楽な死に方ってねえの
「なあ、楽な死に方って何?」
と会社の同僚である彼は僕に聞いた。
「さあ、色々あるけど結局は試したことないから。」
それを聞いて、彼は少し頷いた。
でも、これではきっと彼は質問を辞めない。そんな気がした。
「でも、お前賢いんだろ。予想して。何が楽そう?」
やはりだ。こいつは一度問うとしばらくは諦めない。
おそらく答えを得られるか、忘れるまでだ。
「銃を口に突っ込んで撃つとか?それとも、青酸カリか首吊りかな。ぶっちゃけそんぐらいしか思いつかない。」
彼は少し考え込んだ。数分か、十数分ぐらいだろう。
そんな彼の答えを僕は、待ちきれずに言った。
「最も人間的な処刑はギロチンだそうだが、お前が何を望んでいるのかが分からない。それを教えてくれないと答えの出し用も無いんだ。」
彼は僕の眼をじっと見つめた。
そして、言った。
「完全犯罪で1人を殺す、他殺。もしくは俺が死ぬ。要するに自殺だ。ただ、完全犯罪なんて流石に無理だろう。だから、自殺だ。」
「『できれば』ということになるが、どちらをお望みかな?」
「他殺。」
彼は表情一つ崩さず言った。
「ドラマのような完全犯罪で。ということで良いね?」
彼は今度は大きく頷いた。
「はは、契約完了。あとは知恵を授けよう。その代償は後ほど。」
「ああ。」
「簡単なことなんだ。ただ、君のような脳の人間では思いつくことは無理かもしれない。殺したい人は既に結婚しているのかい?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
この際、この問いは無視しよう。
彼は、人間平均未満の脳しか持たないのだから。
「その、ターゲットの奥さんは殺したいとまではいかなくても憎いかい?」
「ああ、そいつも殺したいくらい憎い。」
「他に家族は?」
「おそらく何人かいる。全員殺したい。」
こいつは一体何人を殺せば気がすむのか。全くわかったものじゃあない。
しかし、理由を聞く必要は無いだろう。後に結局分かるのだから。
だから、この会話は先に進めることにしよう。
「それは、とても都合がいい。もう計画は出来た。では、計画を言おう。」
「そうしてくれ。」
そして、彼は安っぽいメモ用紙とボールペンを取り出した。
「まず、君は指紋と顔をを残さないようにしつつ、その一家の出されたゴミ袋を盗む。
その中のゴミはかなり遠い全く関係の無い場所にでも捨ててくれ。流石にゴミ捨場には監視カメラは無いな?」
それに彼は頷く。
「よし良い。完璧だ。そのあと、日をおいてその家の庭から砂を。難しいならその家の近くの公園からでも良い。かなり多めに採取してくれ。もちろん顔がバレないように。あとは警察がいない時間帯を狙ってくれ。」
彼はポカンとしている。おそらく話についてこれていないのだろう。
しかし、メモはしっかり取っているからいいか。
「あとは、その地域の水道水も採取するように。それとさっきの砂をゴミ袋に詰める。それを凍らせれば、複数回殴れば殺せるくらいは強いだろう。
で、実行するのはできれば雨。と言うより雨でなければ延期するくらいの気持ちで行け。
結局ターゲットが外で一人でいるときに後頭部を殴れば良い。あとは、水と砂は現場に捨てろ。ゴミ袋はバレにくそうなな場所に捨ててくれ。
警察が手口に感づいてゴミ袋と水と砂を発見したとしても、疑われるのはターゲットの一家。
どうだ。まさに完全犯罪だろう?」
「流石だな。ありがとう。成功すれば代償とやらはやろう。好きなものを好きなだけ。」
「はは、成功を祈るよ。」
彼が喜んで走って行くのを見てから、メモ用紙を燃やすよう忠告へ追いかけて行くと、ビルの屋上へ上がり隠していた翼を広げた。
真っ黒でありながら白鳥のような翼。
羽が残っちゃまずいんじゃ無いかって?大丈夫。落ちた羽は全て燃えるのだから。
それから、数週間経ったというくらいに彼の準備は終わった。
彼にしては慎重に丁寧に準備をしていた。流石に、それなりの頻度で注意すべきことは追加したのだが。
そして、雨の降っているよるの9時ごろ。雲の上の満月のしてにて、彼は望みを叶えた。
「死ね。」
その、冷淡でありながら少し震えた声が僕には聞こえた。
ターゲットのぎょっとした顔は、少し僕の心を満たしてくれた。でも、まだまだだ。
その後、数回に渡りそれなりの力で彼はターゲットを袋で殴った。
女が精一杯殴ったと思わせるぐらいの力で。
「フフ、殺った。遂に。俺を正美と騙したからだ。俺は正美を愛していたんだ。それを、その感情を踏みにじった罰さ。俺は悪く無いんだ。そうだ。ちっとも悪く無い。悪いのは全部お前らだ。フフフ、ハハハハハ。」
そう言って笑う彼を見て僕は思った。
あくまで予想だが、彼は結婚詐欺に引っかかったようだった。きっと加害者は彼よりも相当頭の切れるやるなのだろう。馬鹿な彼は何とも言えず、周りも彼の言動は信用しなかった。
しかも、きっと加害者が、信頼された社員などだったのだろう。その上で、証拠になりそうなものは全部消した。だから、彼は追い詰められた。といったところだろうか。
彼は袋をほどき中身を捨てた。でも、その前にズッシリと重い財布を抜き取っていた。
そのあと、彼は公園を背にし道端に袋を捨てた。そして車に乗り、車でマスクとニット帽を燃やして道で灰を捨てた。
次に、車を大型ショッピングモールに入れ、靴を買い換えた。また、同様に隣町のショッピングモールで服を買い換え、着替えた。
監視カメラなどには映ってはいないはずだが、念には念を入れる。
その後、前もって用意してあった隣県のマンションに帰り、やりたいことが出来たと会社は辞め。辞めた次の月には整形もした。
警察の捜査は完全にターゲットの妻に向いており、金銭トラブルが原因という風になる様にマスコミは騒ぎ立て今はターゲットの妻も殺人者として法廷にでも立っているようだ。
会社も上手く辞めた彼の様子を久々に見にいった。
彼は、食事もロクに取っていない様でげっそりと痩せていた。絵描きや医者などなら苦労せずとも骨格がわかる気がする。
顔は違って言えど彼と、僕にははっきり分かる。
「やあ、久しいね。」
「やあ。」
僕が声をかけると、彼は少しだけ口を動かして返事をした。
「痩せたんじゃあ無いか?大丈夫か?」
「あれから、上手く食事が取れなくてね。はは。」
やはりだ。こいつには殺人の才能がない。
最初から分かっていた。でも、自殺するよりは生きてくれる可能性があったんだ。逆に僕は彼を苦しめてしまったのかもしれない。いや、そうだ。
「ちゃんと食事は取った方がいいぞ。」
僕は、そう言い残して彼のマンションの無機質なドアを閉めた。
次の日、ニュースの一面には身元不明の男が公園で首吊り自殺と報じられていた。
やはり、僕は彼を苦しめたんだ。あの時、あっさり死ぬべきだったんだ。
そもそも彼は、殺人には不向きな人種だった。
優しすぎるのだ。それ故にトラブルにも巻き込まれて、自殺しようとして……
ああ、優しいとは罪だな。でも、それが彼の最高の取り柄だったのかもしれないな。
本当は僕はバカだったんだ。
優しい人をバカだと言った。彼を苦しめた。もっと別の方法があったんじゃあないか?
そんな後悔だけが沸々と湧き上がってくる。
「お前もバカだなあ。優しすぎる。計三人も死んだんだ。喜ばなきゃ。」
そう言って僕よりも、黒い羽を持った先輩が舞い降りた。
「先輩、僕はもう悪魔失格です。」
先輩はその僕の声を遮った。
「お前は、悪魔失格だ。明日からは白い羽を持って人々を導け。そう、俺たちの仲間だ。」
「え、悪魔失格って。先輩達の仲間って?」
「優しくないヤツなんていない。結局、優しくないなんて自分で決めてるんだ。優しさも、酷さも自分の中にある。
あの詐欺師も子供を養うために仕方なしさ。それが彼なりの優しさ。わかったか?」
「じゃあ、僕が今回は最も悪人ですか。ああ、死にたい。辛いよ。」
「優しさが交差した結果。とでも思っとけ。仕方ないこともあるさ。でも、自殺は何も生まない。今度は上手くやれ。」
そう言うと、先輩は2人を連れて黒い羽で飛び上がった。
僕も、黒い羽を羽ばたかせて飛び上がった。