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サンドリヨンの骨壷  作者: 藤塚 咲羅
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健康診断 其ノ一











2305年 7月




【ファルファラ】 健康診断





それは、自称福利厚生に重きを置いている【ファルファラ】が1年に1度総出で行っている行事のひとつである。その名の通り、構成員の健康を死体処理班の面々が確認するという作業である。


無論、構成員総勢1万2000人全員の健康をだ。






「諸君、今日は【ファルファラ】死体処理班にとって最も名誉ある一日だ!存分に汗を流し、涙を流し、……時に消毒液を流してしまっては困るが兎に角死にたくなるほど働きたまえ!」


死体処理班で最も古株である赤城康弘が、当日の朝礼で死体処理班班員の面々を鼓舞した。そんな彼に、班員達は暖かく拍手をした。

死体処理班を構成する殆ど、というか灰谷以外の全ての構成員は20歳未満のまだ未熟な子供たちである。そしてその未熟な子供たちは、灰谷の指導のもとで大人顔負けの卓越した医療技術を身に付けている。


しかし、その医療技術は【ファルファラ】内部ではなかなか日の目を見ることが出来ない。そのために、今日の功績や働きに昇進をかけている構成員達も多くいるのだ。


「はい。康弘のお小言もここまでにして。誘導係のものは早く持ち場に付きなさい。もうすぐ開始時刻よ」


黒河が鶴の一声で、班員達を先導した。

誘導係の構成員の他にも、各々の役目を与えられた構成員達が蜘蛛の子を散らすようにわらわらと集会室から出て行った。


「………はぁ、あの子たちはいいけど俺達は憂鬱だよ。」


康弘は項垂れた。


「我儘はいいかげんになさい。これも【ファルファラ】心臓部たる死体処理班の上に立つ者としての勤めよ」






死体処理班アジト地下深くに、霊安室と呼ばれる部屋がある。そこは基本的には長たる灰谷硝子と、古株である赤城と黒河、そして新たに灰谷の助手となった塔上冠しか出入りを許されていない。



当の霊安室で、塔上は唸っていた。


「どうして!あんたはいつも!そういう大事なことを真っ先に教えてくれないんだ!」


壁一面は、骨、骨、骨。


大腿骨から蝶形骨まで。

頭部から足先に至るまで。

大小様々な人骨がホルマリン漬けにされて壁に安置されている。


そう。これらこそが【ファルファラ】の心臓部であり灰谷が骨粉(サンド)塗れの 医者(リ ヨン)と呼ばれるに足る理由。【ファルファラ】という組織に関わった人間たちの情報が彼らの死体という形でひとつに纏められている。云わば情報の塊。

その管理を任されているのが灰谷なのである。


「つべこべ言うな。もう前から決まっている事だ」


「前から決まっているなら、事前に伝えることが出来たでしょう!?なんでいつもいつもあんたは当日なんだ!」


「俺が優秀な故に忙しいから」


「今そんな冗談(ジョーク)はいいんですよ!!俺は無理ですからね!?【ファルファラ】幹部の健康診断なんて!」


塔上はまたもや憤慨していた。

当然と言えば当然である。

【ファルファラ】幹部と言えば構成員でさえ恐れる、恐怖や畏怖に愛された面々。そんな方々の健康診断をするなど正気ではない。


「なあ、塔上〜。俺も一応幹部なんだが…」


「あんたはいい!!幹部と言うにはあまりにも不真面目すぎる!」


「え、傷付いた」


「ならもっと上司としての自覚を持ってくれ!そして2000円返せまだ返してもらってないぞ」


「五月蝿い鼠ね、灰谷先生の御前で」


憤っている塔上を、黒河が後ろから蹴りつけた。塔上はあまりの痛みに蹲ってしまった。


「ご機嫌麗しゅう。灰谷先生。貴方の黒河が参上致しましたわ」


先程の刺々しさはどこへやら。

憧れの先生の前では、淑女のように振る舞う黒河。


「ああ、黒河と赤城か。朝礼は終わったようだな。そこの馬鹿鼠を連れて準備に入るぞ」


「はい、先生!何処までもついて行きますわ!」


「…………人生ってのは不平等なものなんだぞ。お前は知らないかもしれないけど。」


赤城は痛みに悶える塔上を起こした。

塔上は赤城を睨みながら、


「痛い程知ってる」


と憎まれ口をたたいた。







あれから数時間後。

赤城と塔上は、準備も一段落したので幹部専用の入口で案内をするべく来る上司達を待っていた。


「にしても、信じられない……。これから【ファルファラ】に100年居ても会えないなんて言われてる幹部方がこの場に勢揃いするなんて…」


塔上は少し期待しているのか、そんなことを呟いた。


「いいことみたいに言ってるけど、犯罪組織の幹部だけあって同じ空気を吸うだけで神経を使うような人達なんだからね。こういう時だけは死体処理班に居ることを後悔するよ………」


一方で赤城は既に青ざめた表情で出席表の先を合わせた。そんなふうに他愛ない話をしている間に、靴音が聞こえてきた。


「来たぞ……【ファルファラ】幹部のお出ましだ……」


長い紫色の髪を三つ編みに束ねている者、


同じ人間のような顔をした2人組の者、


黒い貴族のような帽子を被った者、


中華(チャイナ)風の服の者、


少年の者、


顔に大きな傷がある者、


そして、白髪の者、


多種多様様々な風貌で身を固める、幹部と思われし男達。その中に、1人だけスカートの短い女中(メイド)服を着こなす外国人風の顔立ちの女性が来て赤城にぺこっと頭を下げた。


「お久しぶりですね、赤城康弘君。約1年ぶりといったところでしょうか」


美しい鈴のなるような声で彼女は赤城に挨拶をした。


「ええ。お久しぶりです。天願(あまはら)さん。先生が首を長くして待ってましたよ」


「ふふ。御冗談を。……そちらの少年は?」


天願と呼ばれた女性の赤い瞳が、塔上のまだ幼さの残る瞳を覗き込んだ。塔上はそれだけで萎縮しそうになったが、どうにか声を振り絞った。


「……先々月付で、死体処理班班長灰谷硝子の実務助手を第一席(ボス)より仰せつかりました…元暗殺部隊第5班所属の塔上冠と申します……」


「あら、君が噂の……ふふ」


天願はくすくすと笑った。そして、塔上の耳に口を当てて、


「お噂は主より聞いておりますわ。……そう、我が主は大切なご用事で少し遅れるらしいの。貴方のご主人様に伝えておいてね。」


と妖艶な声で伝えた。

塔上はその色香に絆されたのか、ただ頷くことしか出来なかった。


「赤城くん、出席、お願いするわね。」


「あ、はい………」


赤城は、その光景を見せつけられながら出席表の紙に仔細を記入していった。

そして一行が見えなくなると、赤城は惚けている塔上の肩をブンブンと振るった。


「塔上 !!!お前、!!お前 !!!!」


「な、なんだよ……僕はこれから灰谷先生に伝言を伝えに行かないと、」


「今はそんなこといいよ!お前、何第一席(ボス)側近に早速無礼を働いちゃってくれてるんだ!?」


「え?」


「『え?』じゃねえよ!何惚けた顔してやがるんだ。天願……天願(あまはら) 聖良(せいら)さんは第一席(ボス)が唯一お傍においている側近の凄腕の女中(メイド)だッ!」


美しい桃色の髪に、赤と金色の混ざった吸い込まれるような瞳。極めつけは短いスカートの中から覗く、切っ先の鋭い小刀(ナイフ)


彼女の名前は天願聖良。伊太利亜犯罪組織(イタリアンマフィア)帰りの凄腕女中(メイド)


「……………マジで言ってる……?」







普段使われない地下の治療室。そこで灰谷は来たる己の同胞達を待っていた。

同胞……と言っても、基本的に騒がしい奴等ばかりで本人はあまり好かないようだが。


気乗りしない灰谷に黒河が声を掛けた。


「そんなに眉間にお皺が寄っては、せっかくの麗しい顔が台無しですよ」


「………これから俺の胃痛の元が来ると思うと…な。昨夜も妙な用件を突き付けられたし…いっそ代わってくれ……黒河」


「アタクシなんかが幹部方にお声を掛けようものなら、首が飛びますわ。」


いっそ首どころではすまないかも、と黒河がおどけてみせる。


「………違いないな。では、可愛い部下たちの為に、」


「こんにちはー!!灰谷先生ー!!!!相変わらず湿気臭い病院ですねー!」


「……………来たな……胃痛の妖精……」


地下治療室の(ドア)を蹴破る様な勢いで入ってきた、桔梗色の長い髪をポニーテールで束ねている同じ顔の青年2人。


暗殺部隊隊長の、東野(あずまの) 姫乃(ひめの)と弟の東野(あずまの) 霧乃(きりの)である。凍てつく様な薄い色素の瞳と、その殺しの冷徹ぶりから【氷結皇子(ロイヤルアイス)】とも呼ばれるようになった暗殺者の双子である。


そして、大人しい霧乃の方はともかく平気で人の傷を抉るような言動が目立つ姫乃の方は灰谷の長年の胃痛の原因の一端を担っていた。


「なんか言いました ?」


「いや特には。健康診断ということで、まずは手頃な身体測定からでも始めよう」


灰谷はとにかく冷静を取り繕った。

とにかく、冷静を取り繕うことに決めた。


「え、いいです。俺多分先生より身長高いし…先生測れないんじゃ………」


「上等だ表に出ろ。今日こそその涼しい面に泣き面かかせてやる」


「灰谷先生お時間が押してるので早くしてください。」


黒河の適切な進言に、灰谷は失っていた冷静さを取り戻した。



「(いかんいかん……また奴の空気(ペース)に流される所だった………)」


灰谷は気を取り直して身体測定の説明を始めた。


「ご心配どうも。姫乃君。君は知らないだろうがこう見えて医療というものは日々進化し続けていてね。元来の古典的な方法ではなく、放射線のスキャンでより正確な数値をたたき出すことが可能なのだよ」


「あ、そうなんですね。」


姫乃は納得したように頷いた。

よかった、やっと嫌味が収まったと灰谷が安心したのも束の間。


「兄様、」


姫乃の弟である霧乃が何やら姫乃に耳打ちした。すると姫乃はパァっと笑顔になって、


「なるほど〜!態々スキャンの機械を導入したのは、俺に先生より俺の方が身長が高いって悟らせないようにするためだったのか!」




灰谷は東野兄弟のこういうところが、どうしても好きになれない。




赤城にどやされながらも、塔上は灰谷へ伝言を伝えるために治療室へ向かっていた。

幹部の健康診断会場である死体処理班本部地下は広い。地形を把握することを得意としている塔上でさえも、迷いそうでヒヤヒヤするほどだ。


「真逆、幹部どころか第一席(ボス)まで診断する予定なんて………もしや今日の僕の命もここまで……?」


と、情けない独り言を呟きながら治療室へ向かう塔上の肩を後ろからぽんぽんと叩く者がいた。


「……誰だ!」


「悲しいなあ、俺の弟弟子よ。君も死体処理班の名に連なる者なのだろう?」


振り向けば、そこには艶々とした金髪をハーフアップにして縛る黒いコートの男の姿があった。端正な顔立ちだが、左目のあたりの大きな傷跡が目立つ。


「………意味がわかりません……」


「おや、先生から何も聞いていないのかい?俺の名は明鏡竜悟(めいきょう りゅうご)。階級は拷問部隊隊長で、灰谷硝子の一番弟子だ」


その言葉に、塔上は驚きを隠せなかった。


「か、幹部で灰谷先生の一番弟子!?」


「そう。だから俺は君の兄弟子であり上司という訳だ。存分に敬意を払ってくれたまえ」


明鏡はにっこりと笑って塔上の頭を撫でた。

塔上は恐ろしさのあまりその手を払い除けることが出来なかった。


「ちなみに、そんな愛すべき弟弟子にひとつ質問があるんだけど、」


明鏡は反社会勢力らしくもなく、小首を傾げて言った。


「此処、何処?」

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