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<R15>15歳未満の方は移動してください。

偉人の言葉から出来上がった短編集

8度目の人生の、最後の望み


――


 人は、8度の生を繰り返す。


 1度目はとても恵まれる。だが数を重ねるごとに厳しくなり、8度目はとにかく不幸である。


 そして、お前は次が8度目。

 生まれ変わりはこれで最後だ。ここで魂も心も研磨される。


 しかしここまで本当に良くやった。8度目に至る人間は極めて少なく、真理に近い者のみである。


 これが最後の禊だ。

 厳しい世界で人々を救ってみせよ。

 その先にあるのは、神に至る領域である。


「興味がございません」


 これは、お前の業である。

 だが一つ、望みを聞こう。


「興味がございません。

 私は、全ての人が等しく救われる事のみを望みます――」


――



 住み慣れた家が、燃え尽きていた。


「父上、母上、ゼニス! あああああぁ!!!」


 猟師の父、農家の母、12歳になったばかりの妹。

 彼らの人生が、黒く焦げた残骸になっていた。


「この……呪い子め!!」

「ぐぅっ……! ……ぉえ……」


 様子を見に来た村人が、俺の腹を蹴り上げた。



 どうも、俺は不幸を引き寄せる体質らしい。


 俺が生まれてから、この辺境の村はどんどん貧しくなっていった。作物は育たず、土地は枯れ、生まれてくる子供達は何かしらの病を持っていた。鉱山は崩落し、山からは獣が数少ない野菜を奪いにくる。果てには行商人に伝染病を持ち込まれ、村の男達までもが次々と死んでいった。


 そんな村で健康だったのは俺だけ。

 何が起きても、俺だけ生き残ってしまう。


 それゆえに、俺は呪い子と呼ばれていた。


「俺が……何をしたって言うんだ……」



――



 数ヶ月後、村を追い出された俺は王都の孤児院にいた。


 ここは大人たちとは違った争いの無い世界だ。見た目も身分も関係がなく、皆が平等に遊んだ。孤児院は楽しかった。


 そんな孤児院で、俺はあらゆる経典を暗記していった。


 ……ずっと疑問だったのだ。

 なぜ自分だけが救われ、周りの人間が救われないのか。



 ――全ての人が等しく救われるべきではないのかと。



 そうして学びながら成長したが、15歳になった今でも俺の引き取り手は現れなかった。気が付けば俺は、司祭見習いとして教会の手伝いをやるようになっていた。


 見習い仕事に慣れてきた頃に、教会の建て替えが始まった。周囲には足場が組まれ始め、大きな木材が空へと持ち上がっている。


 そんなある日、若い女性が教会に訪ねてきた。


「御免下さい。司祭様はいらっしゃいますか?」

「すみません。司祭様は只今中央へと出ておりまして。何か御用でしょうか?」

「あら、可愛い司祭見習いですね。お役所までの道案内をお願いしたいのですが」

「お役所ですね」


 この王都は、城以外の分室として各地に役所を設けていた。ここから一番近い役所は、この周辺で一番高い建物だ。そう案内しようとして、女性と共に教会の外へと出た。


 良かれと思っていたんだ。


「あの高い建物が……」


 ぐしゃっ!!


 何かが潰れる音が、女性の方角から聞こえた。

 周囲には教会の足場となっていたはずの木材がごろごろと転がる。そして、俺の体には血がべったりとついていた。


 俺は今までの経験から、何が起きたかをすぐに理解した。

 だから、女性の方を振り向く事が出来なかった。


 良かれと思っていたんだ。

 でも俺が、余計な事をしたから……。


「あ……あぁ…………ああああああ!!」



――



 あの教会が取り壊されてから2年が経っていた。


 俺はスラムにいた。

 だが、ここでも俺は変わらなかった。


 自分だけは運よく食事にありつけ、その代償をスラムの誰かが支払う。

 そんな生活が繰り返された。


 いつしか俺は、笑う事を忘れてしまった。


「きみ、大丈夫?」


 声の方に振り向くと、美しい娼婦が立っていた。


「お、俺に近寄るな!」


 俺は、人が怖くなっていた。

 自分と関わりを持った人間は不幸になる。それは噂としても広まり、このスラムでも孤立していたのだ。


 自殺しようと試みた事は何度もあった。だが情けない事に、怖くて出来なかった。脳裏に焼き付いていた家族の焼死体が、俺に生きろと縛り付けていた。


 そんな俺を、娼婦は優しく抱きしめた。


「……怯えなくていいわよ。大丈夫だから」

「違う!!」

「違わないわ。全ての人は救われなければならないの――」


 それは、思い付きで出た言葉なのかもしれない。

 神が彼女の口を借りたのかもしれない。



 ……その言葉は、俺の心に強く響いた。

 例え俺が不幸を呼ぶ体質でも、誰かの為に出来る事はあるはずだ。



 その翌日から、俺は教会で学んだ経典をスラムの壁に書き出し、子供たちに勉強を教え始めた。食事は皆の残飯とし、配給も断った。体は次第にやせ細っていったが、心はとても穏やかだった。


 いつしかその行動が噂を呼び、批判していたスラムの大人たちも学びにやって来た。俺は彼らに与えられる知識を全て与える事にした。決して慢心する事もなく、人と深く触れ合う事もせずに。



『全ての人が等しく救われなければならない』

 それを体現したかったのだ。



 俺の噂は市中の人々にも及んだ。彼らの中には、俺の為に家を貸してくれると言う善き人々もいた。だが俺はそれらの申し出を全て断り、スラムに留まり続けた。それが更に良い噂となり、ついにはスラム全体を救済すべきだという流れとなっていった。



 そんなある日、突然スラムが取り壊され始めた。

 市長がそこに新たに居住区を作ると宣言したからだそうだ。俺は功労の褒美として、住居の一つを与えられる事になった。


 あっという間に全てが破壊された。

 そして、元々スラムに住んでいた人々はどこかへと消えて行った。



 そうなってから、俺は初めて気が付いた。

 彼らは、住む場所を奪われたのだと。



 俺は、また一人になった。



――



 18歳になった俺は、職場を転々としながら生き延びていた。一つの所に留まらず、誰とも触れ合わなければいい。そうすれば誰も不幸にならないと知ったからだ。


 だが、俺にはある願いが纏わりついていた。


『全ての人が等しく救われなければならない』


 こんな生活を繰り返して、果たして人々を救えるのだろうか。

 昼は桑を振り下ろし、夜は経典を読む日々が続いた。



 そんな時、戦争の知らせが舞い降りる。


 王都の目の前にまで敵国が攻めて来ている。そんな状況の中、農奴で武器を持ったことの無い俺も、一兵卒として戦争に駆り出された。


 ここが人生の終着点。

 もう十分に生きた俺は、覚悟が出来ていた。


「お前、華奢だなぁ。人殺したことあんのか?」

「無いし、誰も殺さない。俺はここで死ぬと思う」

「くっくっく、自殺志願者かよ!」


 そんな屈強な雑兵に囲まれて、戦争が始まった。



 だがいざ始まると……足が竦んで動けない。

 先頭にいた俺を追い抜きながら、周りの雑兵たちは突撃していった。


 血と砲弾が舞う。

 走って行った兵士から順番に倒れていった。彼らの腕や首が、俺の元へと転がって来る。

 

 今度は、どこからともなく飛んできた剣が二の腕に突き刺さった。腕から血が流れ出す。だがそのおかげで体の震えが止まり、ようやく足が動いた。

 かと思えば、今度はがくりと地面に膝をついた。


「……ヴォぇ! はぁ……はぁ……ヴォエエ!!」


 そのまま胃が空になるまで吐き続け、倒れた。



 気が付けば王都が勝利し、戦争は終結していた。俺は結局、腕を怪我して気絶しただけだった。


 周囲には沢山の死体が転がり、既に武具の回収が始まっていた。これから火葬をするという事で、軽傷の俺も手伝う事にした。


 死体の一体一体に、暗記していた経典の一文を読み上げて弔う。彼らの人生の最期を、朝から晩まで祈り続けた。そうして歩くうちに、俺の心は少しずつ壊れ始めていた。



 周りからは不気味に思われたかもしれない。

 だが、これぐらいはやりたかった。



 立ち上る死体の炎の見ながら、考える。


 ――全ての人を救うとは、一体何なのか。


 その答えは分からない。

 だけど、戦争が起きなければこんな事にはならなかった。



 ……必要なのは戦争を起こさないための影響力だ。


 俺は俺のやり方で権力を手にする。周りを不幸にする力を最大限に利用するのだ。その為には、人を貶めながら地位を高めたっていい。



 多くの人々が幸せになるのであれば、少しの人が不幸になっても構わない。



――



「エラメ司教様、やはり私は貴方様が教皇に最も相応しいと考えています」

「はっはっは。お主、また悪い企みでも考えておるのか?」

「いえ、本音ですよ」


 俺は25歳になった。

 王都戦争で生き残り、死体にお悔やみの一文を読み上げ続けた俺は、その場にいた沢山の兵士の目に留まっていた。その話が尾ひれをつけて司教の耳へと届き、こうして付き人として生活をする事になっていた。


 俺の不幸を呼ぶ体質は、なぜか悪人たちには及ばなかった。彼らに不幸をもたらしながら俺の権力を強めたい、そんな風に考えていたから拍子抜けだった。


 恐らく、この司教も悪人だ。

 俺が長年付き人を務めているにも関わらず、この人は幸運に恵まれている。


「……エラメ司教様、今晩は何人ご用意いたしましょうか?」

「そうじゃなぁ……お主、たまには一緒に参加してみてはどうか?」

「有難いお誘いですが、私は戦争帰りで穢れております。そもそも、崇高な方々とご一緒できる身分ではございません」

「惜しいのぉ。はっはっは!」


 この司教や政治家たちは、毎晩何人もの女性を侍らせて楽しんでいる。全員が俺の商売の顧客だった。そしてそこでも、一切の不幸は起きない。


 全ての人が救われる世界。

 俺はどうやら、そこから最も遠い場所に辿り着いてしまったようだ。



 それでも毎日経典を開き、迷い続けていた。



――



「ゼレック様、今度の奴隷は上物ですよ。何せ隣国の貴族令嬢でございます」

「くっくっく、お主は前任のエラメ司教とは違うな。よく分かっておる!」


 エラメ司教が大司教となり、数年が経った。

 俺は35歳の若さで、司教として彼の後釜に就いていた。


 ここまでのし上がったのは、前任の大司祭様の後押しがあった事と、水面下で悪事を働き続けて発言力が高まったからだ。



 その為には何人もの仲間たちの命綱を切り、いくつもの梯子を蹴落とした。

 俺は間違いなく地獄に落ちるだろう。



「司教様、大司教様が聖王国に到着しました。ですが、現地の付き人が間に合わないとの事で、急な依頼ですがすぐに聖王国に来て欲しいとの通達が」

「おぉ……分かった、すぐに準備する!」


 聖王国は教会の本部があり、教皇様がおられる場所だ。そして教皇様は今回行われる選任の儀を以て交代が決まっており、後任は各地の大司教の中から選ばれる事となる。エラメ大司教がそこに呼ばれたという事は、彼が教皇の座に就く可能性は高いという事だ。



 豪華な馬車に乗り、聖王国に辿り着いた。

 馬車から下りた瞬間、多くの教会関係者に囲まれる。


 俺は、既に有名人であった。

 もちろん、悪い意味でだ。



「司教、初めまして。聖王国司教のマルークです。此度はお世話になりました」

「初めましてマルーク司教。ご用意した商品達の具合はどうでしょうか?」

「いい感じですよ、たまに泣き叫びますがな、はっはっは!」


 俺の働いてきた悪事は我が国に留まらなかった。各地から奴隷を買い漁り、教会関係者に売りさばく。そんな商売の元締めだった。


「司教様、大司教様が演説をお願いしたいと」

「分かった、すぐに向かう」


 演説というのは、次の教皇が選ばれるまでの時間潰しである。


 聖王国民はもとより、選任の儀は世界中の人々が注目していた。次の教皇様がどんな人物なのか、その周囲の人々がどんな人物なのか。それらを演説で宣伝するのだ。



 俺にとっては、人生で初めての晴れ舞台。

 これからより良い世界にする為に、しっかりと準備をしなければならない。



――



 多くの人々が、壇上の俺に注目する。


 かなり高い位置だ。

 俺の声が届くのかと不安になるほど、人々が立つ地面までの距離があった。


 家族が燃え、教会とスラムが破壊され、戦争にも出た俺がついにここまでやって来た。



「司教様、お願いします」 


 咳払いをし、口を開く。


「……全ての人々を救うというのは、戒めを心に刻むという事です。この経典は皆さまの善き心を保つための辞書です。皆さまはこれから、道を踏み外す事もあるでしょう。他人の梯子を蹴落とす事もあるでしょう。ですが、必ずここに戻ってきてください」


 誰もが俺の言葉に耳を傾けている。

 今感じているこれは、優越感だ。


「私は多くの善き方々に助けられてここに立っています。それは、私が善き人間だからではありません。ですから、私も彼らと同じように多くの人々を救いたい、その一心でございます。我々は聖人になる必要も、神に至る必要もございません」



 ――――――神に至る。


 自分の口から出たその言葉で、俺は全てを思い出した――。



『8度目はとにかく不幸』


 そうか。

 ふふ、お前らそういう事か。

 思い出したことに対して、俺は久しぶりに笑った。



「……ふっふっふ。人生とは何度も過ちを繰り返し、それを正していくものです。ところで皆さま、悪事を働いた人間がどうなるかをご存じでしょうか?」


 今は笑うべき場面では無い。

 だが、口元は抑えきれなかった。


「まず我が国のエラメ大司教様ですが、小さなお子様の奴隷を20人程お持ちです。毎晩楽しく遊んでおられます。続いて同じく我が国の商人ゼレック様は、隣国の貴族令嬢を最近購入されました」

「司教様!?」

「聖王国のマルーク司教は男の子が好みでしてね。特に10歳前後の子を御所望でした」

「誰かそいつを捕らえろ!!!」

「こちらにそんな取引の一覧がございます! 皆さまお受け取り下さい!!」



 隠し持っていた、奴隷売買の購入者の一覧。

 俺はそれを、人々にばら撒いた。



 大量の紙が、まるで落ち葉のようにひらひらと舞い落ちる。風に煽られたそれらは、大きな広場に小さな紙吹雪を生み出した。人々はそれをじっと眺めながら、何が起きているのかと状況を把握しようとしていた。


「取引は全て私が行いました! 悪事を働くどうなるかお分かりですか!?」

「黙れ貴様ぁ!!」


 衛兵に取り押さえられる。

 兵士は剣を抜き、切っ先を俺に向けた。

 殺す気のようだ。


「最後に言いたい事はあるか!!」


 俺は空に向けて、願いを込めた。

 救ってみろ。



「私は、全ての人が等しく救われる事のみを望みます――」



『すべての人々が救われること』


天台宗の開祖である最澄は、平安時代にそう説きながら一生を過ごしました。

最澄は様々な困難に巻き込まれながらも、その信念を貫き通し、弟子に知識を託して亡くなります。


後にその弟子たちは彼の作った比叡山延暦寺で修行を行いながら、今日に繋がる浄土宗や曹洞宗を生み出していくのです。


そんな最澄の願いが中世でもあったのかもと思い、本作を書きました。


お読み頂き、本当にありがとうございます。

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