この子は!(4)
陽向の目の前には、さっきまで見えていた平和な街並みの風景は消え去っていた。見えるのは殺伐とした荒れた大地と邪鬼の集団だ。
人の眼では見えざる光景。これも、この世界に存在する世界。古来より存在した世界。では、人がいる世界は何か?そうなのだ。いつしか人は、人たる世界を作り出した。神と人の業のもとに。天上神が地に足を着けたそのときから。
邪鬼はそのときから世界を異にした。神の後始末のように。
(人が背負った業に溺れたときに見える世界。それがいま見えている)
陽向は、邪鬼の集団の奥をジッと見つめた。これほどの邪鬼がいながら、統制がとられている。束ねる者がいる。その奥にいる影を見つけた。
(この影が頭領か)
陽向の眼が一つの影を捉えた。影がゆっくりと邪鬼の集団からその姿を現した。
袖無しのTシャツに紺色のジョガーパンツ。どう見ても人の姿である。おまけに足下はスニーカー。水闍喜が小学生なら、この邪鬼は中学生といったところである。街中を歩いていてもおかしくないどこにでもいそうな姿。ただ、その目だけは、憎悪と絶望を深く刻んだ光を放っていた。この目を見たならば、何も知らない人であれば正気を失ってしまうだろう。それほど、少年の姿をした邪鬼の力は群の中でもひときは圧するものがあった。
「さっきから僕を睨んでいるのはキミだよね」
少年は群の先頭に立つとうっすらと笑みを浮かべていた。陽向は少年から目を背けずにずっと睨んでいた。
「なるほど。こっちの世界をまともに見ても落ち着いているんだね。ただの人じゃないよねー。もっとも、ただの人ならさっき死んでたけどぉ」
「そういうこと。じゃあ、あなたがさっき幻影を見せたのね。私たちを殺すために」
陽向の言葉に少年は肩をすくめて笑う。
「あーあっ。さっきは惜しかったなあ。もう少しで人の御霊を三つ奪えたんだけどなあ。しかも、けっこう綺麗な御霊を。とーんだ邪魔が入るし。それに……キミも気づいていたんでしょ」
「もし、気づいていたとしたらどうなの」
「ちょっと、面倒くさいかなあ。先に二人片づけとけばよかったかなって思ったけど。まっ、いいか。先にやっとくよ」
少年は邪鬼の群に陽向を襲うよう手を挙げて指示を出した。見下した笑いをする。
群の中から二十ほどの邪鬼が陽向に襲いかかってきた。
「クッ!」
陽向は身構えて、守りに手を当てる。
(次こそは、剣を抜かねばいけないか。けど……)
陽向の心には迷いが渦巻いていた。抜くしかないと思いながらも、その手は固まったままである。ユウナミの神の足下ともいえるこの場所で剣を抜けばどうなるか。陽向のなかで抜く覚悟が揺らいだ。
迷う間にも邪鬼は襲いかかってくる。二、三の邪鬼は陽向に食いつこうとするが、素早い足捌きで蹴り飛ばされていった。鈍い感触のあと、邪鬼はゴム鞠のように跳ね転がっていく。
やり過ごしたのもつかの間、陽向の左足に痛みが走る。見るとジーンズの股の部分がスッパリと切られ血が垂れていた。邪鬼の爪が切り裂いたのだ。
(素早い。集団で襲われたらやられる)
陽向は覚悟を決めて再び守りに手を掛けようとしたその時、辺りがまるで黒い幕を下ろすように光が静まっていった。目の前の景色が変わっていく。




