5 結婚3日目のローズ
結婚まで語ったところで、ようやく時間軸は現在に戻る。
これまで語った話を纏めると、ローズは心から望んで結婚したわけじゃないというのがお分かり頂けただろう。
どうしてこんな事に、と彼女も言っていたが……。要するに彼女は兄と父に丸め込まれたのだ。反論する暇も与えられず、結婚式の準備に忙殺されて気付けば結婚式当日を迎えたわけである。
ローズは王国内でも五指に入るほどの強さを持った騎士であるが、謀には滅法弱い。これまでの半生、戦いに関する事柄に注力しすぎたせいもあるが、戦場でも突撃や一点突破などの戦法を好む事から彼女がどういった人間か分かるだろう。
そう、第一王女ローズ様は脳筋だったのです。
「ローズ様。はしたないですよ」
庭でのお茶を飲む訓練を投げ出し、股を開きながらだらしなく座るローズにマリーダの注意が飛ぶ。だが、彼女は空を見上げながらうんざりするような表情を浮かべた。
「やめだ、やめだ。私には剣を振るう方が似合っている。優雅に茶を飲むなど私らしくない」
彼女の自己分析通り、騎士として生きてきた彼女にとって貴族うんぬんは性に合わないだろう。
だからと言って、屋敷を抜け出し自分の部隊に合流……とも出来ない。隊長であるローズが新しい生活に慣れるまで部隊の隊員全員が休暇を与えられている。恐らくは父と兄が早々に夫人生活を投げ出すと予想していたからだろう。
同時にローズが結婚した事で部隊の処遇は一時保留に。休暇の間に今後どう運用するのかを王とアランが決めるとの事であるが……。組織としてそのような状態にある隊を勝手に動かすわけにもいかず。
「なりませんよ、ローズ様。公爵夫人ともなれば茶会や夜会に誘われる事も多くございます。その時にローズ様が恥を掻くばかりか、旦那様も恥を掻いてしまいます」
「構わんだろう。そのついでに離縁でも申し付けてくれれば万々歳だ」
マリーダの言葉にローズは「ふん」と鼻息を荒くしながら腕を組む。彼女がこういった事を言い出すのは旦那となったカールの態度もあるのだろう。
――基本的に貴族社会において結婚というものはお見合いに近い。親同士で話し合い「うちの娘どうですか?」「いいですね~」「じゃあ、結婚で」といった流れである。
この「じゃあ結婚で」の段階でようやく両者は顔を合わせ、初めて言葉を交わすのだ。貴族同士の結婚に恋愛感情はあまり含まれず、家の繁栄を願ってというものがほとんど。恋愛結婚などごく僅かだ。
それでも夫婦となった両者は努力するだろう。親が決めたとはいえ、相手に何かしらの欠陥があれば結婚には至らない。時には強制力が働いて不幸になる場合もあるが、今は置いておこう。
とにかく、結婚という儀式を経てから両者は恋愛を楽しむのがほとんどだ。両者とも相手に気に入られたい、家で気まずい思いをしたくない、それぞれ思惑はあるだろうが、歩み寄る努力はする。
ローズも結婚式の前日に母サリスからそういった注意点を聞かされていた。
『いい? 夫婦というものは結婚してから独自の愛を形作るものなの。だから、ローズも相手に歩み寄らなければダメよ?』
『相手の事を知らないのに否定するのはよくないわ。相互理解もなく一方的に突っぱねるのは悲しいことだと思わない?』
どちらもサリスの言だ。そう言われ、ローズは「確かに」と納得した。納得に至った理由は偏に父が抱いていた気持ちの件があってのことだろう。
もしかしたら、相手は自分を純粋に好きなのかも? と乙女心を震わせもした。
騎士学園に通い、男社会の中で暮してきたローズだって女性である。同級生の女性や同期の女性騎士が恋愛事を口にしていたのを聞いた事があるし、恋愛とはどういった物かというくらい知識はあった。
……常に聞き役で知識に関してもうっっっすいものだが。
とにかく、結婚式が終わってからローズが初めて公爵家で暮らし始める日のこと。ローズは王城で任命された専属侍女のマリーダを伴って公爵家へお引越し。
公爵家の使用人達に手厚い歓迎をされながら、結婚式後初めて旦那であるカールと二人きりで話す事になる……のだが。
リビングにて、両者顔を合わせてから重たい沈黙が5分続く。しかも、相手の眉間には深い皺が寄っていて随分と不機嫌そうな面持ちである。この時点で普通の人間であれば息苦しくてたまらないだろう。
「ど、どう呼べば良い?」
その息苦しさに耐えられなくなったローズは、勇気を振り絞って一人掛け用のソファーに座るカールに問うた。
「カール、と呼んで下さい。殿下」
「そ、そうか……」
如何だろうか。この上司と部下のような会話を。結婚した二人とは思えぬほど、甘酸っぱさなど欠片もない。むしろ、苦みしかないような空気である。
折角、勇気を出したローズに対して眉間に皺を寄せて鋭い目付きのまま「殿下」と呼ぶカールにも原因があるだろう。ローズが勇気を出して口にした質問に対し、短く答えただけで話を広げようともしないのはよろしくない。
……そもそもの話、ローズは公爵家に嫁いだのだから殿下と呼ぶ事自体が正しくないのだが。
その後もカールは眉間に皺を寄せたまま黙りこくって、重苦しい沈黙が続くだけ。沈黙が破られたのは使用人が「夕食の準備が出来ました」と言いに来てくれたからだ。
といっても、夕食時も会話は無く。重苦しい雰囲気の中で黙々と食事を摂って終了。食後はカールが「仕事が残っていますので」と部屋に篭ってしまった。
歩み寄りが大切、と言われていたローズはこう思ったに違いない。
『なんだこのクソ野郎は?』と。
結婚した2人の生活は『夫婦生活』とは到底呼べぬものだった。
――本日で結婚生活3日目だが、初日から全く変わっていない。会話もほとんどなく、ローズが問うても「はい・いいえ」くらいの返答しかないのが現状である。
「離縁などと……。旦那様はあまり感情を表に出さないだけだ、と公爵家の使用人が言っておりましたよ」
「あれは感情を出さないって程度の話ではないだろう……」
一緒にいると重苦しいったらありゃあしない。煮詰まった状態の作戦会議の方がまだマシな雰囲気だ、とローズは不満を口にする。
「しかし……。ふむ。離縁される可能性が高いならば、腕を鈍らせてはいかんな」
庭の椅子から立ち上がったローズはマリーダがお茶を片付けている隙に公爵家に用意された自室へ戻り、勝手に服装を動きやすい物へ着替えると愛用の剣と槍を持って再び庭に赴いた。
腕を鈍らせてはいけない、と口にした通り、彼女は庭で剣の鍛錬を始めてしまう。
「セイッ! ヤァッ!」
それも超気合の入った大きな声で。屋敷の敷地は広いが、ローズの気合が籠った声量ではご近所に聞こえてしまう。
「ローズ様! お止め下さい!」
「何故だ!?」
剣を二振りしたところでマリーダに止められてしまう。何故かと問われたマリーダは「貴族は体面を気にする生き物でございます」と言われてしまった。
噂の公爵家から気合の篭った声が響くともなると、噂好きの貴族がどんな勘違いをするのか分からない。
それに現状でローズの印象は貴族令嬢に対して最悪だ。彼女らが悪い噂を流し、ローズを貶めて、それを利用する貴族家の当主が出る可能性もゼロではない。
政争とは厳しく、時に残酷だ。ローズの噂を利用して公爵家だけでなく、王家にまで飛び火するかもしれないとマリーダに注意されてしまう。
「もうっ! 何なんだ!!」
自由が利くと言われていたローズの現実は全く自由が無く、政治や貴族社会に縛られたものだった。簡単な武器の素振りすらも満足に行えず、ストレスが溜まる一方の彼女は噴火寸前だ。
「せめて、旦那様に許可を取ってからに致しましょう?」
これはマリーダなりの気遣いだったろう。カールと会話が続かないのは相手が「YES・NO」でしか返さないのもあるが、話題が乏しいからである。
鍛錬をしても良いか、否かを皮切りに少しでも会話すれば良い。
「ダメと言われたらどうする?」
ローズはカールに「堅物」と印象を持っているせいか、端から拒否されると思っているようで。しかし、マリーダは首を振る。
「屋敷でダメならば、王城で鍛錬しても良いか問えばよろしいではないですか。ローズ様、最初から相手との会話を諦めてはなりません」
「なるほど」
マリーダの言葉に頷くローズ。だが、ここで彼女は一つの想いに至る。
「マリーダ。それ、カールにも同じ事を言うよな?」
ローズは何で自分だけ言われにゃならんのだ、と今度はすぐに気が付いた。
「……ええ、はい」
あっちはあっちで別の問題があるんだ、と内心思っているのか、マリーダは視線を逸らしながら言った。




