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3 血濡れの薔薇が嫁ぐまで 1


 ローズという女性がどのような半生を歩んできたかを語ったところで、彼女が結婚にまで至った経緯を語るとしよう。


 ローズが強者として認知された二十歳から二年後、二十二歳となった彼女は三年前から王国騎士団総長であるアランから独自の隊を持つよう勧められていた。


 理由としては王国五指に入る強者となったローズを第一から第三まである騎士団どれもが持て余していたからだ。


 既に騎士団には隊長と副隊長が存在しており、誰も歳や怪我で引退する気配は無し。かといって、ローズの為に特別な役職を作るのも公平さを求められる王族の身内贔屓と見なされて貴族からやっかみを受けてしまうという非常に面倒な事態になった。


 考えたアランは王族護衛専門の近衛騎士に近い特殊部隊を創設する事に。ローズを隊長として、彼女自身がスカウトした騎士を部下とする。そんな彼女の為の部隊であり、王国の切り札になり得る部隊の創設だ。


 ローズ自身もそれに賛成し、彼女は自分が認める騎士を探し始めた。一年の時間を費やし、ローズが隊長として君臨する特殊部隊が結成される。


 結成された当初は王国内で起きた事件や野盗狩りを中心に任務を行っていたが、平時のローズは新兵の訓練も任されていて……。


「この豚がッ! さっさと腕立てを続けんかッ!」


 王都の訓練場で這いつくばる新人騎士に下品な激を飛ばすのはローズである。鬼のように口が悪い軍曹じゃなく、第一王女のローズである。


 悲しい事にルーベルト王国騎士団は未だ男社会だ。女性騎士も多く存在しているが、王国の思想的には『女性は守るもの』という考えが強い。よって、男性騎士達の多くは女性騎士を甘く見ていた。


 男社会で地位を確立し、強さを見せたローズもまた男社会の風習や雰囲気に染まらざるを得なかった。故にこういった下品な激を飛ばすのは日常茶飯事で、食事や休憩、夜の酒を飲む席でもローズは男に負けず劣らずワイルドな所作を見せる。


 毎日ガッツリ三食食べて、お茶は喉を潤せれば良し、酒は庶民派なエールをジョッキで何杯も豪快に飲んで。そういった男に負けぬ姿は部下達から尊敬されていたし、戦闘でも真っ先に敵陣へ突っ込むローズは誰からも信頼されていた。


 しかし、王国の貴族家で純粋培養されたお嬢様達にとっては考えられまい。繰り返しになるが、正統派なご令嬢達は騎士達に『守られる存在』である。


 食事は少なく、お茶は優雅に、酒を嗜むならば品が良いとされていたワインを飲んで。ローズとは真逆の存在だ。


 これがローズの評価を落としていた原因でもある。騎士としては優秀かもしれないが、とても王女とは呼べぬ野蛮さだと貴族令嬢界隈で囁かれ続けた。


 故に貴族令嬢ネットワークでは「第一王女は結婚できない」「あれを娶る殿方などいない」「一生独身のゴリラ騎士」などとされ、件の予想レースでは大穴扱い。


 しかし、この予想が覆された切っ掛けはローズが二十五歳となった年の出来事、現在から三ヵ月前。東にある国から宣戦布告され、ルーベルト王国が戦争状態だった時期に遡る。


 三ヵ月前、ルーベルト王国は東に位置する軍事国家から宣戦布告された。理由としては豊かなルーベルトの土地を欲しくなったからとのこと。


 ルーベルト王国は大陸西側に位置する国であり、内陸は平地が多く農業に適した大地が広がっている。西端方向へ行けば山岳地帯が広がって希少鉱石等が採れる鉱山採掘業が盛んである。また、南に行けば海もあって巨大な貿易港もあって土地に恵まれた豊かな国だ。


 対し、戦線布告した国はルーベルト王国に比べて特別な産業となり得る資源を獲得できる土地が少なかった。要するに妬みからの侵略である。この世界、この時代特有の「無いなら奪え」の精神だ。


 敵国はルーベルト王国東の果て、国境直前まで進行を開始。ルーベルト王は防衛に専念せよと命じ、ルーベルト王国騎士団は東の国境で敵を待ち構える。


 この中にローズが指揮する特殊部隊――王家直属特殊戦闘部隊と名付けられたローズが結成した部隊も戦線に加わっていた。


「野郎共、今日は仕掛けてきやすかね?」


 国境に作られた砦の門から外に出て、砦を背にしながら防衛陣を張るルーベルト騎士団。王家直属特殊戦闘部隊はその右翼に配置された。


 陽が上りきった日中から陣の位置に着き、隣に並ぶ部隊長のローズに問うたのはローズが真っ先にスカウトし、右腕をして副隊長を命じた巨漢の男――ゾークであった。


 彼の体は縦にも横にも大きく、まるで大きな熊だ。それでいて鋼の鎧を着込み、手には巨大なメイスを持っているのだから敵からしてみれば堪らないだろう。


 自慢の剛腕で重量のあるメイスを振るえば人の体など簡単に粉砕してしまう。巨体を生かした突進力もあって、ローズは彼を一目見た瞬間から部隊に誘ったという華々しい経緯を持つ男であった。


 己の体重にも負けぬ強い馬に跨った彼は目線の先に展開された敵国の騎士団を睨みつけた。敵の数は1万と少し。中央左右に展開された敵国の布陣は騎馬が多く、機動力を生かした戦いをしてくると予想しているが。


「城からの情報通りであれば仕掛けてくるだろうな」


 ゾークの隣に並ぶローズもまた、馬に跨りながら敵陣を睨む。


 胸には鋼のブレストアーマー、腕は肘まであるガントレット、足には鋼で覆われたブーツを履いて。それらの下には騎士服を着ているだけで、ゾークに比べて軽装であるがこれがローズの正式な装備である。


 しかし、ローズの表情に油断も怯えもなく、合図があればいつでも敵陣に突っ込める。そんな鋭さがあった。


「退いてくれればいいのですがね」


 ゾークと並ぶローズを挟むように並んだ男は背に弓を担ぐ蛇のように細い目をした男――ヨシュアという名で、彼は小さな小国からやって来た男だった。


 己の腕がどこまで通じるかとルーベルト王国にやって来て、騎士団の採用試験を突破するも外国人という理由から騎士ではなく兵士として採用され、所属していた隊では雑用を任命され続けた悲しき過去を持つ。 


 しかし、彼が弓の腕前を腐らせまいと隠れて自己鍛錬をしている姿をローズに目撃される。ローズはヨシュアの腕を見て即座にスカウト。雑用扱いの兵士から一気に前線で活躍する特殊部隊の一員となった。


 彼の容姿は外国人故にルーベルト王国人とは少し違う。ルーベルト人と違った容姿、騎士としては体の線も細い。ルーベルト騎士団の中では敬遠されるような男だったが、背中に担ぐ弓を使えば右に出る者はいないと彼の実力を知らしめたのはローズの慧眼があったからこそ。


 故に彼はローズを誰よりも信頼している。といっても、彼女を信頼しているのはこの二人だけじゃない。隊に所属する者達は皆がローズを信頼し、彼女が地獄へ赴くと言えば喜んで共するだろう。 


「暴君と有名な王の騎士だぞ? 退くわけがない。むしろ、戻れば殺されると思っていそうだな」


 信頼を寄せるヨシュアの言葉にローズは首を振った。彼女が言った通り、ルーベルト王国が迎え撃つのは暴君と有名な王が治める国。


 民から税として金を巻き上げ、城では贅沢三昧。それでいて、他国が潤っている事を許せない。自分が世界でトップになっていなければ気が済まないような、クソッタレな王である。


 奴隷と等しい扱いを受ける国民と命令に背けば即座に首を刎ねられる騎士達。ローズ達の目の前で陣を構成する者達は所謂、恐怖政治で押さえつけられた兵達だ。


 逃げて国に戻れば王に殺される。ならば、戦場で死ぬ方がマシと思っているに違いない。


「やれやれだ……」


 なんとも憐れ。酷い国もあったものだ。そう言わんばかりにヨシュアは肩を竦める。


 他の騎士達も彼の感想には同意するだろう。だが、向こうが攻めて来るのだから迎え撃たなければならない。


 と、その時――敵陣から突撃の合図となる笛が鳴った。敵の騎馬兵が雄叫びを上げながらルーベルト王国騎士団に突撃を開始する。


「さて、予定通り中央は第一騎士団に任せ、我々は敵の脇腹を抉る。行くぞッ!!」


 そう叫んだローズは真っ先に馬の腹を足で叩き、脇に構えた槍を持って突出する。他のルーベルト王国騎士団が防衛の構えを取っていながら、彼女は文字通り槍の如く敵左翼へ突撃したのだ。


 ローズの愛馬も主人と共に戦場へ。敵騎馬兵を恐れずに全力疾走。敵騎馬兵へ接敵したローズは槍で敵の胸を貫き、すれ違い様に引き抜くと次の騎馬兵へ突き刺した。


「噂の女かッ!」


 仲間の死を目撃した敵騎馬兵が異名持ちであるローズの存在に気付き、側面へ回る。そのままローズの腹に剣を突こうとするも、遅れてやって来たゾークのメイスが敵騎馬兵の頭部に直撃した。


「ガハハッ! 隊長殿は相変わらず敵の折り方を知っている! 見ろ! 野郎共の顔を! 敵も味方も呆気に取られているぜ!」


 ゾークの言う通り、敵どころか味方の一部でさえローズの行動を見て呆気に取られているようだ。ローズをよく知る一部の者以外、防衛戦で突出するなどルーベルト王国式の戦術では聞いた事も無いから戦法だからだろう。


 しかし、ローズの行動は現代戦争の戦い方としては正しかった。剣や槍といった武器での戦闘が主な戦場では先に相手の心を折った方が勝利を手繰り寄せる。


 同時にローズが誰よりも目立つ事で他の位置に陣取る自軍の騎士達が動きやすくもなろう。これはローズが決意した『家族を守る』という気持ちから生まれた、彼女が好む戦術であった。


 ……そのせいもあって、最近は特に脳筋ぽさが濃くなってきていると一部で話題になっているが。


「まったく。だから共に行きたくなりますよ!」


 しかし、ローズの部下達は文句を言わない。むしろ、大歓迎とばかりに彼女と共に行く。


 それは部隊に所属する全員がローズから直接スカウトを受けたからだろう。お前は強い、だから一緒に国を守ろうと誘われたからだ。そう言われて心を震わせぬ男がいるものか。 


 後衛として陣取るヨシュアもそうだ。彼はローズと出会わなければ一生雑用扱いだったに違いない。


 彼は認められた弓の腕を存分に発揮した。細い目で敵を捉え、口元にはニヤけるような笑みを浮かべると、矢を次々と速射して敵陣を駆けまわるローズを後方より支援し続ける。


「オラオラッ! 薔薇と()()()()がお通りだァ!」


「はははッ! 自分で言うかね! 副隊長は美男子どころか野獣だろうに!」


 敵陣へ突っ込むローズを追うゾークや他の者もそうだ。重厚なメイスを振るい、剣を振るい、血濡れの薔薇と異名を持つ女性騎士と共に敵を狩る。


 背中から聞こえる頼もしい声を聞き、仲間達と共に敵陣を崩そうじゃないか。ローズはそう思っていただろう。


 二度目の突撃をしようと馬に助走をつけさせるべく、少しだけ敵陣から距離を取ると――雲一つ無く、陽の光が降り注ぐ戦場には不自然な()()が充満する。それはローズ達でさえ「寒い」と感じてしまうほど明らかなものだった。


「なん――!?」


 違和感を感じたローズが「なんだ?」と口にする前に、ローズ達の前に立ちはだかっていた敵兵達の全身が一瞬で氷漬けになった。氷漬けになった敵兵はローズ達が対峙していた敵左翼側だけじゃない。自陣中央と左翼の端にいた敵兵ほとんどが氷の中に閉じ込められていた。


 氷漬けになった者は閉じ込められた時点で即死だろう。敵陣の半数以上が不可思議な一撃であの世へ旅立った。この一撃を見舞ったが故に最早、国境での戦闘はルーベルト王国の勝利で確定と言える状況になる。


 先ほどまで騎士達の気合による熱気で満ちていた戦場は物の見事に鎮静化。敵陣からは「退け!」と撤退命令が聞こえてきた。


「こりゃあ……。例の魔導師ですかね?」


 ゾークが口にした魔導師とは。


 遥か昔に生きていた古代人が行使していた『魔法』を使う者。現代では古代魔法文字を組み合わせた魔法術式と魔力が結晶化した媒体を用いて発現させる神秘の技を行使する者達の総称だ。


「冷徹公爵様ですか」


 続けてヨシュアが口にしたのは、戦場を氷漬けにした魔導師の異名である。


「カール・リアソニエ公爵でしたっけね?」


 ゾークが冷徹公爵の本名を口にして、よく知るであろうローズへ問うように顔を向けるが……。


「知らん」


 戦場の華たる突撃を強制的に取り上げられたローズは膨れっ面をしてぶっきらぼうに答えた。


「まぁ、ほら、味方の被害も抑えられましたし……」


「知らん。魔法など知らん」


 ローズの気を落ち着かせるように言うヨシュアの言葉にも彼女は不機嫌な様を露わにし続けた。


 近年、ルーベルト王国では魔法の開発が盛んである。厳密には開発ではなく、古代で使われていた魔法の復元と言うべきだが。


 しかし、この戦場で見た通り、魔法とは絶大な威力を発揮する。剣などの刃物で戦うよりも、より効率的に相手を制圧できる方法だ。国が戦闘面に取り入れ、開発・研究に力を注ぐ事は方針として間違ってはいない。


「魔法など……」


 魔法などと口にしたローズの心境は、自分の矜持たる騎士の力、戦いの場での役割を魔導師に奪われるんじゃないか。そう思っているのだろう。


 現に数年前まで行っていた剣や槍やという近接戦闘は行われず、誰かが放った魔法で戦場を圧倒してしまったのだから。


「砦に戻りやしょう」


 膨れっ面を浮かべるローズに周囲が砦へ引き返して行く様を見てゾークはそう誘う。


 砦に戻り、明日こそは騎士として力を振るうと誓うローズだったが、翌日になると砦には吉報が届く。宣戦布告した東の国でクーデターが発生し、暴君が死亡したという知らせだ。


 これにて戦争は終了。開戦から一ヵ月程度で幕を閉じた。


 が、ローズにとって問題となったのはこの後である。


 

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 戦争が終結し、戦後処理が進められる中。ルーベルト王国王都にある王城では戦争に参加した者達への受勲式が行われた。


 といっても、今回の戦争は短期間で終了したので受勲者はそう多くない。


 敵国内部に潜伏し、クーデターを引き起こす工作を行って戦争終結に導いたルーベルト王国情報部隊の一小隊がまとめて受章され、唯一個人で受章されたのは戦場で活躍した『冷徹公爵』であった。


「カール・リアソニエ公爵。見事な働きであった」


 式にはローズも参列したが、彼女は王族の一員としては参列せず。儀礼的な騎士服を身に纏い、あくまでも騎士の一人として参列していた。


 異名持ちの魔術師がいるとは知っていたものの、この時に彼女は初めて『カール・リアソニエ』の姿を見た。見た感想としては随分なインテリ野郎だ、といったところだろうか。


 眉間に皺を寄せながら鋭さを秘めた目と冷静な面持ちで静かに王であるローズの父から勲章を受け取る姿。若くして公爵家の当主となったという事実、王城にある魔法省で上級魔導師という肩書に加え、噂によれば貴族令嬢から熱い視線を受ける男だという。


 確かにそんな噂が立つのも理解できるほど、()()()だけは抜群に良い。中性的な顔立ちで王国女子から人気が出そうな顔だ。薄く青みのかかった髪色も魔導師らしい神秘的な雰囲気があるし、背も高くて男が抱く理想的なイメージを体現するような人物である。


 しかし、あの顔の下には、あの眉間に皺を寄せてニコリともしない顔の下には一体どんな考えを秘めているのか。


 もしかしたら、自意識過剰な男でツラの良さから「この世の女は全部俺のモノ!」みたいな下衆の考えを持っているかもしれない……ローズはそんな男に「してやられたのか」とますます悔しい想いを募らせた。


 因みに、思い描いているのは全てローズの勝手な妄想を代弁したまでである。彼女は悔しさからカールを敵だと思っているのだろう。


「リアソニエ公爵。貴殿には勲章の他に褒美を与えようと思うが、希望はあるか?」


 話が逸れてしまったが今回のような個人に対して受章がなされる場合、勲章の他に褒美を与えるのはルーベルト王国にとって通常の事であった。多くの者は金や爵位を望むのだが……。


「む?」


 希望はあるか? と王が言った次の瞬間、ローズはカールと目が合った。正確に言えば、カールがローズへ顔を向けたのだ。


 カールはすぐに顔を戻し、伏せたまま言った。


「第一王女ローズ様との婚姻を認めて頂きたく思います」


「は?」


 何言ってんだあのインテリ野郎は。


 ローズは呆けながらそう思ったに違いない。しかし、彼女の口から出た短い言葉は周囲のざわめきでかき消される。


「良いだろう」


 しかも、周囲のざわつきを止めずに王はカールの要求を認めてしまった。それが余計に周囲の熱を増幅させる。


「はああああ!?」


 困惑するローズの悲鳴がざわめきに混じって木霊した。 


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