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願わくば笑える人生で  作者: 今空 アルゴ
第一章
7/8

仏頂面なイラストレーター Ⅴ


悪魔保持者の特徴として、不可思議な能力や性質が発症することが挙げられる。

 しかし、その能力や性質はその人の心の穴に影響されることがほとんど。

つまりは抱えた痛みや傷跡によってそれらは確立されていく。

曰く——ソルナ。

 だとするならば……。


「笑ったことがないってのは本当か? それとも戯言か?」


 曖昧な足取りで深淵に踏み込まないため、俺は確認を図る。


「……盗み聞きはよくないかと」


「おい」


「冗談ですよ」


 ですので、そんな目で見ないで下さいと、ため息交じりに彼女はそう言い、


「戯言だなんてとんでもない。見紛うなき真実です。しかしまあ、信じてくれる人なんていませんでしたが……」


 寂しげに、また息をつく。


「いや、なんにせよ俺は信じるさ。お前は俺の事を信じてくれたわけだし」


「……口説いても無駄ですよ?」


「おい」


「冗談ですよ」


 もしかしたら、もしかしなくても、彼女はツンのデレなのかもしれない。

 笑いはしないものの仄かに赤に染まる彼女の頬を見てふと思った。


「ですが——」


「ん?」


「名前で呼ぶことくらいは許可しないでもないですよ。雅人さん」 


 うん、確信を持ってして宣言しよう。


彼女は——ツンのデレだ。


 だが、それより……。


「いやまあ、それはそれとして、さっきの笑ったことがないってことなんだが。実はだな——」


「……?」


「お前のそれ、一種の病なんだわ」


俺は浴びせた。

彼女に——春夏冬 雅に、戯言を浴びせた。



 密だが確かに心に決めていたことがある。

 悪魔保持者が悪魔と言う非現実的生物——妖怪変化の存在を知らないまま助かること。

 ある意味では、本当に助かったことにすら気づかずに、勝手に助かること。

 要するに、彼女には偽りの真実を信じてもらうということ。

 心に悪魔が宿ることによって生まれた不可思議な性質。

 春夏冬 雅で言うところの——笑えないこと。

 それはつまり、病が原因であり元凶。


「心の病っていうだろ? その類。というか、それそのもの」


「何を言って……」


 怪訝そうに見つめてくる雅にさらに説明を加える。


「笑えないってのは、風邪で言うところの咳が出るやら鼻水が垂れるやらの症状と同じに考えていい。……それから、何かがきっかけで発症したその病は、本来——一生治ることのない不治の病だ」


「え……」


 彼女の口から絶望が零れる。

 口を開けたり閉じたりと、喉の奥からは声にならない心の嘆きがあふれ出ていた。


「それじゃ……私は……」


 絶望が彼女を包んでいく。正確には、雅が絶望に包まれていくだが。

 微かに、それは次第に大きな震えへと変わり……。

 そんな、彼女の震えた右肩に、俺は優しく手をかけ言葉を添える。


「でも違う。不治の病なんかにはさせない。俺が、俺の手で治す。そのために俺はここにいる」


 少しだけ顔を上げ、雅は震えながらに声を飛ばす。


「本当に、あなたは一体……」


 何者なのか、そう問いたかったのだろう。

 俺だって、こんなでたらめを言って心が痛まないほど人の心を捨ててはいない。

 チクリというか、ぐさりと痛む。

 しかし、表向きは間違っていても根源はほぼ同じことを言っている。

 不治の病——いや、下手したらそれ以上なのだ。

 まだ推測の範囲でしかないが、おそらく彼女の言っていることが真実だとすれば悪魔は彼女の中にいる。笑えないのはそれが故。

 だからこそ、彼女の言葉を信じたからこそ、彼女には言ってはならないと思う。

 俺が、本当は何のためにこうして生き返ったのかは。

 だから今は……。


「ただの死人さ」


「………………なるほどです」


 立ち上がる彼女の肩は、もう震えてはいない。


「ですが、この程度で私は落ちませんからね」


「……」


 クスっと笑いはしないものの、彼女は唇に人差し指を当てながら、


「冗談ですよ、雅人さん」


 悪戯そうにそう言った。



               



日が落ちたことに俺らは全くをもって気づいていなかったらしい。

 日暮れ頃は腹の虫が鳴く頃。

 俺の虫が鳴きだしたのをきっかけに俺と雅は墓地を後にした。

 そして帰り道。言葉を交わすことのない、ただただ静かな帰り道で、


「付き合ってください、雅人さん」


 唐突に、前置きなんてものはなく、春夏冬 雅はそう言った。

 ……なんて?

 彼女の言葉を頭の中で反芻させるが意味も意図も掴めやしない。まるで水。

 というか、付き合うってことはそういうことなのだろうか?

 出会って間もない俺にそんなことを言うだろうか?

 だが恋愛感情とは時間に比例するわけでもないと言うよな。つまりこれは、彼女が一目惚れをしたと考えるのが普遍的であるが故に——。


「買い物に、ですよ」


「あ……はい……」


 ……当然と言えば、まあ、当然だよな。

 それから近場のスーパーにて、彼女は数週間分の弁当とパン、それから何故か大量のおかかおにぎりを購入した。

 おかか好きなのか、と思う俺の手にはそれらの購入した品々が詰められた買い物袋がかけられている。

 要は、付き合ってとは荷物持ちを任されることであったのだ。

 まあ、別に構わないが……。


「にしても随分な量だな。何かあるのか?」


「いえ、特に何があるわけでもないです。ただの二週に一度の食糧確保ですよ」


「ふーん」


 食料確保、まあ、その通りだな。

 食材と思われるものは一切合切買ってはいないわけだし。


「私、料理はしないんです。面倒なので」


「出来ないのか?」


「面倒なので」


「わかったからそんな目で睨むな」


 怖いって、割とマジで。

 余談休題——なんて言葉はないが。なんにせよ気になることがある。


「して春夏冬。俺たちはどこに向かっているんだ? 明らかにお前の家からは遠ざかっていると思うが……」


「お前の家とは……つまりは昨日の家ですか?」


「そうそう。昨日の家。と言うか、それ以外ないだろ?」


 対し彼女は——春夏冬 雅は歩みを止め、


「……雅人さん。目先全てが真実とは限らない」


 良くわからないことを淡々と告げ、


「私の居場所は元からここです」


古びたアパートを見上げる。


今日は二話分投稿です。

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