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なら僕は君の事など好きにならないと、何度でも誓おう  作者: 玄武 聡一郎
序章:巡り合うべくして巡り合う二人
2/22

一:ハロー・ニュー・ワールド





【~=9889?P`Kjod``――――%jdo@:`028===~://】





――――とが。





【hfosafg-】#666389:@@.:/::2fpds\@3g-】





――――お――――る。





【:@3fob,-0[mib@l[\@4l/[gim[q^re[ige@ivk:porajmv]】





――――おとが、――――る。





【脳波を確――――。-^4@;:3k@pき続@@3p2:――――】








 ――――音が、聞こえる。








【音声への応答、及び言語認識に伴う前頭葉の活性を確認。一条楓さん、おはようございます】


 おはよう、と反射的に返事をしようとしたが、喉からひねり出されたのはテレビの砂嵐の様なかすれた音だけだった。


 え、っと……。

 ここ、どこだっけ。

 なに、してたんだっけ……。


 じれったいほどに回らない頭で、僕はぼーっと考える。そうする間にも、無機質な音声は淡々としゃべり続けた。


【コールドスリープからの覚醒直後は、記憶の混濁が生じている可能性があります。状況確認のため、これからチュートリアルを開始します】


 音声の言葉の意味をゆっくりと咀嚼した後、あぁ、そりゃぁありがたいや、と僕は心の中で笑う。

 何かよく分からないけれど、現状を説明してくれるらしい。

 コールドスリープ、という単語が頭に引っかかった。僕はどうして、コールドスリープなんて……。


【さて、ある時期に多種類の生物が絶滅する現象を「大量絶滅」と呼びます。肉眼で確認できる生物が現れてから2152年までに五度、この現象は確認されてきました。ビッグファイブ、と通称されます】


 2152年……。なんでその年だけピックアップしたんだろう。

 僕は確か……そう、2134年生まれだし。

 そんな僕の疑問は、すぐさま機械的な音声の説明で解消された。


【そして2152年、人類は六度目の大量絶滅に直面しました。それまで大量絶滅は、活発な火山活動、小惑星の衝突、そしてそれに伴う劇的な環境変化が原因とされてきました。六度目もその例に漏れず、極度の寒冷化が原因となり、大量の生物が死滅しました。いわゆる、氷期です】


 ……あぁ、そうだ。

 だんだんと明確になってくる記憶の糸を手繰り寄せながら、僕はコールドスリープに入る前のことを思い出していた。


 真夏だというのに肌を切るような風が吹きすさび、夜には吹雪が容赦なく襲い掛かってきた。

 体ごと持って行かれそうになる強烈な風と、非情にも体温を奪い去っていく視界を覆い尽くすほどの雪に、僕は生まれて初めて自然現象に恐怖を感じた。


「温暖化は何してるの? 有給取ってるの?」なんてぷりぷりと怒っていた妹の顔が脳裏をよぎる。有給は消化しなくちゃいけないから、って言ったら、そう言う問題じゃない!って叩かれたっけ。


【氷期―間氷期サイクルは十万年サイクルで生じると考えられていましたが、大気・氷床・地殻間における非線形相互作用により、かつてない速さで地球は氷期へと突入しました。この部分に関して、より詳細な説明を必要とする場合はイエス、必要としない場合はノーと仰ってください】

「あー……ノーで」


 いつの間にか、普通に声が出せるようになっていた。コールドスリープからの解凍作業は、どうやら順調なようだ。

 説明なんて聞いたってどうせ分からないし、つまらなさのあまり、もう一度寝てしまいかねない。

 僕の否定の言葉を受けて、機械音声は話し続ける。 


【承知しました。それでは、チュートリアルを続けます。シミュレーションの結果、急激な寒冷化によって、人類は三年後の2155年には80%以上が死滅することが予測されました】


 暖房器具を用いて寒さそのものに耐えることはもちろん可能だった。


 しかし、急激な環境変化は農作物の収穫率の減少、海面の氷結化による交易の遮断、(もろ)(もろ)の機器の誤作動などを引き起こし、これまで通り人類が生き残ることは困難となった。


【そこで提案されたのが「コールドスリープによる人資源の保存、及び人口の削減」です】

「現状、人間は多すぎる。だけど将来的にもう一度人類が発展するためにはマンパワーが必要になる。だからコールドスリープで人を未来に飛ばしてしまう、ですよね」


 意識も大分はっきりしてきた僕は、試しに説明を先取りして答えてみた。

 話を聞いているだけなのも暇だったし、恐らく最低限の会話ができるくらいのAIは組み込まれているだろうと思った。


【…………被験者の的確な説明を確認、…………脳機能の回復を確認。…………モードYに移行。筋繊維の回復まで、会話能力の確認を行います。AIタイプを選択してください】

「んー、選択って言われても……。そもそも何があるんですか?」

【あらゆるニーズに答えることが可能です。クール、ツンデレ、ヤンデレ、メンヘラ、ギャル、ビッチ、お嬢様、お姫様、メイド、先生、僕っ子、ぶりっ子、俺様、執事、貴族、王族、兵士、牧師、機動戦士、などなど、様々な好み性癖ニーズに対応できるよう、会話AIが組み込まれています】

「最後のはちょっと違うくないです?」


 後、カテゴライズの仕方に個性が溢れすぎている気がする。会話AIを組んだ技術者の人となりが透けて見えそうだ。

 大体この状況で、そんなふざけた要望をできるわけがないがないじゃないか……。

 技術者の悪ふざけにも困ったものだ。


 やれやれ、と首を小さく振って、僕は言う。


「じゃぁ……クールなんだけど涙もろくて、しっかりしてるつもりなんだけど実は結構天然で、そこを指摘されると『そんなことありません。何言ってるんですか? 馬鹿なんですか?』って罵倒してくるんだけど、顔は真っ赤になってて、仲良くなってくるとたまに垣間見える子供っぽい部分が魅力的な黒髪ロングの女性をお願いします」

【よ、要望が具体的過ぎて気持ち悪いです消えてください。ここまで不快な気持ちになったのは幼少期にドブネズミの群れと遭遇した時以来です。………………こちらのAIで問題ありませんか?】

「最高です、もっとお願いします」

【承知しました。ご希望に沿い2120年発売のアダルトゲーム、「妹がキャバ嬢になったからお兄ちゃんが全力でサポートしたらいつの間にかハーレムを築いていた件について」に登場する女上司、相川あいかわ美鈴みすずをベースに会話を開始します。それに伴い、敬称を省略。呼称を一条楓、へ変更します】

「待ってください。やっぱり色々ツッコミが追いつかない」


 とりあえずこの会話AIを作った技術者を一発殴らせて欲しい。話はそれからだ。


【はぁ……ごちゃごちゃと五月蠅うるさい人ですね……。付き合いきれないので説明を続けます。黙って聞いていてくださいね】

「はーい」


 息が吹き込まれたように、一瞬で人間味を帯びたAIの声音に、僕は感動した。

 しかも、言葉のチョイスとか雰囲気も僕が望んだ通りだ。まったくもって素晴らしい。……情報源がエロゲーなのは納得いかないけど。


【と言っても、記憶はほぼほぼ回復したようですし、基本的な説明はもう必要ありませんね。筋繊維もほとんど回復しています。コールドスリープ前の80%程度の動きは、もう可能でしょう。ですので、ここからは、貴方がこれから取るべき行動の指針について、簡単に説明します】

「お願いしまーす」

【語尾は伸ばさない】

「お願いします」


 中々手厳しい。まるで本物の人と話しているような錯覚に陥るほど、AIの性能が良い。


【貴方のコールドスリープが覚めた理由の一つは、地球環境がある程度落ち着いたからです。現在、地球の平均気温はマイナス5℃前後。観測した大気組成、日照量等のデータから、今後は緩やかに上昇していくことが推測されます。異常気象も最盛期に比べれば非常に少なく、安定しています】

「上昇の傾向があるなら、もうちょっと温かくなってから起こして欲しかった所ですけど……」


 だって、マイナス5℃なんて相当寒い。冬場は布団から出られない派の僕にとっては厳しい環境だ。


【もっともな意見ですね。ですが、約2000年前から人類の人口が急激な減少の一途を辿っており、シミュレーションの結果、貴方のようなコールドスリープで保存された人間、いわゆる『スリーパー』の投入を行わなければ、以後1000年以内に人類が絶滅するというデータが算出されたのです】


 なるほど。環境は依然として厳しいが、このままいけば人類が絶滅し兼ねない。最盛期に比べれば、なんとか生きていけるくらいには環境も安定したから、僕が起こされたという訳か。


【ここまでで何か質問は】

「そう言えば、さっきから時間のスケールが百とか千とか大きいんですけど、いったい今西暦何年なんですか?」

【貴方がコールドスリープの状態に入ってから、5325年の月日が流れました。西暦に換算すれば、7477年です】


 5000年。……5000年か。

 あまりに数が大きすぎて、正直実感がわかない。

 一つ間違いない事は、僕の知っている人間はとっくの昔に全員死んでしまった、ということだ。家族や友達の顔が浮かびかけて、僕は慌てて首を振る。

 考えても……仕方のない事だ。


「5000年経っても一応人類は生き残ってたんですね」

【はい、最盛期の10%にも満たない数ですが。現在、人類は複数の場所に散らばって生活を送っています。貴方にはまず、最も近い場所にある人間の生活域に移動してもらい、そこの住民となってもらいます。そこで人類の再発展に寄与してもらう事が、大きな目的となります】

「再発展、ですか」

【そうです】

「あんまり、ぴんと来ないんですけど……」

 

 人類の再発展、なんて、あまりにも大きすぎる目標だ。個人の力でどうこうできる問題とは思えない。


【どの程度貢献できるかには個人差があります。人類の文明は、貴方が生きていた頃から少し退化しています。元来持っている知識や技能で復興に手を貸していただいても構いません。もしくは、『能力』を用いても良いでしょう。その辺りに関してはお任せします。ですが、最優先事項として貴方がやらなくてはならないことは――――】

「やらないといけないことは……?」

【子作りです】

「笑う所ですか?」

【頑張ります、と意気込むところです】


 できるかっ! とツッコミたい衝動を抑えつつ、僕は聞く。


「なんでそれが最優先なんですか」


【スリーパーの投入の目的はマンパワーの確保だけではありません。同じくらい、もしくはそれ以上に、遺伝的多様性の担保と復帰に対しても大切な役割を担っています。つまり、ボトルネック効果による遺伝的多様性の減少を、疑似的な遺伝子流動によって回復させ、集団サイズの拡大を図るわけです】


「あー……もうちょっとわかりやすくお願いします」


【数が大きく減った人類が各所に散らばって生活している、というのは、先ほど説明した通りです。つまり、結婚する相手の候補が少ない。これは近親婚が進む可能性が非常に高くなる、極めて由々しき事態です。極端な例を言えば、貴方と結婚してできた子供が、貴方の妹と結婚してできた子供と結婚する、といったケースが発生しやすくなるわけです。血が濃くなる、とでも言いましょうか】


「なるほど」


 AIの説明を受けて、ぱっと頭に思い浮かんだのは、かの有名なハプスブルグ家の話だった。


 急速に領地を拡大した彼らは、皇帝や王の母親やその実家から干渉を受けにくくするよう、血族結婚を繰り返していた。

 近親婚は遺伝的に病弱、あるいは疾患を持った子が生まれる可能性が高くなるため、現代では禁じられている。現に、ハプスブルグ家のフィリペ四世とマリアナの子は総じて病弱で、五人中二人しか成人することは叶わなかった。


 これと似た様な現象が、人類が衰退した今、生じやすくなっている様だ。


【その点、貴方は現状生きている人間との血のつながりは皆無ですから、健全な子孫、もとい遺伝子を残すことができます】

「だから子作りなんですね……」

【はい。何よりもまず優先される事項です。貴方は現在十八歳。最も子種が新鮮な時期ですから、できるだけ早くパートナーを見つけてください】

「表現が生々しすぎるので、もうちょっと婉曲的にお願いできます?」


 コールドスリープに入る前の説明会で、一応一通りの説明は受けてはいたが、ここまで詳細な情報は与えられていなかった。

 恐らく文明が正常に機能する期間が残り僅かだったため、時間がなかったのだと思う。

 「能力」のテストをする期間も必要だった。

 その補完として、こうしてAIによる説明が用意されたのだろう。


【さて、チュートリアルはこれにて終了です。お疲れ様でした】

「あ、ありがとうございました」

【この後は先ほど説明した通り、一番近くにある人間の生活区へ移動してもらいます】


 ということは、この狭い機内から出ることになる。体を自由に動かせるのは嬉しいが……このAIともお別れになるのだろうか。


【ちなみに私は『CMSUシームス』として貴方に同行します】

「え?」

【外に衣服と携帯端末が用意されています。機内から出た後、それらを身に着けてください。私は携帯端末に移動し、貴方をサポートします】

「そうなんですね」


 ここでお別れ、というのは少し寂しい気がしていたから、素直に嬉しい。

 何より、このAIとの会話を僕は楽しんでいた。


「サポートしてもらえるのは助かります。ちなみにそのCMSUっていうのは何なんですか?」

【CMSUはChild Making Support Unitの略称、つまり『子作り支援ユニット』です。貴方が円滑に子供を作れるよう、お見合いの手配、デートプラン構築の手助け、うまくいくプロポーズの言葉百選などをお届けします】

「あ、丁重にお断りします」


 前言撤回、全然助からない。

 なんだその適齢期を迎えた瞬間にやたらとお節介になる、親戚のおばさんみたいなのは。


【そうはいきません。貴方が無事に結婚するまで、私が全力でサポートします。一緒に頑張りましょう】

「……まぁいいですけど」

【素直でよろしい】

「……今ちょっと笑いました?」

【笑ってません】

「笑いましたよね」

【笑ってません。では扉を開けます。しばらくそのままの体勢でお願いします】

「あ、逃げた」


 がこんっ、と何か重いものが外れるような音がして、扉がゆっくりと横にスライドし始めた。


 同時に、大量の光が機内に入り込む。あまりの眩しさに目をぎゅっと瞑り、そして徐々に徐々に明るすぎる外の世界に視界を慣らしていく。



 暗闇から、鮮やかな色彩溢れる世界へ。 



 僕は約五千年ぶりに、機内から足を踏み出した。



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