20. レッドボアの群れが攻めてきたらしい
結界のアップデートを終え、念のために結界を使うことになるティファニアにも起動確認をしてもらう。
「な、なんですかこれは!? 結界の輝き方が、今までとはまるで違います!」
「ああ。いろいろな魔力を組み合わせることで、効果は何十倍にも跳ね上がるからな」
魔力を注ぎ込んだティファニアが、その結果を見て唖然としていた。この里での暮らしが長いため、効果の違いにも敏感なのだろう。
「こ、これなら宿敵のレッド・ボアの侵入だって防げるかも……」
「レッドボア?」
それは突撃することしか脳の無い、イノシシ型のモンスターのことか?
「隠遁結界の効果も薄く、何度も侵入されて……これまで何人も仲間が殺されました。私たちの弓をモノともせず突っ込んできて、持久戦を強いられる――本当に恐ろしい相手です」
心優しきエルフの王女は悲しそうに言った。良い角が取れると思っていたが、レッドボアがそこまで恐ろしいモンスターだと言われていたとは……。
「火属性のモンスター相手に、効果が薄いのは納得だ。さっきのアップデートで、だいぶマシになったと思うぞ?」
「本当ですか?」
ティファニアは信じられないというように目を瞬いた。長年、エルフの里を脅かしてきた宿敵だ。簡単に信じられないのも無理がないのだろう。ティファニアを安心させるよう、俺は頷き返す。
――そのときだった。
「ティファニア様! 大変です。レッド・ボアの大群がこちらに向かってきています!」
走り寄ってきたのは、高台で見張りを任されていたエルフの青年。世界の終わりを目の当たりにしてしたような顔。ふむ、結界アップデート前に、気が付かれたということか?
「ウソ!?」
「隣国の結界が破られた影響です。近隣のモンスターの気性が荒くなっているようです」
隣国の結界が破られた影響――うちの国では? こんなところにまで影響が出るとは……元・担当として非常に申し訳ない。といってもクビになった以上、どうしようもないが。
「さらに悪い知らせです。群れを率いている個体は、明らかに他とサイズが違うようです」
「ま、まさかエルダーボア?」
ティファニアは顔を青くする。エルダーボアの率いる集団は、各個体の能力が跳ね上がる。さらに通常の群れとは違い、連携した動きを見せるようになるとも言われている。
「エルダーボアに滅ぼされた里は、他にもいっぱいありますよね。この里も、もう終わりなんでしょうか?」
「私たちも最後まで精一杯あがくつもりですが、エルダーボアが相手では……。私たちがオトリになります、ティファニア様はお逃げください」
「いいえ、逃げません。私はエルフの王女として、ここで最期まで見届ける義務があります――」
迫りくる脅威を前に、ティファニアは泣き出しそうな顔をしていた。それでも目から光は失われない。
「こんなことに巻き込んでしまって、ごめんなさい。私たちが足止めしている間に、旦那さま達は逃げてください」
震えながらも、ティファニアはそう言った。死をも覚悟した凛々しい表情、王族としての誇りに殉じる覚悟すら覗かせる。
「戦える人は、すぐに迎撃準備を! 私も、すぐに向かいます――」
「いや、その必要ない」
どうやら思いのほか早く、新たな結界の出番が来たようだ。エルダーボアなんて、所詮は良い素材を落とすだけのモンスターだ。群れというのは厄介だが、まあどうにでもなるだろう。
「え、旦那さま。それはどういう……?」
「なに、結界の効果を試すには良い機会だろう?」
気が付かれてしまった時点で、今までの隠遁結界は終わりだったのだろう。それでも、アップデートした今、その効果はひと味ちがう。
「さ、さすがに旦那さまの結界でも、エルダーボア率いる群れを防げるはずが……」
「誰が防ぐなんて言った?」
俺は好戦的な笑みを浮かべる。
「全滅させてやるよ、ふざけた群れごとな!」
◆◇◆◇◆
エルフの見張りは、俺の宣言を半信半疑で聞いた。結局は「念の為、準備を進めておく」と言い残し、去っていった。仕事に熱心なのは良いことだ。
万が一にも討ち漏らしが発生したら大変だからな、非常にありがたい提案だ。
「全滅させるって、どうするつもりなんですか?」
「まずは属性の有利を取る。水属性の変換効率を最大にして――」
さきほどの魔法陣のパラメータを、少しだけ調整する。時間があれば、さらに術式をアップデートして攻撃性能を上げるのも良いが、さすがに時間が足りなかった。
このような状況下でモンスターを蹴散らすためには――
「攻撃魔法を、そのまま魔力として結界に流し込むか」
「……は?」
「し、師匠。今なんと?」
「攻撃魔法をそのまま魔力として結界に流し込む」
アリーシャとティファニアは、ついにはポカンとしたまま固まってしまった。結界の性能が足りないなら、それを魔法で補えば良い。アリーシャに影響を受けた発想なんだけどな。
「といっても、俺は魔法はからっきしでな。将来的にはアリーシャの専売特許になりそうだが――今回は、これを使おうと思う」
そう言って腰から取り出したのは、
「あ、ウチの商品や!」
「本当に優秀な紋章だ。いつも世話になっているぞ」
鍛冶ブランド・エマの目玉商品。魔法を使えない人でも、魔法の恩恵に預かれるようにするための、紋章と呼ばれる魔道具。
俺は制御台に立つと、紋章に魔力を通して魔法を発動した。ウインドカッターと呼ばれる風の初級魔法が発動したので、そのまま結界に流し込む。
「うそ? 本当に結界が起動しちゃいました!」
「師匠、魔法にもこんな使い道があるんですね……!」
「ウチの商品に、そんな使い方があったなんて!」
魔法だって、魔力には違いない。理屈的には当然のことだ。
――さて、これで準備は万端だな。
どれほど待っただろう。
「レッドボアの群れ、来ます!」
伝令魔法で何か情報を受け取ったティファニアが、険しい顔でそう言った。彼女は戦闘には加わらず、結局はここで伝令役となることを選択したようだ。迫りくるエルフの宿敵を前に、ティファニアの顔は緊張でこわばっていた。
「ティファニア、安心してくれ。こういう日のために俺がいるんだろう? 必ずエルフの里は守ってやるさ」
「旦那さま――!」
ティファニアは、不安そうに瞳をうるませていたが、
「はい! 旦那さまは世界で一番の結界師です、信じます!」
精一杯の笑みを浮かべ、力強く笑ってみせた。
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