第4章~雲海・後編~
7月を迎えても空は雲が優位の状態だった。だが、気温は高く外に出れば蒸し蒸しとした外気が不快指数を上げていた。今日は家庭科の授業だと言うのに、西棟の屋上に集まるよう布袋先生に言われていた。日和達は蒸し暑い空気を感じながら屋上に来ていた。
日和 うわ。蒸し暑い!
美代子 夏は好きだけど、この空気は嫌いだわ。
権太 家庭科だぜ。何で屋上なの?
既に布袋先生は、何やら大掛かりな荷物を準備し始めていた。生徒達が集まるのを見て、こちらに集まるよう声をかけた。
布袋先生 ふー!、はーい!皆さん!こちらに集まって下さい!、普段なら教室での授業なんですが、今回屋上に来て頂いた理由はですね。雲海が奇跡的に学校の上空を通るルートに軌道を変えていると言う事がわかりました。
権太 うん?何雲海って?
日和 雲海って聞いた事はあるけど、あれって山の上とかで見える景色じゃないの?
美代子 でも、先生、学校の上を通るって言ってたけど。
達也 先生!雲海って何ですかー?
布袋先生 あー!そっかそっか!、えーっと、雲海はですね雲の海と書いて雲海と呼びます。そして、意味はその通り、空には青に近い雲の色をした海が流れているんです。本来、その雲海は雨雲や雷雲を避けて空を動いているのですが。今年は雷雲が多く発生した関係で、雲海の軌道がこの学校上空を通る事が高いと出ました。今回は、その雲海に潜む銀色の飛び魚を皆で捕まえて、お刺身で食べる調理実習にしようと考えています!
美代子 お刺身!、飛び魚は食べた事ないわ!高まる!!
日和 空に海があって。その雲を泳ぐ魚。うそでしょ?
権太 いたとしてもどうやって捕まえるんだよ。
布袋先生 そこで、ここに先生が用意した、実際に空漁師さんが使用している空網を使って飛び魚を捕まえますよー!
先生と生徒達の脇に束ねて置かれていた空網と呼ばれる漁の道具。一見何の変哲もない只の黒い網。その網の端と端には黒い細長い棒が結び付けられていた。
布袋先生 空網の使い方は簡単です。網の両端にある細長い棒を思いっきり持ち上げて反対側に振り下ろす。只、空網はかなり上まで伸びるので、皆さんを半分に分けて2ヵ所の棒を支えてもらいます。、それでは1回だけ練習出来そうなので、半分に分かれて棒の所に集まって下さい!
布袋先生はタブレットPCを確認していた。そこには、雲海が上空のどこにいるのかが見れる探知機が表示されていた。その間、生徒達は2組に分かれて2本の細長い棒の所に移動する。
布袋先生 では、力のある男子!先に棒を持って上に上げて下さい!、棒が上がったら持てる場所で良いので皆さんで協力して支えて下さい!
権太 お!、案外軽いかも。、いやそうでもなかった!
将生 凄い、網が綺麗に広がった。
布袋先生 うん!良い感じよ!そしたら次!雲海が空網に近づくと、網が反応して自動で雲海を掴むように動きます。皆さんの上空に雲海が来たらすぐに持っている棒を正面に押し倒す勢いで振り下ろす!良いですかー?、はい!今上空を雲海が通りました!はい!振り下ろす!
日和 お、も、た!
美代子 こんなに細いのに何でこんな重いの?
グググッと生徒達は空網と棒を地面に向かって振り下ろした。空網は空気をフワッと包み込むように膨らみ地面に着地した。
布袋先生 うん上手上手!、じゃあ元の位置に戻しましょう!、まもなく雲海が上空に来ますよ~。
生徒全員 はーい!
そして、空網と黒い棒を再度準備し直した日和達。空を見上げると雲が大分低く感じる。薄い鼠色の空。すると、屋上の奥の空に暗い影が現れた。布袋先生はタブレットPCで雲海を捉えた。先生の合図が出た。生徒達は細長い棒をゆっくり持ち上げる。風に揺らめきながら空網が上空に広がる。すると、奥の空にあった影からぬるりと青黒い雲がモクモクと現れ屋上の方へゆっくり動いていた。
布袋先生 ちゃんと見てるのよ!上空に来たらすぐに振り下ろす!
日和 何か生きてるみたいな雲。
権太 結構動き早いか?
青黒い雲は、屋上の上に差し掛かり始めた。生徒達が上空を見上げる。すると、青黒い雲の中に銀色に光る筋がキラキラと見えた。男子生徒達の大きなかけ声と共に黒い棒は振り下ろされた。空網は青黒い雲の中に入り、上空からは何かがぶつかり合う音が聞こえていた。そして、空網が雲を抜けて屋上へと戻ってきた。
ピチピチッ!ピチピチッ!
透明なシートの上に銀色に光る飛び魚が跳ねていた。
権太 ぉおお!綺麗だなー!
美代子 飛び魚だわ!しかもかなり肌が透き通って見える!
日和 本当に空に魚なんているんだぁ。
布袋先生 皆さん!お見事!、これだけ取れれば充分よ!、では鮮度が落ちない内に先生が捌いてしまいます。皆さんは入口に寄せてあるテーブルと食器と椅子達を中央へ!
誰よりも興奮を隠せなかった布袋先生。調理実習である事を忘れ、先生が手際良く信じられないスピードで飛び魚を捌いていく。生徒達がテーブル等の準備が終わる頃。先生の調理台には、綺麗にお皿に盛り付けられたお造りが完成していた。大根のつまと大葉に乗せられた飛び魚のお刺身。生徒達は自分の分をテーブルに運び、小皿に醤油とわさびを入れる。
布袋先生 では皆さん!ご一緒に、頂きます!
生徒全員 いただきます!!!
美代子 ああ!綺麗すぎる!写真に撮りたい位よ!
日和 なんかちょっとキラキラしてない?
権太 さっきまで空で泳いでたなんて思えないよ。
布袋先生 ん~!、ブラボー!、優しい甘味とこの食感。最高の味ね。
生徒達も先生に続き銀色の飛び魚を味わう。少し透き通る切り身。皮目はキラキラと僅かに銀色が光る。口に入れれば滑らかな食感と優しい甘味が舌を踊らせる。7月の蒸し暑さも忘れて。生徒達は、自分で取ったお魚を屋上で食べながら舌鼓を打っていた。
・・・
ゴロゴロゴロゴロ~。
ザーザー、ザーザー、ザーザー。
びゅうっ!、びゅうっ!びゅうっ!
夕葉先生 来たわね。ちょっと早かったわね。潮風の影響かしら。
夕葉先生が懸念していた通り。青い龍の鱗に雷が当たった事で、8月と9月は嵐の2ヶ月間となった。台風は例年よりも多く日本を通り、雨風共に猛威を奮っていた。
・・・
10月。寮の部屋にいた権太の元に手紙が届けられた。
上級生 今日の手紙届いてるぞー!
権太 あ!今開けます!
ガチャ。権太が扉を開ける。
上級生 はい!
権太 ありがとうございます。
権太は部屋に1人。届いた手紙を見る。ルームメイト宛ての手紙はそれぞれのベッドの上に置いていく。権太には2通の手紙が届いていた。
権太 1つは母ちゃんから。こっちは、お!矛盾さんだ!久しぶりに返ってきた!
権太は空祭で矛盾先生と会った時以来、ダメ元で黒いポストに矛盾先生宛てに手紙を出していた。それから何度か返事を頂ける様になり、何か質問や困っている事があれば手紙に書いて矛盾先生に送っていた。しかし、最後に矛盾先生に送ったのは1ヶ月も前。権太はベッドに寝そべりながら矛盾先生の手紙を開いた。
権太 矛盾さんの字。いつも綺麗なんだよなぁ。、ぉお。今は色玉作りで忙しいのか。、そうかぁ。弟子入りは全部断ってるのか。、うん?、でも、権太の成長には驚いている。だから、今月に行われる夜の芸術祭の招待状を同封する。権太の今後の更なる成長と繁栄を願って。矛盾。、え?夜の芸術祭!?
権太は手紙が入っていた封筒を確認した。中には夜の芸術祭と書かれたチケットが1枚入っていた。1枚につき3名まで入場可能と表面に記載があった。開催日は10月31日。詳細は裏へと書かれてあった。
権太 31日。あと1週間ちょっとか。、詳細は。
そして、チケットを裏返し詳細を確認した。だが、そこには鳳凰のデザインが施されてあるだけで説明書きは何も記されてなかった。しかし、権太がチケットを持っていた指の付近から徐々に色が変わり、鳳凰のデザインの中から詳細文が現れた。
権太 ぉおお!何だこれ?急に色が、注意事項。当日の行き方は、夜の森にて。夜18時に森の中にある水溜まりにチケットを浮かべて入場とする。、森ってどこの?、でも矛盾さんが招待してくれるって事は、学校の森からしか行けないよな。、夜かぁ。寮は19時には閉まっちゃうし大丈夫なのかな?、日和と美代子なら来てくれそうだな!よし!
そして、権太は午後の授業中に日和と美代子に矛盾先生から届いた手紙の話を伝えた。
・・・
日和 でも権ちゃん先生と手紙のやり取りしてたんだぁ。
権太 俺もまさか返事が来るなんて最初思ってなかったよ。
美代子 夜の芸術祭なんてポスター学校には貼ってなかったわよ。ちょっと面白そうじゃない?夜に外なんて中々出歩けないし。
権太 うん。そうなんだよ。だけど、問題は森がどこの森なのかって所。とにかく、寮から近い夏の森から行って水溜まり探して回るしかないよな?
日和 まぁ、そうなるよね。森としか書いて無いんだから。
美代子 芸術祭だからご飯は出て来ないわよね~。行く前に食堂で沢山食べてこう。
陽光先生 ちょっとそこの3人!授業中よ!静かに!
・・・
10月31日。この頃になると日が暮れるのも早く、17時になれば学校の外は既に暗くなっていた。日和達は食堂で少し早い夜ご飯を食べていた。日和はかぼちゃの入ったほうとう汁、権太はどら焼き、そして美代子は焼きさんまを堪能し出発を整えた。
権太 行こう。もう18時まで1時間きってる。
日和、権太、美代子の3人は暖かい服装で寮の入口から暗い外へ出て行く。気温はそこまで低くないのか肌寒さは余り感じられなかった。3人は、夏の森を目指し早歩きで進んだ。日和は昨日の夜、ルームメイトに夏の森について何か知っているか聞いていた。その話によると、夏の森は1年中蛍がいることから蛍の森と呼ばれている。森の奥へ進めば進む程、蛍の数は増え、そこから望む夜空の景色は幻想的だと言う。
美代子 にしても夜になると暗いわね。
日和 本当ね、人もいないし。
権太 あったあった。ここから入れそうだぞ!
権太を先頭に、夏の森の木の看板が刺さる道から中へ進んでいった。森の中は少しだけひんやりとした空気だった。虫の声が近くで聞こえる。雑草を踏みながら獣道を進む。すると、権太の視線の先に大きな切り株があった。
権太 うん?、切り株か。でっかいな~。
美代子 こんな太い木だったら、相当上まで生えてただろうね。
日和 そうね。今は大分ボロボロになって水溜まりになってるけど。
権太 水溜まり。って、まぁ、3人入れる広さではある。
美代子 え?これ?ここに入るの?ぎゅうぎゅうに詰めないと無理よ!
日和 美代子。でも他に水溜まり出来る場所なんて無さそうだし。
権太 時間はまだ早いけど、ここじゃなかった事を考えると試す価値はありそうだな。よし!ここにしよう!
美代子 えー?マジ~。
日和 どっちにしても一瞬だけくっつくだけだから大丈夫よ!ね!
美代子 そうだけど。
権太 はい!じゃあ、チケットいれるよ!
そう言って権太は切り株の水溜まりにチケットを入れる。水に染み込むチケット。すると、チケットの色が端から白色に変化し始めた。権太は目線で2人の準備を確認し、水溜まりに浮かぶチケットに向かって息を合わせてジャンプした。
ビチャンッ!
権太 ん。
日和 え。
美代子 冷た~。やっぱりここじゃ
ずぼんっ!
・・・
権太 あっ!尻が。
美代子 急に移動しないでよ~。
日和 ぐへぇっ!、腹いった~。
3人は赤い絨毯が敷かれた床の上に現れた。倒れ混む3人に派手な衣装を着た男性が声をかける。
夜の芸術祭の案内人 変わった登場のお三方。チケットを拝見させて下さい。
権太 えっと、どこだ?、あ、あったあった。すいません、これです。
夜の芸術祭の案内人 はい。たしかに。では、正面階段を登った先が入口です。会場内全て自由席ですのでお好きな所でご鑑賞下さい!
日和 ありがとうございます。
3人は派手な衣装を着た男性の後ろから現れた建物に驚いていた。石造りの大きな宮殿が目の前にあった。日本建築で作られた空の学校とは対照的と言える西洋風の建築物。3人は場違いとも思いながら、おぼつかない足取りで階段を上り大きな扉の入口を通された。
権太 なんじゃここは?
日和 すごい広い!、アーチ状の劇場みたい。
美代子 ここ日本?、外国に飛んだの私達。
宮殿の中は大きな舞台を客席がアーチ状に取り囲んでいた。客席は1階から3階程までは視界で捉えられるが、それより上を確認出来ない程の広さ。2階から上は吹き抜けになっており、どの客席からでも正面の舞台を見える設計になっている。既に客席はほとんどが埋まっていた。日和達は、客席誘導係の女性に言われるがまま、舞台右側の1階の席に座らされた。
美代子 ほぼ強制的にここに座らされたわね。
日和 こんなに人が。でもほとんど大人の人達じゃない?
権太 矛盾さんが主催なのかな?、あっもう18時だ。
ブーーーーー!
場内に少し大きな電子音が鳴る。
スポットライトは舞台中央を灯し、周りの照明は段々と暗くなっていく。そして、スポットライトの中に、赤いスーツを着た女性が現れた。
天蘭先生 只今より、空の学校。芸術祭を開催致します。生徒達のパッションをとくと御堪能下さい!、トップバッターは春組!
スポットライトを浴びていた天蘭先生は闇に消え。スポットライトもその後消えた。そして、真っ暗な舞台に再びスポットライトが灯る。そこには、脚の長い丸いテーブルの上に1冊の本が置かれていた。すると、誰もいない中その本はゆっくりと開いた。そして、開いた本の中からめくり上がるように様々な色の蝶々が舞い上がった。
美代子 美しい蝶だわ。
スポットライトは広がり舞台全体に優しい光の照明が当たる。本の中から舞い上がった蝶は空をふわふわと飛ぶ。そして、衣装を着た1人の女性がテーブルの上の本を手に取り本を閉じた。すぐにその女性は本を持って舞台からいなくなる。空を舞う蝶が舞台の上に高度を下げる。そして、ぐるぐると舞台上を物凄い速さで舞い始めた。蝶々が起こした風が場内に広がると、その風からは仄かに甘い花の香りがした。
日和 あ~。花の良い香り。何の花だろう。どっかで嗅いだことある気がする。
そして、ぐるぐると飛んでいた蝶々はゆっくりと速さを緩める。次に舞台上に衣装を着た男性が現れた。すると一瞬にして舞台上に飛んでいた蝶の姿が消えた。男性は辺りを良く見回し、手には本と虫籠を持っていた。ここには何もないと諦めて男性は舞台からいなくなった。すると、舞台の壁側にある赤いカーテンから擬態していた蝶々がひらひらと再び姿を現した。そして、その蝶はゆっくりと舞台正面まで飛び、何やら複雑な動きを見せる。
権太 うん?何だ?、何か文字に見えるけど
すると、舞台上に浮かび上がったのは「春組」の文字。蝶が羽ばたきながら空中に文字を作り出した。そして、蝶は文字を崩して空を舞い、舞台中央で塊を作り始めた。すると、その中から先ほどの本を持つ女性の姿が現れた。女性は持っている本を丸いテーブルの上に置き、本を開いた。空を舞う蝶は、その本の中へゆっくりと吸い込まれるように戻っていく。最後の蝶が本に戻ったのち、女性は本を閉じ、客席に向かって一礼をして舞台から去っていった。
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
天蘭先生 続きまして、夏組です!
照明の当たる舞台上に4人の白いスーツの男性が出てきた。その手には大きな弓。腰には白い矢が沢山束ねてあった。前列と後列に2人ずつの陣形を組み、4人は矢を取り大きな弓を上空に向け矢を放った。
ヒュン!ヒュン!、ヒュン!ヒュン!
場内からは歓声があがった。放たれた矢は白く光輝きながら吹き抜けを縦横無尽に飛び回る。4人の男性は次々と矢を上空に放つ。場内をキラキラと星屑を舞い散らせながら飛ぶ光の矢。そして、舞台上には1人だけ残った。場内を飛ぶ光の矢は、一斉に向きを舞台上中央に変えて飛んで行く。そして、その光の矢が次々と舞台上の男性に当たって行く。場内からは驚きの声が上がる。だが、男性は血を流すどころか、どんどんと光の矢を吸収し眩しい程の輝きを見せる。全ての矢が男性に集まる。すると、神々しく輝く男性は客席に一礼をした。するとその瞬間男性の姿は消え、と同時に男性から光る何かが上空に飛んでいった。
パチンパチンパチン!パチンパチンパチン!
日和 うーわ!何!花火!
美代子 燃えちゃわない?大丈夫?
権太 大丈夫だよ!、色玉の花火だ。
薄暗い場内を見事に華々しい花火が何発も咲き誇る。大小様々に輝く花火。そして、その花火の中から何やら小さな丸い物体が客席にポトポトと落ちて行く。
権太 おお。おもしれぇ。見て!地球だよ!
日和 本当だ!私のは何だろ、火星?
美代子 うわ!何?、あ。これ土星じゃない?
客席に落ちた丸い物体は、惑星をモチーフにした固形の色玉だった。しばらく触っているとキラキラと弾けて爽やかな残り香を残していった。そして舞台上からパッと明かりが消えた。何も見えない舞台上。そこからキラキラと光る星達が現れる。舞台正面にじんわりと大きな星が不規則に現れると、次にその星を光の糸が線を結ぶ。徐々に線は次々に結ばれて、舞台上には「夏組」と現れゆっくりと闇に消えて無くなった。
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
天蘭先生 さあ続いて登場するのは秋組!、皆様、お足元にご注意下さい!
タッタッタッ!タッタッタッタッタッタッ!
権太 何この音。え?、何何何何!?
日和 やだ!今足に何か当たった!
美代子 イヤッ!
客席の足元を何匹ものハクビシンが走り回る。そして、スポットライトが当たる舞台上には赤、黄、緑、紫の煙玉が4つ現れた。その煙玉の中から4人の女性が衣装を身に纏い登場した。4人の女性は全員指で上を指していた。客席の人達は天を見上げた。
美代子 何?え?雲?
日和 雲だ、あ!消えた!
場内の上空に現れた白い大きく広がる雲。客席全員がその雲を見上げるとスッと雲は消え、中から黒い影が現れた。その正体は、緑や黄色、そして赤色に色付いた美しいイチョウと紅葉だった。上空からは無数のイチョウと紅葉が、様々な色合いの紅葉に染まり客席の元へと舞い落ちてくる。客席の床一面イチョウと紅葉の絨毯に変わる。そして、舞台上にいた4人の女性はパチンコを使い上空と客席に向かって色玉を飛ばした。上空に飛び弾けた色玉。薄暗い場内に群青色が広がって行く。その中からじんわりと淡い赤紫色が点々と浮かび上がった。夕陽が沈む直前に、空が夕焼けから夜に変わる情景を映し出していた。客席の近くに弾けた色玉は、焼き芋や焼きさんま、そして銀杏の香りを発する香り玉だった。
美代子 あ~焼き芋の良い匂い!ぁあお腹空いてきちゃうじゃん!
日和 たしかに食べたくなってくる。
権太 綺麗な色玉だなぁ。さすが秋組。
舞台上にいた4人の女性は消え、舞台正面には鼠色の一塊に集まる雲。その横には男性が左手に鷹を乗せて現れた。そして、鷹は男性の手から飛び立ち、場内をぐるりと周り上空まで登っていく。
ピューーイッ!
男性の口笛が鳴った瞬間、上空から鷹が鼠色の雲を目掛けて滑空してきた。鷹の目は黄色い光を放っていた。
バチバチバチンッ!
場内に雷の音が響いた。舞台上の雲が徐々に薄れ、雲の中に隠れていた木の枝で作られた文字が煙りを出しながら現れた。
日和 「秋組」だぁ。焦げてるっぽい。
権太 鷹ちょっと怖い。
上空から滑空した鷹は、木の枝を焼き焦がし、男性の左手に戻っていた。鷹と男性は舞台上から一緒にお辞儀をした。
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
天蘭先生 皆様、いよいよ最後となりました!トリを飾るのは冬組です!
すると場内は全て暗転する。そしてゆっくりと舞台上だけが明るくなってくる。そこには高さ4メートルの大きな雪の塊があった。
客席の男性 いよっ!!10人刀!!!
客席からの掛け声の後。無数の夜の鳥が舞台上を飛び回る。そして直ぐに夜の鳥が飛び去ると舞台上に10人の着物を着た男性達が刀を正面に構え現れた。
美代子 格好いい!侍みたい!
日和 何するの?
すると、10人の男性達は刀を抜き雪の塊を素早く斬り始めた。雪の塊は、刀で斬られ細かい雪粒を周りに飛ばす。男性達の見事な刀さばきで、どんどん雪の塊は形を変えて行く。そして、10人の男性達は1人ずつ舞台袖に消えて行く。雪の塊は最後に残った1人の男性の一太刀で完成を迎える。白い雪の塊は、美しい文字となって舞台に姿を見せた。
権太 「冬組」。すげぇ。刀だぜ!
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
場内からは歓声と拍手喝采で大盛り上がりしていた。そして、スポットライトは「冬組」の雪像の横に当たった。満面の笑みの天蘭先生がそこに現れる。
天蘭先生 皆様!お楽しみ頂けたでしょうか!?、短い時間ではございましたが、只今を持ちまして空の学校夜の芸術祭を閉幕します!それでは傘のご準備を!また次回お会いできることを楽しみにお待ちしております!、雨組の皆様お願いします。
パチンッ!
そう言って、天蘭先生が指を鳴らした。するとその瞬間、上空から大粒の雨が客席に降り注いだ。
権太 え?傘?どう言う事?
日和 え!?めっちゃ雨降ってきたけど!
美代子 何で皆傘さしてるの!?もう服が
ずぼんっ!
・・・
その頃、夏エリアの学生寮1階のテーブルでは、叶え人の月来が手紙を書いていた。
月来 ん?、揺れてる?
月来が手紙の側に置いてあるコップを見つめる。食堂の給水機から持ってきたコップには、細かい波紋が水の上に起きていた。
ガタガタガタガタガタガタ。
ズガンッ!
権太 うわぁっ!
日和 うぅ。
美代子 だから何で途中で移動かなー!
月来 君達の仕業か。
日和 え?あ!ここ食堂!
美代子 えーっと、見られちゃった?
権太 これは!、あっと、ですねー!
月来 フフッ!、聞かないでおくよ。僕はここに手紙を書きに来ただけ。ここは夜になると静かだから手紙を書きやすくてね。
日和 あ!やっぱりあの時の!
月来 早く自分達の部屋に戻った方が良いよ。そろそろ巡回の先生が来る。こんな所見つかったら何をされるか。
権太 ヤバイ!早く戻ろう!すいません!
日和 え!あ、でも!
美代子 ほら日和行くよ!
日和達は夜の芸術祭を満喫したのだが、寮への戻り方が唐突すぎてバタバタとそれぞれの部屋に急いで戻った。日和はルームメイト達を起こさないよう静かにベッドに潜った。そして、今日の出来事を頭の中で振り返っていた。秋の夜長の眠る時まで。
・・・
日和達3人は、授業中や自由時間も心ここにあらずだった。それは、10月の夜の芸術祭の出来事が未だに脳裏に焼き付いていたからである。やっと正気を取り戻したのは、12月の帰省の時。15歳になった日和は、家に帰りくつろいでいると、母から進路について聞かれた。
日和の母 そうだ、日和ー。空の学校は楽しいみたいで良かったけど。これからの進路はどう考えてるの?
日和 えー?、今はまだ進路なんて考えてないけど。
日和の母 違う学校なら、中学3年生でしょ。専門の高校行ったり、早い子は学校と塾に通ってたりするらしいわよ。
日和 私の夢は声優なの。空の学校は楽しいし、とりあえず6年生まではこの学校で勉強させてよ。
日和の母 ちゃんと考えてるなら良いけど。途中で止める事も出来るんだからね。
日和 わかってるよー。
そして、空の学校の帰省期間は最終日を迎える。今日は、日和の母と弟が一緒に見送ってくれる。
日和の母 じゃあ気を付けてね!また手紙書くから!
日和の弟 本当にもう帰っちゃうの?、つまんないな~。
日和 うん。つまんないとか言わないの!、また遊んであげるから。、行ってきます!
パシャンッ!
日和はキャリーバックと一緒に水溜まりに入った。
・・・
日和 ぐへぇっ!もうやだこの着き方!
キャリーバックにお腹を打ち付け日和は空の学校に帰って来た。1月の外はとても風が冷たかった。ゆっくりとキャリーバックと一緒に起き上がり、寒さに身を縮ませながら寮に向かう。
・・・
1月、2月と日和は授業に中々身が入らない状態が続いていた。その理由は、帰省の時に言われた母の言葉が残っていたからだった。進路の事、夢の事。この学校へ来たのは、声優になりたいと願った情熱の力で掴んだのがきっかけ。だからと言って、今声優になる為に少しでも近づけているのかと。日和は自分に問いただしていた。
そして3月。寮の部屋で日和はベッドに仰向けになり、天井に掲げた右手をじっと見つめていた。
日和 そう言えば、空の市の時の草香先生の歌声綺麗だったなぁ。やさしく引き込まれる不思議な声。、先生なら何か教えてくれるかなー。今何時?、16時30分。いるかな。保健室。、ほっ!
ふと思い立った日和は、部屋を出て草香先生のいる保健室へ向かった。外は夕暮れ時を迎えていた。保健室に明かりが付いている。まだ先生は帰っていない、そう思い日和は扉をノックした。
コンコンッ。
草香先生 はーい!
ガラガラッ。
日和 すいません、失礼します。
草香先生 どうしたの~?、怪我?それとも具合が悪いの?
日和 いや、そう言う訳では無いんですけど。ちょっと、先生にお話が。
草香先生 あら違うのね。、なーに?、怖い話は先生苦手なんだけど。、まぁどうぞ。ここへお座り。
そう言われ日和は、草香先生の前にある丸い椅子に腰掛ける。日和は初めて近くで草香先生を見た。美代子が言っていた通りの美人さん。文句の付けようがない人だった。日和は草香先生の大人の余裕に圧倒され、しばらく瞬きするのを忘れていた。
草香先生 う~ん。その顔は、悩んでる顔だ。あなたお名前は?
日和 はっ!、すいません。私は日和と言います!
草香先生 日和さん。何歳?
日和 15です。
草香先生 悩んで当然の年頃ね。ここは心理カウンセラーの教室じゃあないのよ。
日和 そうですよね。保健室なのに。でも、私。5月の空の市で先生の歌声を聴いて、すごい、その声に引き込まれてしまって。何だか、先生なら何か話せるかもって。
草香先生 あら。嬉しいわ。ありがとう。、日和さんの悩み、何かしら。
日和 はい。今、進路について考えていて。ずっと考えていて、でも何も出てこなくて。この学校が嫌になった訳じゃないのは分かってるんです。でも夢に近づけてるのかなって。
草香先生 夢。日和さんには叶えたい夢があるのね?
日和 まぁ。やってみたい夢が。声優なんです!
草香先生 うん。美しい夢だわ。その声優さんになる夢が、空の学校に来てから嫌じゃないのに夢に近づけてるのかが不安なのね?
日和 そう言う事です。
草香先生 素敵な悩みね。声優。日和さん、まずは言葉を大切に使うことね。
日和 言葉、ですか?
草香先生 そう。私は日和さんとはちょっと違うかもしれないけどね。私もここの学校に通ってた時、歌手になりたい夢があったの。でもこの学校にいても歌手にはなれないと悩んだ時期にね。その時の担任の先生に相談したら、´´歌手として、聴いてもらう人に自分の歌をちゃんと届けたいと想っているなら、言葉を大切にしなさい´´って。言われたの。私はその時は理解できずにいたんだけれど。今、改めて先生の言葉を思い出すと、その意味がスッと心の中に入ってきてね。言葉を大切にしなきゃな、って私は思ってるの。だから、日和さんの夢である声優さんにも少し通じるものがあるのかなと思ってね。
日和 はい。今はわからなくても、ちゃんと大事に覚えておきます。
草香先生 よかった。言葉は心よ。そして心は情熱。日和さんの声を聴くだけで情熱が十分あるのが伝わるわ。今は焦らず、心を磨きなさい!
日和 心を磨く。
草香先生 意外にこの学校の授業って、将来役に立ってるのよ~。、はい!ここまで!
日和 あ!はい!すいません、ありがとうございます!お話聞いて頂いて。
草香先生 良いのよ。、また悩んだら保健室にいらっしゃい。、上手く言葉に出来ないと思ったら、私宛に手紙を書いて。
日和 はい。、手紙って。
草香先生 黒いポストに入れれば、ちゃんと私の所に届くのよ!、あ!皆には内緒よ。
日和 そうだったんだ。はい。、失礼します!
ガラガラッ。保健室の扉が閉まる。
草香先生 また私ったら余計な事を話しちゃったかしら。、良い声してるわぁ。何で他の先生達は日和ちゃんの声に気づかないのかしら。
日和 ふーーーっ!、何かスッキリしたーーー!、お腹減った~。権ちゃん美代子とご飯食べよ!
・・・
草香先生のお陰で、心のモヤモヤが晴れた日和。空の学校に入学してから3年の月日が経とうとしていた。今年の春には4年生へと進級する。夏のお城の周りに植えられている雪柳。優しい風と日差しに照らされて、雪柳の花がまるで小さな白い魚の様にゆらゆらと泳いでいた。




