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15/24

15 勝負の時


 遂にダンスの時間となり、ローズは差し出されたカールの手を取って広間中央へと向かう。


 夫であるカールと向き合い、互いに手を取って腰に手を回して見つめ合った。すぐにゆっくりとした音楽が始まり、基本のステップで行う社交ダンスが開始される。


 中央に陣取るのは主催者であるベルトマン公爵夫妻。その隣にリアソニエ公爵夫妻が。中央に近いほど爵位が高くなっていくというのが王国式のマナーである。


 ダンスを行いながら横目でチラリと観客達に目を向けるローズ。その中にはローズを見るマリアの姿があった。


 マリアは王族として招待されているものの、まだ17歳で未成年――王国では15歳から成人扱いだが、学園を卒業していないマリアは卒業まで成人として認められない――の彼女はパートナーを連れて来ていない。


 これは王女という立場から安易に異性と深い仲へならないようにという仕来り故だ。彼女が出席に至った経緯は結婚相手になりそうな未婚の貴族男子を観察する事と何よりローズのダンスを見てきなさいとサリスに言われたのだろう。


 ダンスをする者達を囲むように陣取った観客達の最前列でローズに熱い視線を向けていた。


「大丈夫ですか?」


「ああ。問題ない。だが、お前こそ大丈夫か? また体が熱いぞ?」


「正常です」


 このようなやり取りをしながら最初の一曲目を踊り終える。周囲から囁かれる感想は「ローズ様はダンスができたのか!?」という衝撃的な感想ばかり。


 とはいえ、まだ基本のステップだけを使った簡単なダンスだ。度肝を抜かす、とまではいっていない。


 二曲目になってローズはベルトマン公爵と組んでダンスを開始。ほとんど問題無いが、ベルトマン公爵の方がカールに比べて若干ながらステップが荒い。歳のせいではなく、カールの方がローズを気遣ったダンスが出来るという事だろう。


 ただ、ローズはそれでも難なくこなす。持ち前の運動神経で多少相手のステップが荒かろうが修正は可能であった。


「こうして踊っているとますますローナ様のようですな」


「母と踊った事が?」


「ええ。今日のような夜会の時に。……本当に惜しい方を亡くしました」


 踊りながらベルトマンは過去の時に想いを馳せる。まだ幼かったローズの耳にもローナは優秀な王妃だと声は届いていた。そんな母を誇りに思っていたし、だからこそ失った時の衝撃が大きかったのだ。


「母は……。とても優しかったな」


「ええ。優しく、そして正義感に溢れた方でした」


 現王妃のサリスと比べるわけではないが、それでもやはりローナの王妃としての威厳と態度は伝説になりつつある。


 常に他者への思いやりを持ちながら、公平に物を見る目と考え方を持った人物。貴族であろうが悪事を成せば罪であると言って不正は許さず、同時に庶民であろうとも素晴らしい事をすれば褒め称える人だった。


 特に力を入れていたのは国民に対する福利厚生の制度だ。現在でも王国にはローナが立ち上げた孤児院や医療施設が各街にあるし、医療に関連する開発や研究には補助金なども出る制度が用意されている。


 また、外国との外交面にも力を入れていて当時の二公爵家と協力しながら戦争を無くそうと努力もしていた。


「きっとローナ様もお喜びになっているでしょう」


「そうだと嬉しいな」


 ベルトマンとの会話もそこそこに二曲目が終了。ローズはベルトマンに礼をして離れ、再びカールと合流した。


「三曲目の演奏は玄人向けだ」


 カールとローズが合流したのを見計らい、ベルトマンはダンスを続けようとした者達に聞こえるよう告げる。


 彼が言った言葉に反して、三曲目の始まりはヴァイオリンによる緩やかな音から始まった。だが、社交界に何度も出席している者はこの曲が序盤を越えると嵐のように曲が激しくなると知っているのだろう。


 ダンスに自身が無い者達は一様に「少々休憩を」と建前を揃えて観客スペースへと戻って行く。僅か数秒の間に抜けて行く者の数が続々と増えて、最終的に残ったのはローズとカールだけだった。


「まさか、踊れるのかしら?」


「見栄を張っているに違いないわ」


「付き合わされるカール様はお可哀想ね」


 残ったローズとカールを見て、一部の貴族令嬢達は失笑する。大方、ローズが見栄を張ろうとしているのだろう、と。


 カールにリードを任せ、自分はワンテンポ遅れて踊るに違いない。相手に寄りかかるようなダンスで「踊ってみせた」と言い張るに違いないのだと。


 しかし、彼女達の予想は大ハズレ。


 曲が徐々に激しくなっていく中、ローズは完璧にダンスをこなす。複雑化していくステップも難無くこなし、難しいステップの後に来る最初の難関であるターンも華麗に舞った。


 この時、サリスの思惑が光る。


 ターンした時にローズの長くて綺麗な金髪が舞うのだ。シャンデリアの光を反射して、輝かしく美しい金の髪が。これが長い髪を纏めなかった理由である。


 同時にスリットの入ったドレスの先がふわりと舞って。ローズの美しい足がチラリと見えつつ、大胆で大きく動くダンスがより一層栄えて見える。


 最初のターンが終わって、今度は腕を伸ばしてローズがクルクルと回る。女性の方が激しく動くダンスだが、彼女は全く息切れしていない。これは()の中で育つ小娘共には真似できぬ芸当だ。


「ふむ……」


 しかも、その動きの中で観客達を観察する余裕すらある。ローズの目には一言も発さず、自分達を見る者達の姿が映った。


 これは誰もがローズのダンスに見入ってしまっているからなのだが、彼女は「まだ足りないか」と勘違いした。度肝を抜かし、勝負に勝つと決めていたローズはここから更にペースアップ。


「…………ッ!」


 ペースアップしたローズの動きにカールは涼しい顔でついて行っていたが、どんどんと上がっていくペースに焦り始める。遂には若干ながら苦しそうな顔に変わっていった。


 楽器を鳴らす演奏家達もそうだ。ローズの動きに釣られて、彼女のペースに合わせるように演奏スピードが上がっていく。二倍とは言わないが、それでも聞いているだけで速くなったと感じるほどに。


「ふふ」


 それでもローズは楽しそうに笑っている。やっとエンジンがフル回転に至った、と言わんばかりに。 


 最早、彼女のダンスを見て「ローズ様は踊れない」などと口にする者はいなくなるだろう。観客達は口を半開きにして、キラキラと光る金髪と共に舞うローズに釘付けだった。


 やがて曲が終わり、ローズとカールのダンスが終わると観客達から割れんばかりの拍手が鳴った。良い運動になった、とばかりに満足気だったローズは拍手に驚くも、最後はしっかりと礼をして。


 カールに手を握られたままベルトマン公爵夫婦とマリアのいる方へと向かって行く。


「いやはや、すごい物を見せて頂きました」


「お姉様、さすがです!」


 満面の笑みで迎えられ、ローズとカールはベルトマン公爵からグラスを受け取った。


「素晴らしいダンスでしたな。さすがはローズ様」


 ベルトマン公爵はやや声のトーンを上げてローズに賛辞を贈る。彼がそう言った事で、見ていた者達も同じように続いた。


 最早、ローズの印象はがらりと変わった。まさに貴族共の度肝を抜いて「剣を振ることしかできない王女」とは言わせない雰囲気が出来上がる。見下していた貴族令嬢共に対して完全勝利と言っても過言ではない。


「とても素敵でしたわ。ローズ様」


「お姉様、カッコ良かったです!」


「そ、そうか……」


 ローズはベルトマン公爵の妻とマリアに迎えられ、ダンスの感想を聞くと頬を赤く染めながら照れるように笑った。


 その姿がまた男達の目を釘付けにする。先ほどまで凛々しく踊っていた彼女が可愛らしく笑うのだから、やはりギャップにやられてしまう。男達は「なぜ、自分が婚約者として立候補しなかったのか」と内心悔しがる。


「はぁ、もっと早く気付いていれば」


 誰が零した言葉だったか、ローズを見て誰もが同じような感想を抱く。しかし、彼女の耳にあるイヤリングを見て「もう遅いのだ」と嫌でも感じる事だろう。


 彼女はもう公爵夫人だ。王国で優秀と呼び声高く、第一王子と並んで顔の良い当主の物になってしまっているのだから。


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