第6章~空人(そらびと)~
2025年4月。日和は5年生になった。部屋から出た日和は、エレベーターに乗り、ボタンの無い無機質な空間に軽やかな女性の声が流れる。
エレベーター音声 行き先階数は何階ですか?
日和 1階よ。
エレベーター音声 かしこまりました。ドアが閉まります。閉まるドアにご注意下さい。
エレベーターが動き出す。エレベーターは重力を感じさせない程無振動だった。液晶画面に映る階数表示が1階になった。
エレベーター音声 1階です。ドアが開きます。
日和 ありがとう。
5年生から新しいカリキュラムに変わる。選択授業の導入だった。夏組は通年行う夏の授業とは別に、他の先生が行う特別授業に参加できる。権太は秋組の色玉の授業を選び、矛盾先生に弟子入り出来るよう職人の道を目指す。美代子は春組の風景を彩る授業を選び、得意の風を操る力と綺麗な景色作りを極める。そして、日和は草香先生が5,6年生を対象にした声楽の授業を選び、声優への糸口になればと参加した。日和が権太と美代子と一緒になれる時間は減ったが、食堂でご飯を食べる時と、夏の授業でお互いの近況を報告し合うと言う新しいルーティーンが加わり、それはそれでとても楽しかった。日和はエレベーターを降り、昼食をとる為食堂に向かった。
日和 権ちゃん今日は早いじゃん!
権太 お~!最近どら焼きだけじゃ頭回らなくて、ラーメンも追加で頼んだんだ!
日和 珍しい!美代子は?
権太 食堂で並んでるよ。て言うか何回目だ?3回目の注文だな多分。
日和 だよね。、、権ちゃんの隣に料理皿が沢山あるなとは思ってたから。私も行ってくる。
・・・
美代子 日和、声楽の授業はどうなの?楽しい?
日和 うん!なんか音楽なんて久々にやったからか、新鮮で面白いよ!今はアカペラやってる。
権太 良いよな~!草香先生がまさか選択授業やってるだなんて。俺もちゃんと調べてから選べば良かったよ。
美代子 あんたは日和と違う目的で行こうとしてるでしょ!本当男ってバカだわ。
日和 そうだ。権ちゃんは矛盾先生と手紙のやり取り続いてるの?
権太 そりゃぁもちろん。相変わらず矛盾さんの返事は最低でも1ヶ月は待つけどね。
美代子 その位間空けた方が話す事が整理できて調度良いのよ。早く返事すれば権太は余計な事まで聞いちゃいそうだし。
権太 それは一理あるな!実際の所、俺の成長はコツコツ伸びるタイプだから。矛盾さんも俺の事を理解してくれてるみたいだし。こりゃ弟子入りも意外と早いかもな~。困ったな~。
日和 権ちゃんはマイペースで良いね~。、美代子はどう?桜餅先生の授業。面白い?
美代子 それが聞いてよ日和~!、もう桜餅先生と羽舞リーダーのやり取りがもう秀逸すぎて笑えるのよ!
日和 そうなんだ!でも桜餅先生なんかちょっと天然っぽい様な感じするけど。
美代子 そう!、桜餅先生ってちょっとおっちょこちょいと言うか。子供っぽい所があって。何かねあの授業受けてると、桜餅先生が子供で、羽舞リーダーがお母さんで青柳リーダーが桜餅先生のお姉ちゃんの構図で進んでいく様が見ていて面白くてね!、正直授業に集中はしづらいけど、アットホーム感があって私は好きだわ。
日和 ハハハッ!うける!なんか想像できちゃう!
権太 とにかくみんな順調そうだな。後は夏の授業の課題制作が山場だな。
美代子 あー。それなー。まだ考えてないよ。
日和 たしかに。来年の7月に先生の前で発表だもんね。
権太 まぁまだ時間はある。
・・・
日和は草香先生の選択授業をいつも心待ちにするほど楽しんでいた。内容は、発声練習・呼吸方法・合唱・アカペラ・ミュージカル等。毎回の授業がバリエーション豊かで、新しい友達や先輩達と触れながら音を楽しめる空間に日和は喜びを感じていた。そんな中、陽光先生からの課題制作にも取り組まなくてはならない。先生曰く、この課題制作が6年間の集大成となり、今後の進路にも影響する大切な課題。と言われたが、日和はまだ何をやるのかを決められていなかった。
・・・
7月。夜風の涼しい風が、寝苦しい身体を心地よくさせる。日和はベッドに横になり、課題制作について悩んでいた。何も思い付かないと半ば諦めて、書き終えていた手紙を出しに1階へ向かった。日和は1階に着き、ふと誰もいないイートインスペースを見た。するとそこには小さな明かりを照らしながら手紙を書く月来の姿があった。
日和 あ!
月来リーダー ん?、手紙を出しに来たのかい?
日和 まあ。はい。月来リーダーですよね。
月来リーダー うん。、君は、たしか以前ここで急に3人で現れたヤンチャな子だ。
日和 あ、すいません、あの時の話は。
月来リーダー フフッ。誰にも話してないよ。話したら僕も疑われちゃうからね。
日和 ありがとうございます。、、あの~、ちょっと伺いたい事があるんですが?
月来リーダー ん?何だろう?
日和 私。この学校に入学する前に、月来リーダーに会った事があって。、あの公園の滑り台で。
月来リーダー フフッ。
日和 え?
月来リーダー ごめんね。君は忘れてると思っていたから。僕も覚えてるよ。、5年前かな、あの時に見た情熱の輝きは君が一番だった。だから忘れられる訳がない。
日和 やっぱり月来リーダーだったんだ。、聞けて良かったです。、、実は、今ちょっと課題制作で悩んでて。
月来リーダー それは大変だ。
日和 何をしようか。、でも、音は使いたいなと思ってて。
月来リーダー 音か。、それは残念。僕は音に関しては専門外。あいにく音組は学校に常駐する組じゃないしね。
日和 ですよね~。、まだ時間はあるので自分で考えてみます。
そう言って日和は、黒いポストに手紙を入れた。
月来リーダー たしかだけど、色玉の中に音を閉じ込める事が出来る。前に音組に聞いた事があったかな?、、うまくいくことを願ってるよ。
日和 色玉に音。、あ、ありがとうございます!、おやすみなさい。
月来リーダー おやすみなさい。、、僕も早く寝るとしよう。明日は月食。頑張り時だ。
・・・
それから、日和、権太、美代子の課題制作が本格的に始まった。巡り行く季節の中、授業の合間を縫って制作は続いて行く。そして気付けば3人は5年生を終えて、6年生の4月を迎えていた。
銀杏リーダー 権ちゃんどう?、課題制作進んでる?
権太 いや、、これが、、凄いのが出来ちゃいました。
銀杏リーダー 目にクマが凄い。大丈夫?
権太 楽勝です。、見ます?
銀杏リーダー え?私だけ先に、いいよー。権ちゃん疲れてそうだし。
権太 逆に2人っきりの方が集中出来るんで。本番も兼ねて、良いですか?
銀杏リーダー う、うん。まあ。それなら、お言葉に甘えて。、じゃあ私。ここの椅子に座って見てるわ。
権太 はい!、では。、俺の課題制作のテーマは「衝撃」です。、行きます!
銀杏リーダー 衝撃。テーマにクセがあるわね。
権太は銀杏リーダーと秋組の教室にいた。そして、何もない教室の端に座る銀杏リーダー。権太は懐から黒い色玉を3つ取り出し空中に投げた。
パチパチパチン。
すると、瞬く間に教室は暗い闇に包まれ2人の姿は丸っきり見えなくなる。その暗闇の中心にポッと小さな火花が散る。
銀杏リーダー ん?、火花。わぁ。線香花火だわ。
暗闇に優しい火花を散らす線香花火が現れた。その火種はゆっくりと数を増して行く。火種から散る美しい火花。それは明るさを増しながら範囲を広げる。すると、その線香花火の周りに白い光がポツポツと現れ始めた。
銀杏リーダー 星だわ。、、これは何かしら?、配置が星座みたい。
ゆっくりと現れた星達は、それぞれ違う明るさで光る。次第にその星達から、白い糸の様な光で1つずつ結ばれて行く。暗闇に浮かぶ星座線。その中に美しく火花を咲かせる線香花火。そして、その線香花火が命を吹き込まれたかの様な動きを魅せる。複数あった火種は渦を巻き、輝く星達の周りを飛び回った。するとその瞬間。星座線を包み込む程の大きさの鳳凰が翼を広げ美しい姿を現した。
銀杏リーダー ぉぉおぉおお鳳凰だ。凄い迫力。黄金色に輝いて、美しいわ。
そして、鳳凰は暗闇の中に消えるようにキラキラと細かい星となって飛んで行く。段々とその星達と星座線も暗闇に溶けるように消えていった。権太は白い色玉を空中に投げ、暗闇から一転、元の空気の色に戻した。
パチパチパチパチパチパチパチパチ!!
銀杏リーダー 権ちゃん素晴らしい!お見事!
権太 良かった~!、さっきより上手くいった~!
銀杏リーダー お疲れ様!、矛盾先生に良い報告が出来そうじゃない!!ブラボーよ!
権太 ふーーー!!、どら焼き食べよ。
・・・
桜の木が新緑で青々とし始めた5月。美代子は春組の桜餅先生の教室にいた。
青柳リーダー 美代子ちゃん課題制作はどんな感じ?
羽舞リーダー そろそろ発表でしょ?
美代子 はい。一応流れは大体できてるんですけど、やっても良いですか?
青柳リーダー 今なら大丈夫よ。先生まだ次の授業の準備してるから。
美代子 やった!、じゃあやらせて下さい。
そう言って美代子は教室の隅に移動する。青柳リーダーと羽舞リーダーは美代子とは反対側の隅で椅子に座った。
美代子 ふうー。、よし。、行きます!テーマは「旬風」です!
美代子は腰に付けた巾着から3色の色玉を取り出した。教室の上空に青・赤・白の色玉が投げられた。
パチンッ!
3つの色玉が同時に弾けた。教室の天井に広がった青空色。水色の空が描かれたその中から、風が流れて来た。その風からは白い筋と共に桜の花びらが舞い上がる。
羽舞リーダー うん。雲の様な風から桜の花。
青柳リーダー ほのかに桜の香りも混ぜてるわ。
そして、青空だった天井はグラデーションしながら赤い夕焼けに染まった。すると、教室に並ぶテーブルの上につむじ風が起こる。その風の中から紅葉と銀杏の葉が天井に向かって舞う。そして、夕焼け色は段々と夜の色に染まる。夜空を描いた中からは、ヒヤリとする冷たい風が青柳リーダーと羽舞リーダーの頬に当たる。
羽舞リーダー 美代子ちゃん冷たい風も操れるようになったのね。素晴らしいわ。
そして、暗い夜道から小さな白い粒がゆっくりと降ってきた。その粒をよく見ると、雪の結晶を型どった美しい雪だった。雪の結晶はテーブルや床に当たるとキラキラと細かい星屑となってゆっくりと消えて行く。そして夜空は徐々に晴れて、元の空気に戻る。
パチパチパチパチパチパチパチパチ!!!
青柳リーダー 美代子ちゃんすごい!四季の風を表現したのね!
美代子 そうなんです!、でもまだ夏っぽさが表現できてなくて。
羽舞リーダー そんな事ないよ。夜空に浮かぶ星は見事だし、雪の結晶が弾けて星屑に変わるのも良いアイデアだわ。
桜餅先生 うんうん!美代子ちゃんはやっぱり先生が見込んだだけあるな!!あっぱれ!!!
羽舞リーダー 先生。急に大きな声出さないで。
桜餅先生 ハイ。
羽舞リーダー 美代子ちゃんびっくりしてる。
桜餅先生 ハイ。
・・・
6月。来月に課題制作発表を控えた日和は、夜の食堂に権太と美代子を呼んだ。それは、ようやく完成した課題を見て欲しかったからである。
日和 あー。緊張する。ただ2人に見せるだけなのにー。
1人待つ日和の元に、権太と美代子がエレベーターから出てきた。
権太 日和来たぞ~。
美代子 良いのー?私達になんか見せちゃって。良いアイデアなら盗んじゃうわよ。
日和 ありがと!先生に見せるの恥ずかしくて。夜なら皆部屋にいるから。大したもんじゃないよ。
そして、権太と美代子は食堂の椅子に座り日和は端に向かう。
日和 うん。落ち着いて。、よし。行くねー!、テーマは「音色」。
日和は吹き抜けで真っ暗な寮の上空に緑・黄色・オレンジの色玉を投げた。
パチン、パチン、パチン!
3つの色玉は、少し時間差で弾けて行く。寮の上空から徐々に現れてきたのは、オレンジ色に揺らめくオーロラだった。
権太 わーぉ。綺麗なオレンジ色だ。
美代子 風に揺らめいてるわ。、?、何、あれ?、シャボン玉?
オーロラが揺らめく上空から、エメラルドグリーンに色付いた幾つもの色玉が降ってくる。それは少し透明がかり、まるでシャボン玉の様にふわふわと泳ぐ。そして、色玉が1個ずつ割れて、中からエメラルドグリーンの粉がオーロラを隠して行く。
美代子 うわ!、音だ。
権太 綺麗な音色だー。あのシャボン玉に入れたのかな?
ふわふわと泳ぐ色玉が割れる度に、ハンドベルを響かせたような軽やかな音色が鳴った。段々とエメラルドグリーンの色でオーロラは完全に消えた。すると、エメラルドグリーンの色もモヤの様に段々と薄れて、暗闇に広がり色を消す。その後、エメラルドグリーンのモヤの中から現れたのは大きな満月。美しく輝く橙色は、暗闇の中で見事な存在感を発していた。
権太 おいおいおい。、満月かよ。
美代子 でっかい満月。黄身がかっててこの暗闇にすごい映えるわね。模様まで細かくて綺麗。
そして間もなく橙色の満月は細かい星屑と消え、下に流れる星となって徐々に闇に消えて行く。
パチパチパチパチパチパチパチパチ。
日和 緊張したーーー。
美代子 さすが日和よ!、音を色玉に閉じ込めるなんて。
権太 あの満月は圧巻だった。バッチリだよ!
日和 あー良かった~。何か手震えちゃってて。2人共ありがとう!これで本番は焦らずに出来そう。
・・・
こうして日和、権太、美代子は課題制作を無事に完成させた。そして運命の7月。6年生は各組の担任の先生と1対1で課題制作の発表を行う。課題の評価は先生が1人で行い、結果は翌日に出る。夏組の生徒達は西棟の教室で待機し、出席番号順に東棟の教室で発表をする。日和は既に東棟教室の廊下に置かれた椅子に座り、次に呼ばれるのを待っていた。
ガチャ。
奈々 失礼します。
日和 どうだった?
奈々は日和に無言でガッツポーズをする。
日和 (うん。私も落ち着いて頑張ろう。)
日和は奈々が出てきた教室のドアにノックをした。
コンコンコン。
陽光先生 どうぞ!
日和 失礼します!
日和は心臓のドキドキを過去最大に感じながらドアノブを回した。
ガチャ。
・・・
6年生課題制作発表の翌日。昼時を迎えた寮の1階食堂の掲示板前には6年生達が集まっていた。掲示板に表示されていたのは課題制作の結果だった。日和、権太、美代子も人波の中から結果を確認していた。
日和 どうかなー?、再発表だけは嫌だなー。
美代子 ちょっと権太。遠くて見えないわ!何とかこじ開けて!
権太 はいはい。ごめんごめん皆!確認させておくれー!
美代子 見えた見えた!、えーと私は、Bだわ。Bって事は、んーと。芸術的作品だ!
日和 凄いじゃん!、私はどこだ?、あった。Aだ。この評価は優秀作品として新入生歓迎会で組の説明会にて使用する。て本当に!?
美代子 優秀作品!日和やったじゃん!おめでとう!あの音じゃない!!そうよ!良かったね~!
権太 俺はと、、C!?、ヤバくないかこれは。C評価は、職人的作品、今後の成長によっては職人候補として推薦する。!?マジ!!矛盾さんの弟子になれる!
日和 権ちゃんやったね!!
美代子 あんたもやれば出来るのね。
権太 それで、このアルファベットの下に引いてある赤線はどう言う意味?、、赤線は課題制作合格。おー!!俺達3人合格だ!
日和 やったー!!
美代子 当たり前よ!心配してたのは権太が合格出来るかどうかだったわ。
権太 おぉ、こんな俺を心配してくれてたのか。ありがとう美代子!
美代子 バカ!、(グゥーーー)、安心したらお腹空いてきちゃったじゃない!、権太カツ丼3つ貰って来なさいよ!3人で合格祝いよ!
権太 あいよ!
日和 あ!権ちゃんエアーキューブ貸して!
権太 お、はい!
日和 ありがと!
食堂がお昼ご飯で込み合う中、なんとか3人が座れるテーブルを確保した日和達。権太がカツ丼を持ってくるまでの間、日和と美代子は自分のエアーキューブをテーブルに置いた。そして、権太から借りたエアーキューブと合わせて3個のエアーキューブを横並びで一列に揃えた。
日和 よし。揃えた!
美代子 権太君はちゃんと育成してたのかな~?
パチンッ!
美代子が指を鳴らした。すると、並べられたエアーキューブの中が繋がった。そしてその中には青い龍が3匹、エアーキューブの中を悠々と泳いでいた。
美代子 さすが私達ね。カンペキ!
・・・
カツ丼を食べ終え、日和は部屋に戻り昼寝をしていた。そして目が覚めた頃、外は夕焼け色に染まっていた。やるべき事を終えて、少し虚無感の様な物が日和の心をポッカリとさせた。その時ふと、今の気持ちを確認しようと思い立ち日和は五重の塔へ向かった。
日和 ふぅ。さすがにまだ暑い。地下は涼しいかな?
日和は五重の塔の中に入り心の空壁に繋がる地下の階段を降りる。1段1段降りて行くと、少し涼しい風が地下から流れてくる。心の空壁の扉は閉まっている。日和は扉の鍵棒を右にずらして扉を開けた。
ギィッ!
日和 涼しい。猫ちゃんは寝てるか。
日和はタイル張りの道を進み、テーブルの上に丸まって眠る白い猫の前に立つ。ぐっすりと寝ている白い猫の頭を撫で、ゆっくりと自分の胸で抱えた。日和は白い猫の臭いを感じながら目を瞑る。
ギィッ。
権堂校長 あちゃー。先客がいましたか。
少し開いたドアを押し開けて権堂校長が心の空壁の部屋に入ってきた。
日和 ん?
後ろから聞こえた物音に反応した日和は、瞑っていた目を開けた。白い猫を抱いたまま、後ろを振り返る。
日和 あ、校長先生!
権堂校長 ごめんごめん。大事な生徒の時間を邪魔してしまって。、でも空壁に映るあなたの心は綺麗じゃの。
日和の心を描く空壁を権堂校長は感心しながら眺めている。その壁には、色とりどりの六角形が一面に整列した綺麗な硝子細工の様だった。
日和 そうだ、まだ空壁を見てなかった。、、うそ。初めて見る壁だ。何でこんな綺麗に。
そう言って日和はゆっくりと白い猫をテーブルに置いた。壁に描かれた色は闇に消えて行く。権堂校長はタイル張りの道の真ん中まで進み、そこで歩みを止めた。
権堂校長 夏組の6年生。日和さんだね。
日和 え?あ、何で。、はい!そうです!
権堂校長 私は生徒の顔と名前を覚えるのが趣味の1つでね。ちゃんと日和さんの事も知っているんじゃよ。、ここに来たのも何か心に迷いがあるからではないのかな?
日和 すごい。、、はい、そうです。
権堂校長 私はいつも迷った時には、空をじっと眺めるんじゃ。空は自分の鏡だからね。そして、自分が子供だった頃をちょっとだけ思い出す。、日和さんやこの学校にいる生徒達が、夜空に架かる流れ星に願いを込める時。熱い情熱の火が灯る。その情熱の源は、自分に願った強い誓いじゃ。、今、日和さんは空を見て、何を想うかね?
日和 空。
権堂校長 答えは空にあるかもしれんよ。
日和は権堂校長に挨拶をして心の空壁の扉を閉めた。階段を登り外に出ると、空は夕焼け色から濃い紫色へと変わっていた。日和は空を見上げながら寮へ向かって歩いた。
・・・
その翌日。全組の6年生は五重の塔1階ホールに集まっていた。今日のお昼ご飯は、先生が主催の6年生感謝祭が行われる事が決まっていた。美しく準備された料理がテーブルに並ぶ。6年生達は課題制作が終わり、テーブルに座り賑やかに談笑していた。そして時刻は12時30分。柿原先生が職員席から立ち上がり鐘を鳴らした。
リンリンリンッリンリンリンッ!
柿原先生 お静かに!、只今より我々先生達が主催する6年生感謝祭を始めます。まず始めに6年生の皆さん。課題制作の発表の翌日を迎えて、さぞや心浮かれている事でしょう。今日この時間だけは、さらに心踊らせる事を許します!先生達から生徒達へのエールを送ります。大きな区切りとなる6年生。これから学校を卒業する者と、空人になる事を決意し進級する者に分かれる時。かけがえのない友を大切に、そして何よりご家族への感謝の気持ちを忘れずに。、では!乾杯は省きますよ。これからは皆さんが楽しむ時間です。、各担任の先生方。テーブルの前へ。
柿原先生の号令を聞き、6年生担任4名が職員席の前に並んだ。生徒達は豪華な食事を楽しみながら先生達の名前を呼ぶ。
柿原先生 では皆さん!これから各担任の先生方から皆さんへ送る言葉がございます。注目するように。
チャキン。
生徒一同 おぉおぉおおお!
権太 初めて見たぞ。
冬組の速水先生が鞘から刀を抜き、生徒達の正面に構えた。その刀は黒く光り、さらに黒いモヤを帯びていた。すると、速水先生はその刀の刃先を床に向けて両手で柄を握る。
速水先生 苦しみを恐れるな。
ガッ!
速水先生の刀が床に突き刺さる。すると、突き刺した刀から水の様に暗闇が急に広がる。瞬時にホール全体が一気に暗闇に包まれた。
日和 くらっ!何も見えない。
美代子 え?あそこ凄い光ってる!
陽光先生は暗闇の中、大きな弓を天井に掲げ矢を構えた。すると矢は眩しい程の光を放つ。
陽光先生 あなた達の人生に光あれ。
ビヒュンッ!!!
大きな弓から光の矢が職員席側からホールの奥の天井に向かって眩しい光の矢が飛ぶ。その光は流れ星の様に細かく煌めきながら暗闇に白い線を描く。光の矢は天井ギリギリに差し掛かろうとしていた。その時、矢の先端に付いた色玉が弾ける。
パチンッ!
夕葉先生 希望溢れ出す時。
弾けた色玉は、ホール全体を包み込む美しい夕焼け色に染める。その色は、オレンジ・黄色・林檎色・桃色がホール空間を彩って行く。
桜餅先生 ファンファーレを君達に捧ぐ。
光の矢から弾けた色玉の景色の空から、金色に輝く沢山の小さな蝶々がキラキラと金粉を降らした。
日和 こんなに移り変わりながら全部が綺麗だなんて。
権太 やっぱすげえや。
美代子 金の蝶最高だわ。
権堂校長 6年間お疲れ様でした。ささやかではあるけれど、我々先生達から皆さんへ用意した労いの気持ちじゃよ。ゆっくり楽しんでおくれ。明日からの人生は君達が心からやりたい事、好きな事に夢中になってやっていい。応援するよ。先生達はいついかなるときでも君達を見守っている。空は繋がっているからね。ここまで良く頑張った。花丸じゃよ!
パチパチパチパチパチパチパチパチ!!!
ブラボー!最高!ヒューイィッ!
ホール内には、大歓声と喝采の拍手の音で埋め尽くされていた。空から降る金粉に包まれる中、生徒達と先生達の笑顔と涙が輝いていた。
・・・
2027年2月。課題制作で苦しんだ夏も終わり、こんなにも時が過ぎるのが早いのかと思いながら日和は冬の空を部屋から眺めていた。6年生感謝祭が終わった後の9月。陽光先生から言われた事を頭の中で思い返していた。それは、今後の進路を決める部屋。秘密の書物庫の事だった。この間その事で権太と美代子と話をした時。権太は矛盾先生の弟子入りを目指し進級。美代子は世界各国の家庭料理を求めて夢の世界食旅行を叶える為卒業だと聞いた。日和は悩んでいた。空人に憧れる気持ちと声優の夢を叶えたい気持ちが半分に分かれて揺らいでいた。1ヶ月後に迫る決断の時。
日和 秘密の書物庫って何よ。
・・・
そして3月。6年生が今後の進路を決断する日を迎えた。日和は空っぽになった寮の部屋を見つめ、お世話になりました。と心の中で感謝を伝え部屋の扉を閉めた。日和は陽光先生から予め秘密の書物庫に入る時間を告げられていた。その場所は心の空壁にあるらしい。日和は腕時計を確認し、五重の塔へ向かった。
日和 11時15分。時間だ。
ギィッ!
日和は指定された時刻に心の空壁の扉を開けて中に入った。冷たい風を感じながら、タイル張りの道を進む。そして白い猫の眠るテーブルを両手で掴んだ。
日和 これを右に回す。と。
日和がテーブルを右に回した。少し回るとガコンと音がしてテーブルが止まる。すると、暗闇で見えなかったテーブルの奥に扉が現れた。そして、床にはそこに繋がる1本の道が水面から上がってきた。
日和 こんな所に部屋なんか。
日和は現れた道を恐る恐る歩き、扉の前に着いた。丸い金色に茶色がかったドアノブに手をかけ、日和は中へ入った。
日和 あぁ。本がいっぱい。上まで沢山。、ここが秘密の書物庫。
日和が入った部屋は、円形状の本棚が床から天井へ向かってびっしりと並び、そこには沢山の本が入っていた。部屋の中央には木のテーブルと椅子があった。テーブルの上には1冊の本が置いてある。日和はその椅子に座り本を見た。
日和 これだ。「地球疑」って書いてある。これを読んでから決めるのね。
「地球疑」と分厚い表紙に書かれた文字。日和は分厚い表紙をめくりその本を読み始めた。
日和 今の空の世界に関する事実をここに記す。
日和が読むその本には、様々な事が事細かに書かれていた。地球を汚しすぎた人間が、これから先の未来の為に、地球に住む動植物達に協力を仰ぎ、最難関の空の環境保全に動き出す。そのモデルとして選ばれた国が日本。季節変動が分かりやすく、他国の空への応用も期待されている為。それと平行して行われる宇宙事業は、地球の環境を作りやすい星を探す調査をしている。一つには、地球と関係する月・太陽・火星は既に消滅している事。女性の日の体内バランスは空気中に含まれる特別な成分で周期が訪れている。宇宙事業は地球以外で暮らせる星を探しに行くことが主たる目的である。地球の自転は青い龍による影響である、等。日和は本のページをめくる毎に表情を変えて行く。
・・・
そして、最後のページを日和は読んだ。本を読み、空人になることを誓う者は右の扉を開き。己の夢を叶えたいと誓う者は左の扉を開け。左の扉を通った者は、今までの能力を失うが、夢の実現への進路は約束される。
日和は分厚い本を閉じてもとの位置に戻した。目を瞑り深呼吸をする。日和は小さく頷き椅子から立った。そして扉の前に立つ。ドアノブを握り右に回した。日和が扉のドアノブを回した瞬間。右手に付けていた空染のブレスレットが切れて床に落ちた。
~完~
僕の中で、かなりの長編作品となりました。読者の皆様の貴重な時間の中、ここまで読んで頂き誠にありがとうございます!この作品は、女の子を主人公にしたファンタジー小説を書いてみたいと思ったのがきっかけで作りました。もしも、空を人間が創っていたとしたら。と、想像を僕なりの視点で膨らませながら書いていきました。個人的には、まだまだ言葉の表現が未熟で上手い伝え方が無いものかと熟慮していました。今後も作品を作っていきたいと思っています。
ではまた!




