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21 血濡れの薔薇


 ゾーク達が王都内での爆発音を聞いた時間から少し遡り、公爵家の朝はいつも通り始まっていた。


 ただ、ローズからしてみればこの日のカールは少しソワソワしていたと言うだろう。いつもより少しだけ早く朝食の場につき、食事を運ぶ手の速度も気持ち早く見える。


 そんな彼を見ながら「どうしたんだ?」と若干の違和感を抱くローズ。他人の変化に敏感なのは騎士故だろうか。


「では、行って参ります。殿下もお気をつけて」


「ん? ああ」


 更に違和感を覚えたのはカールが出勤時にかけた言葉だ。普段はこんな事言わずに屋敷を出て行くのに、今日に限って声を掛けられた。


「一体なんだ?」


 屋敷のエントランスで出勤するカールの背中を見送りながら首を傾げるローズ。


「ローズ様も準備致しましょう」


「ああ」


 結局のところ、違和感を覚えるだけで答えは出なかった。マリーダと共に自室へ戻り、外出用の服に着替えるローズ。


「こちらのドレスでよろしいですか?」


 王城に行く際、騎士の訓練でなければ基本的にドレスを着用するのがマナーである。今までは騎士服で済んでいたが、今となっては面倒な選択肢が増えてしまった事だろう。


 今日は鍛錬目的でもないのでドレスを着用せねばならない。マリーダが用意したドレスは全体的に薄緑色の生地と白い生地をふんだんに使ったドレスだった。


「相変わらず動きにくいな……」


 勿論、ローズが「嫌い」と言うゴワゴワでスカートが豪華な超ロングタイプのもの。先日ローズが嫌だ嫌だと言っていた、スカートの長さが踝まであるやつだ。


「母上に頂いたドレスではダメか?」


「あれは夜会用ですから」


 さすがに貴族ともなれば用途によってドレスを複数用意するのが常識である。夜会で使用したドレスを着て王城に行くのは些か体面が悪い。下手をすれば「あの貴族はドレスを着まわしていて金が無い」とも言われてしまいそうだ。


 理由を聞いたローズは凄く嫌そうで面倒臭そうな顔をして、渋々ながらマリーダが用意したドレスに身を包む。長い髪の毛も今日は後ろで纏めて、うなじが見える正統派王女様の完成だ。


「ああ、動きにくい、動きにくい……」


 やはりスカートが重い。上半身も肩に趣向が凝らされているせいで腕の動きも阻害される。腹にはコルセットも装着されていて、元々細いウエストなおかげで苦しくはないが腰の動きが制限される。


「やはり動きやすいドレスを作ってもらわなければ」


 これは早急に改善せねば、とローズは真剣な顔で独り言を呟く。歩きにくいせいで自室のある2階から降りるのですら一苦労だ。王国の貴族令嬢達は一体どうやって歩いているんだ、と疑問に思ってしまうほどだろう。


「奥様、馬車の準備が整いました」


 ローズが2階から降りてきた時、タイミング良く屋敷の外に馬車が用意された。彼女は口で礼を言いつつも、やはり顔には「めんどくせえ」といった表情を張り付ける。


 玄関を出て、タラップの置かれた馬車のキャビンに乗り込む。ローズの対面にはマリーダが座り、御者は公爵家が雇っている男性だ。


「では、出発します」


 御者の男性はキャビンとの連絡として使われる小さな小窓に話し掛け、中から「頼む」というローズの声を聞いてから馬を走らせる。


 王都にある主要施設と街の位置関係として説明すると貴族街は王都の西側に位置する。王城が街の南側にあって、王都中央には中央街と呼ばれる商業区画が。中央街の西寄りは貴族向けの高級商店が並び、東寄りには庶民向けの大きな市場があって毎日大賑わいだ。


 中央街から王都東側には庶民向けの住宅街が広がり、北側には教会などの貴族と庶民問わず利用する公共施設が固まっている。


 公爵家から出発したローズはまず貴族街と中央街の境界線である、王都内に引き込まれた川を渡らねばならない。この川の上にはコンクリート製の橋があって、その先には門番付きの大きな門が存在する。


 この橋と門は西と南の二ヵ所あり、王都防衛時に貴族街と王城を守る為に封鎖されるといった役割も持っていた。


 余談であるが、基本的に王都の入り口は庶民街を抜けた東側にしかない。王都を出て他の街に行く際は東側にある唯一の出口を使い、そこから分岐する街道を使うのが一般的だ。


 王都防衛に関してだが、王都が高い壁で囲まれているわけでもなく。貴族街と王城のある西と南側に大きな山脈が天然の壁となっていて、北側には騎士団が常駐する王都外監視所があって敵の進入を防ぐ施設が建設されている。


 ――話が逸れてしまったが、とにかくローズが王城へ向かうには中央街のメインストリートまで出てから南に向かうしか手段がない。


 故にローズを乗せた馬車は東に向かい、橋の手前にある小さな公園が見えた頃、ローズを乗せた馬車の後ろにもう一台の馬車が後に続いた。


 御者の男性も後ろに馬車がいるな、と認識はしていただろう。だが、後ろにいた馬車はスピードを上げてローズを乗せた馬車と並走するにまで至った。


「なんだ?」


 さすがにこうなればローズ側の皆が違和感を覚える。ローズもキャビンの窓から並走する馬車を見て疑問を口にした。


 その疑問を口にした瞬間だった。並走する馬車の窓が開くとニョキリと人の腕が見える。しかも、その手には拳大の丸い物体が握られていた。ローズの目に相手方のキャビンにいる人数は三人であると認識したタイミングで、手に握られていた丸い物体が放たれた。


 丸い物体をやや前方に投げられ、地面に落ちた場所はローズの乗る馬車の車輪付近。相手方の馬車は放った瞬間に距離を取り始め、それを見たローズの長年培ってきた感覚が警鐘を鳴らす。


「まず――」


 マズイ、と言おうとした瞬間にはもう遅い。放たれた丸い物体が爆発して、ローズの乗る馬車の車輪を吹っ飛ばした。


 爆発規模としてはそこまで大きくない。その割には音と煙の量は大きかったが――とにかく、車輪が吹き飛んだローズの馬車は横倒しになった状態でそのまま数メートルほど地面と車体を擦り合わせながら進んでようやく止まった。


 中にいたローズとマリーダはシートから転げ落ちた。ローズはどうにかキャビンの中で手足を伸ばして体や頭を打たぬよう耐えたが……。


「ぐ、くっ……。マリーダ! 無事か!?」


 侍女であるマリーダは咄嗟に動くことができなかったようだ。横倒しになったキャビンの中でぐったりとする彼女を見て、ローズは頭を打ったのかと察した。


「血は出ていないが……。動かすのはマズイな」


 やや丸まっている状態である彼女の周辺に散らばる破片をどかし、万が一動いて怪我をしないように場を整えた。


「まったく! 一体何事だ!?」


 キャビンのドアが真上になっている状態を見て、ローズは金属製のドアノブに腕を伸ばして開けようとするがドアが変形してしまったのか開かない。


「ああ、もう!」


 状況が窮屈すぎる、とローズは腹のコルセットを外してからスカートの裾を捲り上げて天井となったドアに足を向ける。小型の二人乗り用馬車を使用していたのが幸いだったが、今の彼女にそれを想っている暇はないだろう。


「フンッ! フンッ! フゥゥゥンッ!!」


 三度ほど、思いっきり蹴飛ばして開かなかったドアを強引に開けた。ドアの縁を掴み、外に上半身を出すと近くにいた馬車から茶色いローブ姿の者達が出てくるのが見えた。


 人数は四人。先ほど見たキャビンの中の三人と御者の一人だろう。全員が同じ茶色のローブを羽織り、フードで顔を隠している。しかも、手にはナイフやら剣を持って。どう見ても『怪しい奴等』だ。


「チッ。生きてやがる。やっぱり()()()じゃ威力が足りねえじゃねえか!」


 上半身を出したローズの姿を見て、ローブ姿の一人がそう言った。声の質からして男性だと分かる。


 一体何が不良品なのかは不明だが、ローブの男が放つ声からは不機嫌な様子が簡単に聞き取れた。


「ほう。それはすまなかったな」


 ローズは横倒しになったキャビンの上に立ち、腕を組みながら怪しいローブ姿の者達を見下ろす。ただ単に格好つけているわけじゃない。少しでも高い位置から周囲を見渡し、他にも敵が潜んでいないか確認するためだ。


 周囲を見渡す限りでは他に敵はいなさそうだ。だが、馬車の御者は爆発で体を放り出されたからか地面に横たわったまま動いていない。馬車を引いていた馬も同様で敵の目論見としては半分成功といったところだろうか。


 状況を即時確認したローズは目線を戻して告げる。


「逃げなくて良いのか? 爆発を起こしたのだから、門番が駆けつけてくるぞ?」


 ローズは目線を逸らさず、門のある方向へ顎をしゃくる。彼女の言う通り、貴族街の入り口を守る門番が騒ぎを聞きつけてやって来るだろう。


 だが、ローブ姿の者達は動揺せず。それどころか、微かに見える口元がつり上がった。


「ここでお前を殺して、やって来た兵も殺せばいいじゃないか」


 次に喋った者の声は女性だった。それも若く、ローズと同年代か年下くらいに思える。


「んん?」


 ローズはキャビンの上から飛び降りながら、たった今聞いた声に違和感を覚えた。どこかで聞いたことがある声だ、と内心で思っているのか少し首を傾げる。


「そもそも、援軍は期待しない方が良い」


 そんなローズを余所に一番後ろに立っていた男が言葉を口にする。その瞬間、数百メートル先にある橋の方から再び爆発音が。今度は先ほどよりも大きな爆発音と煙の量が空へと舞い上がる。


 他の仲間が橋の方にいたのか、橋を爆破して援軍が簡単には来ないよう足止めしたようだ。


 先ほどの『不良品』とは、投げた爆発物の事を言っていたらしい。確かにたった今起きた爆発と同規模の威力が馬車を襲えばローズも無傷ではいられなかったろう。


 とにかく、橋が崩れては貴族街の外にいる者達はそう簡単に渡って来れまい。敵は最初からこうするつもりで計画していたようだ。


 ただ、橋の爆破が完了した証である煙を目撃したローズだったが、彼女の表情は変わらない。ローズとしては怪我人もいる事から早々に敵を片付けねばなるまい。


「……まぁいい。ほら、殺したいのならばやってみれば良いではないか。貴様等に程度が私を殺せるのであれば、だがな」


 故に気を取り直したローズは相手を睨みつけながらファイティングポーズを取って、片手で相手を「さっさとかかって来い」と挑発した。


「舐めやがってッ!」


 ローブで人相を隠す者達だが、その内の一人が持っていた剣を突きの構えにしてローズに走り出す。イラついた感情が含まれる怒声から男性のようだ。


「待て!」


 リーダー格らしき男性が止めるが、走り出した男は止まらず。ローズの腹に剣を突き刺そうと突進して来るが……。


「ふん。ただのアホウか」


 思惑通り、挑発に乗ったアホが一人。


 ファイティングポーズのまま突っ込んで来る敵を待ち、相手の動きをギリギリまで観察するローズ。相手が直線的な動きしかせず、この動きがフェイントでないと察すると左足を引いて体を半分だけズラした。


 その瞬間、迫り来る剣の腹に構えていた左手の甲をぶつけて弾く。僅かにバランスを崩した男の声が漏れるが、ローズは気にせず右手を強く握りしめる。


「ギャ!?」


 次の瞬間には男の顔面にローズの右手がめり込んでいた。ローズの右手は相手の鼻っ柱にめり込んで、ローズの拳には相手の鼻を砕いた感触が残る。


 だが、それだけでは終わらない。顔面を殴られて怯んだ男の右手首を左手で掴んで捻り上げると相手の右手から剣が落ちた。苦悶の声を上げる男の腹――ズボンのベルト部分にナイフホルダーが見える。


 ローズは右手で男のナイフホルダーからナイフを抜いて男の首を一突き。掠れたような悲鳴と同時にナイフを引き抜くと首元から「ブシュ」と血が噴き出た。


 噴き出た血はローズの胸から上に飛散するが、彼女はお構いなし。


「な……」


 単身で突っ込んで行った仲間が瞬殺され、驚愕の声を上げるローブ姿の者達。ただ、一人だけリーダー格の男だけは「だから言ったろう」と言わんばかりの舌打ちを鳴らす。


「フフ。お前も苦労しているんだな」


 リーダー格の舌打ちがローズの耳に届いたようで、ローズは敵である男の心中を察するように言う。だが、浮かべていた表情は獰猛にして目付きも鋭い。


 ドレスの胸部分と露出した首と顔の頬にたった今殺害した男の返り血を浴びて。まさに今のローズは敵が恐れる異名通りの「血濡れの薔薇(ブラッディ・ローズ)」に相応しい。


「貴様等はどこの国から来た?」


 ローズはそう問いながらも、男から奪ったナイフで自身が身に着けるドレスのスカートをザクザクと切り裂き始めた。分厚い生地を切ってスカートを軽くし、前面の裾とサイド部分を縦に切り裂いて足が阻害されないように。


 何枚もの高級生地を重ねて作ったドレスのスカートはボロボロになって、貴族女子としては少々はしたない恰好だが彼女は全く気にしていないだろう。


「かかれ!」


 リーダー格の男は苦々しく口元を歪めていたが、ローズの準備が終わる前に決着をつけようと仲間に指示を出す。一人を殺害され、残り3人となったローブ姿の者達はリーダー格の男を残し、部下らしき男女が一斉にローズへと駆けた。


 両者ローブで姿を隠しているが、一人は男性らしき体格。もう一人は先ほど声を上げていた女性。男は手に剣を。女の方はナイフを逆手に持ってローズに向かって来るが――


「ははッ! 分かっているじゃないかッ!」


 二対一の状況を楽しむようにローズはベロリと自分の口を舐めた。顔には獰猛な笑みを浮かべて、向かって来る両者に対して「待つ」のではなく逆に距離を詰める。スカートを切り裂いたからか、ローズの踏み込みに迷いも邪魔する生地もない。


「フッ!」


 先頭を走っていた男にナイフを投げつけて敢えて剣で弾かせる。ナイフを弾いたことで相手の腕は下がり、次の動作まで数秒のタイムラグが生まれる。


 この僅かな隙こそが重要。ローズが学んできた戦い方の中で、最も重要視するのは『如何に相手を万全な状態から崩すか』であった。


 相手は下段に落ちた剣を持つ腕を振り上げるまでの時間を要する。その隙にローズは両腕をクロスしながら相手の胸へ飛び込んで体当たり。体格の良い相手ではただぶつかるだけの状態になるが、これで良し。


「チッ!」


 もう一人の女は仲間とローズが肉薄しているので迂闊に手が出せず、舌打ちする音が漏れた。肉薄した男もローズの右手に剣を持つ腕の手首を掴まれてしまい、思うように動かせない。


 男は必死にローズの手を振り解こうとするが、ローズは男の顔を見上げながらニヤリと笑った。相手は自分が壁となって足元が見えてない。故にローズは自分の足を相手の足の後ろに差し込み、相手の力を利用しながら地面に叩きつける。


「ぐッ!?」


 背中から倒れた男は後頭部を舗装された地面にぶつけて声を上げた。


「よっと」


 男を倒したローズはナイフを投げてしまったので素手状態。だが、履いていた靴から踵を抜いた。ローズが現在履いている靴はハイヒールのヒールが太いタイプの物。片足から踵を抜いた状態にして、それをナイフを持った女性目掛けて蹴飛ばす。


 先ほどのナイフを投げたのと同じ要領だ。靴がフードで顔を隠した女の元へ飛んで行き、それが数秒の牽制となる。


 片足が裸足になったローズはもう片方の靴を脱いでつま先側を持って握り締めると、丁度良く上体を起こした男の顔面にヒール部分がミートするように横スイング。


「ぐっ!?」


 フルスイングした靴のヒールが男の鼻っ柱にジャストミート。相手が怯んだ隙に落ちていたナイフを拾いに行き、足にブレーキを掛けながら再び男へ走る。


「く、クソ――ぎゃあああ!?」


 鼻の激痛に悶える男が目を開けた瞬間にはローズの持っていたナイフの先が眼前に。ローズは男の右目にナイフを突き刺して、一度手を離すとナイフの持ち手に掌底を叩き込むようにして突き入れる威力を加える。


 男の目に刺さったナイフは奥まで突き刺さり、同時に男の悲鳴が止まると地面に上半身が再び倒れた。


 二人目を殺害したローズは男が使っていた剣を拾うと、残った男女二人に顔を向ける。


「さて、あとはお前達だけだ」


 頬に返り血を付着されたまま獰猛な笑みを浮かべて、残り二人を見つめるローズ。敵であるローブ姿の男女はぶるりと身を震わせた。


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