6 結婚3日目のカール
ルーベルト王国の王城内で今最も注目されている機関の名は魔法省と呼ばれている。魔法省が扱う事項は名の如く魔法全般だ。
遥か昔、古代人が使っていた魔法という神秘。それらの技術は一度失われ、現在では徐々に解明・復活されつつあった。
復活の切っ掛けとなったのは大陸の歴史を探る歴史家が魔法に関連する文字を見つけたことだった。発見した歴史家によると『古代で使われていた魔法とは、古代文字の組み合わせで顕現する内容が決まる』と推測された。
この発見は世界中に公開され、研究が進むと歴史家が見つけた発見は事実であると認められる。同時に古代文字の組み合わせによる内容の確定、術者の基礎魔力と魔力を引き出す為の媒体を用いて発動が可能になると判明。
これら魔法に関する最初の研究は各国に公開され、今やほとんどの国が魔法の解明と復活に勤しんでいる。
その中の一つがルーベルト王国に新設された魔法省という機関だ。魔法の研究は創設前からされていたが、本格的に魔法を取り扱う機関として創設されたのは今から20年前。
創設初期から在籍するメンバーに混じり、魔法省で仕事に勤しむ若きエースの名はカール・リアソニエ。つまり、ローズの夫であった。
彼は幼少期の頃から頭がよく、8歳から入学する王立学園でも常にトップクラスの成績を収めていた。王立学園に在籍中に魔法関連の授業が試験導入された際に才能を見せ、現省長から直々にスカウトされたという実績を持つ。
ただ、彼自身の人生は華々しい実績ばかりじゃない。学園に在籍していた頃、公爵当主が病で死亡。母はカールを産んだ時に亡くなっていた事もあり、一人息子であったカールが当主を引き継いだ。
まだ若かったカールは周囲から同情の眼差しと言葉を一身に受ける身となったが、学園の成績はおろか当主の役割としても完璧にこなしてみせた。
それ故に、カールをよく知らない者達は彼を天才と呼ぶ。だが、彼をよく知る者は努力家と呼ぶだろう。彼の能力と才能は天から授かった物じゃない。彼が寝る間も惜しみ、必死に努力して掴み取った物である。
「ど、どうでしょうか?」
努力で力を得てきたせいか、彼は仕事で一切妥協しない。
魔法省に用意された上級魔導師用の執務室に研究レポートを持ってきた部下を前に、カールは眉間に皺を寄せて鋭い目付きで紙に書かれた文字を追うと、一点の間違いを見つけて紙に指差した。
「ここの古代文字は意味が違う」
紙の文字を追っていた時の表情と同じく、眉間の皺と鋭い目付きのセット――他人が見れば怒っているのではないか、不機嫌になったのでは、と思えるような表情で部下の顔を見る。
「は、はっ。すいません!」
そんな表情で見られれば、魔法省に勤めて2年目の新米は縮み上がるだろう。姿勢を正し、直立不動で謝罪を口にする。
「謝罪はいい。この文字が違うとなると全体の意味が変わり、魔法は発動しなくなるだろう。直してもう一度持ってくるように」
少しでも間違いがあればやり直しを命じられる、一文字でも間違いは許されない、とカールの厳しい判断は魔法省に勤める新人達の間で有名だった。
ただ、カールの指摘と指導は至極真っ当だった。
魔法文字の組み合わせが間違っている状態で魔法を行使しようとすると、下手すれば事故に繋がりかねない。そういったリスクを回避する為にも事前に魔法文字の組み合わせを解説したレポートは重要となる。
新米を導く上級魔導師――役職としては部長クラス――として当然の事であるし、意地悪上司のように指摘するだけ指摘して修正箇所を教えない等の偏屈さも無い。組織全体と新米達を想っての注意と指摘である。
だが、周囲から恐れられている理由としては、やはり表情が問題なのだろう。
この仕事に妥協しない、己にも他人にも厳しいと思わせる表情。常に冷静な考えを口にして、上司や同僚からは感情に左右されないと男と評判だ。
加えて、彼が復元・開発したと有名な『氷の魔法』も相まって、カール・リアソニエは『冷徹公爵』の異名は彼にピッタリだと多くの者達が囁く。
「はいっ! 修正して参ります!」
カールから返却されたレポートを受け取り、ハキハキと答えた新米魔導師が執務室を出て行くと、その直後にもう一人の訪問者が現れた。
「おおい、カール」
訪ねて来たのは、学園からの同級生でもあるジャン・コルディアスという男性。彼はコルディアス侯爵家の長男で、カールよりも爵位は低いが親友とも呼べる存在だった。
「どうした?」
ノックもせずに部屋へ入って来たジャンにカールはいつもと変わらぬ、眉間に皺を寄せたまま問う。
「どうしたって、俺が来た理由は分かるだろう?」
部屋を訪れた目的を明確にせず、カールの表情を指摘するジャンはカールと対照的な雰囲気を持つ。その証拠として、学園時代に周囲からは「どうしてジャンと?」と言われるくらいカールと正反対の男だ。
いつも浮かべている爽やかな笑顔に持ち前の高身長、どんな女性とも距離感が近くて気軽に話しかけてくれるという気安さを武器にタイプの女性には身分が下の者でも積極的にアプローチをして……というプレイボーイである。
「どうなんだよ~? もう三日目だろう?」
最近忙しくて親友とまともに話す時間が作れなかったせいか、ニコニコと笑いながらジャンはカールの前にやって来ると土産の酒瓶を執務机に置いて問いかけた。問われた本人も結婚生活の事かと察し、何がとは聞き返さない。
「……話はした」
だから素直に答えた。この三日間で起こった出来事を。
「ほう。どんな?」
未だ独身であるジャンは親友の結婚生活に興味津々のようだ。というよりは「この堅物が妻として迎えたローズとの結婚生活はどうなっているのか」が気になるのだろう。
「名前をどう呼べば良いか聞かれた」
「ほうほう。それで?」
「カールと呼んで欲しい、と殿下に伝えた」
「……なるほど。で?」
「以上だ」
シン、と室内が静まり返る。あれほどウキウキワクワクしていたジャンの顔からスッと笑顔が消える。
「だと思ったよォォォォッ!!」
ジャンは膝から崩れ落ちた。しかし、すぐに立ち上がってカールの両頬を片手で掴むとカールの堅物顔をタコに変えた。
「お前はさァ! どうせさァ! そんなこったろうと思ったよ! この堅物がよォ! 結婚して三日も経ってるのに会話がそれだけってよォ!!」
「ひゃなせ(放せ)」
絶叫を終えたジャンは手を放し、クワッと目を見開いてカールに詰め寄る。
「お前なぁ! 会話がそれだけなのも異常だが、そもそも結婚した相手を殿下呼びとかおかしいだろう!? つーか、ローズ様は王家から離れているんだぞ!?」
この場合、ジャンが言う事は全て正しいだろう。既に降嫁したローズを殿下と呼ぶのはおかしいし、百歩譲って敬称付きで呼ぶとしたら『様付け』が正解と言える。
「しかしだな……。その、名前で呼ぶなど、恥ずかしいじゃないか」
だというのに、カールが未だ殿下と呼ぶのはそう呼んだ事しかないからだろう。彼女になった女性に対して今まで姓で呼んでいたのに、交際がスタートしてから名前で呼ぶのは恥ずかしいと……と思春期の男子が思う気持ちと似たようなものかもしれない。
「アホか! お前は未だに思春期なのか!? 俺が教えてやったろう! ちゃんと相手の目を見て、女性の好きそうな話題を振れと! ダメでも会話する糸口になるって教えたよな!? 会話を弾ませて自然に名前で呼べと教えたよな!?」
何度も言うが、ジャンが正しい。
ああ、なんてことだ、と天を仰ぐようなオーバーリアクションをしつつ、ジャンは結婚前に親友へ授けたアドバイスを口にした。
「女性の好きな話題というのが思い浮かばなかった。お前から言われた政治関連や公爵家、魔法に関する事は口にしなかったが、それを抜きにすると……」
結婚生活初日、重苦しい雰囲気に包まれていたリビングで会話の糸口を探していたのはカールも同じだったようだ。しかし、彼の場合は顔が良くても女性経験が一切無い。いい歳した大人が、と思うかもしれないが彼には彼なりの理由があった。
それは公爵家という高い爵位故でもある。公爵家ともなればお近づきになりたい家は多く、成り上がろうと野心を持つ家は娘すらも利用してくる。カールの周りに近寄る女性の中にはそういった者も多かった。
故に先代当主が存命の頃から家の使用人含めて、女性関係に関して強く厳しく教育されてきた。一時の気の迷いで家が傾く事もある、と。
これらの要因からカールの女性経験値はかなり低い。彼は誠実で勤勉であるが、柔軟な思考の持ち主とは言い難く、心の機微というものに疎かった。そんな彼がローズの心境など読み取れるはずもない。
「その眉間に皺を寄せる癖も治せと言ったろう。不機嫌そうに見えるんだよ!」
常に眉間に皺が寄っているのもカールの悪い癖だ。加えて、素直に心情を口にせずに口下手になってしまったのも。ただ、これは若くして当主となった事が関係していた。
当主とは亡くなった父のように威厳がある存在であると思っている故に、若かったカールは周りの大人に舐められないよう表情を堅くして、下手な事を言って付け込まれないよう口数をなるべく減らした。
政争渦巻く貴族社会の闇に飲み込まれないよう、一人で生きていけるよう彼が独自に編み出した防衛手段と言える。それが染み付いてしまった結果なのだが、当時のカールは嫁を娶って夫婦となる事を想定していなかったのだろう。
「……すまん」
「はぁ。まったく、お前がそんなんじゃローズ様に離縁したいとか言われちまうぞ?」
ジャンの言葉にカールの肩が大きく跳ねた。眉間には相変わらず皺が寄っているが、彼は少し顔を俯かせて――
「それは困る……」
「だろう? ったく。せっかく功績を立てて好きな女性と結婚できたってのに。つーか、最初に言ったよな。功績を立ててローズ様と結婚するなら、結婚後が重要だって」
そう、何よりカールはローズを愛していた。
魔法省に入り、努力と勉強を続けて魔法の開発に勤しみ、戦場で功績を挙げられるほどの魔法を手に入れて。ようやく彼は愛する女性と一緒になったのだ。
方法は少々恋愛的とは言えないが。
「……すまん」
カールは親友の言葉に少々やられてしまったようだ。眉間に皺を寄せたまま、肩を落とすという奇妙で珍しいリアクションをした。
「俺に謝るな。ったく、手の掛かる奴だな」
はぁ、とため息を吐いて前髪をかきあげるジャンだったが、彼の浮かべた表情は口にした通り手の掛かる友人を気遣うものだった。
「お前の気持ちは陛下とヴェルガ殿下も賛同して下さったんだ。それに、お前は顔が良いんだから自信を持て。ローズ様を愛しているって気持ちを伝えればいいんだ」
「ああ。ありがとう、ジャン」
カールは眉間を揉み解し、親友に礼を言う。彼の言葉を聞いたジャンは肩を強く叩いて更なるアドバイスを授けた。
「よし。今度は食後に酒でも誘ったらどうだ?」
今回、ジャンが持ってきた土産は酒だった。つまり、これを使えという意味らしい。
「……できるだろうか?」
しかし、カールは「ハードルが高い」と表情で語る。確かに結婚三日目にして一言しか会話出来ていないカールには少々厳しい目標だろうか。
「いいか。まずは夕食の時に聞くんだ。今日は何をしていたんですかってな。そうすると相手は答えるだろ? 相手の答えに対して返事を返すだけじゃだめだ。ちゃんと会話を繋げるようにしろ」
ジャンのアドバイスが始まると、カールは律儀にも自分の手帳に書き記す。
「そんで、会話をしながら食事を終えたら酒に誘え。ローズ様は酒好きという噂だ。きっと喜ぶだろう」
そう言いながら、ジャンは酒瓶のラベルを指差した。どうやら持ってきた酒はジャン秘蔵であるヴィンテージ物のウイスキーらしい。
「わ、わかった」
「酒を飲んで自然に会話できるようになったら、殿下を名前で呼んで差し上げろ。妻として迎えた女性を殿下と呼ぶなんて……。いや、あり得んだろ」
まずは自然に会話して、殿下呼びを訂正する事。それに専念しろ、とジャンは言う。
「わ、わかった」
コクコクと何度も頷くカール。
――結局のところ、異名なんてモノは他人が押し付けて来るイメージに過ぎない。
彼をよく知るジャンからすれば「コイツのどこが冷徹だ」と言って鼻で笑うだろう。いや、むしろ当時のジャンがカールを指差しながら腹を抱えて笑い、本人は顔を真っ赤にしていたのは二人だけの良い思い出である。




