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特殊ジョブ「勇者代行」が発動し、気が付けば勇者ハーレムを乗っ取っていた【前編】

作者: 彩星暎文

なんか気づいたらこんなん書いてました。

爽やかハーレムラブコメファンタジーを書こうと思ってたのに・・・解せぬ。




 10年前――――暗黒より魔王が復活した。

 魔王は凶悪な軍団を率い、世界を混乱と恐怖に陥れる。

 絶望に怯える人々は、聖なる女神に救いを求めた。


 女神は代行者に加護を与え、魔王の討伐を命じる。

 代行者は勇者と呼ばれ、強大な女神の加護を持っていた。

 人々は勇者の誕生に歓喜し、大いなる期待を寄せた。


 そして勇者は、魔王を倒す為に旅立つ。

 全人類の希望は、たった一人の勇者に託されたのだった。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




 突然だが、俺の名はルングという。


 少し前までは、小さな村の取り柄の無い村人だった。

 だがそんな凡人の俺に、とんでもない人生の転機が訪れた。この国の王様から、勇者パーティを支えろと命じられたのだ。

 俺は使命感に燃えた。少しでも偉大なる英雄の力になるんだと。


 けれど、理想と現実は大きく違っているものだ。

 憧れていた英雄が、尊敬すべき存在とは限らない。

 つまり何を言いたいのかと言うと、俺が仕えるべき勇者は――――とんでもないクズだったという事だ。



「ルング! ふざけんなコラァ!」


「がはっ!?」


 固い拳で横っ面を打たれ、俺は情けなく床に倒れ込んだ。

 宿屋の酒場でいつものように、反省会という名のイビリを受けている。

 そして俺を殴った男こそが――――勇者ドルガだった。


 ドルガは高級な装備に身を包み、傍らでは勇者の証である聖剣が輝いている。

 見た目だけではなくドルガは強い。並のモンスターなんて相手にならない。女神様から【勇者】というギフトジョブを贈られただけはある。


 だが性格は最低最悪だ。自分勝手な乱暴者。自分の欲を満たす為なら、汚い事だって平気でやってみせる。大切な婚約者がいるにも関わらず、毎晩のように女遊びを繰り返している。

 どうして女神様はこんな最低野郎に勇者の加護を与えたのか……その理由を一度聞いてみたいもんだ。


「もうテメーは追放だ! 死ねよクソボケが!」


 俺が責められている理由は、どうしようもない理由だった。

 今日の戦闘で、ドルガが望むような援護が出来なかったのだ。けれど、ステータスが低い俺には、そもそもが無理な話だ。

 けれど反論したら、殴られるより酷い目にあうため、俺はひたすら嵐が過ぎるのを耐えるしかなかった。



「フン……何の反論もできないのか? 全く情けない男だ。貴様のようなヤツはゴブリンにでも食われてしまえ!」


 ドルガの右隣で、腕を組みながら見下すのはシャロン。

 ギフトジョブ【魔法剣士】を授かった、勇者パーティのメンバーだ。

 元は名門貴族だったらしく、魔王討伐の功績を得るために旅に出たという。金髪の美人だが、元貴族だけあってプライドが高く、いつも手厳しい事を言ってくる。


「ぷぷぷっ! パイセンは本当にダメダメですねぇ。役立たずのおバカさんなんですから、とっとと田舎に帰ったらいいんじゃないですかぁ~~?」


 ドルガの左隣で、嘲笑するハーフエルフはミュナ。

 ギフトジョブ【黒魔導士】を授かった、こちらも勇者パーティの一員だ。

 なんでも魔王を倒して、大金持ちになるのが夢だとか。見た目は可愛らしい少女だが、陰湿に性格がねじくれていて、いつも小賢しい嫌がらせをしてくる。


「ドルガ殿に賛成だ。勇者パーティにこの男は必要ない」


「ミュナ的にもドルガ様に賛成です! パイセンが居なくても困らないしぃ~!」


 ドルガの「追放する」という意見に同調するシャロンとミュナ。勇者パーティの意見は、ほぼ一致しているようだ。

 追放か。それを本当に望んでいるのは俺なのかもしれない。


 理不尽すぎる毎日に、逃げ出そうと思った事は何度もある。

 けれど、応援してくれた村人達の事を思うと、簡単に投げ出す事はできない。

 そして――――


「ルングくんは頑張ってくれてるじゃない!」


 ただ一人、俺を庇ってくれる子がいる。

 彼女の名前はリリィ。非常にレアなギフトジョブである【聖女】を授かった、勇者パーティでも古株のメンバーだ。

 聖なる魔法を使って、傷ついた人々を癒す姿は女神の化身のよう。彼女にはどれほど助かられたか分からない。


「ああっ……血が出てる! すぐに回復するね?」


「あ、ありがとう。リリィ」


「治癒魔法は任せて。こう見えて私、聖女ですから!」


 えっへん、と胸を張ってみせるリリィ。

 彼女の温かく輝く手が俺の頬に触れ、打たれた傷を癒していく。

 そんな様子を、ドルガが面白くなさそうに見ていた。


「んだよリリィ。そんなクズを庇うのか?」


「そんな酷い言い方しないで。ルングくんを戦闘で使うのが間違ってるの。買い物とか下調べとか、仕事は戦いだけじゃないでしょ?」


「そんな事は誰でも出来んだよ! 楽な仕事ばっかりじゃなく、少しは戦闘で貢献するべきだろうが! なのにこのザコはろくに援護も出来ねえ!」


「ルングくんのギフトジョブは【勇者代行】なんだから、戦闘ステータスが低いのは仕方ないでしょ? 私たちみたいに戦場で上手く戦えるわけがないよ」


 聞いていて耳が痛い。

 話をまとめると、俺は戦闘では役立たずで、誰にでもこなせる雑用しか出来ないってことだ。これでも、頑張ってはいるんだが。


 俺も出来るなら戦闘ジョブが欲しかったさ。

 だがリリィの言う通り、俺のギフトジョブはかなり特殊だ。


 ギフトジョブとは成人を迎えた時に、女神様から授かる加護だ。

 一般ジョブは【農士】【鍛冶師】【商人】といったものがある。戦闘ジョブになると【戦士】【神官】【魔導士】など。

 シャロンやミャナは戦闘ジョブなので、一般ジョブの人間に比べると、体力や魔力が高くなるわけだ。


 だがギフトジョブの中には、特別なものがある。

 例えばそれがドルガの【勇者】であり、リリィの【聖女】といったものだ。


 勇者となれば、圧倒的に身体能力が向上し、聖剣の加護により一騎当千の力を手に入れる事になる。聖女は、勇者と共に戦う事で真価を発揮する。普段から優れた癒し手である聖女だが、勇者の傍にいる事でその力は何倍にもなるのだ。


 だが特別なジョブ中には、使い道に困るものもある。

 俺のギフトジョブである【勇者代行】もそうだろう。


 その効果は、勇者が何らかの原因で活動不能になった場合、勇者に与えられる女神の加護が一時的に俺に与えられるというもの。

 とても……微妙だ。そもそも、ドルガが活動不能になるなんて考え辛い。


 そんな事を考えている間にも、ドルガとリリィの言い合いは続く。

 シャロンとミュナは、苛立ちを募らせるドルガに怯え、俺はリリィがドルガに殴られないかとハラハラしていた。


 そうこうしてるうちに、ドルガが激しく机を叩きながら叫んだ。机の上にあった食べかけの料理や食器が弾け飛び、けたたましい音を立てる。


「うるせぇ! 俺は勇者だぞ! 必要ねえんだよ俺のスペアなんてよぉ!」


「でも、ルングくんは王様の命令でうちのパーティにいるんだよ? いくらドルガが勇者だからって命令に背くのはダメだよ」


「ぐ、ぐぐぐぐ……! クソが……分かったよ!」


 リリィの毅然とした態度の前にドルガも旗色が悪いと思ったのか、この場は引き下がる事にしたようだ。


「ルング! これ以上俺たちの足を引っ張るんじゃねーぞ!」


「あ、ああ……頑張るよ」


「けっ!」


 不機嫌そうに、ガブガブと酒を煽るドルガ。

 その機嫌を取るように、シャロンとミャナが酌をする。ドルガに見捨てられないように必死なわけで、あっちはあっちで大変そうだ。


 そんなドルガたちの目を盗むように「良かったね」とウィンクを飛ばしてくるリリィ。可愛い。

 彼女は厳しい冒険の最中でも、事あるごとに俺を庇ってくれていた。正直彼女の励ましが無ければ、俺は勇者パーティから逃亡していたかもしれない。そんなリリィに……俺はいつしか恋をしていた。


 しかし、その恋が叶う事は決して無いだろう。

 なぜならリリィは――――


「おいコラ。俺の婚約者に色目をつかってんじゃねぇぞ?」


 俺の彼女を見つめる目に何かを感じたのか、ドルガは酒に顔を赤くしながら威嚇するように――――リリィの唇を奪った。


「ちょ、ちょっとドルガ。やめ……ん、んんっ……!」


 ドルガは野獣のようにリリィの唇を貪り、リリィは軽く抵抗はするものの、諦めたようにキスを受け入れている。

 俺は茫然と見つめながら、張り裂けるような胸の痛みを感じていた。


 そう。ドルガとリリィは『婚約者』なんだ。


 なんでも二人は幼馴染らしい。

 恋仲になり婚約をした後に、勇者と聖女のジョブを授かり、共に冒険に出たという。さっきまでの言い争いだって、信頼関係があるから出来る事だ。

 そんな二人の絆の前に……俺なんかが入り込む隙があるはずがない。


 必死に動揺を隠そうとする俺だったが、そんな心中はドルガはお見通しだったようだ。嫌らしい笑みを浮かべながら、リリィや他の二人に最低な提案をした。


「おい、今日は四人で楽しむぞ! 朝まで寝かせねぇから覚悟しろよ!」


 もうこれ以上、この場所にいたくない。

 俺は堪らず席を立ち、二階にある自分の寝室へと向かう。

 途中でリリィと目が合ったが、気まずそうに逸らされた。



「……ちくしょうっ!」


 自分の弱さ。決して届かない恋心。どうにもならない。惨めすぎる。

 傷んだシーツに顔を押し付けながら、声が漏れないように泣いた。


 ドルガの獣のような笑い声が耳にこびりつき、しばらく眠れそうになかった。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




「ひぃ、ひぃ。はぁ、はぁ」


 大量の荷物を背負いながら、俺は息も絶え絶えに荒れ野を歩いていた。

 荷物が重いだけじゃなく、足場も非常に悪いし、日差しも強くなってきている。 ただの村人には過酷な旅路だ。だが、これが雑用である俺の仕事だった。



「何やってんだノロマ! ボケ! 死ね!」


「貴様は本当にグズだな!」


「ぷぷぷっ。パイセンってば、マジださ~~い」


 先方を歩くドルガ・シャロン・ミャナの三人が、聞きなれた罵倒を飛ばしてくる。

 少しくらい労わってくれてもいいんじゃないか? そう思わなくもない。

 けれど、奴らも普段は理不尽だが、戦闘ともなれば命懸けで戦っている。ならば俺も、キツくても泣き言なんて言ってられない。


「ルングくん……少し持とうか?」


 リリィだけが心配そうに、こちらを伺っている。

 その気持ちだけで充分だ。彼女の優しい言葉があれば頑張れる。


「ありがとう。でも皆も大変なんだから、俺だけ泣き言を言ってられないよ」


 精一杯、強がってみせる。

 好きな子の前なんだ。俺にも男として意地があるわけで。

 まぁ、リリィにはドルガという婚約者がいるわけだが……くそっ。


「ドルガもね。ああ見えて良い所はあるんだよ?」


「そ、そうなんだ」


 聞いてもいないのに、リリィはドルガの話を始めた。

 リリィの口からヤツの名が出るだけで胸が痛むが、俺としては平静を装って相槌を打つしかない。リリィに俺の好意を悟られるわけにはいかない。


「ドルガとは幼馴染でね。昔から少し乱暴な所はあった。でもある日、隣村の男の子たちに、私がイジメられてた時に助けてくれたの。それから告白されて……いつの間にか私も好きになって……結婚の約束をしたんだ」


 並び歩きながら、ドルガへの愛情を語るリリィ。

 その無神経さに腹立たしくなる。俺の気持ちを知らないからって、他の男の事を無邪気に褒めるなんてあんまりだ。


 いや……違うな。リリィはそんなに鈍感じゃない。

 きっとリリィは俺の気持ちに気付いている。その上で諦めさせるように、ドルガへの想いを聞かせているような気がしてきた。

 ならば俺も、丸く収まるように演技をするだけだ。


「そうなんだ。それは……良い思い出だね」


「うん。そうなの! ドルガって優しい所もあるんだよ」


 俺が肯定すると、嬉しそうに笑うリリィ。

 そんな顔を直視する事は、ちょっと出来なかった。


「でもね……勇者になってからは、変わっちゃった」


「え?」


 何やら話の流れが変わってきた。

 リリィは溜息のように、苦悩を吐き出す。


「勇者の使命が大変なのは分かるんだ。でもね。酷い言葉で他人を罵ったり、気にいらない相手に乱暴したり。片っ端から女の子に手を出して、まるで奴隷みたい扱ったり…………」


「……そっか」


 暴君であるドルガの傍には、いつもリリィがいる。

 だから毎日のように、嫌なものを見せられているんだろう。


「今度の収穫祭の日って……私の誕生日なんだ。そして、婚約記念日でもあるんだよね。ドルガが昔みたいに、一緒に祝ってくれるといいな。去年も一昨年も忘れてたけど……ね」


 それは滅多に見ない、リリィの弱気な姿だった。

 無意識のうちに、つい出てしまったんだろう。


「っ……あはは! ルングくんに言う事じゃなかったね。ごめん!」


「いいさ。気にしないでくれ」


「それじゃあね! 大変だったら教えて!」


 我に返ったリリィが、話は終わりとドルガの元に向かっていく。

 けれど颯爽と歩く姿も、もう空元気にしか見えなかった。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




「オラオラァ! どけどけぇ!」


 ドルガが縦横無尽に戦場を駆け回り、聖剣を振り回す。

 草深い荒れ野に、モンスターの血と肉片が飛び散る。

 やはりドルガは圧倒的。勇者の加護のおかげで暴れたい放題だ。


 一方、他のパーティは苦戦を強いられていた。

 ドルガの頭には、戦術というものが存在しない。そのせいで接近戦が苦手な聖女や魔導士も、援護も受けずにモンスターと対面する事になる。


「パイセン! 治療薬を早く~!」


「オッケー!」


「解毒薬を急げ! 何をしているのだ!」


「分かった!」


 援護役であるリリィの手が回らない為に、雑用である俺が戦場を駆け回る羽目になる。この状態も慣れたものだが、あまりにも非効率だと思う。


 今はまだいい。こちらの戦力がモンスターのレベルを上回っているから。

 しかし、同格以上の持つモンスターが現れたら……きっと苦境に立たされるだろう。改善を提案したいが、俺の意見なんかドルガは受け入れないだろう。


「よっしゃあぁぁ! これで終わりだぁ!」


 最後の一匹を一刀両断して、ドルガが勝鬨を上げる。

 他のパーティたちも、安堵して溜息をつく――――そんな時だった。



「おやおや。中々やりますねぇ……」


 怪しげな声が聞こえると同時に、重く湿った瘴気が辺りを満たす。

 とてもじゃないが、凡人の俺には耐えられそうにない。リリィ・シャロン・ミュナも同じようで、立っているだけで精一杯の様子だった。


「なっ、なんだこりゃあ!? 出てこいコラァ!」


 勇者の加護のおかげか、あまり影響を受けていないドルガが吠える。

 それに応えるように、中空から人影が浮かび上がった。


「フフフフフッ。始めまして勇者パーティの皆さん。私は魔王軍幹部の一角・アスガットと申します。以後、お見知り置きを……!」


 アスガットと名乗る魔族は、青紫色の法衣をたなびかせて一礼する。

 そして身を起こすと、その掌に闇色のエネルギーを集め始めた。


「見せてあげましょう。魔王軍幹部の力を」


 集まったエネルギーが、狂暴にうねり出す。

 直感的に分かった。あれを喰らえば俺は死ぬ。

 戦闘の加護を持つ皆でさえ、受ければただでは済まないはずだ。


「戦力を削らせてもらいます。まずは聖女から消しましょうか」


 アスガットは狂的な笑みを浮かべながら、闇色に燃える右腕を突き出す。

 その先にはリリィがいるが、恐怖に竦んで動けないようだ。俺が「逃げろ」と叫ぶよりも早く、アスガットの腕から禍々しい閃光が走った。


「――――リリィっ!」


 死ぬとか死なないとか、そんなことは思いもしない。

 意味も分からずに、何も考えずに、ただ俺は飛び出していた。


「きゃっ!」


 勢いのままにリリィを突き飛ばし、俺も地面に転がった。

 振り返ればリリィは無事のようで、心の底から安堵する。

 しかし突き飛ばされたせいで、彼女は泥まみれになっていた。


「大丈夫かリリィ、ごめ――――がはっ?」


 謝ろうとしたら、俺の口から真っ赤な水が溢れ出した。

 何事かと視線を下げると、腹に大穴が開いている。

 無感情に見つめながら思う……ああ、これは死んだな、と。


「るん、ぐ……くん?」


 そんな俺を、呆けたようにリリィが見つめている。

 不思議そうな笑みを浮かべたあと、やがて狂ったように叫び始めた。


「ルングくんッ! いやああぁぁぁぁぁッ……!」


 リリィが必死の形相で駆け寄り、治癒魔法をかけてくれる。

 しかし、治癒できるレベルを越えていたようだ。リリィが聖女の加護持ちとはいえ、もうどうにもならない。


「ルングくん! どうして……どうして私を……!」


 血に染まる事も厭わずに、がむしゃらに治癒を続けるリリィ。

 瞳から零れ落ちた涙が、俺の頬を濡らす。その温もりを感じながら、俺はずっと秘め続けていた気持ちを口にした。


「君が……好きだから」


「えっ……!?」


 俺の告白を聞いて、絶句するリリィ。

 彼女を困惑させてしまう事は分かっている。けれど今わの際だ。少しのワガママは許してほしい。


「で、でも、私はドルガの……」


「……うん。もちろん、分かってる。どれだけ、君がドルガの事を、想っているのか。そんな事は、痛いほど、分かってる。もし気持ちを告げたら、君を困らせるだろうって事も。それでも俺は、君の事を、諦められなかった」


 肺に穴が開いているのか、上手く喋る事が出来ない。

 それでも俺は、ツギハギするように言葉を絞り出していく。


「そんな……そんなのって……!」


「リリィ。何度でも言うよ。君が、好きだ。一生懸命、戦っていた君が。いつも励まして、くれた君が。太陽みたいに、笑ってた君が。君のおかげで、俺は頑張れた。本当に大好きだった」


「ダメ! 治癒魔法が効かないよ! いや、いやぁぁぁ……!」


「ははははっ……もし俺がリリィの婚約者だったら……絶対に幸せに、するのになぁ。ドルガの馬鹿野郎が……ガハッ!」


 最後に笑いながら血を吐いて……ゆっくりと瞳を閉じた。

 寒くて暗くて、何も見えそうにない。力が入らない。もうダメだ。


「あ、ああああぁぁ……ダメ……ダメダメダメっ! ルング君、死なないでよぉぉ!! 嫌あああああぁぁぁぁぁッ!」


 リリィ……悲しい思いをさせてゴメンな。

 でも、後悔はしていない。好きな女の子を守って死ねたんだ。しかも守ったのは勇者パーティの聖女様だぜ? きっと村の皆も褒めてくれるさ。


 大好きなリリィ……幸せになってくれよ。じゃあな。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




「………………あれ? ここは天国か?」


 目を覚ました俺が、そう呟いたのには理由がある。

 一つは、間違いなく死に至る魔法を喰らったこと。もう一つは、リリィそっくりの天使に膝枕されていたからだ。


 柔らかい太股。花のような甘い香り。

 この状況を天国と言わず、何と言えばいいんだ?


「ルングくんっ!? 良かった……本当に良かったよぉぉ……!」


 どうやら、本物のリリィのようだ。まだ泣いていた。

 きっと俺の事を心配して、ずっと泣いていてくれたんだろう。不謹慎かもしれないが、申し訳ないという気持ちよりも嬉しさが勝った。


「どうして俺は……無事なんだ?」


「おそらく……パイセンのジョブ【勇者代行】が発動してるんでしょうね」


 俺の無意識の問いかけに、沈んだ声音でミャナが答える。彼女のお気に入りだったローブはあちこちが裂けていて、見るからに痛々しい。


「ス、スペアが発動って……じゃあドルガは?」


 ミャナとまともに話すなんて久々だ。そのせいで軽く動揺してしまった。


「ドルガ様は……あそこですよ」


 疲れた顔をしたミャナが指さす先に、ドルガが横たわっていた。

 見たところ傷一つ無いが……どうも様子がおかしい。


「フゴォォォォ。フゴォォォォォ~~~」


「ね、寝てる……!?」


 ドルガはイビキをかきながら、呑気に寝ていた。

 深い眠りについているようで、ちょっとやそっとの事で起きそうにない。


「ただ寝てるわけじゃありません。魔道具の力で、普通の方法では目覚めない眠りについてるんです。『ヒュプノスの魔笛』とヤツは呼んでましたね」


「『ヒュプノスの魔笛』だって? アスガットは……どうなったんだ?」


「パイセンに穴が開いたあと、一時はあの魔族を追い詰めたんですけど……」


 ミャナの話をまとめると、俺が気を失っている間に、ドルガはアスガットに深手を負わせる事に成功したそうだ。しかし、そこで油断した。

 止めを刺そうとする前に、アスガットが『ヒュプノスの魔笛』を吹いて、ドルガを深い眠りに落としてしまったという。


「なんてこった……」


 アスガットが撤退した事でこの場の危機は凌いだが、戦力の要だったドルガは戦線離脱。今後の勇者パーティの先行きは不安だらけだ。


 ただ俺にとって幸運だったのが、ドルガが行動不能になった事により【勇者代行】が発動し、俺に女神様の加護が与えられた事だ。それにより身体能力が向上し、回復力も何倍も跳ね上がり、リリィの治癒魔法が届いたのだという。

 なんにせよ、一命を取り留める事が出来たわけが……複雑な気分だった。


 周囲を見回すと、大地は焼き尽くされて見る影もなかった。

 地面の所々に、斬撃の跡や大穴が開いており、ここで激闘があったことをまざまざと思い知らされる。

 ドルガが呪われたとはいえ、パーティ全員が無事だった事は運が良かったんだと思う。アスガット……恐ろしい敵だった。



「これから……どうする?」


 俺の質問に答えたのは、今度はシャロンだった。


「決まっているだろう。私たちの手でアスガットを倒し『ヒュプノスの魔笛』を手に入れるしかない」


 淡々と答えるシャロンだが、その目には力が無い。

 美しかった金髪は乱れ、銀の鎧もボロボロになっている。ここにいるパーティの中で、一番アスガットの恐ろしさは知っているのは、接近して戦っていた彼女なのかもしれない。


「……無理じゃないか?」


 いくら女神の加護が与えられたとはいえ、俺は戦闘はまるっきり素人だ。ためらいながらも本心を告げると、シャロンがヒステリックに叫んだ。


「む、無理は百も承知だッ! だが、やらねばならん! 実に不本意だが、貴様にはドルガ殿の代役として働いてもらうぞっ!」


「王様の判断を仰ぐってのはダメなのか?」


「貴様は王の恐ろしさを分かっていない! ドルガの失態を聞けば確実に激怒するだろう。くそぉっ……どうしてこんなことに……!」


 大騒ぎしたと思ったら、シャロンは頭を抱えてへたり込んでしまう。

 王様は自国から勇者が現れた事を、周辺の国々に自慢していたという。それなのに失敗したと聞けば……面子が潰れて確かに怒るかもしれない。



「俺たちだけで、やるしかないのか……」


 泣き続けているリリィ。頭を抱えて俯いているシャロン。虚ろに空を見つめるミュナ。意気消沈するメンバーを見つめながら、重々しい溜息を吐く。


 そんな俺の足下で、聖剣が頼りなく輝いていた。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




「遅いぞ! 何をやっていたのだ!」


「女神様の加護があっても、やっぱりパイセンですねぇ~」


 旅立ちの朝。城門の前にやって来ると、挨拶代わりの罵倒が飛んでくる。

 慣れたもんだけど、やっぱり腹立たしい。それでもこの前のように、意気消沈されているよりはマシだ。


「すまん。ちょっと市場に用があって」


 そうは言うものの、集合時刻はピッタリなんだよな。

 まぁ、文句だけで済んでマシな部類だ。ドルガには普通に殴られるからな。本当に理不尽な野郎だよ。


「全く……呑気に買い物などしてる場合か。私たちは一刻も早くアスガットを倒さなければいけないのだぞ!」


 シャロンの言う通り、俺たちはアスガットの討伐を決意した。

 ドルガは宿屋に置いていく事にしたが、勇者は定期的に王様の使者と会う義務がある。その時期までは余裕があるが、いつまでも誤魔化し切れない。

 出来る限り早くアスガットを倒して『ヒュプノスの魔笛』を手に入れなければならないだろう。


「では、出発するぞ!」


 そんな事を考えていると、威勢の良い掛け声が響いた。

 けれどこの旅路の先に、苦難が待ち受けているのは誰もが分かっている。

 鉛のように重い心を引きずりながら、俺たちは歩きだした。




「る、ルングくん……ちょっといい?」


 しばらく街道を歩いていると、こっそりとリリィが手招きしてくる。

 シャロンとミュナは前方にいて、こちらを気にしていない。


「……リリィ。何だ?」


 隣を俯きながら歩くリリィの顔は、何事か思いつめているようだ。

 俺の告白を気にしているのだろう。あれからしばらく、リリィは俺の事を避けていたが、やっと面と向かって話をする気になってくれたようだ。


「まず、あの時は助けてくれて……本当にありがとう」


「ああ。気にしないでくれ」


「でも、ルングくんの気持ちには応えられない。私はやっぱりドルガの事が大切なの。婚約者だから」


 決意したようにリリィが語る内容は、半ば予想した通りのものだった。


「……ああ。分かってる」


 俺だって、ずっと秘めておこうと思っていた気持ちだった。

 けれど異常な状況で、それが不本意にも明るみに出てしまっただけ。だから俺は今まで以上の関係をリリィに求めるつもりは無かった。


「私はね……生涯ドルガを愛するって女神様に誓ったの。どんな事があっても、傍で支え続けようって決めたんだ」


「女神様に……そうか」


 女神の代行者である勇者。その勇者の婚約者であり、女神の信奉者であるリリィ。

 色々な要素が重なって、リリィは聖女に選ばれたのかもしれない。


「それにドルガも。魔王さえ倒せば、昔の彼に戻ってくれるはずだから……私は信じてるから……!」


 俺には、あいつがマシになるとは思えない。

 けれど、リリィは信じようとしている。それを俺に否定する事はできない。


「で、でもね! ルングくんの気持ちは本当に嬉しかったんだよ?」


 俺の沈黙をどう捉えたのか、焦るように言葉を紡ぐリリィ。


「だから、これからも仲間として……ううん、これからは大切な『友達』として仲良くなれたら……いいなって……」


 そう途中まで言って、リリィは俯いてしまう。


 どんな要求でも受け止めるつもりだったが、つまりは永遠にリリィへの想いは届かないという事だ。そう考えると……どうしても落ち込んでしまう。

 それならいっそ、手酷く拒絶された方がどれだけマシか。


「ごめん……私、虫の良い事を言ってる。でも……」


「……いいさ。これからは友達としてよろしくな」


 出来る限り自然に、リリィへと笑いかける。

 本当に彼女の事を想うなら、俺のエゴを突き通すべきじゃない。

 そんな俺の顔を見て、リリィは顔をくしゃりと歪ませた。そして何かを言おうとして……何も言わずに口をつぐんだ。


 それからずっと、俺たちは無言で歩き続けた。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




 アスガットの拠点に辿り着くために、どうしても通らなければいけない峡谷。

 その厳しい岩肌を乗り越えながら、俺たちは息を切らせて進んでいく。半分ほど来たあたりで、シャロンが悲鳴を上げながら腰を抜かした。


「うわあああッ! レッドドラゴンだっ!?」


 峡谷を塞ぐようにして、赤く巨大なドラゴンが居座っている。

 しかし、こんなエサも無い場所にいるのは不自然だ。恐らくアスガットの眷属として、拠点に近づく外敵を排除しているのだろう。


「レッドドラゴンはヤバイですよ! 前に一度戦って負けましたし。はぁ~~終わり終わり! 私たちはもうすぐお尋ね者ですよ。いっそ国外逃亡の準備でもしますかねぇ!」


 地べたに寝ころびながら、ミュナがやけっぱちに叫ぶ。

 リリィもシャロンも絶望的な顔をしているが……俺の考えは違った。


「…………いや。勝てると思う」


 俺が呟くと「何を言っているんだ」と言わんばかりに皆が見つめてくる。

 けれど、勝算も無しにこんな大言は吐かない。


 確かに勇者パーティは一度レッドドラゴンと戦かった事があり、手痛い敗走をしている。けれどそれは、ドルガが守備の事を考えず、ひたすら攻撃することを仲間に命令していたからだ。

 レッドドラゴンは攻撃力が非常に高い。そんな相手に殴り合いを仕掛けても押し負けるに決まってる。


「聞いてくれ。まず俺が、前に出てアイツの注意を引き付ける。ミュナとリリィはしっかり距離を取り後衛として頑張ってほしい。シャロンは後衛を護ってくれ」


「そ、そんな事をしたら……貴様が真っ先に力尽きるのではないか? ロクに戦った事もないのだろう?」


 俺が作戦を切り出すと、真っ先にシャロンが異を唱えてきた。

 けれど、そこまで否定的な顔には見えない。


「いや……そうはならないと思う。レッドドラゴンは攻撃力は高いけど、そこまでスピードは速くない。ちょこまかと逃げ回って削り続けるだけなら、そこまで難しい事じゃないと思う。それにダメージを喰らっても勇者の加護があるし、しばらくは耐えられるはずだ」


「む、むうぅ……それなら私は守備に専念できるか。いや、しかし……」


 シャロンは、ぶつぶつと呟きながら考え込んでいる。

 次に俺は、ミュナに作戦の肝を伝える事にした。


「攻撃の要は……上級魔法を使えるミュナだ」


 ミュナが驚きに目を丸くして、飛び上がった。


「ミュ、ミュナですかっ!? ミュナってば上級魔法とか、このパーティーに入ってから全然唱えてないんですけど! スピードを優先して下位魔法でばっかり戦ってたんですけど!」


 それがおかしいんだ。ドルガはカッコつけだから、一番脚光を浴びる『止め』のシーンを、他の仲間に譲ろうとしなかった。その下らないこだわりが、ミュナの長所を消していたわけだ。


「お前の上級魔法『ヘル・ストーム』は、うちのパーティーで最高の攻撃力がある大砲なんだぞ? ミュナを援護しながら詠唱の時間を稼いで、一撃で勝負を決める戦術はかなり有効なはずだ」


「ま、まぁ……しっかりと援護して、時間を稼いでもらえば……やれるとは思いますけど」


 どうやらミュナも、作戦への不服は見えない。

 というか、重要な仕事を任されてまんざらでもなさそうだ。


「そしてリリィが治癒に徹してくれれば、誰かがダメージを受けてもすぐに回復出来るから、かなりの長時間を戦えるはず。こっちの勝算も高くなる」


「ルングくん、すごいよ……! よくそんな事を考えられるね」


 リリィは感激したように、俺の作戦を称えてくれた。照れるぜ。


「ははは……加護が無い時に、必死に皆をフォローしようと頑張ってたから。こういう事に頭を使うのには慣れてるんだ」


 雑用時代の悲しい習性ともいえる。

 死と隣り合わせの状態で、無い知恵をどうにか絞って生き残ってきた。それがようやく花開いたと思えば、雑用も悪いもんじゃないのかもな。


「私は……試してもいいと思うけど」


 リリィが切り出すと、残りの二人も顔を見合わせた後、渋々といった感じで作戦に同意した。


「ふん……そいつの提案というのが面白くないが。それしかないか」


「はぁ、仕方ないですね~~。パイセン。もし失敗したら呪い殺しますからね?」


 威勢よく作戦を提案したものの、不安になってきた。

 表面上は自信がある風を装いながら、心の中では「どうにか上手くいきますように」と女神様に祈り続ける俺だった。どうかお願いします。




 そして――――戦いが終わり。

 俺たちの目の前には、息絶えたレッドドラゴンの姿があった。


「ウソ……勝っちゃいました。しかも……あっさり」


「わ、私も驚きだ。戦術だけでここまで結果が変わるのだな」


 俺の提案した作戦は見事に的中し、大成功を収めた。

 皆は大きな怪我をする事もなく、今は興奮気味に戦いを振り返っている。

 それにしても……勝てて本当に良かった。


「ルングくんは大丈夫? けっこうドラゴンの攻撃を受けてたけど……」


「リリィの回復のおかげで、全然持ち堪えられたよ。流石に聖女のヒーリングは効くな。すごい安心感があったし」


 相変わらず、リリィの気配りがありがたい。

 戦闘中も俺が傷ついたと思えば、すぐに治癒魔法を飛ばしてくれた。感謝の気持ちを告げると、リリィは照れたように笑った。


「え、えへへ……ありがとう。でもルングくんもすごかったよ! 最後の方は達人みたいに戦えてたし。どこかで剣術でも習ってたの?」


「それがさ。聖剣が戦い方を教えてくれるんだ。俺は勇気を出して敵に挑んでいくだけでよかったんだ。こいつは本当にすごいよ」


 戦っているうちに、様々な意志が頭の中に流れ込んできた。

 それは加護によって強化された肉体を、上手にコントロールする方法に始まり、多くの敵の弱点や情報、聖剣の担い手になった英雄たちの記憶もあった。


「聖剣ってそういうものなんだ……全然知らなかった」


 リリィが寂しそうに項垂れている。何か思う所があるようだ。

 話しかけれる雰囲気じゃなかったので、この間にシャロンとミュナにも感謝を伝える事にした。


「シャロンも良い仕事をしてくれたな。後衛がノビノビと動けたのはお前のおかげだよ。隙を見て攻撃にも参加してくれて……周りをよく見てるんだな」


 全体の連携が活きたのは、シャロンの援護が上手かったからだ。

 彼女は攻守共に優れた魔法騎士だ。行動を縛らず、状況次第で自由に動かせる事が彼女の強味を活かすと改めて知った。

 シャロンは照れ隠しをするように、そっぽを向いて金髪をかき上げる。


「ふ、ふん。当然だ! 貴様……いやルング。なかなか分かってるじゃないか。そもそも貴族とは弱き者を護ってやるものだからな。次の街に着いたら一杯飲みながら貴族の義務について教えてやろう!」


 なんと。シャロンに飲みに誘われてしまった。どうやら少しはパーティの戦力として認めて貰えたようだ。こういう変化は嬉しいもんだな。


「ミュナの上級魔法も凄かったな。これからも基本的にはお前を中心にして攻撃の戦術を立てていこう。頼りにしてるぞ!」


 上位魔法の威力には驚いた。ミュナの才能には末恐ろしいものがある。

 礼を言うと、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。どうやら素直に感謝された事が少ないのかもしれない。

 けれどミュナの顔はどこか誇らしげで、無意識ににやけてしまう顔と格闘しているようだった。


「な、何なんですかぁ。そんなに褒めてもミュナの気は引けませんよ! ところでパイセ……ルングさんは服のセンスがなってないですね。一緒に歩くのが恥ずかしいので、次の街に着いたらミュナがコーデしてあげます。仕方なくですが!」


 今度はミュナから、ショッピングのお誘いを受けた。しかも、そこはかとない敬意を感じられる。あんな生意気な小娘だったのに、こうなると可愛く見えてくるから不思議だ。


 二人と仲良くなれた事を喜んでいたが、シャロンが不機嫌そうにミャナの前に立ちふさがり、ミュナも不敵に睨み返す。何やら険悪な空気だ。


「おい、浪費娘は引っ込んでろ。ルングと約束をしたのは私が先だぞ」


「はぁ? そんなの知りませんし~? アル中女は寂しく一人酒をどうぞ」


 ミュナの反撃を皮切りに、取っ組み合いの喧嘩を始める二人。

 せっかく温かい気持ちになってたのに台無しだ。俺ならどっちの遊びに付き合うから、仲間割れはやめてほしい。



「喧嘩は程々にねー? ドラゴン戦での傷も癒えてないんだから」


 リリィは喧嘩を眺めながら、呆れたように笑っている。

 彼女はいつものように、聖女として模範的に振舞っている。

 けれどその笑顔に、何か違和感があった。


 まるで……仮面のように見えてしまったから。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




 レッドドラゴンとの戦いが転機となり、俺は勇者パーティの皆と急速に仲良くなっていった。ギスギスも消えて、毎日が充実している。


 魔王軍幹部・アスガットは強敵だ。だからもう少し経験値を上げようと提案してみた所、全員から俺の意見は認められた。一月ほど前には考えられないくらいの良好な関係といえるだろう。


 それから俺たちは、近隣の街を拠点にしてレベルアップを目指した。

 個々の長所を活かした戦術は驚くほどハマり、勇者パーティはとても円滑に機能していく。この調子でいけば、最初は絶望的と思えたアスガットの討伐も不可能じゃないだろう。


 状況はとても上手く回っていた。そう思っていた。しかし……

 勇者パーティに異変が起き始めている事に、俺は気づいていなかった。




 いつしか恒例となっていた、シャロンとの飲み会。

 けれど今夜は、どうもシャロンの様子がおかしかった。

 とにかく酒の量が半端じゃない。酔っ払いすぎて酒場を追い出された後、足腰が立たなくなったシャロンに肩を貸しながら、どうにか宿屋にある彼女の部屋まで連れて行った。


 シャロンをベッドに寝かせて、そのまま立ち去ろうとする。

 すると……強く袖を引き寄せられる。

 驚いて振り返ると、シャロンが瞳一杯に涙を溜めていた。


「ルング。今まで本当に済まなかった。私はどうしようもないクズだ……!」


「お、おい。本当にどうしたんだ?」


 やはり、今日のシャロンは異常だった。

 限界まで酔っ払ったと思ったら、急に泣きだして謝り始める。プライドの高い彼女の、崩れ切った一面に動揺を隠せない。

 どう答えていいものかと迷っていると、シャロンはベッドの縁に腰を掛け、酷く落ち込んだ様子で語り始めた。


「こうみえて昔は……名門貴族の娘だったんだ。子供の頃は人形遊びが趣味で、まさか自分が魔王討伐を目指す事になるなんて思いもしなかったよ」


 どうやら、冒険者になった経緯を話すらしい。

 俺はシャロンの隣に腰を下ろし、その事情を聞く事にした。


「ある日突然、父上に王への謀反の疑いをかけられた。領地は没収され、私たちの一族は路頭に迷う事になった。私は一族復興のため、名誉を求めて魔王討伐に志願した。けれど……すぐに挫折したよ。私一人の力では弱いモンスターは倒せても、上級モンスターや、ましてや魔族など倒せなかったからな」


 それからシャロンは、強者に媚びる事を覚えたという。

 幸か不幸か、彼女の見た目は美しかった。自分より格上の冒険者に取り入り、背中に隠れながら分け前を貰う。そんな日々が続く。

 その果てに、ついに彼女は最強の寄生主――――勇者ドルガと出会った。


「ドルガに気に入られるためになら何だってしたよ。今の安全と将来の栄光が同時に約束されるわけだからな。娼婦の真似事だってやってみせた。とにかく肯定してひたすら追従して、どんな理不尽も見ないようにした」


 シャロンは自分の顔を、両手で握り潰すように覆い隠した。

 指の隙間から見える彼女の目は、狂気を孕んだように充血している。


「ルング……お前にも酷い事をしたした。謝っても許されるわけではないが……本当にすまなかった。この場で殴ろうが蹴ろうが好きにしてくれて構わない」


「シャロン……そんな」


 覚悟を決めたシャロンの様子に、言葉を失ってしまう。

 確かに腹立たしい事は何度もあったが、今は彼女とは上手くやれているし、昔の事を責めるつもりもない。


 しかし今さら、どうしてシャロンはこんな事を言い出したんだろう?

 ドルガが復活したら、この打ち解けた関係のままでいる事は出来ない。このまま嫌な女を演じていてくれていた方が、俺としては気楽だったわけで。


「私はもう……どうすればいいのか分からない」


「えっ?」


「ドルガの代わりにお前も利用しようとした。けれど……流石に恥知らずな私にも限界はあったみたいだ。お前は優しすぎたんだ。こんな最低な私の事を許し、仲間として扱ってくれただろ?」


「そんなの……普通じゃないか」


「そんな普通な事も私は出来なかった! 本当だったらお前のような人間を、貴族である私は守るべきだったのに! 私はもうお前を裏切りたくない!」


 俯いているシャロンの目元から、幾筋もの涙が落ちる。

 シャロンの激しい葛藤を前に、慰める言葉など思いつかない。俺には彼女が泣き止むまで、静かに傍にいる事しか出来なかった。




「……落ち着いたか?」


 しばらくしてからシャロンに問いかけると、彼女は力なく頷いた。

 既に彼女の涙は止まっていたが、その姿は弱々しく今にも消えてしまいそう。まるで涙と一緒に、生気まで流してしまったようだ。


「ふふっ……無様だろう? 我ながら浅ましい女だ。謝罪をするつもりが、いつしか同情を買うような真似をしている。本当に汚らわしい……笑ってくれ」


 捨て鉢に言葉を吐き捨てるシャロン。

 シャロンはどうしようもなく自分を嫌悪している。時折り酒に溺れるのも、きっと辛い現実から目を逸らすためだったのかもしれない。

 けれど、そんな彼女に俺はどうしても言いたい事があった。


「絶対に笑わないよ。だってさ……シャロンが討伐で稼いだ金だけど。必要な装備と酒に使う以外は、全部家族に送ってるだろ?」


 俺はそれを知っていた。だから彼女を恨み切れなかった。

 驚いたように、こちらを振り返るシャロン。

 その開かれた目から、俺は決して目を逸らさずに語る。


「泥にまみれになって、自分の手を汚して……それでも守りたいものがあったんだろ? 助けたいものがあったんだろ?」


「ルン……グ……お前は……」


「そんなお前を……俺は汚いとは思わない」


 シャロンはしばらくの間、俺の目を食い入るように見つめていた。


 いつしかシャロンの瞳が潤み、その頬が薔薇色に染まっていく。

 やがて恥ずかしそうに微笑み、甘い吐息と共に沈黙を破った。


「ねぇ、ルング様」


「えっ?」


 何故かシャロンに『様』って呼ばれた。聞き間違いかな?

 それに雰囲気がどことなく柔らかい。今のシャロンは『剣士』って感じじゃなく『お嬢様』って感じだった。不覚にも可愛いって思ってしまった。


「わたくしの本当の名は……シャーロットと言うんです」


 突然に明かされる衝撃の真名。

 確か貴族にとって、名前というのは非常に大切なもののはず。そのはずなのに、うだつが上がらない村人の俺に預けるなんて。


「どうして……俺に教えたんだ?」


「だって愛しい人には……本当の名を呼んでほしいじゃありませんか」


「い、愛しい人!?」


 どういう展開だこれは? というか口調が違いすぎるぞ。

 確かに最近シャロンと仲良くなった。けれど、少し一緒に酒を飲んで励ましただけで、下心なんて本気で無かったのに!


「お、おい。俺はそんなつもりは――――」


 言葉を遮るように、シャロンが正面からしなだれかかる。

 押し付けられた豊満な乳房と、熱い吐息が俺の脳を痺れさせた。


「お願いします……この愚かなシャーロットに愛の鞭を下さい。貴方様が望むならば……どんな罰でも喜んで受け止めますわ」


 縋りつくような彼女の瞳を見て、俺の理性が沸騰していく。

 ふとリリィの顔が頭をよぎったが……彼女とは『友達』に過ぎない。これは裏切りでも何でもない。むしろ、吹っ切るためのいい切っ掛けかもしれない。


「分かった……お前が良い子になるまで、たっぷりお仕置きしてやるよ」


 シャーロットの耳元で、冗談めかしてサディスティックに囁く。

 すると彼女の顔はだらしなく蕩け、愛欲に満ちた歓声を上げた。


「あああっ、ルング様……いえ、ご主人様ぁ。わたくしを行儀の悪い雌犬だと思って、メチャクチャに調教して下さいませぇ……!」


「お、おう」


 俺は望まれるままに、気絶するほど激しくシャーロットを責め続けた。

 やりすぎかと思ったが、彼女は涙を流して喜んでいたから……まぁいいか。


 このままでは、こっちまで変な性癖に目覚めてしまいそうだ。




泥に落ちても必死に生きている人間は嫌いになれないです。もしも気に入ったら感想や評価ボタンを押して貰えると嬉しいです。作者のやる気が出ます。後編はこちら→https://ncode.syosetu.com/n6198gh/

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