ノゾキミルモノ
夏のホラー2021投稿作品です。
ホラーですけど、読んでも夜寝れなくならないタイプのホラーです。
バ◯モントの中辛と甘口半々くらいの怖さだと思います(個人の感想であり効能を保証するものではありません)。
でもおばけの「お」の字でも怖い方は、無理せずハヤシライスを食べましょう。
それではどうぞお楽しみください。
「はぁっ、はぁっ、何だ! はぁっ、何なんだ! はぁっ、あいつは! はぁっ、はぁっ……!」
男は深夜の人気の消えたオフィス街の道を、叫びながら走る。
呼吸の妨げになる、なんて冷静な判断力はない。
仮にあったとしても、胸の中にある恐怖心を吐き出さなければ、彼は気が狂っていただろう。
「はぁっ、はぁっ、ちくしょう! はぁっ、何で俺が、はぁっ、こんな目に……! はぁっ、はぁっ……!」
彼の憤りももっともだろう。
何せ彼が追われているのは、単なる偶然でしかないのだ。
禁域を侵したわけでもない。
霊を冒涜したわけでもない。
ただ残業を終えて終電もなく、明日は休みだからと呑気に道を歩いていたら、黒い『何か』と目が合った、それだけなのだ。
それだけでその『何か』は、湿り気のある不気味な音を立てながら追ってきたのだ。
「あ、あそ、こに……!」
限界を感じた男は、大きな公園に足を向ける。
後ろから聞こえる足音からして、速度では振り切れそうにない。
どこか身を隠せる所を、と目に飛び込んだトイレに駆け込んだ。
三つある個室の一番奥に入り、鍵をかける。
肺が酸素を求めて激しく動こうとするのを必死に抑え、耳に全神経を集中させる。
(どっか行ってくれ……! 見失ってくれ……!)
息を殺しながら、男は必死に願う。
しかしその願いも虚しく、黒い『何か』は形容しがたい音と共にトイレへと入ってきた。
(気付かないでくれ……! 頼む! 頼む頼む頼む!)
それは命がけのかくれんぼ。
一秒が一時間にも感じられるような緊張に、男は必死に耐えた。
(……? 音が、消えた……?)
まだそれでも近くにいるかもしれない。
必死に耳を澄ますが、聞こえるのは公園の虫の声。
(助かっ、た……?)
男は安堵の息を吐き、顔を上げた。
個室を出ようと扉に手をかけ、そこで止まった。
視線を感じる。
まるで油のように薄く粘りつくような視線。
男はその視線の元を辿ってしまった。
個室の扉の上の隙間に。
「……!」
人の顔ほどもある大きな目。
闇に溶け込むような黒い身体の上で、たった一つ爛々と輝いていた。
その目が下弦の三日月のように歪み、その目の下で闇が上弦の三日月の形に開く。
笑ったのだ。
『見ィツケタァ』
「ぎゃあああぁぁぁ!」
嬉しそうなその声に、男は半狂乱になって声を上げた。
『モウ逃ゲラレナイヨォ』
「うわあああぁぁぁ! 喋ったあああぁぁぁ!」
『サァドウスル?』
「うわあああぁぁぁ! 質問してきたあああぁぁぁ!」
『……?』
「うわあああぁぁぁ! 小首を傾げたあああぁぁぁ!」
『……オイ』
「うわあああぁぁぁ! また喋ったあああぁぁぁ!」
『……』
「うわあああぁぁぁ! 黙ったあああぁぁぁ!」
『オ前チョットフザケテルダロ』
「うわあああぁぁぁ! 怒ったあああぁぁぁ!」
『食イ殺スゾ』
「ごめんなさい。ちょっと面白くなってふざけました」
男が叫ぶのをやめたので、『何か』は先程まで三日月に開いていた部分を三角にして、不満げに問う。
『オ前、ナゼ気絶シナイ?』
「気絶?」
『ソウダ。人ガ気絶シナイト終ワラナイ』
「そんな事言われても、気絶ってした事がないんですよね。だからどうしたらいいのか……」
『怖クナイノカ』
「めちゃめちゃ怖いですよ。これまで結構な数のお化け屋敷行ってますけど、ぶっちぎりで怖かったです」
『ナラ気絶シロ』
「そんな無茶な」
三角の穴から『何か』は溜息のようなものを吐いた。
『オ前ミタイナ人間ハ初メテダ。コレマデノ人間ハ皆気絶シテイタノニ』
「あの、気絶させてどうするんですか?」
『恐怖デ気絶シタ人間カラ零レル魂ノ力ヲ食ウ』
「気絶しないと?」
『食エナイ』
「じゃあ諦めてくださいよ」
男の非難がましい声にも、『何か』は引き下がらない。
『ソウハイカナイ。久々ノ獲物ダ。最近夜中ニ歩ク人間ガ減ッテ腹ガ減ッテイル。少シ前マデ日ヲマタイデデモ酒ヲ飲ム連中ガソコココニイタノニ』
「こんなところにも影響出てるんだなぁ……。その魂の力ってのを食われたら、人間はどうなるんです?」
『半日寝込ム』
「えぇ……。困るなぁ。明日は休みだから久々にゲームやり込もうと思ったのに」
『気絶シナイノナラ仕方ナイ。丸ゴト食ウノハ初メテダガ、何事モ挑戦ダ』
「えっちょっとやめ」
ばくん。
大きく開いた口が、男を飲み込んだ。
『ペッ。ヤハリ駄目ダ。オイ、ヤハリ気絶ヲ……、シテルナ。全ク、素直ニ最初カラソウシロ』
読了ありがとうございます。
定番の、『逃げ切れたと思ったら扉の上から覗いていて、気絶したら朝だった。あれは一体……』的な話で気絶しなかったらどうなるのかを書いてみました。
皆さんもこういう手合いに会ったら、素直に気絶しましょうね。
また怖いようで怖くない、ちょっと怖いホラーをもう一つ上げるつもりですので、よろしくお願いいたします。