憧れの先輩=ヘタレな後輩
私には憧れている先輩がいる。
二年生で、私と同じ図書委員会に所属している人だ。
面倒見がよく明るい人で、委員会や先輩が所属する合唱部の一年生にはとても人気がある。
ちょっと調子に乗りやすい人だけど、褒められたりしてはしゃいでいる先輩の姿は、何と言うか……とてもかわいい。
頼りになりながら愛嬌もある、素晴らしい人なのだ。
そんな先輩だが、最近、様子がおかしくなっているように感じる。
図書委員会での仕事の最中に溜息を吐いたり、スマホを見てニヤニヤと笑っている時がある。
一昨日なんかは顔を真っ赤にしていたので、風邪なのかと聞いてみたら何でもないとはぐらかされてしまった。
その事について詮索されるのが嫌だったのか、昨日は目も合わせてもらっていない。ちょっと寂しかった。
最初は先輩がやっているゲームで何かあったのかなと思っていたけど、今日、私はついに先輩を悩ませる病の正体に気付いた。
それは気分を激しく浮き沈みさせ、体を切なく締め付け、熱くさせるモノ……。
そう、先輩は≪恋の病≫に冒されているのだ……!
それに気付いたのは今日の朝の事だ。
委員会の仕事の為に一本早い電車で学校に来た私は、まだ一年生がいない合唱部の部室で、先輩と一人の女性が楽しそうにお喋りをしている光景を目撃した。
相手の女性に笑われて顔を赤くしたり、ちょっと眉根を寄せたり、かと思えばとても楽しそうな笑顔を見せたり……私が知らない先輩の姿を見た時、私は直感したのだ。
先輩は、この女性に恋をしているのだと。
お相手の女性は先輩の先輩、つまり三年生で、合唱部の副部長を務めている。
博学多才、眉目秀麗、正に才色兼備を体現したかのような人で、学校中の男が一度は彼女に惚れる、なんて言われている。
しかしながら、アタックに成功した例は皆無。
彼女に恋した哀れな男たちは、ほろ苦い失恋の涙を流してひとつ大人になる……らしい。
だけど、私が見た彼女は、先輩の一挙一動に笑ったり、困ったような顔を見せたりしていた。
今まで聞いた事がない反応を示す彼女と、本当に楽しそうに話す先輩。
私は一目で二人が親密な関係であると見抜き、そして先輩が彼女に恋をしているのだと悟った。
仕事の最中に溜息を吐いているのは、彼女の事を思い出しているから。
スマホを見てニヤニヤ笑っているのは、彼女とメッセージをやりとりしているから。
顔を真っ赤にしていたのは、彼女と何かがあったから!
そうと決まれば話は早い。
先輩ファン第一号の私、先輩の恋を全力で成就させます!
グッと拳を握って決意し、私は図書室の扉を開く。
「こんにちはー!」
「お、来たな」
「来ました!」
何時も通りの笑顔で出迎えてくれた先輩は、本の整理をしているようだった。
私も荷物を置いてその仕事に加わり、暫くの間、黙々と本の位置を直す事に集中した。
そして、その仕事が終わる頃を見計らい、私は先輩の肩をトントンと叩く。
「ん、どうした? 本に手が届かなかったか?」
「その時は先輩じゃなくて、脚立さんを先に頼ります。それよりもですね、先輩」
「なんだ?」
首を傾げる先輩を手招きして顔を近付けさせ、声を低くして問いかける。
「先輩、好きな人が出来たんですか?」
効果はばつぐん、先輩の顔は一瞬でお弁当のたこさんウィンナーのように茹で上がる。
完全に図星、これは恋する|乙男≪オトコ≫の顔!
一瞬声を上げそうになったらしい先輩は、一度深呼吸をしてから私に問いかけて来る。
「い、何時から気付いてたんだ?」
「んー、最近ですね。前々から様子がおかしいとは思ってましたけど、今日、遂に確信しました」
「マジかー」
マジかー、マジかーと何度も呻く先輩の姿に、自然と口角が上がる。
この様子だと、先輩は私以外に彼女の事が好きだと明かしてはいないらしい。
つまり、私が先輩と彼女を繋ぐ架け橋一号になれるのだ。
その為には、どこまで進展しているのかを聞かなければならない。
私は悶える先輩に近付き、脇を肘で突っつきながら質問を重ねる。
「それで、どうなんです? 脈はありそうですか?」
「ま、まぁ個人的には脈がありそう……っていうか、好いてくれてると思ってるけど……」
これは同意見だ。
昨日の事を思い出す限り、彼女は間違いなく先輩に対して好意を持っている。
先輩自身がそう感じているという事は、彼女もそれを殆ど隠していないという事だ。
特に彼女は今まで無敗を誇る城塞のような人だ。勘違いと言う線も薄い。
「いいじゃないですかいいじゃないですかー! 先輩に彼女が出来る日も近いですね!」
「そ、そうか?」
「そうですよ! 女の子の私が言うんだから間違いないです!」
私の女の子コンピューターが導き出す……先輩が告白すれば付き合える確率、99.9999パーセント!
「そうか、そうなのか……」
「えぇ! 何なら、これから告白する、なんて手もありますよ?」
今日は合唱部の活動はお休みのはずだけど、彼女と先輩は毎日のように音楽室で練習をしている。
そこまで熱心な人は二人しかいないし、他の部員が音楽室に行く事もない。
告白にはうってつけのシチュエーションだ。これを逃す手はない!
「早めに告白しないと、気持ちが離れて行っちゃうかもですよ? 女の子は待つのが嫌いなんです。ソースは私」
「それマジ? 早めに告白しないとヤバみ?」
「ヤバみ。思い立ったが吉日という言葉がそれを証明している」
「つまり今日中に告白しろと」
「間違いなく悪い結果にはならないでしょう!」
胸を張って言うと、先輩は更に顔を赤くしながらグッと頷く。
告白する気持ちを固めてくれたので、後はそれの成功を待つだけだ。
先輩は彼女と一緒に幸せになってハッピー、それを見る私もハッピー。
損する人が誰もいない、完璧な作戦だ!
「分かった、なら行くぞ……!」
「はい、頑張ってください! 何なら残りの仕事は私が全部やっときますから、先輩は早く行ってあげてください!」
「え?」
「ほら早く早く! 女の子は待つのが嫌いなんです、だから一刻も早く!!」
動きを止めた先輩の背中を押し、図書室から追い出す。
入口の横にある机に置いてあった先輩の鞄を押し付けて、私は過去最高の笑みを浮かべた。
「うまく行ったらLIMEでちゃんと教えて下さいね!」
「えぇっ!? ちょ、ちょっと待っ「待たせちゃいけませんっ!!」
何かを言おうとした先輩の前でぴしゃりとドアを閉じる。
明日には、学校中が驚くカップルが誕生している事だろう。
先輩ファンの子たちも、彼女のファンも皆目を剥いて驚くに違いない。
そしてその中で、先輩と彼女が幸せに包まれているのだ。
私は暫く目を閉じてその妄想を堪能してから、静かな図書館で仕事に取り掛かった。
早く私のスマホがブルブル震えて、先輩からのメッセージを表示しないかなと思いながら。
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私には可愛い後輩がいる。
二年生で、私と同じ合唱部に所属している男だ。
面倒見がよく明るい性格で、合唱部の一年生には後輩を慕っている者も多い。
特に女性陣は異性である事を強く意識しているようで、部活中にも攻勢を仕掛けているのをよく見かける。
しかし、あの鈍感にぶちん野郎はそれに全く気付いていない。
笑顔で好意を受け止めたように見せかけ、喜んでいる女子の目の前で他の女子に同じような態度を取るのだ。
鬼畜の所業である。
あいつは鈍感で馬鹿だから仕方がないとフォローするこっちの身にもなって欲しい。
しかし最近、その鬼畜王にぶちんにも春が来たらしい。
練習後の片付けの途中でいきなり溜息を吐いたり、携帯を見てニヤニヤしたり、顔を真っ赤にしたまま部活に来たり、例を挙げれば枚挙に暇がない。
ついでににぶちんの様子を見て殺気立つ女子を鎮める私の心にも暇がない。
最初は私と奴がやっているマイナーな沼ゲーのアップデートに一喜一憂しているのかと思っていたが、先日、私は奴の様子がおかしくなる法則に気付いた。
奴の所属する図書委員会、その当番やら仕事やらがある時におかしくなるのだ。
昨日、朝練の前にその事を問い詰めてみたら、奴はあっさりゲロった。
凄まじい惚気具合だったから、思い出すだけでも頭が痛いが……。
お相手のどこそこが可愛いと笑ったり、距離が近くて困ると眉を寄せたり……鬱陶しくなってベタ惚れなんだなと揶揄ってみれば、気持ち悪いくらいに顔を赤くしたり――
――簡潔に言えば、同じ図書委員の後輩女子の、明るさと可愛らしさに惚れたらしい。
……自慢ではないが、私は結構モテる。
つい数秒前まで阿呆みたいに笑っていた男子が、私を前にした瞬間顔を真っ赤にして黙る、という経験の数も数え切れない。
だが、私を前にして阿呆みたいに笑い、同性の友人のように扱う奴の可愛らしい反応を見て、あぁ、心の底から惚れているんだな、と思った。
部活中に溜息を吐くのは、後輩の事を思い出しているから。
携帯を見てニヤニヤしているのは、後輩とのやり取りを見返しているから。
顔を真っ赤にしているのは、彼女と一緒の時間を過ごした後、必死に隠していた本心が表に出ているから。
正直、私の仕事が増えるのは勘弁してもらいたい所だが、青春真っ只中の後輩の心を踏み躙るような事はしたくない。
なんだかんだ言って、学校内で気兼ねなく離せる異性の友人は彼だけだし、同じ|悩み≪ゲーム≫を共有出来るのも彼だけなのだ。
だからこそ、多少は我慢して奴の行く末を見守ってやろうと思っていたのだが……。
「それで、何だって? 後輩に好きな相手が私だと勘違いされた挙句、告白するように応援された、などというラノベの中の出来事が語られたように思えたのだが」
「いや、マジでそうなんだって」
この阿呆みたいな奴、もとい阿呆は、好きな女子に好きな相手を勘違いされた挙句、それを訂正しないままココに来たらしい。
しかも告白するように激励を受けて来たとも言う。
何をどうしたらそんな事になるのかサッパリ分からない。
本当に好きな人を明かさないまでも、勘違いしてる事くらいは伝えておくべきだろ普通。
頭を押さえていなければ、心の中で荒れ狂う本音さんの罵詈雑言が表に出てしまいそうだ。
それなのに、目の前の此奴は恥ずかしそうに顔を赤くして口を尖らせている。
表情が豊かなのは結構な事だが、今はその顔を思いっきりぶん殴ってやりたい。
「……ふう。心の中で君を散々に罵倒して、ようやく冷静な頭を取り戻せたよ」
「なんか酷い事を言われて、ただでさえボロボロな俺の心は更に傷付いたよ」
「自業自得だ馬鹿者」
「酷い!? そこはドンマイとか言うべきじゃないの!?」
さて、とりあえず目標でも設定しよう。
取り合えずの第一目標は、件の後輩女子の勘違いを訂正する事。
情報拡散の抑制は……まぁ今更だしやっても無駄だろう。
そうなると、第二目標はこの鈍感にぶちん野郎の恋の成就、といった所か。
ま、訂正はそう難しくはあるまい。
何時も通り、私が出向いてこの馬鹿の所業を赤裸々に暴露してやればいい。
そうすれば、この馬鹿が抱いているのは恋情などではなく、友情だと理解してもらえるだろう。
となると、問題は第二目標の方だ。
……ふむ。
「よし、宝石をぞんざいに扱う君に、石の磨き方を教えてあげようじゃないか」
「……うん? どういう事?」
「君は愚かだって言ってるんだよ」
「酷くない? そんな事言うとデータあげないよ?」
「愚かと言われる理由を理解したら謝ってあげよう」
さて、と一言置き、話を切り替える。
「君は今日、すぐに告白するように言われたのだったね」
「お、おう。それで訂正する間もなく追い出された」
「戻るという選択肢がないのが君らしいよ。で、話は簡単だ」
その考えはなかった、と目を丸くする彼の目の前に指を突き出し、私は笑う。
「言葉の通りにすれば良いんだよ。今から図書室に戻って、告白すればいい」
そう言うと、彼は今度こそぽかんと口を開けてフリーズする。
暫くそうしていると、今度はぐるぐると眼を回して言葉の意味を反芻し、やがて完全に理解したのか、ココに飛び込んで来た時よりも顔を赤熱させた。
「ほ、本気で言ってる?」
「本気も本気だとも。これで彼女の誤解は解け、更に君の想いも伝えられる。それが成就するかどうかはさっぱりだけどね」
「無理無理無理無理絶対無理ッ! バレたと思った時ですら心臓止まるかと思ったのに、こんな事実を暴露しつつ告白とか死んじゃう!」
「その時は人工呼吸でもしてもらうんだな」
意識を取り戻した瞬間、また心臓が止まりそうだが。
しかし、単純なこの作戦こそが最良の方法だろう。
惚気フィルターが掛かっているとはいえ、後輩女子が彼に好意的な感情を持っているのは間違いない。
そうでなければ嬉しそうに発破をかけたりはしないだろうし、悪感情にそこそこ敏感な彼が惚れる事などあるまい。
ま、失敗した所で私に実害が降り注ぐ訳でもないし。
……それに、待つのが嫌いなら、早めに答えを返してあげるべきじゃないか。
私は椅子から立ち上がり、顔を手で覆っていやいやと首を振るヘタレな後輩を引っ張って立たせる。
ズレたネクタイを直し、肩に乗っていた埃を払い、ついでに軽く前髪を整えてやる。
そうすれば、後輩から大人気の面倒見が良い先輩男子、カッコつけバージョンの出来上がりだ。
「……うん。今の君が真摯に気持ちを伝えれば、きっと大丈夫だ。私が保証しよう」
「う……本当にやらなきゃダメなのか?」
「どの道、私への告白の結果はどうなのかを伝えなければならないのだろう? なら、彼女に直接伝えてこい」
そう言って笑ってやれば、後輩はようやく笑みを見せて、小さいながらも頷いた。
「分かった。じゃあ先輩、俺、ちょっと行ってきます」
「行ってらっしゃい」
後輩は私に背を向けて歩き出す。
音楽室を出た瞬間に、ただの歩みは早足になり、角を曲がって渡り廊下に出る頃には走り出していた。
折角セットした髪が台無しだが、それだけ後輩女子の事が大好きなのだろうな。
「さて、今日はミラボをログイン状態にしておかないとな」
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告白しようと思ったけどやっぱ無理だった >
恥ずかしくて頭沸騰して、何にも言い出せずに固まってたら >
「先輩、大丈夫です! 次は上手く行くように私がサポートします!」って言い出したんだけど >
これどうすればいい? >
< とりあえず一発殴らせろ。
仕事中に思いついたのでリハビリでした。