下の下
「ふーん。何と言うか妙な気分だね。犬の散歩というのはこんな感じなのか。うんうん、実際に経験するのは実に良い」
俺はお前との散歩は楽しくないけれどね。断ったのに此奴は鼻歌交じりに俺を無理矢理連れだした。何か杖に手を伸ばしたかと思ったら半透明の犬の身体を引っ張り出して。尻尾から変な紐みたいなのが出て杖に繋がって居るけれど、これ何!? 変なの出てると怖い!
「大丈夫大丈夫。それが君と杖を繋いでいる物だからね。エミリアが使命を達成したら紐が切れて君ははれて自由の身だ。願いだって叶えてあげられるのさ。それに嫌われたって平気な位に私は君達犬への評価が高いんだ。だって君達犬の仲間に対する献身と善良さは面白い。人間とは、特にエミリアって子を除くこの世界の人間とはね……」
この世界の人間と違って? それってどういう意味~?
「はっはっは! 君の嫌っている相手でも素直に接する所は凄いね」
そう? 俺凄い? 知ってた! だってコンテストでいい成績を出した事があるもん!
「へー! それは結構。……所で神殿内を歩き回ってどう思った?」
そう、俺達は外じゃなくって神殿内を歩き回っている。中庭だって有るのに行かないなんて凄く馬鹿! それに神殿内の臭いって嫌い! だってお酒臭いしご馳走とかの脂っこい匂いがするし、とっても嫌な感じだよ。子供のエミリアはご飯少ないのにさ!
俺はあの太っちょが嫌いだったけれど、他の連中も嫌いになったよ。お酒を沢山飲んだりご馳走を沢山食べたり、何か裸になって騒いだりしてた。あれって交尾? 交尾してた?
「そうだよ。この世界の人間は極一部を除いて良心より悪心の割合が大きいんだ。私がそうした。この世界はそんな世界なのさ」
あくしん? それって何さ?
「悪ーい心の事さ。ほら、彼等が持ってるね」
俺達が部屋に入っても他の連中と同じで気が付かない。どうしてだろう?
「そりゃ連中に見えないようにしているのさ。言っただろう? 私は神様だって」
神様……エミリアが会いたがっていた奴だよね? お前が実は居ないって言ったけれど……お前も神様って奴なら……。
「それにしてもどういう事だ? 聖女は聖杖を使った後は我々の思い通りに動くのでは無かったのか!?」
「あの小娘は杖が話しかけて来たと妄言を口にしていたが、儀式に何か手違いでもあったのかも知れませんな。矢張り子供過ぎた可能性もありませんか? ……あの年齢では好きに楽しめませんし、後数年待つべきだったかと。どんな扱いをしても構わない女性なんて最高なんですがね」
「それでは遅かっただろ! 存在する筈がない神を信じぬ者も増えて来たし、聖女の奇跡を見せておかないと寄付金だって減る一方だった!」
ねぇ、此奴達は何を話しているの?
「そりゃあ悪巧みさ。自分達が贅沢する為に聖女を利用する気なのさ」
そうなんだ! 意味が分からなかったけれど、お前の説明で何となく分かったよ。
「まあ、犬だからね、君。それにしても神様が居ないって神に仕える連中が平気で口にするなんてさ。勘が良いね。実際に私以外の神はこの世界に存在しない。だから信仰しても時間の無駄なのさ」
え? じゃあ、エミリアは何の為に……。
「自己満足だろ? どうせ死んだらそれで終わり。私が実験で拾い上げない限りね。ほら、ちゃんと聞いていなさい」
急に話し方を変えるなよ。変なの!
「まあ、子供だから聖力を従来の聖女よりも多く使えるでしょうな。使い捨ての道具が長く持つのは都合が良い。何せ聖力は寿命を変換して使う物ですから」
寿命? ねぇ、寿命って……。
「ああ、寿命は分かるんだね。でもエミリアには黙っておこうか。……そういう方針って決めてたからね、この実験はさ」
エミリアに教えなくちゃ。教え……何を? 俺の前で此奴が口元に指を当てたかと思うと俺は何かを思い出せなくなった。
「うんうん、流石に酷い事をしたから一つ……いや、二つ教えてあげるよ。君が大好きなジョニーってエミリーって名前を呼んでいただろう?」
……うん。あの時のジョニーは悲しそうだった。
「エミリーってのは彼の娘さ。君と会う前に死んだ子で……私がこの世界で最後の聖女に転生させた」
この時、俺は目の前の相手の顔を見てゾッとした。ジョニーと一緒なら水以外は何も怖くなかった俺だけれど、本当に怖かったんだ……。
「聖女ってのは世界の為の生け贄さ。命を削って大勢を助ける事を運命づけられた善の魂という適性を持つ者。彼等は知らないけれど、本当は聖女は誕生しないように私がいじくっていたんだ。後はこのまま・・・・・・おっと、ネタバレは禁止だ。全て終わったら教えるよ」
そんな事を言いながら消え、俺は杖に戻る。何か嫌な事が起きる気がするんだ。怖いよ、ジョニー。
「よーし! 今日も頑張りましょう、ジャック!」
次の日、エミリアは相変わらず少ない食べ物を食べて仕事に向かった。何でだろう? 俺、止めた方が良い気がするのに、何故か理由が分からない。
……そして俺はエミリアと一緒に世界を回った。聖女として力を使い、大勢の人を救ったんだ。
その道中、俺は酷い物を多く見た。醜い物ばかりだった。
「何で今頃来たんだ! お前がトロトロしていたから俺の家が無くなったじゃないか!」
それは森でのたき火から広がった火事。多くの村を飲み込んで、大勢の人が家を失った。エミリアはその火を雨で消し、全員の怪我を癒したんだ。そして食べ物を出して配っていた時、一人の男が叫んで石を投げたんだ。
「そうだ!」
「さっさと来ないからこんな事になったんだ!」
「ご、ごめんなさい!」
男に続いて他の奴もエミリアに石を投げて来る。なんで? エミリアに助けて貰ったのに! 食べ物だってエミリアの力で出したんじゃないか!
「どうして俺達の味方をしてくれない!」
「何が聖女だ! この悪魔め!」
ある時は内乱って奴が起きて、エミリアは神殿が言った通りの側を強くして、もう片方を弱くした。起きたのは一方的な殺しで、エミリアが吐きそうにしながら泣いていた。
それから……、それから……、それから……。
ねぇ、ジョニー。俺、どうして何も出来ないの? ジョニーは俺を立派な警察犬だって誉めてくれたよね? なのに俺は何も出来ないのはなんで? 俺、エミリアに何をしてあげられるんだろう?
「……大丈夫。私は無理してないから……」
俺が心配してもエミリアはそんな事を言って神殿の連中に言われるがまま働いて働いて働いて、その行く先々で酷い事を言われた。素直にお礼を言われるよりも文句を言われる事が多くて、段々笑わなくなって。
「ねぇ、ジャック。もう真っ暗で何も見えないの。私、神様の為に頑張らないと……」
そしてエミリアは死んで、太っちょ達は嘆いていた。こんなに早く死んだら困る。もっと儲ける筈だったのにって。他の連中はこんなに早く死んだ無責任の役立たずだってエミリアに怒っていた。
ねぇ、ジョニー。どうしてエミリアが死んでこんなのが生きているの?
「いやいや、それは仕方無いさ。そんな事よりもご褒美の時間だよ。君が寄り添った事でエミリアの心は守られていたからね。じゃあ、君の願いを教えてよ、ジャック」
俺の耳に届く声。お俺の願い。俺の願いは・・・・・・。
「よーしよし! いい子だ。お前は本当に賢いな」
あの神様って奴は本当に願いを叶えてくれて、俺はジョニーの幸せそうな顔を見ている。ああ、嬉しいな。俺は幸せだよ。
「エミリア、お前は自慢の娘だ。なあ、シンシア」
「ええ、そうよね、ジョニー」
そう、俺がもう側に居られないとしても、ジョニーが幸せなら俺も幸せ。エミリアが家族と生きられるなら俺は嬉しい。
うん! 俺は幸福だ!
「まさかエミリアの幸せを願うだなんて、本当に犬の仲間への献身と善良さはさ。まあ、最後に願いが叶った光景を見せてやったんだから私も同類かな? なーんちゃって。五兆三十億七千五十万二千三百二・・・・・・いや、一か。エミリアが死んだら数年で消滅する設定だったんだから。まあ、そんな多くの世界を管理する私を善悪で計れる筈が無かったね」
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