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サンドリヨンの骨壷  作者: 藤塚 咲羅
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絶叫の昇降機 其の二
















そう言って笑う少年の声は、老人のごとく酷く嗄れていて、凡そ人間のものでないことは確かだった。



「承知の上さ。さて、お前の情報全部残らず吐いてもらおうか」


灰谷はからからと笑った。

塔上だけが、まだ状況を呑み込めずにいる。


「灰谷先生!なんですこのちんちくりんは!説明して下さい!」


痺れを切らした塔上は、柊を指さした。


「ちんちくりんトハ、いただけねェ。旦那、何だこの餓鬼んちょは」


「誰が、がきんちょだとこの野郎!」


今にもつかみかろうとする2人を、灰谷が制止した。


「落ち着け。二人とも。いいか、塔上。此奴は柊。この辺りを管轄する死神だ」


「そう、俺様コソが死神。手前ラ低俗で下等な人間どもの魂を導ク高等な存在だ」


と、柊は胸を張ったが、


「違うぞー騙されるなよー。上位の死神は兎も角、柊みたいな現世にいる死神は死人の魂を回収するだけの下位の死神だぞー」


灰谷はくすくすとわらいながら説明を付け足した。


「だ、旦那ァ!ネタばらしすんなよォ!!」


「お前、やっぱりちんちくりんじゃねぇか!俺の事がきんちょ呼ばわりしやがってこんちくしょー!!」


再び塔上が柊に掴みかかった。負けじと柊も塔上の胸倉を掴み返す。

そして、あーだこーだと罵詈雑言を浴びせる。


「お前らほんとに喧しいぞ。柊、あまりうるさくするとお前の尻拭いもしねーぞ」


灰谷が柊に冷たい視線を向けると、柊は萎縮して「わかったよ、旦那」と塔上の胸から手を離した。


「よし。教えて欲しい秘密は3つだ」


「……3つダね。それナラ、答えてあげよゥ。対価は俺ガ回収予定ノ人間の魂」



妖と対等な約束事を結ぶことは出来ない。


この世界において、妖と人では種族としての格が違うのだ。それは、死体を這う蛆虫と蜜蜂のように。肉を喰らい肉を肥す人間のように。

決定的に、喰うものと喰われるもので別れている。それは、幾ら彼らが見える人間であっても例外ではない。


「いいだろう。まず1つ目。お前はこの男が死ぬ瞬間を見たか?」


「………いや、見てナイ。俺ガ来た時には既にシんでいた」


「2つ目だ。お前はこの男の魂を見たか?」


「それも見テない。既に“と”られたあとダ。俺が見たのはもぬけの殻さ」


「………最後の質問だ。この男を殺したやつに、心当たりはあるか?」


「そうさなぁ………妖だトしたら烏天狗ノヤツらかもナァ。アイツら、昔っから高いところから人ヲ落とすのが好きだからなァァ……オヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


柊は甲高い笑い声を響かせながら、闇の中へ消えていった。辺りにはまだ墓土と線香が混ざったような不快な匂いが漂っている。


「…………収穫は無いな」


灰谷は音もなく立ち上がった。


「………灰谷先生、回収予定の魂って……?それに、“と”られたって何なんです?」


塔上の問い掛けに、灰谷は暫く応えなかった。長い沈黙の中灰谷は煙草を取り出し、火をつけたところで漸く口を開いた。


「………6年前の話だ。約数百年ぶりに妖の存在が確認されたのは」


6年前まで、妖や幽霊と言ったものの類は全くの伝説だと言われていた。それは今も言えることかもしれないが、兎に角妖の被害がぱったりと途絶えていた時期があった。


と灰谷は付け加えた。


「しかし、6年前……………………【ファルファラ】構成員の魂が奪われた。妖に」


「魂が奪われたって………どういう……」


「魂は死ねば昇天する。それが出来ないと言うことだ。つまり、奴は言葉通り【死んでも死にきれない】状態だろうな」


灰谷はなんの興味も無さそうに、ただ淡々と説明した。塔上はまだ状況も灰谷の言葉の意味も飲み込めていない様子だった。


「………詳しくはこの件が片付いてから話す。柊と約束もしたし、先ずは河野秋助の魂を見つけることが最優先事項だ」


「…………わかりました」


塔上はまだ何か言いたそうな顔をしたが、渋々了解した。






「ねぇ、康弘」


「なんだい?アゲハ。僕今忙しいんだけど」


そういう康弘は、週間少年誌を穴が開くほど熟読している。


場所は変わり、死体処理班の仮眠室で康弘とアゲハが談笑していた。最も、談笑と言うほど柔らかい雰囲気はなくただただ凍てついた雰囲気があった。



「もうすぐ7月ね」


「…………………………………そうだっけ」


「7月と言えば何があるか、古株の貴方なら分かるわよね」


「…………………………なんだっけ」


「惚けても時間の無駄よ。7月は年に一度の【ファルファラ】健康診断の季節なんだから」


その言葉に、康弘は一気に凍りついた。

先程まで読んでいた週間少年誌を投げ出し、骨折した足を引き摺りがらも黒河から逃れようとする。


「嫌だ!!僕はやらないぞ!」


「【ファルファラ】一世一代の大イベントにして、死体処理班唯一の株上げの場で古株のアンタが参加しないわけないでしょうが!!!」


と、怒鳴り散らし黒河はひょいっと康弘を持ち上げ俵担ぎにした。


「下ろせこのオネェ野郎!!僕は病人だぞ!?怪我人だぞ!?」


「怪我人のくせに暇だからってクソ同期主催の朝礼に参加したのはどこのどいつよ!みんな忙しいの!だから今1番暇人なアタシ達が健康診断の準備をやる他ないでしょ!」


「下ろせ〜!!クソゴリラ〜!!」


「次下品な言葉使ったら床に叩きつけるわよこのサイコパス陰陽師!」


【ファルファラ】死体処理班は、概ね平和である。




雨の日のあの独特な匂いは、土の中で排ガスやゴミが水やアスファルトと混ざる匂いなのだと誰かが言っていたな。と、塔上はふと思い出した。

自分もいつか、混ざっていく存在になるのだろうか。誰かと、或いは土と。


そして案の定、雨が降り始めた。


「まずいなぁ………俺今日傘ないよ……」


天気予報では予報されていなかった雨だ。

すぐ止むだろうが、今は一分一秒の暇さえ惜しい。塔上は仕方なく濡れることを決意した。

車は勿論、灰谷に乗り逃げされている。


「二手に別れた方が効率がいい」

その案は良い案だと認めよう。しかし、車の運転をしてきたのは自分なのにあっさり灰谷は車に乗って先に行ってしまった。

今頃、優雅に街の中を走っているのだろう。

自分の師とはいえ、なんと憎たらしいことか。


降り頻る雨の中で、塔上はひとり走っていた。雨はどんどん強くなるばかりで、一向に止む気配を見せない。


「おや、君は……」


背後から声がした。振り返ると、そこには先程見たばかりの人物が立っていた。


「朱雀さん……?」


「やあ、塔上くん。先程ぶりだね」


そう言いながら朱雀は慣れた手つきで塔上を自分の傘の中に入れた。


「その様子だと、灰谷さんに置いて行かれたと見える」


「………ほとんど当たりってとこです」


「君も上司には苦労するね」


朱雀は肩を竦めた。


「上司……?」


「ああ、前管理人だよ。数ヶ月前に亡くなってしまったのだけどね……彼は温厚で人当たりも良かったが、どうにも甘すぎるところがあった」


それで私がヒルズ内での嫌われ役を買っていた、という訳さ。と、朱雀は懐かしそうに話した。


「それは……御愁傷様です。」


その時だった。2人の前を、何か灯火のようなものが通った。松明の火だけが独りでに飛んでいるような、そんな火の塊のようなものだった。


「人魂………!朱雀さん、ちょっと失礼します」


「いっておいで。あの灯火を追いかけているのだろう」


塔上は其の言葉に驚きを隠せず、後ろを振り向いた。


「……私も、見える側という訳さ。力はさほど強くないけどね」


朱雀は悪戯っぽく笑った。



どんなに雨が振ろうと、どんなに風が吹こうと決して消えない火があるらしい。

その火は、火のように見えるが火ではない。

なにか恐ろしいものを糧にして燃える、人の魂なのだという。




「待てコラあああああああああああぁぁぁ」


塔上は路地裏を人目も気にせず走っていた。

あれが河野秋助の魂なのだとすれば逃がす訳にはいかない。

しかし、人魂はすいすいと塔上から距離を離していく。


「このままじゃあ、埒があかない………クソ……あのぼったくりヤブ医者の車があれば………!!」


「誰がぼったくりヤブ医者だ」


頭上から声が聞こえた、と思ったら


頭上に車があった。


「うわあああああああああ!灰谷先生!?」


「煩い。」


車は無事に着地した。そして、助手席側の扉が開いた。塔上はその扉の先へ乗る。


「あれは河野秋助の人魂じゃない。俺達の管轄外だ」


「ええ……」


「ぶつくさ垂れてないで朱雀ヒルズへ向かうぞ。」


「なんですか……ずぶ濡れの僕のためにシャワー代でも出してくれるっていうんですか……」


「お前がシャワーを浴びたいならそれでもいいが、仕事が片付いてからだ」


塔上はシートベルトをつけながら言った。


「解決の目処でも立ったんですか?」



「勿論。」

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