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なら僕は君の事など好きにならないと、何度でも誓おう  作者: 玄武 聡一郎
序章:巡り合うべくして巡り合う二人
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二:ボーイ・ミーツ・ガール

「うぉあああああああ寒っ!」

【素っ裸なんだから当たり前です。早急に衣服を着用することをお勧めします】

「い、い、言われなくてもっ……! 服、どこですかっ⁈」

【コールドスリープの機体側面に赤いボタンがあります。そちらを押してください。格納された衣服、携帯端末などが入っているはずです】


 がたがたと震える体をさすりながら、僕は赤いボタンを探した。

 数秒後、さっきまで僕が入っていた無骨で真っ黒な機体の端っこにボタンを見つけ、急いで押す。空気が抜ける音と共に、機体の側面が開いた。

 

 アンダーウェア、シャツ、ズボン、上着、コートに厚手の手袋。良かった、防寒具は一通り揃っているみたいだ。


「おー、サイズぴったり」

【コールドスリープ前に行った身体測定の結果を基に作成した、特殊な衣服です。伸縮性に優れ、破れにくく、熱を逃がしにくい素材でできています。衣類を入手できる環境に落ち着くまで、大切に扱って下さい】

「了解です、っと。あー、あったかい」


 灰色のコートを身に着けたところで、ようやく体にぬくもりが戻ってきた。体温が空気中に放散されることなく、服の中で留まってくれているのだろう。

 うんうん、やっぱり衣服は人類の英知だ。

 コートは薄手で軽く、表面はつるっとしていて、そんなに温かそうに見えなかったんだけど……何の素材でできてるんだろう、合皮かな?


【ザックバックの中には数日分の食糧があります。また、野外での宿泊に備え、簡易的なテントや寝袋なども入っています。忘れずに持って行ってください】

「はー……いっ⁈ お、重たいなぁ……」

【非力ですね】

「生憎、体育会系の部活には所属してなかったですからね」


 高校の頃は調理部に所属していた。

 あれは趣味と実益を兼ねた、実に良い部活だった。 


【では、そろそろ移動しましょう。携帯端末を忘れずに持って行ってください。既に私のデータはそちらへ移行済みです】

「何世代か前に流行ってたっていう、あれに似てますね。えーっと、スマートフォン?」


 タッチパネルが付いた、手のひらより少し大きめのサイズの機械は、教科書で見た数十年前の携帯端末を彷彿とさせた。


【空間投影型の携帯端末は、稼働に必要となるエネルギーが多く、また精密なため、環境が激変する未来での運用には適さないと判断されました】

「登山の時に持って行くGPSとかが、いつまでだっても薄型にならないのと同じ理由ですか?」

【そのようなものです。あ、端末はコートの胸ポケットに入れて下さい。私と会話しながらの移動が可能です。私も端末のカメラから、貴方と同じく外の世界を認識することができます】

「了解でーす」

【伸ばさない】

「了解です」


 相変わらず手厳しいAIの言葉を受けながら、僕は辺りを見渡した。

 さっきは寒いやら眩しいやらで、まともに周囲の景色を認識することができなかったけれど。


「……すごい」


 ほぅっ、と息を吐いて、僕は呟いた。

 水蒸気が冷やされ、白く可視化した吐息は、ゆらゆらと揺れて立ち上っていく。

 



 そこは廃墟の中だった。



 

 ひび割れ、横たわった巨大なコンクリートの塊や、地面から突き出した無骨な鉄柱からは、何百年・何千年前は、ここが立派な建物だったことがうかがい知れる。

 天井は崩れ落ち、隙間からは日の光が差し込んでいた。

 朽ち果てた建造物の残骸には、沢山の植物が生えている。シダ……だろうか、見たことのない種類の植物だ。


「針葉樹が生えてる……」


 寒冷な環境に強い針葉樹の好適地は、日本では標高約1500メートル以上の場所に相当する。これだけの針葉樹林となれば、尚更だ。コールドスリープ前に、僕はそんなところに居た覚えはない。

 環境が変ったことで、植層もまた変化しているのだろう。


 瓦礫がれきや樹木、そして地面の上には雪が積もっていた。

 一歩足を踏み出すと、ブーツの裏から「ざくり」と感触が伝わってきた。

 少し凍っている。

 雪が一度解け、再度固まった証拠だ。こんな環境でも、太陽の光が当たるところは、少し温度があがるのだろうか。

 


 どこからか水滴の落ちる音がした。

 鈴の音の様な心地よい響きが、周囲に染み渡っていく。

 


 それくらい、ここは静かだった。

 全ての音が雪に吸い込まれ、こんもりと重なっているかの様だ。


「綺麗……」


 自分の語彙力のなさに辟易するが、それ以上の言葉が見つからなかった。

 視界に入る静寂に満ちた景色は、さながら一枚の水彩画のように淡く美しく、そして幻想的だった。

 いつまでも眺めていたい。けれど他の景色も見てみたい。

 そんな思いを抱きながら周囲の風景を堪能して、どれくらいの時間が経っただろうか。


 僕は異変に気付いた。


「……なんか変な音しません?」

【…………】


 ついさっきまで痛いくらいに無音だった廃墟の中に、鈍い音が響いていた。

 何か、とても重い物を引きずっているような……。

 たまに木々にこすれるような音も混じっていて、音の発信源は移動しているようにも思える。


【外へ出ましょう、今ならまだ逃げ切れるかもしれません】

「逃げるって、何からですか?」


 音がだんだんと大きくなっていく。


【決まっています】


 背後の針葉樹が、がさりと音を立てた。




【この世界の生物からです】




 ゆっくりと振り向いて――――僕はそれを見た。




 一言で言い表すならば、ムカデ。とても大きなムカデだ。

 そうだな、僕の身長の五倍はあるだろう。体節も太い。巨大な樹木の幹みたいだ。

 特筆するべきはその大きさと、顔の凶悪さだろうか。

 口器に当たる部分がぬらぬらと蠢いている。あれはどう見ても肉食系だ。

 そして頭の下にある体節からは、立派な牙みたいなものが突き出ている。


 あまりの気色悪さと存在感に思わず叫び出しそうになり、僕は慌てて()()()()()()()()()()()()()()

 早鐘を打ち始めていた心臓は、ゆっくりと元のペースに戻り、とくとくといつも通り脈打つ。


 ムカデまでの距離は十メートルちょっと、と言ったところだろうか。

 ムカデはまだ、こちらに気付いていない。

 樹木の陰になっているからかな? あのムカデに目が付いているかは疑問だけど。


「何ですか、あれ」


 小さい声で僕が聞くと、AIも口早に、囁くように答えた。


【ムカデでしょう】

「それは見れば分かりますって。そうじゃなくて、何というか……でかいですよね」

【進化した、と考えるのが妥当なのではないかと】

「たった五千年で?」

【知りません。そんなの、本人に聞いてください】

「笑う所ですか?」

【す、すみません、今ちょっと動揺してます】


 なんでAIが動揺するんですか、と言おうとして、僕は思い出す。



『じゃぁ……クールなんだけど涙もろくて、しっかりしてるつもりなんだけど実は結構天然で、そこを指摘されると『そんなことありません。何言ってるんですか? 馬鹿なんですか?』って罵倒してくるんだけど、顔は真っ赤になってて、仲良くなってくるとたまに垣間見える子供っぽい部分が魅力的な黒髪ロングの女性をお願いします』



『しっかりしてるつもりなんだけど実は結構天然で』



()  ()  結()  ()  ()  ()  ()



「えぇぇぇぇ、そこもぉおおおおお⁈」


 思わず声に出してツッコんでしまった。

 いやいや、いくらなんでも忠実に再現しすぎじゃないか⁈

 製作者のこだわりには本当に頭があがらない。もし会ったら絶対に殴り飛ばしてやる。


【ちょっ……あんまり大きな声を出したら気付かれて()()()()()()!】

「……噛んでますよ、天然さん」

【か、噛んでません!】


 ダメだこの子。

 このネタは後で散々いじり倒してあげるとして、今はとにかく逃げた方が良さそうだ。

 幸いにも、ムカデのお化けみたいなのはまだこちらには気づいていない。

 

 そろり、そろりと。

 

 音をたてないように、気配を消して。

 

 慎重に……慎重に……。






「あー! いたいた! やーっと見つけたー!」

「うぉっ⁈」





 

 女性の大きな声が廃墟内に響き渡った。AIの声ではない。

 ムカデが出てきた時より驚いて、僕は声がした方向に顔を向けた。


「――――っ」


 突然だけど、「一目惚れ」なんて馬鹿らしいと、僕は思っている。

 だってそうでしょう?

 相手の事を良く知りもしないのに。

 相手と心を通わせたことすらないのに、好きになるだなんて。

 そんな刹那的な感情はただのまやかしであり、勘違いだ。


 だから僕は、彼女を見た時自分の心を一瞬で満たした()()()()()、全力で押しとどめた。

 大体、今はそんな呑気な事を考えている場合じゃない。


 彼女のよく通る声を、ムカデのお化けは勿論聞き逃さなかった。

 醜悪な顔をこちらに向け、ゆっくりと近づいてくる。


「あれ? あ、先着の方がいたんですねー。これはこれは、失礼いたしました」


 そんな状況を気にも留めていないように、彼女は僕に話しかけてきた。

 柔らかく微笑んだその口元を見て、僕は「綺麗な形の口だな」と思った。

 すっと通った鼻筋に、くりっとした目はビー玉のよう。肌は白く、寒さで頬に差した赤が綺麗に映えている。


「どうぞどうぞ、やっつけちゃって下さい! どんな『能力』持ってるんですか?」

「えーっ、と……」

「んん? スリーパー、ですよね? CMSUシームス持ってますし」

「そうです」

「じゃぁ、やっつけちゃいましょう! ここまで来られたんだから、あなたも相当お強いんでしょう? あれですか? 筋力増強系ですか?」


 よく喋る子だな、と思いながら、僕は答える。

 因みに、ムカデはもうすぐそこまで来ている。が、何故か襲い掛かってくる気配はない。


「いえ、僕のはそういうのではなくて……」

「あ、じゃぁ操作系? 一度見てみたかったんですよねー!」

「いや、相手を操るとかは無理で……というか、そもそも戦うための能力じゃないというか……」

「んー?」

「なんと、いうか……」

「んー」


 僕の煮え切らない返答を受けて、彼女はほっそりとした手を頬に這わせ、小首をかしげた。

 そして眉尻を下げ、憐れむような笑みを浮かべて小さく呟いた。


「……ゴミ?」

「あはは、オブラートって知ってますか? 便利なので是非使ってください」


 二メートルほど先で、ムカデが()()()()と謎の音を立てている。

 僕はいいんだけど、この子は怖くないのだろうか。さっきからムカデの方に視線を投げかけすらしない。


「すみません。私、お薬は錠剤派だったので使ったことなくて……」

「そういう意味じゃないって分かって言ってるんですよね、そうなんですよね⁈」

「ふふ……」


 あなた、面白いですね。

 そう言って、彼女は楽しそうにムカデの方へ歩き出した。


「ちょっ……! 危ないですよ!」

「ゴミはゴミらしく、大人しくそこで待っていてください」


 何の武器も持たず、身構えるでもなく、散歩でもするように、彼女はムカデの前に立った。

 ムカデは相変わらず()()()()と音を立てながら、頭を垂れている。


「すぐ、終わりますから」


 ムカデの頭を上から覗き込むように下を向き、彼女は顔にかかった長い黒髪を耳にかけ――――舌をちろりと出した。

 ピンク色の綺麗な舌から、唾液が一滴、垂れていく。


 粘り気のある唾液は艶めかしく糸を引きながら、重力に従ってゆっくりと落ちていく。

 やがてぷつりと糸は切れ、唾液はムカデの口器に静かに落ちた。



 瞬間。



 ムカデの口器が地面に落ちた。

 ぼとりと落ちた口器は既に原型がなく、腐りきったバナナようにぐちゃぐちゃになっていた。

 そして間を置かず、ムカデの体が頭から順番に崩れ落ちていく。

 その度に、べちゃべちゃと泥が落ちるような音がした。

 

 こうして、五メートルほどもあったムカデは、十秒と経たないうちに消え去ってしまった。


「はい、おしまい」


 静かにそうつぶやいた彼女を見て、僕はコールドスリープ前に聞いたある噂を思い出した。

 訳あって、僕たちスリーパーはコールドスリープに入る前に遺伝子導入やロボトミー手術等の施術を受け、特殊な能力を授かっていた。


 その中で一人、規格外の能力を持った女性がいると、技術者が口を揃えて言っていた。

 確か名前は――――


【…………該当データと一致しました。スリーパーの中で唯一、四つの能力を得た女性。カテゴリーⅠ、『天災てんさい』白絹雫です】


 スリーパーは、能力によってカテゴリー〇からVまでの六段階に区分けされている。

 その中で最も高いランク、カテゴリーⅠを与えられるためには、次の要件を満たす必要がある。



 カテゴリーⅠ 必要条件:一個体だけで環境を激変させることができるほどの、強烈な能力を有する事。


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