27.【王国SIDE】エリーゼ、結界に魔力を注ぎに行く
本日、2回目の更新です。
やがて馬車は、結界に穴が空きそうと警告があった領地に到着する。
結界の崩壊に怯える人々が大騒ぎしている光景を想像していたが、そこの村に足を運ぶとすっかり閑散としていた。
「何よ? ほとんど人がいないじゃない」
「そうですね。なんでも前任のリット様が警告したらしく――ここの民は、ドワーフの里に避難したとのことです」
(は? これほどの人数の受け入れ先を、用意してみせたってこと?)
あり得ないと言い切ろうとして、リットがエルフの王女やドワーフの鍛冶組合のリーダーと親しげに話していた様子を思い出す。彼女たちは、快くリットの頼みを受け入れていた。一族のリーダーと親密な関係を築き上げた者なら、あながち不可能とも言い切れない。
自分との格の違いを見せつけられるようで、ひたすら不愉快だった。
「どうでもいい。ここが安全になれば、戻って来るわよね?」
「さあ? リット様は、国民からの人気は高かったですからね」
近衛は興味もなさそうに、淡々と呟く。
多くの国民が国外に避難するなど、自国で何かあったと宣伝しているようなものだ。国際間で問題になろうものなら取り返しがつかない。
「お貴族様にとっては目の上のたんこぶ。でも、私たちのような下々の者にとって、リット様は安全な生活を保障してくれる大恩人です。そんな大切な人を追放するような愚かな国に、わざわざ戻ろうとは、考えないんじゃないですかね?」
こいつは平民上がりでありながら、確かな剣の腕を評価されてエリーゼ近衛隊に配属されたエリートだ。貴族の価値観に染まりきらず、むしろ平民の感情をよく理解している人間。
(私の"改革"は、国民にそんな評価をされていたの?)
衝撃を受けた。部下が調査した国民の声では、結界師を雇うことに「国民も不満に思っている」と力強い回答をもらったのに。
(でも現実は――)
今さら認めるわけにはいかない。止まるわけにはいかないのだ。
「エリーゼ近衛隊の者が、詐欺師に『様付け』ってどういうつもり。今後、口にしたらクビにするわよ?」
「……かしこまりました」
渋々そう答えた近衛は、ひどく不満そうな顔をしていた。
◆◇◆◇◆
今日も私は、聖女としての見栄えの良い儀式衣装に身を包んでいる。
純白の儀式衣装に、威圧感のある錫杖。頭のティアラは、金色に輝いていた。王族の馬車とあわせて――さぞかし神聖な印象を与えるだろう。
(バッチリね)
姿見の魔法で自身の姿を見て機嫌よく頷く。
この国で崇められるのは私だけで良い。
(この国を守護するのは私なんだから!)
「リットとかいう詐欺師は、いにしえの時代の権威を盾に、いつも我らに偉そうに命令して来ましたからな。本当に気に食わない奴だった。追い出してくれてスッキリしました」
「まったくだ。エリーゼ様さえいれば、我が国は安泰ですからな!」
でっぷりと太った貴族が、ワッハッハと笑いながらこちらにやって来る。
この地を納める領主たちだ。私に媚びるような言葉は、とても耳に心地よい。
「これから聖女・エリーゼ様が、国を守護するための儀式を取り行う!」
「奇跡を見逃したくないものは、すぐに集まれ!」
私は、聖女が儀式を行うということを大々的に宣伝させた。
儀式を行う村の住人は大半が避難した後ではあったが、それでも「詐欺師の言うことなんて聞けるか!」と馬鹿にして、村に残ることを選択した者もいるのだ。
「聖女様のことを信じない不届き者もおりました。ですが、ここに残った者は、熱心な聖女様の信者にございます! ですから来年度の予算は――」
耳打ちするように、そんなことを囁かれる。下心も大いに結構、今はありがたくこの機を使わせてもらおう。
「聖女の奇跡、しかと目に焼き付けておきなさい!」
私は錫杖を天に掲げて宣言。
「うおおおお! 聖女様が儀式を行うぞ!」
「エリーゼ様! エリーゼ様! エリーゼ様!」
歓声が心地よかった。
この時のために生きている、とまで感じられるほどだ。
「ほんとうにやるんですか? 司書にも、止められたんですよね?」
「もちろんよ。ここまで期待されて裏切る訳にはいかない」
私は結界に向き直る。
見るだけで圧倒されるような巨大で神々しい魔法陣。それらが複雑に絡み合って、ここら一帯を覆う結界を発生させているようだ。たしかに、結界の光の強さにはムラがあった。魔力不足によるものか、綻びが生じようとしているのは明らかだった。
(……結界に魔力を注ぐって、何をすれば良いんだろう?)
はて、と首を傾げる。この結界は手に負えるものではないと、理性が当然のことをささやく。それでもここまで来て引けるはずがないと、私は意地になっていた。
その結果――取り返しのつかない事態を引き起こしてしまうとも知らずに。
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