が覚めた。締め切ったカーテンから漏れる光がやけに柔らかく、枕元のスマホを確認すると、六時三分と表示されている。



「水……」



 ベッドから起きあがろうとすると、隣で寝ていた彼が私の腰を掴んで、シーツの中に引き戻した。



「どこいくの」



 掠れた声、くしゃくしゃに乱れた髪、寝起きのあどけない顔。彼は、この無防備な姿を何人の女に見せてきたんだろう。



「水、飲もうかなって」


「ん。俺が行ってくるから。俺が戻ってくる前に、服、着てないとまた襲っちゃうかもよ」


「……ばか」



 彼は、私の頭をそっと撫でてから、下着姿でキッチンの方へと向かった。その間に、シーツに埋もれていた自分の下着や部屋着を手早く着ていく。着替え終わると同時に、彼がまた寝室へと戻ってきた。



「あーあ、急いできたのに。もう着替え終わっちゃったの?」



 大して残念そうじゃない彼から、コップを受け取り、一気に飲み干した。空になったコップを私の手から抜き取った彼は、そのまま私を再びシーツの海に沈ませた。



「ハルはかわいいねえ」



 頭を撫でられながら、鼻の先が触れ合う距離で見つめ合う。雀色の瞳が、真っ直ぐ私に向けられる。今、この瞬間は、この瞬間だけは、彼は私だけのものだ。



「何時にここでるの?」


「七時には出たいかなあ。ここから会社、近くないし」


「じゃあ、コーヒーでも淹れてこようか」


「いんや、ぎりぎりまでこうしていたい」



 優しく抱きしめてくる彼の胸に、顔を押し当てた。ほんのり香る汗と、少し早い心音に、愛おしさが胸いっぱいに広がった。私だけの彼になって欲しい。そうであって欲しい。そう望むには、きっと、もう遅い。



「じゃあ、またくるね」


「一応、コーヒー淹れたのに」


「せっかく淹れてくれたのにごめんね、もう行かなきゃ」



 余韻と微睡がなくなった頃、彼はスーツに袖を通し終え、玄関でこちらを振り返った。もう、行ってしまうのか。「またくるね」の「また」は、次、いつくるのだろうか。気まぐれに身体を重ねるだけの私たちの「また」は、恋人たちの約束された「また」とは違う。いつ「また」が来なくなってもおかしくない。不安でしょうがなくなった。

気づけば、背を向けた彼の袖を掴んでしまった。振り返った彼が、首を傾げながら笑いかけてくる。鼓動が早まっていくのを感じる。



「あのさ、今度、どこかお出かけしようよ」



 思わずこぼしてしまった言葉に、自分でも驚いた。どうしよう、彼の目が見られない。しばらく続く沈黙。互いの呼吸音しか聞こえない玄関で、彼が大きく息を吸ったのがわかった。



「ハルは本当にかわいいねえ」



 袖を掴む私の手をやんわりと引き離しながら、彼は鼻の先で一笑した。彼の目は、少しも笑っていなくて、落胆のような、失望の色が微かに浮かんでいた。



「じゃあね、俺行くね」


「あ、うん」



 こちらを振り返ることもなく、彼は朝の東京へ消えていった。足先から全身が冷えていく感覚がする。リビングに戻り、すっかり冷えてしまったコーヒーを口に含んだ。


 私の手をそっと引き離した時の、彼の顔が、ずっと目の前に浮かんでくる。あの瞬間「あ、私、間違えたかも」と察した。「なんでもない」と誤魔化さなければと思いながら、もしかしたら……という期待を捨てきれなかった。きっと、もう彼と私に「また」は来ないだろう。「また」を消してしまったのは私だ。



「……死にた」



 胸焼けしそうな安いコーヒーの最後の一口を、どうしても飲む気持ちになれなかった私は、それをゆっくりと流しに捨てた。


「彼は誰時」って言葉、なんかいいですよね。

「かれはたれとき」かと思っていたら、「かはたれどき」だそうです。


「彼は誰時は元々、彼が誰か訊かなければ判らない、薄暗い朝方や夕方を指していた。しかし、後には朝方に限定し、黄昏(誰そ彼)が夕方を指す、と区別して使われるようになった。」(Wikipediaより)


「朝」って言葉の中に「彼は誰時」や「白白明け」や「朝月夜」といった、いろんな朝があって、同じ「朝」でも、人の数だけ違う「朝」の迎え方があるのって、とっても素敵ですよね。


後書き、初めて書いてみたけど、全然まとまらないや。

次は、ピアスの話でも書こうかな。


読んでくださった方々が、素敵な朝を迎えられますように。

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