記憶A-1 -fragments of memories-
「あ、お兄ちゃんおかえりー」
「ただいま、舞花。調子どうだ?」
「ちょー元気! お医者さんにももう体育も出ていいって、太鼓判押されちゃった!」
「おーまじか! よかったなぁ!」
「うん! あはは、もう今は私よりも地球の健康の方が心配って感じ」
「……」
「にゃっはは。そんな顔しないでよー。こればっかりはしょうがないよ」
真夏にもかかわらず、急激に気温は低下。
追い打ちをかけるような連日の吹雪、豪雪。
今まで少し暑いくらいで異常気象だと騒いでいたのが馬鹿らしくなるくらいの、圧倒的な異常気象。ニュースは日夜、そのことについて報道している。
「そう言えばどうだった? 適性検査」
「んー? あー、そっちはダメ。うちの学校じゃ誰も引っ掛からなかったみたい。まぁそうだよねー、人類の数%? しか通らないんでしょ、あれ」
「そ……か」
適性検査。
正確には、人類保護機関、と呼ばれる大きな研究組織が実施している「後天的遺伝子操作に対する適性を確認するための血液検査」。
このまま異常気象が続けば人類は数年後には絶滅に近い形で衰退するらしい。
それを避けるため、一部の人間に遺伝子操作を施し、コールドスリープ状態にすることで、数千年後の地球でも人類が繁栄することができるようにするそうだ。
コールドスリープに入る事ができるのは
一、とんでもない大金持ち
二、適性検査に合格した者
三、二の該当者の身内、もちくはそれに類する者、そして――――
「聞いて驚け、舞花」
「なにさお兄ちゃん」
せんべいを口にくわえながらこちらを振り返った妹に、僕は言う。
「僕、適性検査合格したぞ!」
「……え?」
「うちの学校にも今日結果届いた。これで晴れて俺たちもコールドすぶおっふぅうううう!」
最後まで言い切る前に、舞花が弾丸みたいに僕の胸に飛び込んできた。
胸、というか、腹?
舞花がもう少し身長が高かったら、みぞおちに直撃してやばかったかもしれない。
「すっごい! スゴイすごいすごーい! お兄ちゃんそれは事件だよ、大事件だよ! 宝くじに当たるよりすーごーいーこーとーだーよー!」
「分かったわーかった! 落ち着けって舞花!」
「これが落ち着いていられるかってーの! お兄ちゃん、晴れてスリーパーじゃん!」
「あぁ、それに舞花……お前もな」
ぎゅっと、小さな体を抱きしめる。
あまりにも細くて、軽くて……目を開けた時にははらはらと散ってしまっているのではないかと、不安になってしまう。
僕が一緒に居られる間に、なるたけ沢山食べさせて、太らせないとな、なんて。
思春期の女の子にとってはありがた迷惑な考えを抱いた。
「今の世界で生きることは、もうできないけど……。新しい、コールドスリープ後の世界がどんなところなのか、想像すらできないけど……お前はまだ生きていける」
「うん」
「楽しい事、面白い事、辛い事も苦しい事も、全部全部、まだ経験できるんだ」
「うん……」
「よかったな、舞花」
「うん……っ」
だんだんと嗚咽が混ざってきた舞花の頭を、ぽふぽふと撫でる。
生まれつき体の弱かった舞花は、つい最近まで病院と家を行ったり来たりしていた。
当然、学校にも満足に通えたことはなく、彼女の世界は閉じていた。
ずっとずっと、閉じていた。
体が大きくなり、体力がついてきたことで、病院通いの回数が減り、学校に普通の生徒と同じように通えるようになったのは、ついこの間の話だ。
ようやく外の世界に行ける。
彼女の人生はまさに今、無数の可能性と共に開かれた。開かれたはずだった。
そこにきての、異常気象。
舞花の健康状態などとは関係なく、人類は数年後に衰退する。
そのニュースを見た時の、彼女の顔を、今でも僕はよく覚えている。
あはは、しょうがないねーと、笑ってはいたけれど。
彼女はきっと絶望したに違いない。悲しかったに違いない。
当たり前だ。ようやくあこがれていた生活を手に入れたその直後に、またしてもそれが奪われてしまったのだから。
僕は決めていた。
あの時から決めていた。
舞花が生き続ける手段があるならば、どんな手を使ってでも、それを行使しようと。
「じゃ、飯の支度するな。鞄部屋に置いてくる」
「ん……。お兄ちゃん、ありがとね。ほんとにほんとに、ありがとね」
「……運がよかったんだよ。神様はお前の事、見放してなかったってことだ」
「えへへ、だといいなぁ」
にへらっと笑った舞花の頭をもう一度撫で、僕は部屋に戻った。
がちゃりと扉をしめ、鞄から一枚の紙を取り出す。
「適性検査……結果、適性無し、か。はっ……神も仏もあったもんじゃないな……」
ただのA4のコピー用紙がこんなにも憎いのは初めてだ。高々一枚の紙に、どうしてこんなに無慈悲な現実を突きつけられなくちゃいけないんだ。絶望させられなくちゃ、いけないんだ。
やり場のない怒りを抱えた僕は、ぺらっとしたその紙をびりびりに破り、ゴミ箱に入れた。
もう一度、言おう。
僕は決めていた。
あの時から決めていた。
舞花が生き続ける手段があるならば、どんな手を使ってでも、それを行使しようと。
だから――――残された手は、一つしかなかった。