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20/24

20 行動開始


 夜会から一夜明け、翌日の昼に公爵家へ一通の手紙が届いた。


「サリス様からローズ様宛てです」


 朝から行っていたマナーの勉強を終えたあと、リビングでグッタリとしていたローズに届けられた。メイドから手紙を受け取って早速封を開く。


「サリス様は何と?」


「ドレスの着心地や夜会での感想を聞きたいらしい」 


 手紙の内容を確認すると夜会で着た特注ドレスの着心地と使用感の確認、加えて初めて参加した夜会の感想を聞きたいとのこと。


 前者に関してはドレスを作った者も同伴で色々と意見を聞きたいようだ。後半は単純にサリスが気になったからだろう。


「あのドレスをお作りになったのはサティーネ伯爵家のご令嬢と聞いております」


「サティーネ伯爵家?」


 ドレスを作った者の名を告げたマリーダの口から貴族の家名が出てきたことに少々驚くローズ。伯爵家が出資している店なのかと思いきや、正確にはそうではないらしい。


「サティーネ家が出資しているというよりも、サティーネ家のご令嬢であるリィナ様がデザイナーとして直接腕を振るう商会でございますね」


 なんと伯爵家の令嬢がデザイナーを務め、彼女が考えたデザインの洋服を作るオートクチュール店のようだ。他にもサティーネ家は庶民向けの量販店を何店舗も持っているようで、衣類販売に力を入れる家だという。


「リィナ様のデザインはサリス様と直接契約している方です。ドレスもリィナ様にお願いしたのでしょう」


「そうなのか」


 彼女の作るデザインはローズ用のドレスから見ても既存のデザインに縛られない新しいものが多い。まぁ、デザインとはそういうものかもしれないが。


 だとしても、サリスのようなコアなファンが多く、昨今の王国では有力なデザイナーとして注目されてきたそうで。


「先日の夜会からローズ様のドレスと似たデザインの物が欲しいと言い出す令嬢もいるようです」


 まだ夜会からそう時間も経っていないのにマリーダはどこからその情報を仕入れたのだろうか。しかしながら、裏を返せばローズの社交界デビューは大成功と言えるだろう。


 新しいデザインのドレスに身を包み、華々しくダンスを踊って。数日前までは「あの粗暴そうなローズが」と言われていたにも拘らず、彼女に魅了された令嬢達が「ローズのように」と言い出したのだから。


 他にも未婚の貴族男子共はローズのスタイルとそれを活かしたドレスの効果で熱を上げる者もいたようだが、そちらは黙っているマリーダであった。


「リィナ、か」


 ローズの評判は置いておいて、ローズはそのデザイナーである令嬢と面識はない。向こうはローズを見た事があるのかもしれないが、一体どんな者なのかとローズは首を傾げた。


「ええっと……。一言で申し上げるとゴージャスな方です」


「ゴージャス……?」


「はい。デザイナーですので、自分で考えた奇抜な洋服を着ていると。あと、何より特徴的なのは金の巻き髪でしょうか?」


 奇抜な洋服とは、現在主流となっているデザインから逸脱した物を身に着けている故に「奇抜」と評価されてしまうのだろう。


 だが、後半の「金の巻き髪」とは何だろうか。ドリル系なのだろうか。


「とにかく、会ってみれば分かるか」


「はい」


 手紙には明日でどうか、と記載があった。急な理由はサリスの執務が関係している事もあるのだろう。


 正直言えばローズの方が時間に融通が利く。彼女はすぐに「明日で構いません」と返事を書いて王城へ手紙を運ぶよう頼んだ。


「彼女に頼んだら動きやすい他の服も作ってくれるだろうか?」


「恐らくは引き受けてくれると思いますが……」


 デザインが注目されつつある今、もしかしたら忙しくなっているかもしれない。無理を言うつもりはないが、できれば頼みたいなとローズは言う。


「あのドレスを気に入りましたか?」


「確かに今まで着せられたドレスより何倍も良かった。動きやすいしな」


 ローズが屋敷で着用する普段着はワンピースタイプの物か、シャツとズボンといった物をチョイスしている。理由としては、やはり動きやすいからだろう。


「定番のドレスはゴワゴワしているし、何よりスカートが重すぎる」


 貴族令嬢達が好んで着るドレスのほとんどは、スカート部分に趣向も生地もふんだんに使った豪華な作りとなっている。多くの女性がそれを好むのだから、それが業界でのスタンダードとなっているのだが。


 しかし、ローズとしては業界では肝心とされているスカートが特に気に入らない様子。


 彼女が既に言っている通り、スカート部分のゴージャス感を増すべく生地が何重にも使われているせいで全体が重い。更には流行りが足の踝まで隠す超ロングが良し――足が太くても隠せるため――とされているせいで走りにくい。


 歩く際もチョコチョコと歩幅を小さく歩かねばならないし、走るとするならスカートを持ち上げなければならない。とにかく足の可動域が少なすぎるのが気に喰わないようだ。


「着るのも脱ぐのも面倒だろう? それに比べて、母上から貰ったドレスは軽くて動きやすい。着ている時も肌触りが良いしな。既存のドレスは……こう、背中に手が回せんだろう?」


 既存のドレスを気に入らない理由は様々だが、ローズが特に嫌なのは「背中が痒くなる」とのこと。しかも痒くなって背中に手を伸ばしても、腕や肩の部分が窮屈すぎて手が後ろに回らない。


 あれは地獄だ、とローズはため息を吐いた。


「是非、ご要望と作って頂いたドレスの感想をリィナ様にお伝え下さい。きっと喜びますよ」



-----



 同日、王城では静かにガラン帝国の工作員を捕らえる作戦に携わる者達が動きだしていた。


 その中の一人、カールは普段通り執務室で魔法省の仕事を行っていると親友であるジャンが執務室を訪ねて来た。


「状況はどうだ?」


 顔を見せたジャンに問うカール。すると、ジャンは執務室のソファーに勢いよく腰掛けてため息を吐く。


「判明した拠点を監視させているところだ。確認できている人数は全部で3人。決行は明後日だ」


 今は相手を刺激せず、潜伏している工作員の数を確認しているところのようだ。相手は未だ王国側の動きに気付いていないのか、姿を隠しながらも王都の街を普通に歩いている場面も確認されているとジャンは説明する。


「ローズ様は明日に王城へ向かう事になった」


 ジャンが言うには、サリスに協力してもらったとの事。名目上はサリスが「会いたい」といった旨の手紙を出しての呼び出しだが、本当は屋敷よりも安全な王城に匿う事が目的だった。


 相手の狙いがローズとあって、直接狙われることを回避するためだろう。


「お前も王城で待機だ。くれぐれも相手に気取らせるなよ」


 カールもいつもの時間に王城へ出勤する。いつも通りの日常を演出して、相手に「おかしい」と悟らせないためだ。


 ローズも昼前には王城へ入り、それから捕縛班が出動……といった流れ。


「承知した」


 ジャンの確認に対し、カールは頷き返す。この作戦が完了すれば、まずは第一歩といったところか。


「例の開発はどうだ?」


「……難航しているな。誰でも使える魔法というのは、やはり難しい」


 ルーベルト王国がガラン帝国と戦争になった場合、切り札になるのは「魔法」だ。一撃で戦況を変えられる魔法は確かに強力だが、それ以外にももう一手欲しい。


 そこで着目したのが『魔法を誰でも使えるようにする事』である。最終的には最前線で戦う騎士が剣だけではなく魔法も使えるようになれば、と最終目標は提示されているのだが、これが中々難しい。


 個人が使い、それなりに数が揃っている状況での複数人同時使用を前提としているので威力は低くても良い。現在の主流となっている戦いの在り方を変え、ルーベルト王国が有利な状況になれば良し。


 とは言うものの、それを簡単に実現できたら苦労しない。魔法省としては「無茶を言ってくれる」とぼやきたいところだろう。


「だが、その前に今回の作戦だ。必ず成功させねばならない」


 カールとしては今回の作戦が非常に重要だと認識している。なぜなら、愛する人が標的になっているのだから。


 失敗してローズが怪我を負うだけで済めばまだ良い。最悪の結果になってしまったら、カールは……どうなってしまうのだろうか。


「私が現場に出られれば良いのだがな……」


「馬鹿言うな。お前は目立ちすぎる」


 カールが王城待機である理由は、やはり彼の知名度だろう。容姿もそうだが「冷徹公爵」の異名を持つ彼が王都に出れば目立ちすぎる。当然、相手もカールの顔を把握しているだろう。


「はぁ……。とにかくさっさと終わらせたい。連日、夜も仕事するのは疲れるんだ……」


 実働部隊として動くジャンも疲労が溜まってきているのだろう。疲れた顔を浮かべながら首を左右に傾けてポキポキと骨を鳴らす。


「終わったらお前も仕事量が多少は減るだろう? 今度こそローズ様と酒を飲んだらどうだ?」


「そう、だな……」


 この作戦が終われば屋敷に戻ってからも仕事を続ける日も少なくなるだろう。そうすれば夜になって時間が作れる。


 カールはローズを誘う為の言葉を考えながら窓の外に目を向けた。



-----



 全ては順調。誰も油断せず、入念に準備を行ってきた。だが、作戦決行日の朝――敵が使用していた拠点の一軒家から斜め側にある二階建ての空き家の二階窓から双眼鏡を使って監視するゾークは違和感を覚える。


「……おかしくねえか?」


「何がです?」


 ゾークの言葉にヨシュアも窓へ近寄ると、ゾークは顎をしゃくって敵の拠点を指した。


「毎朝、野郎共は律儀に自炊してんだろ? 今日に限って煙が出ていない」


 王国式の建築様式として、一軒家だとキッチンには火起こし場から出る煙を外に排出する細いパイプの出口が屋根の上にある。火を起こせば小さなパイプの口から微かにでも灰色の煙が出るはずだが、今朝に限ってそれが無い。


「まだ寝てる……訳ないな」


「ああ」


 騎士の勘、戦場最前線で培った感覚とローズと共に何度も任務をこなしてきた経験。それらから二人が導き出した答えは『感付かれた』という答えだった。


 二人はそれぞれ武器を手にすると急いで下の階に降り、下で待機していた騎士団の人員に突入の指示を出す。


 突然の突入命令に困惑した騎士達だが、ゾーク達に続いて敵の拠点へ向かった。先頭を走っていたゾークは拠点のドアを蹴破ると、家の中へ押し入ったが……。


「クソッタレ! やられた!」


 家の中には誰もいない。それどころか、リビングの床には大穴が開いていた。


「……地下の下水道だな」


 穴の中に顔を突っ込んだヨシュアが確認すると、穴の先は王都地下に張り巡らされた下水道だった。王都が誕生し、数百年経ってから大規模改修時に作られた下水道は巨大な地下迷路のような場所である。


 各家庭から流れ出た生活排水等が流れ、王都の外にある排水場へ繋がる仕組みだ。王都地下に張り巡らされ、地上に出るマンホールはいくらでもある。


 恐らくは相手も数日前から脱出路として用意していたのだろう。加えて、この家を選んだのも真下に下水道があったからかもしれない。


「王都の外に逃げたか?」


「いや……。どうだ――」


 ヨシュアとゾークが話し合っていると、外から爆発音が聞こえてきた。


「一体何が起きた!?」


 そうは言うも十中八九、敵の仕業だろう。ゾーク達は慌てて外に出ると、青く晴れた空へ舞い上がる灰色の煙を見つけた。


 同時刻、その煙を見ていたのはゾーク達だけじゃない。


「――――ッ!?」


 魔法省にある執務室で仕事と準備をしていたカールもまた爆発音が鳴った事に気付くと、慌てて立ち上がりながら部屋の窓を振り返る。


「あそこは……!」


 爆発があった場所は貴族街と中央街を結ぶ手前だった。王城から距離があるせいで爆発現場の詳細は見えず、黒い煙が空に舞い上がる様子しか確認できなかった。


 窓から爆発現場を見つめるカールの顔には「もしかして」と言わんばかりに悲痛な表情が浮かぶ。その直後、執務室のドアが開いて中に飛び込んで来たのは親友のジャンだった。


「カール! やられた!」


 飛び込んで来たジャンの顔には焦りが浮かぶ。どうやら計画していた作戦が上手くいかなかったようだ、と察した。


「敵は拠点に穴を掘って下水道を――」


 ジャンが報告を口にした直後、外からは二度目の爆発音が響く。カールは再び窓に顔を向け、報告していたジャンも慌てて窓へ駆け寄った。


「あれは……橋か!」


 二度目の爆発は王都西側にある貴族街と王都中央にある中央街を繋ぐ橋のようだ。橋の中心から黒煙が上がり、中央街側にある門の付近では騎士らしき者達が右往左往するのが辛うじて見える。


 爆発を起こしたのは敵工作員だろう。敵は貴族街と中央街を繋ぐ橋を爆破して何がしたいのか。そう考えた瞬間、カールはハッと何かに気付く。


「マズイッ!」


 カールは椅子に掛けておいた上着を慌てて掴むと、部屋のドアに向かいながらジャンに振り返った。


「ジャン! 王妃様の担当となっている使用人全員とローズ殿下宛ての手紙を届けた者を探して拘束しておけ!」


「ああ!? どういう事だ!?」


「時間が無い! 頼む!」


 カールはそう言い残して執務室を飛び出す。彼が向かう先は王城の外だった。


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