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エピローグ「幼馴染みに伝えたい想いがある少年」







 イヌイ・リョーマの日常は平和である。

 しかしこれは平穏とか平凡とか、そういう自己紹介に繋がりはしない。

 何故かというと、まず、騒がしい幼馴染みがいるからで――なんでも一人でできる代わりに、なにかと危なっかしい彼女はそれだけで事件だ。

 困ったことに、リョーマは彼女の起こすドタバタした騒ぎが嫌いではない。

 惚れた弱みである。

 イヌイ・リョーマはベルカ・テンレンという少女にベタ惚れである。

 こればっかりはどうしようもない。


「しゃーーーッ! そこの泥棒猫ォ!!」


 よって――休日の昼下がり、突然、自転車で爆走しながら現れる幼馴染み(蜂蜜色の頭髪と青い瞳が愛らしい)にも慣れてしまう。

 原因は明白である。

 亜麻色の君(ベルカ命名。絶対に悪い女だよアレと力説された)と一緒にいたからだ。

 リョーマとしては不純な気持ちは一切ない。

 この少女、ちょっと信じられないレベルで見ていて不安になる箱入りなのだ。

 もしかしてわざとやってるんじゃないかと三度目に出くわしたときは思ったものだが、この少女――シンシアと言うらしい――は本気で方向音痴だった。

 携帯端末のナビゲート機能を使っても、なんだかんだで道に迷うありさまである。

 しかも美人だから始末に負えない。

 放っておいても悪い虫(つまりは肉体だけが目的の性欲モンスター。悲しいことに本能に忠実な男子は多い)がよってくる。

 これを見過ごせるリョーマではなかった。

 困っている人を放っておけないのは、リョーマの性分である。

 理由は簡単で、目覚めが悪いからだ。

 この習慣はどうやら三つ子の魂百までという奴で、筋金入りらしい。

 幼いころ、夢か幻かもはっきりしない記憶で、ぐるぐるの包帯お化けを助けたこともあるぐらいだ。

 我ながら、お人好しが過ぎるような気もする。

 しかし、何もせず後味の悪い思いをするのはもっとごめんだった。



「幼馴染みキィッック!!!」



 今日のベルカはいつもより蛮族だった。

 ヒャッハー! とか自転車を停止するときに叫んでた気もする。

 世紀末だ。

 割りとキレ味のいい幼馴染みの回し蹴りを、勢いが乗り切る前に飛び込んで左手でブロック。

 浅い。

 この分では本気ではなかったらしい。

 ベルカがシンシアを本気で排除する気なら、自転車を止めずに突っ込ませながら自身も跳び蹴りを繰り出すぐらいはする。

 下手をするとハッキングした自動運転車両で事故死を装ったりするかもしれない。

 果断というか、決断的精神の持ち主である。


「どうどう、落ち着けベルカ。正直お前、今おもしろい生き物だぞ」

「リョーマどいて! そいつめっちゃ略奪愛を目論んでるよ! 猛獣おとめだよ! ガッデム!! 浮気デート実績重ねやがってぇっ!!」

「浮気デートってなんだよ、人聞きほんと悪いなお前!」


 事実、このときリョーマの背後では、シンシアが悪そうな笑顔でベルカを挑発している。

 薄々その正体を察しているベルカはともかく、少年がその腹黒さに気づかないのは宜なるかな。

 仮にその腹黒さを知っていても、彼の対応は変わらないだろうが。


「イヌイくん、ダメよ。ちゃんと幼馴染みは大切にしてあげなきゃ――お友達でしょう」


 友達、のところに強いアクセントをつけていた。

 ふふふこの秘密結社の変態女が、と言葉にならない罵倒をこらえるベルカ――その台詞を口にすると、スカルマスクの正体がばれかねないからだ。

 こいつ絶対、サイコキネシスのバリアで回し蹴りぐらい防ぐのに、と思いながら引き下がるベルカ。

 シンシアは人の良さそうな笑顔を浮かべて追い打ちをかける。


「ふふふ、ベルカさん。あなたのキックは所詮、プロ格闘家の動きを模倣した猿まね。そこに術理がない――所詮、雑魚です」

「雑魚ォ?」


 以前も見たことある感じのやりとりだった。

 こいつら実は仲がいいんじゃないかと思いつつ、リョーマは深々と溜息をついた。

 たぶん慣れてはいけないタイプの雰囲気だった。


「よし、飯を食おう。二人ともお腹が減って気が立ってるんだろ」

「イヌイくん、流石ね。それじゃ――」


 シンシアが何かを言うより先に、ベルカは声を張り上げた。

 流石にこれ以上、彼女面をされると憤怒で頭がどうにかなってしまう。


「天丼食べようか、エビ天たくさんのってるやつ!」


 ベルカ・テンレンの好物は天丼である。

 天重もいい。

 サクサクの天ぷらに甘辛いタレを染みこませ、白いご飯と一緒に食べるのが好きだ。

 茄子の天ぷらも美味しい。

 カロリーの高さなど、運動すれば済む話というのが少女の言い分だった。


「テンドン、ってなぁに?」


 シンシアが小首を傾げた。

 リョーマとベルカは顔を見合わせた。

 世間知らずが極まっていた。


「よし、食べに行くか、天丼」

「アレルギーとかないよね、シンシア……さん?」

「それはまあ、ありませんけど」

「オッケー、特別にわたしがおごってあげる!」


 リョーマの見る限り、なんだかんだで世話焼きのベルカは、きっとシンシアのいい友達になるだろう。

 仲良くしてくれたらいいな、と思う。

 第一、最初から――自分の気持ちはたった一人に向けられているのだ。

 愛の告白をしようとすると、ベルカ・テンレンは逃げる。

 それはきっと、彼女の中で心の整理がついていないせいだ。

 その原因がなんなのか、少年は知らない。



――本当に、俺を頼って欲しいもんだ。



 いつか、彼女が逃げずに告白を聞いてくれたらいい、と思う。

 そのときはきっと、ちゃんと言葉にして伝えるのだ。







――イヌイ・リョーマが恋をしているのは、ベルカ・テンレンその人なのだと。








読み切りのつもりで書いてみました。

いずれヒーローとヒーローですれ違う、長編版もお届けできたら、と思います。

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