第一章 第4話【コールドストーム】
暗い空、真っ白な大地、映像で見たものはまるで違う光景が目の前に現れ、それと同時に猛烈な寒さが、一番隊を襲う。
そんな一番隊の前にバルトス公国のコンバットキャリアーが3機現れる。
一週間前とは違い、背中には、大きなコンテナのようなものが上下に2つ取り付けられていた。
コンバットキャリアー達が一番隊を囲むように背を向け、屈むと、背中のコンテナがゆっくりと降りてくる。
「1班、2班、3班、6班は左!
4班、5班は中央!それ以外は右の機体に乗り込め!」
コンテナ横のハッチが開き、同時にカイラが大きな声で指示を出すと、皆それに反応して走り出す。
走りながらツクモが、ふと、コンバットキャリアーを見上げると、ツクモの乗り込もうとするコンバットキャリアーの左肩にだけ赤いラインが入っている、カノーラ大佐の機体だった。
コンテナの中は、座席が左右に7つずつ並んでおり、少し傾いたコンテナに対して座席だけが水平を保つように傾きが調整されている。
そして、機体とは反対側の片側にだけ小さな窓が6か所設けられていた。
思っていたよりずっと温かい機内に皆安心した様子であった。
1班と2班の班員がそれぞれ座席に座ると、余った2席に、カイラ司令と、名の知らない制服を着た男が座り、丁度コンテナは満員となった。
コンテナのハッチが閉まると、コンテナが上昇を始め、上にあったコンテナと入れ替わり、残った班員が乗り込む。
全員が乗り込んだことを確認すると、コンバットキャリアーゆっくりと立ち上がった。
「それでは、バルトス公国へ向け出発いたします。狭い機内ですがしばしのご辛抱を。」
コンテナ内のスピーカーから聞き覚えのある声が聞こえ、コンバットキャリアーが歩き始める。
コンテナは外気から守るため高い気密性が確保されており、外の音は全く聞こえない。
また、コンテナ自体にショックアブソーバーが働いているため、コンバットキャリアーが歩き始めても揺れを感じることはほとんどなかった。
プシュゥ、ウイィーン、プシュゥ、ウイィーンとショックアブソーバーの機能する音だけがコンテナ内で唸りをあげていた。
コンバットキャリアーが歩き始めてから約1時間が経過したころ、突然コンバットキャリアーの歩みが止まる。
「もう、着いたのか?」
そう、ポルナレフが言うと、窓を見つめながらイガラシが反応する。
「いや、何か様子がおかしい。」
先ほどまでと違い、明らかに吹雪の勢いが増し、一瞬で窓の外が白くなったかと思うと、不気味に暗くなっていく。
「何が起きている。」
カイラがコンテナ内に設置されていた電話機を使い確認する。
「コールドストームだ、しばらくの間動けなくなる。」
スピーカーでカノーラが答える。
「気圧低下中、外気温マイナス91度、コールドストーム発生まで残り約1分。」
カノーラのペアパイロットが状況を報告する。
「出力50パーセントでアイドリング維持、各関節部にラップを展開。燃料の予備タンクのバルブを全開にしておけ。
おい!2番機3番機はさっさと密集しろ!」
「了解。」
カノーラがそう指示を出すと、コンバットキャリアーは一か所に固まり、姿勢を低くすると、互いの肩に手を乗せた。
ブイーンとエンジンの音が大きくなり、各関節部に膜のようなものが覆い被さる。
最低マイナス200度近くまで温度が低下するコールドストーム下では、コンバットキャリアーとはいえ、動こうとすると各関節部から冷気が侵入し、様々な機器に支障をきたしてしまうため、その場で停滞するしかないのだ。
「すべての温度計のデータをこちらにも回せ。」
「了解しました。外気温マイナス160度、低電力モードに切り替えます。」
コックピット内の外を映していたモニターや照明が消え、赤い光に包まれる。
それはコンテナ内も同じであった。
「なんか、さっきよりも寒くなったな。」
ポルナレフがつぶやく。
嫌な緊張感に包まれる一番隊。
コールドストームに突入してから、3時間が経過したころ、ようやく吹雪の勢いが弱くなる。
「気圧、気温上昇、現在マイナス120度、間もなくコールドストームを抜けます。」
再びカノーラのペアパイロットが報告する。
「よし、出発準備をするぞ。
2番機、3番機聞こえるか?」
「2番機感度良好。」
「3番機、聞こえます、、、。」
何か3番機の様子がおかしい。
「どうした、何か異常でもあったか?」
「そ、それが、片方のコンテナ内のカメラが何も映らなくなってしまって、、、。
温度計の数値もおかしなことに、、、。」
「おい、ちょっと待て!」
カノーラが慌てて3番機のコンテナを確認する。
まだ、視界が優れないなか、ようやく見えた3番機のコンテナには、大きな鉄板の破片が突き刺さり、外気がコンテナ内に侵入していた。
突風の吹き荒れるコールドストーム内で、不運にもどこからか飛んできた鉄板の破片が7班の乗るコンテナに突き刺さってしまったのだ。
カノーラが突き刺さった鉄板の破片をゆっくり引き抜くと、中にいた7班の班員は、まるで時が止まったかのように白く、固まっていた。
「仕方ない、急いで出るぞ。」
そういうと、カノーラは穴の開いたコンテナをジェルのようなもので包み込んだ。
シェルター997の天井を塞いだジェルと同じものである。
7班の悲報をカノーラから聞いたカイラがそれを1班と2班に伝える。
「7班員が外気に晒されて凍死したそうだ。」
カイラが簡潔に説明すると、イガラシが驚いた顔をして口を開く。
「そ、そんなっ、なぜそんなことに!さっきのコールドストームっていうやつのせいなのですか!?」
「そんだ、突風で飛ばされてきた鉄板が隔壁を突き破ったらしい。」
声を荒げるイガラシに反して、冷静にカイラが答えると、イガラシは悔しそうな引きつった顔をし、声にならない思いを拳に握りしめ、それを座席のアームレストにぶつけた。
皆、そんなイガラシの様子を見て、一様に黙るしかなかった。
再びコンバットキャリアーが動き始める。
それからさらに約3時間が経過した午後1時35分、3機のコンバットキャリアーはようやく、バルトス公国の入口であるゲートにたどり着く。
常に緊張感と隣合わせの機内で疲れ果てていた一同が、コンバットキャリアーの歩みが止まったことで一斉に顔をあげる。
皆窓の外に視線を送るが、背中に取り付けられたコンテナの窓からは、代わり映えのしない白銀の世界だけが広がり、何が起きているのか全く分からなかった。
コンバットキャリアーが余裕で入れるほどの巨大なゲートが開き、コンバットキャリアーが中に入ると、奥にはさらにもう一枚のゲートがあった。
3機がゲートの間の空間に収まると、開いていたゲートが閉まり、複数のアームが壁面から伸びてくると、透明な液体をコンバットキャリアー達に噴射し始めた。
「バルトス公国に着いたのか。」
コンテナの窓から見える、巨大なゲートを見て安堵したモルドムが、性に合わない真剣な目つきでつぶやいた。
「この水は一体何なんだ?」
誰も、その液体の正体をしるものは居なかった。
一通りコンバットキャリアーに液体を噴射し終えると、アーム達は壁面に格納され、奥のゲートが開く。
奥には同じくらいの広さの空間があり、3機がその空間に入ると、ゲートがしまり、その空間が降下を始めた。
コンテナから見える、窓の外の景色が上へ流れ、それが巨大なエレベーターであることがわかる。
3分ほどエレベーターが下って行くと、眩い光が、コンテナの窓から差し込む。
エレベーターが岩の壁を抜け、エレベーターを支える鉄骨塔の梁が何度も視線の先を駆け上がっていくと、眼下にはバルトス公国の景色が広がっていた。
渓谷のような形状のシェルター997とは違い、巨大な地下空間が円形に広がり、青白く眩い光を放つ巨大なビル群が天井まで伸び、柱の様に天井を支えているようだった。
「綺麗、、、。」
目を輝かせたクレアがつぶやく。
「997の皆さん、ようこそ、バルトス公国へ。」
カノーラが機内のスピーカーでそう言うが、窓の外の景色に釘付けになっている一番隊の耳には届いていないようだった。
コンバットキャリアー達を乗せたエレベーターは、そのまま、大きな施設の中へ吸い込まれていった。
エレベーターがようやく止まると、目の前には、コンバットキャリアー用に大きく作られた通路が伸び、通路の左右には鉄骨で簡単に仕切られたドッグが10区画ずつ並んでいた。
そのドックには、それぞれコンバットキャリアーが格納され、メンテナンス作業や装備の改修作業などを行っているようだった。
3機のコンバットキャリアーは、空いているドックへ入ると、背中のコンテナを降ろされる。
コンテナのハッチが開き、隊員たちは恐る恐るコンテナの外へ出ると、ドックで作業する作業員達の視線が集まる。
周囲をきょろきょろと見回す一番隊の前に、カノーラ大佐が降りてくる。
「では、こちらへ。」
カイラに向かってそういうと、カイラは一番隊を呼び寄せ、カノーラ大佐の案内について行った。
そんな隊員たちの目の前を、トラックに乗せられた、無惨な姿のコンテナが通り過ぎる。
7班を乗せたコンテナだ。
「おえぇぇぇ」
その光景を見たカコイが思わず嘔吐する。
「ユイちゃん!」
クレアが慌ててカコイに寄り添うと、優しく背中に手を添えた。
「7班はこれから、どうなるのですか?」
ツクモがカノーラ大佐に問う。
「外の世界は、あの寒さに加え、未知のウイルスも蔓延している。凍結した人間を解凍することは不可能ではないが、氷が解けた途端、ウイルスは全身に回り、やがて死亡する。」
「では、さっきの消毒液もその為の。」
「君は感が良いな。
心配するな、我が国の兵士達もあの様に、凍結事故にあっているが、それは決して死亡扱いではない。凍結時の状態を維持したまま、安置施設で保管され、いつの日か、抗ウイルス薬が完成したあかつきには、全員を解凍させる予定だ。」
カノーラ大佐は、ツクモ達にそう説明すると、再び歩み始めた。
カノーラの案内に従い、しばらく歩くと、一番隊は大きなスクリーンのある部屋へ通された。
「では、こちらでお待ちください。」
カノーラはそう言い残し、どこかへいなくなってしまう。
大きな部屋には、階段状に設置された机と椅子が、スクリーンに倣うようにカーブを描いて並んでいた。