仏頂面なイラストレーター Ⅵ
春夏冬 雅。
悪魔を心に宿した少女。悪魔保持者。
笑うことの許されない少女。故に仏頂面。
そんな彼女が家に帰らない理由。古びたアパートに暮らす理由。
「月に一度、両親に顔を出すため昨日の家に戻るんです」
彼女は鍵を取り出しそう言った。
「今日、カフェで私とダイアローグを繰り広げた人物、もとい八重咲 泗水さんがおっしゃっていた通り、私は絵描きの仕事を手に付けています。画家——と言うかはイラストレーターですね。そのため私には仕事場が必要でした。そこでアパートの一室をお借りした、とそんなところです」
なるほどな。
「にしても、よくもまあこんな古いアパートに住もうと思ったな」
「よくもまあ、とか。こんな、とか。酷い言いようですね。こんなでも住んでみれば意外といいものですよ?」
「へー……そんなものなのか」
「そんなものです」
なるほどな。わからん。
外見こそ古びているが中は綺麗だった。
掃除もされているし、整頓もされているし、ここはやはり流石は女性と言ったところだろう。
「あ、そう言えば。一つ気になることが——」
「ん?」
俺は廊下の端に袋を降ろし、約三十五度首を横に傾げる。
「生き返った、と言うならば。雅人さん、あなたはどのようにして衣食住を賄っておいでで?」
「あー。それは、だな……」
賄えていない、事実そうである。
なんせ神とやらは気遣いが不得意であるからだ。
俺は無一文。衣はともかく、食と住に関しては賄うなど——。
「ん。なるほどなるほど。つまりは無一文と言うわけですね」
こ、こいつ……⁉ 人の心が読めるのか⁉
「だから昨日、公園のベンチにて一夜を明かしていたわけですね。今の今まで食を挟まずに」
……文字通り、何でもお見通しってわけか。
嫌だなあ、何でも見通されるってのは。見透かされるってのは。
自分が随分と薄く見えてくるじゃないか。まだ影がはっきりとしていればいいけれど……。
俺は諦めると同時、全てを開示する。
「概ねその通り……と言うか、全く持ってその通りだ。帰る居場所がないってのはこのことだろうよ」
「そうですね。居場所がなさそうな顔してますし、その末路だと思います」
「……」
完全な悪口だ。毒舌ストレート。
ソルナと言い春夏冬と言い、全く容赦がない。なさすぎる。もはや雀の涙だ。
「それにしても、三食分の空腹ですか……ん、考えただけで気持ち悪いですね。吐きそうです」
「俺の顔を見て言うな。色々と傷つく。あと、吐くものだってないだろ」
食ってないんだから。
「……お腹、空かないんですか?」
珍しくも、彼女は心配そうにこちらを見つめる。
「そうだな……まあ、大丈夫——」
刹那、俺の虫が唸りをあげる。
ぐぅ~、というか、ぐぎゅるぎゅるぅ~、みたいな。そんな唸りを。
「……」
「……死なれて困るのは私ですから、強がりは止めにしてください」
そう言って袋の中からコロッケ弁当を取り出す彼女。
「あ、ありがと……」
差し出されたそれを受け取り、気が付けば久方ぶりにお礼を言っていた。
「いえいえ。私を救ってくれる雅人さんを私が救うのは当然の関係です」
「そんなものなのか?」
「そんなものです」
なるほどな。温かいな。
「今日からここで暮らしていいそうですよ。良かったですね、雅人さん」
「……⁉」
口へと運ばれるその軌道の途中、米粒の塊が自由落下する。
彼女——春夏冬 雅の突然な発言により。
状況説明。
あろうことか、生前は女子の部屋にすら上がったことのないこの俺が、なんと今日、現役女子高生の部屋に泊まることになってしまった。
そのわけだが、先ほど俺が彼女から受け取ったコロッケ弁当を食していた際、彼女は誰かしらと電話をしていた。相手は彼女の母親だったそうで。
そう、ここまでの状況では別段問題なかったのだが……しかし。彼女とその母親との会話に差し詰め問題が生じていた。
コロッケ弁当に夢中に食らいついていたその時の俺は気づきもしなかったが、彼女とその母親はどうやら俺の今後について話していたらしい。
端から見れば、無論、俺と言う存在は身寄りのない子供と思われてしまう。それが故、彼女も、また彼女の母親も俺に対し居場所を作ってくれようと思いやりを向けていた。なので同居を許可したそうな……。
そして現在。
「そうですね……寝る場所と言っても限りがあるので、いっそのことエブリデイ添い寝でいいですかね?」
「ダメに決まってるだろーが!」
手に負えない始末である。
「とにかく、俺は廊下で寝るからな! 泊めてくれるのはありがたいが、その、なんだ、女子と同じ空間で寝るのは、ちょっと……な!」
「なに照れてるんですか? それに泊まりじゃなくて同居です。同居人です。私に関しては一切不純な心持はないわけですが……はっ! まさかまさか、私を救ってくれるらしい雅人さんがあろうことか不純な行いをするとでも……⁉」
「違う、違う! お前は俺を何だと思ってるんだ!」
「不法侵入者」
「ぐっ……」
何も言えない、押し黙るほかない。
「大丈夫ですよ。ただ同居するだけなんですから」
早々に、彼女は布団を敷き始める。
ただって……お前、童貞野郎が女子と同居することに対して何も思わないとでも思っているのか!
口には出さない。出せば何かが終わってしまう気がするからだ。
……さて、こうして彼女—春夏冬 雅との同居生活が望まなくしてスタートしたわけだが。
あれだ、これって思いやりじゃなく——重い槍だ。
とてつもなくくだらない、面白みのない。そんなありきたりなことを俺は思うのであった。
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