仏頂面なイラストレーター Ⅳ
暫時の後、彼女は店を後にした。
そして当然の如く、俺も彼女に合わせ店を後にする。
両開きの扉を押しける。
されば店の前——目の前、春夏冬 雅がそこに立つ。
「昨日ぶりですね、不法侵入者さん」
木組みの手すりに腰を預け、その細くてか弱そうな足を交差させながら、彼女は首を少しばかり傾けて見せた。
「間違ってはないが……その、なんだ。不法侵入者と呼ぶのはやめて欲しい、と言った切実で無垢な俺の願いを聞き受けてはくれないか?」
「確然たる拒否を宣言します、不法侵入者さん」
「そんなに嫌かっ⁉」
流石に拒否しすぎだろ⁉
話題転換。
「まぁ、そんなことはどうでもいいのですが——」
して、彼女は少し怪訝を含んだ表情に切り替えると、俺に向き真っ直ぐな視線を飛ばし、今、この場で最も問うべき言葉を投げかけてきた。
「まず、あなたは何者ですか?」
「何者、か……」
言うまでもなく、その問いは簡単に言葉にして返せるものではない。
——だが
「……」
空と目を合わせ、流れゆく雲に視線をずらし、
「場所を変えよう、春夏冬 雅。すべてを語るのはそれからだ」
俺は初めて彼女の名前を口にする。
確かな覚悟に少しばかりの不安を入り混ぜて。
「墓地……?」
彼女の口から静かに言葉が零れた。
霞町の北端——そこには丘があり、そして、丘には墓地がある。
「こっちだ」
彼女の先を歩き、目的の場所まで足を進めていく。一寸の迷いなどなく。
道に沿い、いくつもの墓を背に流し、少し歩いたところで俺は足を止めた。
目と鼻の先、当然そこには墓がある。俺のよく知る、よく来た場所だ。
刹那、記憶の奥底が少し熱くなるのを感じた。
まだ幼い頃、ここに来ると俺は決まって泣き喚いていた。
おとう、おとう、などと叫びながら。どうにもならないことをどうにかなれと、願い、叫びながら。
だが、それが今では……。
「もう、三人も名前を叫ばなくちゃな……」
その墓の前に腰を下ろし、刻まれた名前を手でなぞり。
切なく笑う。
「……ご家族、ですよね?」
「ご名答。というか、わかって当然だよな」
「それは、まぁ……」
彼女はちょこんと俺の隣に腰を下ろす。
「質問しても?」
「構わんよ」
風になびかれ降りてきた髪を彼女は軽く耳にかけながら問う。
「再度聞きますが、あなたは何者ですか?」
「そうだな……」
再び空を仰ぐ。なんとも淡い空がそこにはある。
「あんたは、死人が蘇ると聞いたら信じるか?」
「……?」
「そのままの意味だよ。深く考えなくていい」
「は、はぁ……」
納得のいっていない表情を貼り付け、しばし彼女は悩み、
「それが果たして真実なのかどうか、それを置いておくのであれば、おそらく私は信じてしまうと思います」
そう答える。
「なるほど、な……」
「それで? その質問の意味は一体どこに?」
「どこというか、ここにあると言うべきか……」
「くどいのは嫌いです」
彼女の頬が少しばかり膨らむ。
これは、まぁ。そこはかとなく、可愛い。
——が、そろそろ本題といこう。
俺は静かに語りだす。
「ざっくり言い捨てるなら、一度は命を落とした存在。それが俺——木枯 雅人だ」
墓に彫られた三番目の名前。そこを指でなぞりながら言う。
「父は俺がまだ幼い頃、不慮の事故で亡くなったと母から聞いている。そして、その母も俺の中学卒業を待たずして父の後を追った。正直なところ、その記憶さえも今では曖昧だが。……ただ——」
そう。今もなお、ただ思うのは……。
「紫蘭——あいつには、もう少しだけ長く生きてほしかったと思うよ」
指をずらし、四番目の名前をそっと、優しくなぞりながら。
どうにもなく、どうしようもないことを願う。
「つまり、あなたの名前は木枯 雅人であり、一度は死を経験した人であり、紫蘭さんの——おそらくは、妹さんの死を今もなお悔んでいる……と」
「ん」
頷く。
「ですが、私を尾行する理由はほかにあるわけですよね?」
「話が早くて助かるよ、本当……」
俺は彼女の受け入れの速さと優れた理解力に感服を覚えつつ、
「そんじゃ、まずは確認といこうか」
本題の深淵へとかじを切る。
毎回三話まとめて投稿していきたいと思います。
出だしなので投稿が早いですが、ここから遅くなるかと……。
週に一回は投稿できたらいいなあ((+_+))