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4 血濡れの薔薇が嫁ぐまで 2


 カールの婚姻発言によって会場は一時騒然となったものの、無事に全ての工程は終了。その後、ローズは広間から去って行く父の後を慌てて追いかけた。


 城の廊下で声を掛け、別室に連れて行かれたローズ。部屋の中には父と兄、そして第二王妃と妹といった家族全員が勢揃いしていた。


 久しぶりの家族に対面したローズは若干ながら面食らうが、今はそれどころじゃないと気を取り直して父を睨む。


「父上! 一体どういう事ですかッ!」


「結婚の件か?」


「それしかないでしょう!?」


 帯剣はしていないものの、今にも剣を抜いてしまうような剣幕で父に詰め寄るローズ。だが、父ヴェルナルディは目を瞑ったまま静かに彼女の問いを聞いていた。……否、強者となった娘のマジギレにちょっと足が震えていた。


「……お前には言っていなかったが、前々からお前の結婚は予定はしていたのだ。候補は何人かいたが、リアソニエ卿が是非にと言い出してな。家柄的にも人格的にも問題無かったから――」


「私の意見は!?」


 ローズの言葉は尤もだ。結婚とは両者が納得してするものであり、どちらか一方が望むだけで叶うものじゃない。


 自分は反対だ、と意思を示すがヴェルナルディは大きくため息を吐いた。


「……そうは言うが、お前は一生結婚する気がないのだろう?」


 父に言われ、図星を突かれたローズの肩が跳ねた。その分かり易いリアクションにヴェルナルディは「やっぱりか」と声を漏らす。


「お前は国の王女だ。一生結婚しないなどという選択はできん。それに有能な公爵家と繋がりを強くするのは王家として当然だろう?」


 こちらも正論である。ローズは庶民の子ではなく、ただの貴族令嬢でもない。国の代表たる王家の娘だ。王家の娘として子孫を残す事も当然だが、有能な家の人間を内に取り込むのも勤めの一つ。


 子は親を選べないとよく言うが、それでも王家に生まれてしまった者の宿命でもある。生まれながらに背負った義務と言えるだろう。


「騎士を辞めろとは言わん。だが、前線からは身を引いて家庭を持ちなさい」


 ヴェルナルディが発した言葉はローズにとってショックだっただろう。自分が何故騎士の道を選んだのか、何故ここまで頑張ってきたのか、それら全てを父親に否定されたようなものだ。


 父の言葉を聞いたローズはショックで一瞬だけ放心してしまう。だが、すぐに我に返ると顔を怒りで染めた。


「ふ、ふざけるなッ!!」


 ローズはこれまで父に対し、一度も反抗はしなかった。今回のような口の利き方もしたことはない。だが、それだけ我慢できなかったという事だろう。


 実の親に向かって拳を振り上げそうなくらいの怒りを曝け出す。


「待って、ローズ! 陛下は――」


「黙れッ! 私の、私の気持ちは!」


 激昂するローズを抑えようと第二王妃サリスが銀色の髪を揺らしながら慌てて立ち上がるも、ローズの収まりようのない怒りに満ちた顔と怒声を向けられてしまう。


 サリスの横に座っていたローズの妹――サリスから受け継いだ銀髪を持つ第二王女マリアもビクリと肩を震わせて怯えるような顔を浮かべた。


「待て、ローズ。落ち着きなさい。……父上、母上、私が説得します」


 そのタイミングで割り込んだのは兄であるヴェルガだった。彼はローズの肩に手を置くと、隣の部屋へ連れて行く。


「兄上! 一体どういう事なのですか!!」


「落ち着け、ローズ」


 兄ヴェルガはローズに一言そう言って、部屋に配置されていたソファーへ座るよう促す。ローズが荒々しく座ると、彼は彼女の横に腰掛けた。


「お前の怒りは尤もだろう。だがな、父上の気持ちも汲んでやれ」


「……どういう事です?」


 兄の言葉に未だ収まらぬ怒りを抱えたまま聞き返すと、ヴェルガは顔を伏せた後にローズを真剣な表情で見つめた。


「母上が死んだ時を覚えているか? あの時の王城は大いに荒れた。私も悲しかったが、お前は何倍も悲しかっただろう」


「ええ」


 ヴェルガの言葉にローズは当時の様子を思い出したのだろう。むしろ、彼女にとっては忘れられない出来事だ。今の彼女を形作った出来事でもある。


「お前は母上の死を乗り越える為に騎士の道を選んだ。だが、その間に……父上の悲しみは想像したか?」


「え?」


「母上を失くして悲しかったのは私達兄妹だけじゃない。父上だってそうだ」


 言われてローズはこれまでの半生を思い返す。自分は母の死を受け入れる為に、家族を守ろうと必死に鍛錬を行ってきた。


 だが、周囲の人間はどうだっただろう? 父はどうだっただろうか? 思い返そうとしても、当時の父の様子は思い出せなかった。


 それも当然だ。悲しみを振り切るために鍛錬に明け暮れたローズは王城を出た。騎士学園に入ってからも、彼女の周りにいた家族の事など気にせずに己の力を磨く事だけに集中していたのだから。


「父上は母上を殺した相手を未だ探している。苦しんでいるのは父上も同じだ。だが……同時に恐れてもいるんだ」


「何に……ですか?」


 彼女の問いにヴェルガは真剣な顔で答えた。


「お前だよ、ローズ。父上は騎士となったお前すらも失ってしまうんじゃないかと恐れているんだ」


 ローズは確かに強くなった。王国五指に入るほどの実力を持ち、彼女を害する存在は限りなく少ない。だが、強くなれば強くなるほど戦いを望まれる。騎士とはそういう存在だ。


 同時に何事にも万が一という事がある。それは強くなったローズでさえ例外じゃない。


「確かに父上はお前が騎士になる事を許した。だが、お前は強くなりすぎてしまったんだ。このまま騎士として戦い続けて、お前が戦で命を落としたら……。父上は今度こそ立ち直れないだろう」


 愛する妻を失ったヴェルナルディは父親として2人の子供に弱っている部分を見せたくなかったのだろう。ヴェルガは当時の自分も父は強い存在なんだと思っていた、と言う。


 だが、歳を重ねて自分が成長していく過程で父親を姿を見続けていると、王である父も人並みの人間なんだと思い知ったと彼は語った。


「私も父上も……サリス母上もマリアも、お前が家族を守る為に強くなったのは理解している。だがな、このままお前を戦場に送り続ければ取り返しがつかなくなるんじゃないか、と私達は考えた」


 加えて、年々功績を立てるローズに王城内に勤める貴族達の「王女殿下に戦ってもらえば良い」という声は高まっているという。最強クラスの騎士がいるから国内は平和、と今の時代にはよろしくない雰囲気も流れつつある。


 王家はローズが暢気な貴族達にいつか潰されるのではないか、と危惧して今回の決断に至ったようだ。


「まぁ、政治的な意見は気にしなくていい。それを抜きにしても、娘を持つ父親としては……娘に幸せになってほしいと考えるものだろう?」 


「父上が……」


 特に死んだ妻の面影を色濃く持つローズはヴェルナルディにとって……絶対に失えない宝物と言うべきだろうか。


 兄に父の気持ちを聞かされ、初めて彼女は父親の心を知った。いや、家族を守る為と思いながらがむしゃらに前へ進み続け、家族を顧みなかったのは自分なのかもしれない。


 ローズの怒りもすっかり萎えて、シュンと気落ちしてしまう。


 そんな彼女を見たヴェルガは苦笑いを浮かべて、子供の頃と同じようにローズの頭を撫でた。


「お前は変わらないな。素直で真っ直ぐだ」


 次期国王として政治の闇も覗いた兄からしてみれば、彼女の人としての純粋さと素直さは嬉しい反面、少々危ういと思うのだろう。


「まぁ、つまりだ。今回の結婚はお前を守る意味でもある。公爵家に降嫁するのは妥当だし、国外の王子に嫁ぐよりマシだろう?」


 国内の公爵家に嫁げば、国外にある友好国や同盟国の妃となるよりは自由が利く。彼女が守りたいと思う家族とも離れ離れになるわけじゃない。


「それにな。カールの事はよく知っているが、あいつは良い男だぞ? 優秀だし、頭は良いし。まぁ、少しばかり顔が堅いが」


 どうやら兄ヴェルガはカールの事を知っているようだ。しかし、ローズとしてはそれよりも聞きたい事があった。


「私の部隊はどうするのです? 解散ですか?」


「いや……。それは追々決めるとしよう」


 ローズの問いにヴェルガは少し言い淀む。悪いようにはしない、とだけ口にした。


「さぁ、お前の結婚に対する真意は理解できたか?」


「え、ええ」


 ここからヴェルガの言葉は少々早口になった。それはローズの気が変わらぬうちに……とも思えるような。


「そうか。良かったよ。では、父上に謝りに行こう」


 ヴェルガはローズの肩を優しく叩き、彼女を立たせると再び父と母、妹が待つ隣の部屋に向かう。中に入り、彼女の背中を支えながら「さぁ」と小さく言った。


「父上、先ほどは申し訳ありませんでした。母上も……申し訳ありません」


 父の気持ちを知ったローズは素直に頭を下げた。誠意を込めて謝罪すると、謝罪を受けたヴェルナルディは大きく破顔した。


「気にするな。決意してくれて嬉しく思う」


「きっと幸せになれるわ。公爵夫人として疑問に思うところがあったら、いつでも相談に来てね?」


「お姉様! おめでとうございます!」

  

 父だけじゃなく、母と妹も同じように笑って彼女の結婚を祝福する。本人はまだ「結婚します」と一言も言っていないのに。


「ん? あれ?」


「さぁ、ヴェルガ! さっそく各部署に通達せよ! すぐに結婚の準備を行うぞ!」


「はい、父上! お任せ下さいッ!」


 あれ? でも、私は結婚に同意してないぞ? と思うローズを余所に、彼女の家族は有無を言わせぬ勢いで推し進める。


 ヴェルガも王子らしからぬ猛烈な走りを見せて部屋を飛び出して行き、まるで本人が気付かぬうちに既成事実を作ってしまおうとしているような雰囲気だ。


「さぁ、ローズ。こっちに座りなさい。いやぁ、よかった。よかった」


 破顔しっぱなしの父に手招きされ、頭の上にクエッションマークを浮かべながらソファーに座るローズ。


「結婚式のドレスはどんなのにしようかしらね~?」


「スタイルの良いお姉様ならどんな物でも似合いますね!」


 笑いながら両隣に座った母と妹に挟まれ、逃がさんとばかりに両腕を掴まれる。


「あれ?」


 実際、兄ヴェルガの奮闘もあってローズの結婚式が開催されるまで一ヵ月も掛からなかった。本当に前々から準備はしていたようだが……。ローズの結婚が行われるまでに要した準備期間は王国史上最速だっただろう。


 疑問と違和感を抱きながらも結婚式に関する準備に没頭させられたローズは成す術もなく。時間はあっという間に過ぎていき、ローズとカールは王都にある教会で式を挙げる。


「あれ?」


 ローズが「丸め込まれたんじゃないか」と気付いたのは結婚式の後だった……。


読んで下さりありがとうございます。

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[一言] 気付くの遅すぎるよ、ローズ王女!
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