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幼馴染みは変身ヒーロー~スカルマスク・ビギンズ~  作者: 灰鉄蝸


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2話「幼馴染みに青少年のなにかをめちゃくちゃにされた少年」





「ナツミちゃん、リョーマの部屋を掃除したいんだけど!」


 前言撤回。

 他の女の影を忘れるベルカ・テンレンではない。

 わずかな油断が「わたしの方が先に好きだったのに……!」と負け犬にありがちな台詞を招くのだ。

 であるからして、家人の了承を取って家捜しをするのも仕方がないことなのだ。

 あのあと、男友達と会って盛り上がったリョーマは街中で遊んでいる。

 チャンスは今このときだ!


「掃除って口実ですよね。テンレンさん、兄貴のプライベート探りたいなら妹に尋ねるのはお門違いですよ」


 リョーマの妹、イヌイ・ナツミは冷ややかにベルカを一瞥した。

 朝の書き置き然り、ベルカはリョーマの妹に嫌われている。

 仕方がない。

 素っ気ない風を装っているが、この子はお兄ちゃん大好きっ娘なのだ。

 彼女からして見れば、ベルカは侵略者である。

 蛮族である。

 ローマ帝国を滅ぼすアレである。

 大好きなお兄ちゃんを独り占めする嫌な奴に優しくする義理はない、ということであろう。


「いえ、兄貴とテンレンさんがどうお付き合いしてようと関係ないですけど。愛想尽かされる可能性って考えてます?」


 ベルカは固まった。

 愛想のいい笑顔のまま表情筋が硬直している。


「兄貴がどこかから別の女連れてきたら、テンレンさん、ただの都合のいい女じゃないですか」

「うぐっ」


 今のは効いた。

 その可能性は常にある。リョーマは誰にでも親切で機転が利き、顔だって悪くない男の子だ。

 思春期の女子に好かれる要素は十分にあった。

 花形のスポーツチームなんかに所属していないから、目立たないだけで、客観的に見れば魅力的な少年なのだ。

 あるいはベルカの知らないところで、誰かに片思いされているかもしれない。

 ベルカ・テンレンは臆病だ。

 抱えている秘密が大きすぎて、リョーマへの好意に見合った関係が作れない。

 たぶんこんな、ストーカー紛いの振る舞いをしてしまうのは――彼女が愚かで満たされないままだからだ。

 目を閉じて、深く息を吸い込んで。


「欲しいものはぜーんぶ、命あるうちに手に入れるって決めたんだ。そうじゃなきゃ、生きてる意味なんてない」

「どこの侵略者ですか、バッカじゃないですか」


 ナツミに対しては、真意を明かそう。



「――リョーマの部屋に隠してあるエロ本、探そうか」


 兄のエロ本と聞いて、ナツミの反応が変わった。

 ベルカは天才なので個人の所有する情報端末へのハッキングぐらいはお手の物だ。

 しかしそのことは付き合いの長いリョーマも当然知っているはずであり、機転の利く彼が無防備にエロい諸々を端末に入れているはずがない。

 流石にベルカもそんなくだらない理由で不正アクセスはしない(ベルカは良心と良識にあふれているので能力の濫用はしない)が――万が一を考えて、本当にえげつない性的嗜好のブツはオフライン環境に隠しているはずだ。

 つまり物理メディア。

 いわゆる紙の本――印刷物という形で所有している可能性が高い。


「いいんだよ、ナツミちゃん? 本当に嫌なら拒否しても」

「相変わらず悪魔みたいな人ですね……」


 むっつりスケベが何を言うか。

 レッツ、チャレンジ――そういうことになった。





 結論から言えば、リョーマの部屋のエロ本捜索は簡単だった。

 最初の一〇分でわかりやすいダミーは排除――手に取りやすい位置にあるものの、ページをめくった痕跡がない――され、次の一〇分で可能性が整理された。

 幼馴染みの家での様子を知るベルカだからこそ、その思考パターンが手に取るようにわかった。

 胸の前で腕を組み、膨らみを押し上げるようにして熟考する。

 少女は今、この宇宙の真理と一体化していた。

 そう、思春期の男の子の選ぶ隠し場所は――


――そこか。


 様々なアルバムを収めた箱の中に、エロ本はあった。

 表層の一冊だけが偽装、あとはすべてえっちな書籍であった。

 当代一流の作家達の描いたポルノ・コミックがあった。

 際どい生身の人間の写真集があった。

 豊富なシチュエーションに対応した官能小説があった。


 神妙な顔つきで、表紙を眺めた後、ページをめくる。

 超人的な動体視力と速読技能によって、紙を傷めない限界の速さで内容を読み込んでいく。

 金髪碧眼の美少女が、無言で男性向けのエロ本を熟読する奇妙な光景――果たして何分経っただろう。

 ベルカはすべてを理解した。



――金髪だった。


――巨乳だった。


――心なしか、顔立ちまで自分に似ている気がした。


――ついでに幼馴染みもの多数だった。



 ベルカにもそれ以上のエロ本探索を思い止まるだけの慈悲が存在した。

 無言で立ち上がった少女の頬は、赤く染まっていた。

 どうしよう、めちゃくちゃ恥ずかしい。


「……あー、これは、なるほど。わたしの長年のスキンシップが青少年のやわらかい心を歪めてしまったんだね……」


 後ろを振り返ると、ナツミの姿が消えていた。

 代わりに、青い顔のリョーマが立っている。

 その目線の先には、暴かれた彼の性的嗜好たるエロ本たち――その中央に立つ金髪で巨乳の幼馴染みの姿。

 憮然とした表情のまま、少年は震える声で問うた。


「ベルカ、どうして、おまえ」

「ごめん、つい」


 リョーマがキレた。


「ばっっっっかじゃねえの!?」


 ベルカは天才なので、とりあえず逆ギレしたフリをしてしのぐことにした。


「はぁああー!? じゃあ訊くけどさ、リョーマはおっぱいが好きなのか金髪が好きなのか答えられるわけ!?」

「なんでお前が怒ってるんだよ! いま、俺が怒るところだろ!」

「兄貴、鬱陶しいから静かにしてください」


 ドア越しにたしなめられて、リョーマはしょんぼり肩を落とした。

 ちょっとかわいい。

 ナツミとて兄のエロ本探しに協力的だったが知らん顔である。

 これだから裏表のある人間はダメだね、と自分を棚に上げて頷く。

 そして、ふと気づいた。


「ねえ、リョーマ」


 今、ベルカとリョーマは一つの部屋に二人きりである。

 しかもここはリョーマの部屋と来ている。

 幼いころはいざ知らず、長じてからはあまり足を踏み入れたことのない領域だ。

 ひょっとして、もしかすると、これはチャンスなのではないだろうか。

 以前、雑誌(親友から貸してもらった十代の少女向け雑誌。過激な内容も多々含まれる)で見たことがある。

 曰く――



――『部屋で彼と二人きりになったら、親指をくわえて、うるんだ目で見つめましょう。あなたのセクシーさに、たちまち彼も夢中になることでしょう』



 ベルカ・テンレンは天才である。

 勉学は軽く学年主席、運動も同年代で最高の記録を叩き出し、ありとあらゆる分野を雑事とばかりに鼻歌交じりに片付けられる。

 しかし幼馴染みの少年、イヌイ・リョーマのことになるとものすごく頭が悪くなる。

 そこが愛嬌であり、欠点であり、当事者を大いに悩ませる宿痾であった。

 そしてベルカは例によってものすごく頭が悪くなっていた。


「……ベルカ?」


 幼馴染みの様子が変わったことに気づき、リョーマは怪訝そうに声をかけた。

 そのとき――やわらかな少女の唇が、親指をくわえた。

 ぱくっ。


――しょっぱい。


 ベルカは親指をくわえていた。

 自分のではなく、リョーマの右手の親指を。

 餌にかじりつく小動物みたいな光景だった。

 この時点で致命的だ。


「…………」

「…………」


 気まずい沈黙だった。

 ベルカの方はといえば、緊張でがちがちだった。


――ええっと、うるんだ瞳ってどうやるんだっけ、目薬?


 焦りまくった末、うっかり指を口から離してしまう。

 つう、っと唾液の糸。

 親指から糸を引くそれがひどくいやらしく見えて、ベルカは目を逸らした。

 なにこれ、恥ずかしい。

 そもそもセクシーさでアピールするため取った行動だが、少女は混乱していた。


「ど、ドキドキした?」


 いけない、これはあまりの官能的色香にリョーマが血迷って自分をベッドに押し倒してくるかもしれない。

 なにせ、青少年の暴走する肉欲である。

 妹が在宅なのにも構わず、やらかすかもしれない。

 いやいや初めてはもっとロマンティックなのがいいなーと乙女回路全開の脇道に逸れた思考――いやでもリョーマならいいかなと投げやりに悪魔がささやく。

 しかし少年はすこぶる冷静であった。

 良くも悪くも、彼は幼馴染みの奇行に慣れすぎていた。

 ぽん、と優しく肩を叩かれた。

 幼児をあやすように。


「ベルカはがんばったよ」


 リョーマの目は凪いだ海のように優しかった。

 残念な子を見る目だった。

 ぶちぃ、と頭の中で堪忍袋の尾が切れる音。



「――ガッデムッ!!!!」



 ベルカはキレた。





「だいたいさー、男どもはどうしてこう大きいおっぱい好きなわけ?」


 中華鍋で炒めあげた食材――とろみをつけたあんかけ風――を人数分のお皿に盛りつけ、お盆にのせてテーブルに置いていく。

 リョーマとナツミがご飯と味噌汁、冷蔵庫の中のおひたしを用意してくれたから、これで夕食のメニューは完成だ。

 今夜は取引先で泊まりの仕事になるという養父の伝言もあり、ベルカはイヌイ家でご飯を食べることになった。

 いただきます、と手を合わせると、猛烈な勢いでご飯を食べるベルカ――やけ食いの様相を呈していながら、箸使いは流れるように鮮やかで美しかった。

 綺麗に二杯目の白米を平らげたベルカは、ねっとりと説教を再開した。


「あんまり大きいと可愛いブラジャー見つからないわけですよ、そこのところお分かり? ま、わたしはバランスいいから可愛いブラなんて腐るほどあるけどね? でっかい脂肪の塊に鼻の下伸ばしたいならグラビアアイドルの写真集でも買ってきて、メートル超えバストだの一八歳の果実だのと下卑たおっさんが喜びそうなアオリ眺めてりゃいいじゃん。適性サイズってものがわからないのかなー」


 同年代の中で決して高いとは言えない身長に、年のわりに豊かな乳房を持つベルカはそれ相応の苦労をしている。

 まず、男どもの視線である。

 不愉快であった。

 あざとさは兵器で色気は切り札だが、断じて有象無象のゴミどもに向けたものではない。

 男に媚びてるだのなんだのと陰口叩く同性もいたが――思春期女子の部族社会の掟は複雑怪奇だ――ベルカは天才なので野蛮人にも寛容だ。

 人間は賢い、犬と同じで躾ければいつか文明開化できるだろう。

 傲岸不遜が服を着て歩いてるような女、もとい美少女である。

 そも、ベルカは自分の容姿に絶対の自信があるし、余分な胸の贅肉などなくても本命を陥落させる自負があった。

 よって幼馴染みが、世間のダメな男どものように巨乳に釣られているのが気にくわない。


「いやいや、幼馴染みとして忠告してるの……でかけりゃいいと思ってたら冴えないおっさんまっしぐらだよ? 大丈夫? ついでに金髪がいいとか言い出さない?」


 くどくどと続く説教に耐えかねて、リョーマが顔を上げた。

 食卓の上に並んだおかずには手をつけずただ、ありのままの自分をぶつけるために。

 そう、言うべきはただ一つ。




「どうせ俺は大きいおっぱいも金髪も幼馴染みも好きだよ、悪いか!」




「ご飯のときにおっぱいの話すんな」


 妹に冷たい半眼でにらまれ、リョーマは黙り込んだ。


「ふふふふ……そっかー、好きかー」


 ベルカは満面の笑みで腕を組み、自分の胸を強調してみた。

 その胸は豊満であった。

 ついでに形もいい。

 最強だった。


「……それじゃあまた明日ね、リョーマ!」


 先ほどまでのノーモア巨乳説教はどこ吹く風。

 機嫌よさそうにステップを踏みながら、ベルカ・テンレンは家族の団らんに背を向け去っていった。

 嵐のような少女だった。


「兄貴。あの人はやめてくださいよ、マジで。別れるなら今ですよ、今」


 将来的にアレをお義姉さんと呼ばねばならないかと思うと、ナツミは今から憂鬱になってしまう。

 兄とあの忌々しい幼馴染みの付き合いは長い。

 端から見ていても、二人が互いに想い合っているのはわかるし、順当に恋人に繰り上がるのはわかるが――鬱陶しい。


「ナツミ、お前は勘違いをしてる」


 イヌイ・リョーマの側から告白しようとしたのは一度や二度ではない。

 割りといい雰囲気の中で、それとなく少年の側から切り出したのである。




「俺とベルカは交際してないし――むしろ告白させてもらえないんだ」




 だが、ベルカ・テンレンは最後までそれを言わせなかった。

 全力で逃げる。

 たぶんオリンピックに出たら余裕で金メダル取れるレベルの健脚で逃げる。

 少年が走っても追いつけないぐらい必死に逃亡していく。


「…………は?」


 呆然とした妹の呟きを耳にしつつ、リョーマは溜息をついた。



「難しいな、乙女心」










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