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なら僕は君の事など好きにならないと、何度でも誓おう  作者: 玄武 聡一郎
序章:巡り合うべくして巡り合う二人
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四:ウィー・ニード・レボリューション!(前編)


 人口約五万人。面積約二平方キロメートル。

 それが、雫が拠点としている『コロニー』の基本情報、ということだった。コロニーは他にもいくつかあるそうだが、その中でもここのコロニーは規模が大きい方に位置するんだとか。

 

 規模が大きいと言われても、人口五万人も、面積二平方キロメートルも、全く持ってぴんとこない、と言うと、彼女は呆れたように


「世界で二番目に小さかった国、モナコ公国の大きさが大体それくらいですよ。それでも想像できないなら東京ディズニーリゾートでも思い出してください。丁度あれくらいです」


 と言った。モナコ公国は全く分からなかったが、ディズニーリゾートはなんとなく想像がついた。


【因みに人類衰退前は、一般的に五万人以上の人口を保有する場合、「市」を名乗る事ができました。小さ目の市がディズニーリゾート内に存在している、と想像すれば良いかと】


 随分と夢の国感が増したけど、人口、面積の大きさはおおむね理解できた。

 まぁ、理解できたところで


「でっか……」


 圧倒されることには変わりないんだけれど。

 雫に先導され、コロニーに近づき、コロニーに入り、中を歩いていてもなお、僕はぽかんと口を開けたままコロニーを見上げていた。そろそろ首が痛い。


「もう……そろそろそのベニガオザルみたいな間抜け面やめてください。一緒に歩いていて恥ずかしいです」

「ベニガオザルがどんなサルか知らないけど、絶対不細工なんだろそうなんだろ」


 とはいえ、確かにお上りさん感満載の反応は僕も恥ずかしい。鳥みたいに開きっぱなしになっていた口を閉じて、僕は周囲を観察する。

 

 人口約五万人に対して東京ディズニーリゾートの面積、というのは果たしてどれくらいの密度なのだろうと思っていたけれど、人通りを見る限り、多すぎず少なすぎず、ゆとりがある良い塩梅だと思った。高低差もあるから、居住区は実際の面積より広めなのだろう。

 

「本当にドーム型になっているんだな」

 

 天井を覆う半透明の膜を見上げて、僕は言った。

 半透明にしているのは、太陽の光を少しでも内部に届くようにするためだろうか。


「温度の制御をしていますからね。ドーム型にすることで風をしのぎ、かつ、熱効率も最大限まで上げています。石窯の形にドーム型が重宝されるのと同じ理屈ですね。温かほかほか、とまではいかなくても、人が正常に暮らせるよう空調機能が働いています」

 

 確かにコロニーの中に入ったときから、肌を切り裂くような寒さはなくなっていた。

 とはいえ、彼女の言う通り、まだ暑い暑いとコートを脱いでしまえるほどではないが。


「へぇ、空調機能なんてあるんだ」

「一応は。ただ、各家庭におけるほどの余裕はありませんし、それだけの電力も賄い切れません。一応説明しておきますと、現在最も貴重なのは火力、次いで、電力です」


 寒さを凌ぐために、火、あるいは熱を発するものが必要になるのは自明の理だ。

 火をくべられる原料として考えられるのは、ガス、油、そして木材だが……


「人類の衰退、氷床の拡大に伴い、天然ガス、石油などの物資は手に入れることができなくなりました。必然的に、原始的な薪を使った暖の取り方が普及しています」


 しかしドーム型にした以上、何の策もなしに火を焚くわけにはいかないだろう。

 何千、何万世帯が火を焚けば、それだけ多くの煙が出る。密閉空間で煙が留まり続けるのは、当然健康に良いとは言えない。


【なるほど。あのパイプは、コロニーの外に出ているんですね】

「正解です。外からも少し、煙が出ているのが見えたでしょう?」


 家には全て煙突がついていて、それらは全て、コロニー内をミミズのように這う、いくつかの太いパイプにつながっていた。各家庭から排出された煙をまとめ、外に排出しているようだ。


【火力のほとんどが木材依存……だから街並みが少し古めかしいのですね】

「またまた正解です。現在はふいごを用いた原始的な手法でしか金属を加工することができません。なので、コロニーそのものや、一部の建物を除いて、多くの建物は木造建築なんです」

【礎石を使っているのでしょうか】

「そう言った建物もあると思います。ただ、すみません。私もそこまで詳しくは……。……あら楓さん。全く何も分からない誰か説明してよぅ、という情けなーいお顔をしていますね。AIさん、補足説明をしてあげてください」

「ねぇ、なんで君は、『け』から始まって『か』で終わるものをそんなに大安売りしてるのかな。バーゲンセール中?」

「……? すみません、よく意味が……。私、ケンサキイカもケーブルカーも売ったことはないのですが……」

「分かってると思うけどケンカね。というか、よくその二つが出たね……逆に感心するよ」


 つくづく憎らしいくらいに頭の回転が速い人だ。

 雫に先導され、コロニー内をずんずんと進みながら、残念ながらイマイチ意味がよく分かっていない僕にAIが補足をしてくれた。


 曰く、金属の加工には溶炉、つまり超火力が必要になる。例えば鉄の融点は1500℃で、これに必要な火力を安定して提供するためには天然ガスや石油の存在が不可欠だそうだ。

 人類衰退前には腐食しにくい金属を中心に据えた鉄筋コンクリートなんかが建築には用いられていたけれど、金属の加工ができない今、それは叶わない。

 だから現状、建築方式の主流は木造建築、というわけらしい。確かに周りを見渡してみると、ほとんどの建物が木造だった。


【私の中で最終更新されたデータよりも、更に文明が退化しています……データのアップデートを急ぐ必要がありそうです】


 そういえば、僕が居た研究所は二千年前位に崩壊したんだっけ。

 ということは、AIが閲覧できるCMSUシームス内のデータはそれからアップデートされていないことになる。


「南の高台に研究所がありますから、そこに行けばCMSUシームスのアップデートをしてくれると思いますよ。あそこは数少ない、人類最盛期の頃の遺産が沢山ありますから」

【天然ガスや石油を用いた火力が使えないというのは由々しき事態です。金属の加工が不可能になるのは勿論、発電の原動力としてももちいることができません……。ということは今の電力は何によって補われているんでしょう? 原子力は論外として、水力? 風力? いやそれとも新エネルギーの中の何かかもしれません。はっ……。それよりも金属の加工ができないということは、通貨はどうなっているのでしょう? まさか石? まさかの石なのでしょうか? もはやそこまで行くと人類の文明力は江戸時代以前にまでさかのぼっていると言っても過言では――――】

「おーい。AIさーん。戻ってきてくださーいー」

 

 ぶつぶつと一人でつぶやき続けるAIに、僕は呆れながら声をかける。

 確かにAIが言っていたことは気になるけれど、きっと生活していくうちに一つずつ明らかになっていくだろう。

 一気に情報が入ってきたところで、覚えきれる気もしないしね。


【はっ……! し、失礼しました。つい、取り乱してしまいました】

「んー、そんなんばっかだから慣れちゃいました」

【ひ、非常に遺憾です……】

「ふふ……」


 そんな僕らのやり取りを横目に見ながら、雫が静かに笑った。


「なんだか、夫婦漫才めおとまんざいみたいですね。馬鹿馬鹿しくて、滑稽で……とっても楽しそう」

「そう言えば、雫はAIと会話とかしないの? 喋っているのを聞いたことがないけど」

 

 彼女の胸ポケットにも、CMSUシームスは入っている。ということは、当然AIもその中にはいるはずだが。


「私は……電源を切っていますから」

「え……?」


 電源を、切る?

 僕のCMSU、もとい、中に入っているAIは残念ながらポンコツだけど、それでも十二分に僕のサポートには足る働きをしてくれるだろうと、これまでの道中で思っていた。

 なんせ、貯蓄されたデータ量や、そこから導き出す推測がとても優秀だ。

 

 それを敢えて使わず、電源を切るというのはどういう了見なんだろうか?

 そう思って質問しようとした僕の声は、残念ながら彼女に届くことはなかった。



「しずくさーーーーーーん!」「おかえりーーーー!」「しずくさんだー!」「みんなー! しずくお姉さんが帰って来たよー!」


 突然向こうの方から走り寄ってきた数人の子供たちが、奇声を挙げながらこっちに近づいてくる。

 どうやら、雫の知り合いらしく、彼女は優しい笑みを浮かべながら子供たちを迎え入れた。


「あらあら、皆さん、今日もお元気ですね」


「元気だよっ!」「げんきげんき!」「しずくおねえちゃんもげんき?」「元気に決まってるだろ!」「なんで決まってるのよ!」「おねーちゃん今日は何と戦ってきたのっ⁈」


「うふふ、私は聖徳太子ではないので、質問は一人ずつにしてくださいね」


「しょうとくたいし?」「しょうとくたしいってなに!」「あれじゃね? 昔のえらい人!」「えらいひと!」「しずくちゃんは今のひとだよ?」「そういう意味じゃないよばーか!」「バカって言ったー!」



「おお……阿鼻叫喚……」


 みるみるうちに子供たちに囲まれた雫は、脈絡のない疑問質問を全身に浴びて、すっかり収集のつかない状態になってしまった。

 最初のうちは彼らをいなそうとしていた雫も、次第に何も言わず、されるがままになっている。


「た、助けた方がいいですかね……」

【雫さんを、ですか?】

「何寝言言ってるんですか。子供たちの方ですよ」


 雫は猛毒舌女、言葉の暗殺者だ。

 今はさすがに我慢している様だが、この状況に苛立ち、そろそろ本性を現してしまうのではないだろうか。

 

 もしそうなってしまえば、無垢な子供たちが壮絶なトラウマを背負ってしまう事になる。

 それだけは何としても避けなければいけない。

 なんとかして止めよう。そう決意した瞬間、雫は大きく息を吸い込み――――




「わっ!」




 と大きな声を出した。

 わちゃわちゃと周りで騒いでいた子供たちの動きがぴたりと止まる。

 そんな子供たちを見下ろし、雫は笑いながら言った。



「ふふふ、はい。大きな声を出す勝負は、私の勝ちですね。静かに、いい子にしてないと、今日の『お話し』、聞かせてあげませんよ?」


「お話し! 聞く! いい子にするよ!」「静かにするよ!」「うんうん!」


「ふふ、いい子ですね。ではではではー……今日私が倒してきたのはー……なんと、センチピードです!」



 彼女の言葉に、子供たちがわっと沸く。

 再び飛び道具のように飛び出す彼らの質問を上手にいなし、かわし、彼女は今日あった出来事を語り始めた。

 抑揚をつけ、緩急をつけ、独特のリズムのある語り口に、いつしか子供たちは引き込まれ、目を輝かせながら静かに雫の話を聞いていた。


【お上手ですね】

「……ですね」

【興味の対象が移りやすい子供、しかも複数を相手に語り聞かせをするのは、相当な技術が必要です。腰をかがめ、目線を同じにして、一人一人に語り掛けるようにお話ししていますね】

「ですね……」

【集中力が途切れてきた子が出てきた時は、声のボリュームを落として。敢えて聞こえにくくする事で、子供の注意をひいていますね。一朝一夕で会得した技術ではないでしょう】

「ですねぇ……」

【どうしましたか?】


 AIに説明されなくても分かる。

 彼女の語りはうまい。それが子供に寄り添った、子供の事をちゃんと考えた上で成り立つ技術だということも、今の彼女を見ればわかる。

 

 だからこそ、僕はモヤモヤした。

 

 AIにも、子供たちにも、雫は普通に、あるいは普通以上に、優しい一面を見せるのに。

 どうして僕にだけ、やたらと突っかかってくるような態度を取るのだろうか。生理的に受け付けない顔なのだろうか。

 

 もしそうだったらちょっとショックだなぁと思いつつも、少し考えて、まぁいいか、と割り切った。

 街まで護衛してもらったのだから、ここで彼女ともお別れだ。

 そりゃぁ同じコロニーにいるのだから、月に何度かは出会う事も、あるかもしれないけれど。

 きっと深い仲にはならないだろうから、深く考える事も、しないでおこう。


「――――という訳で、今日も華麗にオーガ・インセクトを倒した私は、そこのゴm……一条楓さんを引き連れて、颯爽と帰還したのでしたー。めでたしめでたし」


 あいつ今、僕のこと絶対ゴミって言おうとしたな。別にいいけど。

 だんだんとゴミ扱いされるのに慣れている自分が怖い。


 ともあれ、ようやく子供たちの相手も一区切りつきそうだ。

 後は彼女から、今後僕がどう行動すればいいのかを聞いて、お礼を言って、お別れしよう。

 

 さしずめさっき言っていた、高台にある研究所とかいう所に行けば、住む場所とかも手配してもらえるんだろうけど……一応確認しておかなくちゃね。


「面白かったー!」「しずくちゃんかっこいいー!」

「ふふ、ありがとうございます」

「ねーねーしずくお姉さん」

「なんですか? あきらさん」 


 あきら、という子供が雫に問いかけた。

 子供たちの中では、一番背が大きくて、言葉もはっきりしている。きっと一番年上なのだろう。


「かえでさん? は、これからどうするの? 住むところとか、ないんでしょー?」

「いい質問ですね、あきらさん。普通、コールドスリープから目を覚ましたばかりの人は、高台にある研究所に行くと、着るものとか、食べる物とか、住む所とかを貰えちゃうんです」

「へー! そうなんだー!」

「えぇ、スリーパーは、私たち人類にとって、とっても大事な存在ですから。みんなが助けてくれるんです」


 やっぱりそうか、あきらくんグッジョブ。

 そうと分かれば、話は早いな、とあたりを見渡し、高台への道の目星をつけようとした。


 その時だった。


「ですが、この人はそうはなりません」

「へ?」

【……?】


 雫はさも当然のように、相も変わらずにこにこと笑いながら言った。


「この人は、今日から私と一緒に住むんです」


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