11 教えを乞う
相談を受けたサリスはローズを連れてダンス稽古に使える広間へ向かう。早速、ローズの程度を見ようというわけだ。
「ローズ、ダンスを踊った事は?」
「ありません」
サリスの問いにローズは即答した。騎士のイロハを学ぶ騎士学園ではダンスなど習いはしない。騎士団に入ってからもそう。ダンスやマナーは騎士にとって縁遠いものである。
――貴族家出身の騎士であれば家で個別に授業を受けるだろうが、ローズはそれら一切合切を放棄したのが原因なのだが。
「軽く踊ってみましょう。私が男性パートを担当するわ」
「……踊り方は分かりませんよ?」
「足を踏んでも構わないから、それっぽくやってみなさい」
サリスの言葉通り、ローズは彼女にリードされながら始めるが……。やはり足を何度も踏んで、足がもつれて転びそうにもなってしまう。軽やかなステップとは言い難いが、サリスの中では一つの確信があった。
「練習すれば踊れるわね」
何度も足を踏まれながらも、サリスはそう言った。理由はローズがこれまで行ってきた鍛錬で出来上がった身体能力やバランス感覚を見てだろう。
足がもつれて転びそうになってもローズは絶対に転ばない。なんとかバランスを取って持ち直すし、足さばきだって剣術訓練のおかげか光るモノがある。要は知識が足りない。ステップ等、適切な踊り方を知らないだけだ。
「良い? ダンスは剣の鍛錬と同じよ。最初は剣の型を覚えるように、ダンスも基本のステップをまず覚える事から始まるの。それから独自にアレンジを加えて、激しくも大人しくもなるものよ」
現代において社交界のダンスとは基本は緩やかな音楽に合わせてゆっくり踊るタイプだ。ゆっくりと自信満々に踊る事が優雅さを表し、同時に異性と息や波長を合わせる事から相手との相性診断になるとも言われている。
元を辿れば結婚相手を探す際、ダンスを行う事で相手の気遣いや間近で相手の顔を見る事から始まった催しである。相手の顔を間近で見て、踊りながら雑談を交わす。相手がどんな人物なのかを探る手段として用いられてきた。
それがいつしか貴族の間では必修になって、ダンスを踊れる事 = 優雅な貴族の象徴といった具合に変化したというわけである。
「それと各家で行われている教育や育ちの度合いを測る貴族の間での物差しみたいなものね。ただ、ローズの場合は踊れないと思われている事を払拭させなければならない。だから、周囲で見ている者達の度肝を抜かすダンスを踊れれば文句を言う輩はいなくなるってわけね」
ローズの場合に限っては基本のステップを多用するダンスではインパクトが薄い。
如何に踊れるか、これは貴族らしくどうアレンジするかだ。簡単に言えばクルクル回るような激しい動きであったり、大人しく静かな動きであれば醸し出される雰囲気であったり、である。
「後者はまだ難しいでしょうね。こちらはダンスの内容というよりも、踊っている人の人格や威厳で圧倒するような感じだから」
これを得意とするのはヴェルナルディとサリスのような人間だろう。王と王妃という圧倒的な身分と国の頂点たる威厳や雰囲気を出して見ている者を虜にする。ダンスのステップよりも身分と熟練された人としての風格と雰囲気に目を集中させる手法だ。
「ローズはきっと激しく動く方が似合うわ」
女性騎士という男社会に混じった存在でありながら、それでも女性特有のしなやかさを表現するようなダンス。テンポの速い音楽に合わせ、素早いステップと合間に披露されるターンなど、ダンス自体で相手を魅了するやり方。
女性騎士として戦に出て功績を上げるローズには似合った方法だろう。
「しかし、どうやって?」
「手本を見せるわ。ああ、来たわね」
広間にやって来たのは第二王女のマリアだった。どうやらサリスは広間へ行く前にマリアを呼ぶよう手配していたらしい。
「お母様、お呼びですか? ローズお姉様?」
広間にいたローズの顔を見て不思議そうに首を傾げるマリア。サリスに続き、家族でありながらあまり話した事のないマリアの登場にローズは気まずくなるが、何とか「ああ」とだけ返事を返した。
「これからローズにダンスを教えるの。手伝ってくれる?」
「まぁ!」
サリスの願いにマリアは顔を輝かせた。まるでこれから王都にある劇場で人気の演目を見るかのような目である。
「ローズに似合うダンスを見せるから、女性パートで手伝って頂戴。途中で指示を出すわね」
「はい、お母様」
早速とばかりに母と手を合わせ、マリアは基本的なステップを踏み始める。これらはマリアにとって準備運動に近いものなのだろう。
サリスが途中から「イチ、ニ……」とタイミングを口にしながら「ここでターン」「次は腕を伸ばして、次は素早く一回転」などと指示を出すと、マリアは完璧にそれをこなしてみせた。
ローズの目にはマリアが常にクルクルと舞っているような、外国から来た踊り子が見せる剣を使う演武に似た動きに映っていただろう。
女性パートを踊るマリアのふわふわな銀髪が舞う姿は大変美しく、そして力強くもあった。
「こういったダンスもあるのか」
自然とローズからは感心するような声が漏れ、彼女の中にあったダンスの『堅苦しい』というイメージが払拭されていくようであった。
「どうかしら?」
ダンスを見せ終えたあと、男性パートを踊っていたサリスは息を荒くする事も無く涼しい顔で問う。一方で、激しい動きを常にしていたマリアは肩で息をしつつ、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をしていた。
二人の様子を見る限り、女性の方が体力を使うダンスだ。ダンス熟練者のマリアでも一曲踊るのが精々。しかし、日々鍛錬を続けていたローズならば問題ないとサリスは思っているのだろう。
「これを私が踊るのですか?」
「勿論、基本のステップを覚えてからね。でも、これが今回の夜会における必殺技よ」
ローズの問いにサリスは口角を吊り上げながら言う。必殺技。それは必ず殺す技と書く。この激しく見応えのあるダンスで夜会に参加する有象無象共の息の根を止めろ、とサリスは言うのだ。
「ローズお姉様が踊ったらカッコ良さそうです」
マリアの言う通り、女性騎士たるローズが舞えば誰もが目を奪われるだろう。女性らしいしなやかさ、その中に騎士たる力強さも秘めるダンスはそれだけ引き付ける力がある。
「分かりました。やってみます」
サリスの考えとしては、まずローズにダンスが堅苦しい物であるというイメージを払拭させたかったのだろう。マリアを相手に踊ってみせて、こういったものもあると見せつけた。
それに加えて素直な性格をしたマリアが「ローズが踊ったら」と感想を言う事も織り込み済み。しかし、効果は抜群だったろう。ローズの瞳にやる気が満ちているのだから。
「何事も楽しまないとね?」
ふふ、と笑うサリスは、ローズを手招きして基本ステップの練習から開始。残り日数も僅かという事もあって、本日の練習はみっちり行われた。
「基本のステップは必ず覚えること。間違えてはダメよ。アレンジはこれを覚えてから。さっきも言ったけど、剣も最初は型を覚えるのでしょう? それと一緒よ!」
サリスはローズと組みながら基本ステップの練習を行い、時にマリアと組ませて外野から手を叩きながら声を上げる。サリスが声を上げる様は騎士学園にいた教官を思い出すような懐かしさがあった。
「ローズ! もっと早く!」
「はい!」
「マリア、私と交替しましょう。マリアと組んで、また最初からやってみなさい」
「はい!」
練習を行うローズの表情も真剣そのもの。勝負、剣と同じ、必殺技などとローズの心をくすぐるようなワードを盛り込んだサリスの作戦勝ち……いや、誘導の仕方が上手い。さすがは王妃と言うべきか。
これならローズも「ダンスは嫌だ」と今後は言うまい。一日目の後半には「剣術の足さばきと似ている」とまで口にするようになったほどだ。
しかし、彼女達の姿を見て一番驚愕しているのはマリーダだったろう。こうも言い方と見せ方一つで変わるのか、と。
「さすがです。サリス様」
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一日目の練習が終わり、屋敷に帰宅したローズは夕食時になるとカールへ告げた。
「今度、夜会が開かれるそうだな?」
「ええ」
カールはいつも通り堅苦しい顔で答えるが、ローズのやる気漲る顔に少々疑問を覚えたようだ。
だが、次の瞬間にはローズが「夜会に出席する」と言い出して思わず食事の手が止まるほど驚く。眉間の皺が取れ、驚きを露わにしたカールの表情は何年振りのものだっただろうか。
「よろしいのですか?」
「ああ。構わない」
ダンスが踊れないと知っていたカールはそう言うが、やはりローズの返答は変わらない。一体どうしたのか? と食事の間はカールの頭上に疑問符が浮かびっぱなしだったろう。
しかし、次の日になって王城へ出勤したカールは朝一番でサリスから呼び出しを受けると昨晩の真意を知る事となる。
「朝の忙しい時間に呼び出して申し訳ないわね」
「いえ、とんでもございません」
サリス王妃であるが、義母でもある間柄だ。しかし、相変わらずカールの表情と態度はローズの時と変わらない。そんな彼にニコリと笑いながら、サリスは一枚の紙を渡した。
「ローズが踊るダンスの内容よ。男性パートの部分を紙にまとめておきました。踊れるようにしておいてくれる?」
そう言われ、カールは内容に目を通し始めた。書いてある男性パートを見る限り、自分の力量では十分にやれる程度だ。しかし、問題は女性パートである。
「こんな激しい動きを?」
「ええ。ローズにぴったりじゃない? 必ず踊れるように仕上げるからよろしくね?」
加えて、主催であるベルトマン公爵にも『ローズが踊れる事を前提とした曲順を願い出た』と言うではないか。他人が知れば随分と過保護だと言うだろう。
それよりもローズが必ず踊れるようになると確信を持っている理由の方がカールの気になるところだが、敢えて口にしはなかった。
「ローズが頼ってくれたからね」
サリスは本当に嬉しそうにそう言った。ようやく母として娘にしてやれることができたと満面の笑みを浮かべる。
「それと、貴方には申し訳ないけど、今回のドレスは私が用意していいかしら?」
こういった夜会や茶会など、妻となった女性が初めて出席する会に合わせてドレスを贈る事は貴族男子として定番の行事である。だが、それを無しにしてでも、サリスは用意したいドレスがあると告げる。
「勿論にございます」
そんな事を聞いてはカールも断れまい。
「ごめんなさいね。装飾品は任せるわ。ドレスの色は後で家の者に伝えるから」
「かしこまりました」
こうして、着々と夜会に向けて準備は進んでいく。ローズの知らぬところで、彼女を支える者達も奮闘しながら。
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