22 冷徹公爵
「さて、残りは貴様等だけだな」
「くっ……」
剣を片手にローブ姿の二人へ一歩踏み出すローズ。一番距離が近いフードで顔を隠した女性は手に持っていたナイフを構えてローズの挙動に集中する。
だが、ナイフを構える手が僅かに震えていた。
「なんだ? 貴様、素人か?」
その震えを見たローズが首を傾げて問う。相手が格下どころか、素人レベルなのだと察したからか、ローズから感じる緊張感が僅かに緩和される。
「なめるなッ!」
ただ、相手にとっては屈辱以外の何ものでもない。彼女にどんなバックボーンがあるのかローズは知らないだろうが、僅かに見える口元は奥歯を噛み締めているようであった。
屈辱的なセリフを言われた女性はナイフを構えたまま突撃を開始。彼女はナイフを突きではなく、剣のように振るおうとした。
「……やはり素人ではないか」
強者と呼ばれたローズにとって、この程度は取るに足りない。彼女からしてみれば基本がなってない、と言ったところか。
「ナイフとは突く物だ」
概ね、ローズの言う通りだろう。ナイフには様々な種類があって用途も分かれているが、フードで顔を隠す女性が使っているような刃が短いナイフは基本的に不意打ちからの刺突で相手に致命傷を与えるもの。
戦いに慣れている者であれば、この種類のナイフを真っ向勝負に使うなど普通は考えない。使うとするならば格闘術と合わせるのがベターじゃないかと思われるが、彼女はどうにもそういったスキルを持った様子はない。
そもそも、単身で突っ込んで来るという選択肢を選んだ時点でダメだ。ローズの実力を既に見ているのだから、彼女の後ろにいるリーダー格の男と共に戦うくらいでなければローズを排除しようなど夢のまた夢である。
その証拠にローズは女性が振るったナイフを小さなバックステップで躱し、女性との間に剣を振れるだけの間合いを作った。握っていた剣を下段から掬い上げるように振るうと、風を斬るような鋭い音が聞こえそうなほどの斬撃を放つ。
「ギ――」
ローズを襲う敵側からしてみれば、現実味がなかっただろう。スパッと紙が切れるかの如く、女性の右手が地面に落ちた。
斬られた本人も痛みは感じていたのかもしれない。だが、それ以上に自分の腕が地面に落ちていくというシーンを見て一瞬だけ痛みを忘れてしまったようだ。
「ぎ、ぎゃあああ!!」
ようやく状況を理解した女性は血が噴き出る腕を抑えながら後方へとたたらを踏んだ。女性が膝から崩れ落ちると、フードがめくれて素顔が露わになる。
「貴様、夜会で……」
フードの中にあった顔は夜会の時にローズの腕に酒をぶっかけた貴族令嬢であった。まさかの再会にローズは唖然とするが、相手はローズの前で悲鳴を上げまいと声を殺しながら睨みつける。
「こ、この、クソ女ァッ!!」
出血する腕を抑える女性は顔を憎しみで染め、ローズに品のない言葉をぶつける。下唇を噛み締め、今にも噛みつきそうな野犬のようだ。
「クソ女とはご挨拶だな。私は貴様と会ったのはこれで二回目。しかも、どちらも貴様達から吹っ掛けてきたのではないか」
ローズの認識としてはそうだろう。一度目は夜会で酒を掛けられ、二度目に至っては馬車の強襲だ。クソ女と言いたいのはこちらの方、と言いたげに女性を見下ろすが……。
「お前が……! お前が私の家族を戦争で殺したから……!」
「戦争被害者か」
どうやら彼女はルーベルト王国と戦争をした国のどれかに家族がいたようだ。しかし、近年起きた戦争は全て相手国から宣戦布告されたもの。ルーベルト王国は防衛したに過ぎず、恨み言を言われる筋合いはない。
ルーベルト王国全体とローズからしてみれば「国と国民を守った」だけ。むしろ、相手国が戦争を仕掛けなければ良かっただけである。逆恨みもいいところだ。
「なるほど、貴様等は戦争で負けた腹いせに襲ったのか。貴様等の国が起こした戦争で負けたにも拘らず」
ローズが正論を口にすると女性の顔が歪む。彼女は心のどこかで『逆恨み』であると分かっていたのだろう。それでも行動に移したのは、家族を失った悲しさや喪失感に押し潰されそうになっていたからかもしれない。
何か行動に移さなければ、誰かに怒りをぶつけなければ……。しかし、その気持ちはローズも痛いほど分かるだろう。彼女も幼少期に経験しているのだから。
母を亡くしたローズは騎士となり、初めて野盗討伐の任務に赴いた時はどうだっただろう? 討伐対象であった野盗は母を殺害した者達ではないにも拘らず、恨みや憎しみを抱いていたのではないだろうか。
「お前は……」
足にしがみつく女性と過去の自分が重なって見える。自分にも同じような運命を辿る未来があったんじゃないか、そう思えてしまうのだろう。
「良いぞ! そのままそいつを押さえておけ!」
そう叫んだのはリーダー格の男だった。
部下にだけ戦わせるクソ野郎が何を、とローズが顔を向けて睨みつけると彼はニヤリと笑いながら背中側に手を回した。
「お前が死ねば終わる! 忌々しい王家の血を絶やせば終わるのだ!」
取り出したのは拳大の丸い物体。馬車と橋を吹き飛ばした爆弾だ。それを片手で持つ男は爆弾を空へ掲げるとローズに見せつける。
男が爆弾を持つ手に力を入れると全体に赤色の模様のようなものが浮かび上がって、心臓が鼓動するように点滅し始めた。馬車を爆破された際は気付かなかったが、どうやらこれが起動の合図なのだろう。
「貴様ッ!」
爆弾を投げられてはたまらない。ローズは男に向かって駆け出そうとするが――彼女の左足に衝撃が加わって勢いが殺された。
視線を下げれば、先ほど腕を切り落とした女性がローズの足にしがみついている。大量出血で顔を青くしながら、目線だけでローズを見上げて。口元には最後の力を振り絞ったような満足気な笑みもあった。
「死ねええええ!」
「チィッ!」
男が爆弾を投げようと振り被った瞬間、ローズも同時に剣を槍投げのような形に持ち替える。
この時、ローズの脳内では瞬時に計算が行われていた。それは数式や理論的なことではなく、これまで積んできた戦闘経験と己の力量を正しく理解しているが故の計算である。
『相手が爆弾を投げた瞬間、剣を爆弾に命中させれば直撃は受けない』
馬車を吹き飛ばした時の衝撃やダメージから爆風を受けても大して問題は無いと判断したのだろう。相手の投げるモーションに集中し、投げた瞬間にこちらも剣を投擲する。
脳内では投げた瞬間からのイメージが再生され、ローズの持つ経験と力量が『出来る』と確信を告げる。
相手の挙動に集中しながら「さぁ、来い」と構えた瞬間に――ローズの体は冷気を感じ取った。
「あ――」
この冷気を彼女は知っている。数か月前の戦争と最近ではベルトマン公爵の屋敷で感じた「あの」冷気だ。身構えながらきつく閉じていた目を開けると、男の爆弾を持っていた手が氷で覆われる瞬間が映った。
「なッ!?」
自らの手が氷で覆われた事、起爆寸前だった爆弾も止まってしまった事、どちらもあってか男は驚愕の表情を浮かべながら後方を見やる。
崩れていたはずの橋の方に立っていたのは一人の男。冷徹公爵の異名を持つカールだった。
「殿下! ご無事ですか!?」
どうやって崩れた橋を渡ったのかは不明だが、貴族街へ入ってからは走ってきたのだろう。少し肩で息をしながらも、ローズに声を掛ける。
「お、うむ……」
集中力が切れ、腕を下ろしたローズは思わぬ援軍の登場に驚きの表情を浮かべた。対し、無事を確認したカールは珍しく大きく息を吐き出すような姿を見せた。
だが、すぐに彼は眉間にいつもより深い皺を寄せ、射殺すような目で男を睨みつける。
「貴様は殺してやりたいが、生け捕りを命じられている」
カールは不機嫌そうにそう言って、左手に懐中時計らしき物を持ちながら胸の高さまで上げた右腕を斜めに振った。
「あぁ!?」
次の瞬間には男の両足が氷漬けに。男は必死に足を動かして抜け出そうとするがビクともしない。
「おお……」
ローズも目の前で行使された魔法という現象に目を剥いて驚く。戦場で大人数が氷漬けにされるところを目撃しているが、こうして発動する瞬間を見るのは初めてだったからだろう。
驚いているといつの間にか左足に掛かっていた圧力が消えていたのを感じ、顔を足元に向けると腕を切り落とした女性が動いていない。どうやら出血多量で事切れたようだ。
「…………」
ローズは決して自分の事を聖人とは言わぬだろう。この女性を救いたかったなどと綺麗事も言わない。だが、こんな終わり方をした彼女が哀れで仕方がないのか、遺体に険しい表情を向ける。
「ご無事ですか、殿下」
「ああ」
襲撃者のリーダーを拘束したカールは静かにローズへ歩み寄ると彼女の無事を再び確かめた。着用しているドレスのスカートが切り裂かれているのを見て顔を赤くするが、怪我がないと知ると小さく頷きを返す。
「しかし、どうやってこちら側に? 橋は爆破されたのではないのか?」
「爆破されました。橋が落ち、門番達がどうにか渡ろうと試行錯誤しておりましたが……。魔法で氷の橋を作って渡って来ました」
なんとカールは魔法で氷の橋を架けたようだ。魔法とはなんともデタラメなものだな、とローズはため息を零す。
「もうすぐ他の騎士達も――」
「隊長ォー!」
カールの言葉を遮るように橋の方から聞き慣れた野太い声が聞こえた。全力疾走でやって来たのはゾークとヨシュア、彼に続き十名ほどの騎士達も続く。
「隊長! ご無事でしたか!」
先頭を走っていたゾークとヨシュアが駆け寄って来ると、ゾークは慌てた様子でそう問うた。
「当然だろう。私があの程度の輩に負けるとでも?」
そう言いながら、ローズは続いて来た騎士達に対して横転した馬車を指差して「怪我人がいる」と指示を出した。
「いや、あまり心配はしてねえんですが。一応、ね」
ローズの実力をよく知るゾーク達は言葉通り、あまり心配はしていなかった。だが、今のローズは服装と装備共に万全とは言い難い。そういった状況で敵が小細工を仕掛けてくれば……と思っていたようだが、それもいらぬ心配だったようだ。
といっても、最後は爆弾を投げられそうになっていたが。正直、カールが止めなければ流石のローズも怪我していただろう。それを忘れているのか、それとも「何とか出来た」と自信があるのか。恐らくは後者に違いない。
「しかし、コイツ等はなんだ? どうして私を狙う? それにどうしてお前達がいるのだ?」
ゾークに顔を向けて問うローズ。すると、一瞬だけゾークの瞼がピクリと動いた。彼女はそれを見逃さない。これはゾークが何か隠しごとをしている時のクセだと知っているからだ。
「お前は相変わらず顔に出るな」
「う……」
口角を上げてニヤリと笑うローズと「しまった」と顔を歪めるゾーク。第一王子のヴェルガから内密に、とされていた事項を少しでも悟らせてしまったゾークは額に浮かぶ汗を腕で拭いながら隣にいるカールを横目で確認した。
相変わらず眉間に皺を寄せて不機嫌そうだが、若干ながら顔が赤い。これは知られてしまった事に怒っているのか否か判断できなかった。
「カール、お前は何か知っているか?」
「……私の口からは申し上げられません」
ローズに問われたカールは少々間を開けてそう言った。これではもうローズには言えない何かがあると言っているようなものだ。
「まぁいい。アランか兄上に聞くとしよう」
この時、ローズは政治的な理由があると思っていたのだろう。この襲撃者が過去の事件に関わっているなど想像もしなかったに違いない。
「馬車の中で私の侍女が気絶している。彼女を救護して城へ向かうぞ。カール、また氷の橋を作ってくれ」
「はい」
こうして襲撃者を退けたローズは救助したマリーダと馬車の御者人を連れて城へ向かう事に。黙って彼女に続くゾークはヨシュアに「やっちまったな」と無言で肘で突かれるのであった。




