神と人の御霊(9)
しばし、静かな間がこの世界を包んだ。実菜穂の声が再び世界を動かした。
「紗雪、一つ教えて欲しいことが。紗雪からユウナミの神に会うための御札を頂きました。聞けばこの白新地は今まで人が入ったことのない世界。そのような世界に私たちを迎え入れてくれている。紗雪は、人を遠ざけている一方で人に味方をしている感じがします。みなもは、紗雪を大好きな神だと言ってました。だとすれば、紗雪は人に寄り添う神なのでしょうか」
実菜穂は紗雪の雰囲気がどうしてもみなもと違うことが気になっていた。紗雪は静かに瞼を開け実菜穂の顔を見ると優しく答えた。
「語り出せば長くなります。ただ、この件に関しまして、私は水面の神の為に動いています。それはなぜか……私には水面の神と日御乃光乃神に大恩があるからです。その恩はいくら返しても返し足りるということはありませんから」
紗雪は遠くを眺めるような目で野原を見ていた。その顔はやはり神という雰囲気とは少し違うなと実菜穂は思った。
「じゃあ、なぜアサナミの神とユウナミの神が関わるのか?気になりますよね」
紗雪はまた笑った。実菜穂も陽向もすべてを見透かされていることに笑うしかなかった。
「実は私には、紗雪の上にも名があります」
「姓ですか?」
実菜穂が聞くと紗雪は頷いた。
「はい。白瀬川といいます。白瀬川紗雪。私の名前です」
「白瀬川紗雪……まるで人みたいな名前……!」
実菜穂の素直ともいえる驚く表情に紗雪は包むことなくその言葉を受け入れ、見つめ返した。
「はい。私は半分人なのです。私の母は太古神である雪の神。父は武家の白瀬川神壱郎です。その神と人から生まれたのが私です。しかし、これは神にとっては、けしてあってはならないことでした。宿り神ならまだしも、太古神が人と交わるなど神にとってそれは禁忌です。父は激怒した神々により撃たれました。母は人の世界に残り人として生きようとしましたが、神々の仕打ちを恐れた人々は、母を見放しました。神へも人へも行き場がなくなった母は、子に御霊を託すことをアサナミの神に願い出て、天津が原に帰りました。幼く人の世に取り残された私は、雪神としての勤めを受け継ぎました。だけど……」
紗雪は氷の器に目を落とすと、悲しみ、怒り、憎しみ、どの色ともいえぬ暗く濡れた光をその瞳に宿した。
「私は、母を見放した人というものをどうしても許すことができませんでした。水面の神は母の思い、私の神としての立場を案じ止めましたが、気持ちが収まらない私はその心を闇に落とし人へ復讐をしました。神謀で裁きを受ける覚悟で……。復讐の後、私は神謀で裁きを受けました。ほぼ全ての神々は私の行いを責め、大罪を負わせることで場を締めようとしました。だけど、それに大きく異を唱える神がいました。それが末座にいた水面の神。末座の本当に小さく幼い神。その幼き神が、上座や太古神に向かい声高らかに異を唱えたのです。『もとは雪神に右にも左にも逃げ場を無くし追い詰めたからこうなったのじゃ。ならば、その責めはどの柱が取るというのじゃ』そう、言い放ちました。この言葉に母の御霊がどれほど泣き震え、救われたことか。私の心は闇の中から清流の一滴によって引き上げられました。この水面の神の異の唱えに地上の太古神たちは賛同したのです。これによって、場は天上神と地上神の争いにまで発展するのではないかという一触即発の状態になりました。そこから事は急展開。水面の神、アサナミの神、ユウナミの神、それに日御乃光乃神によってぜーんぶ最後は丸く収まりました。まあ、かなり話は飛ばしちゃいましたが」
紗雪は笑いながら、カラカラとまるで賑やかな昔話のように説明すると、実菜穂も陽向もその表情と態度にはもう混乱して、目をパチクリさせていた。
(それで、神様だけの雰囲気ではなかったのか……)
実菜穂は紗雪の人なつっこさに心が惹かれて仕方なかった。
「だとすれば紗雪は神と人の両方を知っている。いや、力を持っているということ……」
「陽向ちゃん。それって、もしかして」
実菜穂の言葉に陽向は確信して頷いた。




