猫夢
こんな夢を見た。
気づいたら、私は猫になっていた。
猫と言っても、普通の猫ではなく、背中に大きな翼が生えている、現実には存在しない幻獣の姿だ。
その羽をありったけに伸ばし、断崖絶壁の地面を力強く蹴り、今から海へ向けて飛び立つところだった。
不安はある。
私は翼を持ったことも無ければ、自分の身体だけで空を飛んだことはない。
しかし、夢の中の自分は、落ちることを恐れることなく、全速力。
私の不安とは裏腹に、何の迷いもなく地面を離れ、宙へ。
目前に広がる空と海は、どこまでも続く地平線で綺麗に2分割されている。
落ちているようにも、反対に、宙に舞い上がっていっているような気もする。
気がついたら飛べていた。
やってみれば簡単なことで、空を飛ぶと言うのは、存外気分の良いものだった。
行く宛は分からないが、海しか見えない、雲一つない空は、澄み渡り、私の気持ちを更に清まらせた。
今だけは、何も考えなくていいのだ。
世界にも、海にも、空にも、その中に私は溶けて、消えていく。
そんな気がした。
ふと、隣を見るとカモメとウミネコが手を繋いでいるかのように、仲良く横一直線に並んでは、一緒に飛んでいた。
奇妙な光景に、思わず、私は笑を零す。
猫と鳥が仲良く空を飛ぶことなど、あってはならないだろう。
それとも、飛ぶのに慣れていない私のことを馬鹿にしているのかもしれない。
そう思ったのも束の間……。やはり、何か違和感を覚える。
私だけ、高度が落ちてきているのだ。
それもそうかと、妙に納得する。
猫は元々、飛べるように出来ていない。
私がやっていたのは、滑空だったのだろう。
カモメやウミネコたちと別れ、私はどんどん海に近づいていく。
流石に、宙の上ではどうしようもない。
落ちていく自分を受け入れては、冷静である自分に違和感を覚える。
もしかしたら、もしかするのか?
もう少しで水面に突入する……、という所で、私は駄目元で、水面を思い切り蹴ってみる。
音は限りなく鮮明で、一瞬、ピチュンと弾けると、蹴り飛ばした水面に、綺麗な波紋が広がる。
それを見送ることもなく、私は再び空へ投げ出されている。
そうか、猫に足がついているのは、水面を蹴るためだったんだな……と、無理に納得する。
こうやって、落ちては、水面を蹴り、また飛び上がっては落ちる。
これが猫の飛び方なんだ。
そうなんだ。
そうと分かれば面白くなってきた。
私は次に落ちた時、今度は力の限り、水面を蹴ってみようと思った。
どのくらいまでが自分の限界なのかを知りたくなったからだ。
善は急げとばかりに、今度は全力で真下に滑空し始めた。
極端ではあるが、これが一番、限界の所まで飛べるやり方のような気がして、私は夢中だったのかもしれない。
はたまた、脳まで猫になっていたのかもしれない。
勢いをつけて落ち過ぎた私は、水面を蹴るタイミングを外して、海の中へ真っ逆さまに落ちてしまった。
なるほど、翼というのは案外邪魔で、泳ぐことが上手く出来ない。
猫の一番の死因は、溺死なのかもしらない、と、訳の分からないことを考えながら、深海に落ちていく。
浮き上がることはもう出来そうにない。
ないなら、せめて、腹ごしらえでもするか、と、近くを通る魚を睨みつける。
しかし、ここは彼らの領域。
簡単に腹の中に収まってはくれないし、あまつさえ馬鹿にしたように去っていく。
光もない世界が近づいてくるのを恐怖し、バタバタともがき苦しみながら、目を覚ました。
悪夢だったようだ。
しっかりと覚えている夢は珍しい。
しかし、最近は空を飛ぶ夢ばかり見ているような気がする。
その度に、空を飛ぶ夢を見た翌朝は、決まって、自分が空を飛べない哀れな生物だと思い知らされるのだ。