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願わくば笑える人生で  作者: 今空 アルゴ
第一章
3/8

仏頂面なイラストレーター Ⅰ

 チカチカと光の欠片が宙を彩る。

 眩しさはない、だが目は閉じたままだ。


 ——転送中、俺は昔の記憶をなぞる。

 

 後ろから見守る母がいて、いたずらに笑う妹が片隅にいて、心にはいつも父がいて。

 そして、そこには俺がいて……。

 四人で囲む食卓は何より幸せで、温かくて、やはり幸せで。笑い合う日々は、変えられない宝物で。

……でも、運命は残酷で、変えることなど叶わなくて————

 

 閉じた瞳には雫が添えられる。

 その雫は砕け散る宝石のように光に反射し、悲しみの色を宙に届けるのだ。



                    



 暗い……。

 明りの乏しい謎の部屋で、俺は目覚めたらしい。

 僅かに熱い目元を軽く拭い、ぼやける視界に鮮明さを与えれば、暗闇に溶け込む薄い輪郭が横に縦にと不規則に揺らぐ。


「……ん」


 目を細め、これでもかと凝らせば、


 少女に顔を覗かれていた。


「うおっ!」


 驚きのあまり、部屋の壁際まで滑るように退避。

 暗がりの中でも少女がパジャマ姿なのは視認できた。

 周りの静けさなども頭に入れて、刻限は夜深い、と言ったところか。


「やっと起きましたね、不法侵入者さん」


 どこかソルナに似た口調で、しかし弾みの少ない声で、少女はそう言った。


 不法侵入? 俺が?


 状況への理解が追い付かない。

 少女は天井から垂れ下がる一本の紐に手を掛け、軽く下へと引いていく。

 そして、仄かな光が部屋全体を包み込むと同時、少女の、いや、美少女の勝色の髪が開いた窓から流れ込む柔らかな風になびき、どこか儚で悲しいような瞬間が俺の目には映る。


「あなた、どうやって私の部屋に?」


 疑いの目を向けられた。軽蔑を微かに含んだ。

 なるほど、私の部屋ということは——つまりはそういうことか。

 状況理解。

 あんにゃろう。見知らぬ少女の部屋って……転送先くらい気を使えよな。

 なんてことを思う。

 ——さて、ひとまず言葉を発さなければだが、


「あー、そのだな……」


 わかりやすくも言葉に詰まる。

 致し方ない。この状況で、生き返った先がここでしたなんて言えるはずがないのだ。

 もし仮にそれを言ったとするならば、それはもうバースデーケーキに鯖缶をぶちまけたみたいな、そんな混沌とした事態に包まれかねない。まさにカオス。

 ここは慎重かつ丁重に言葉を選ぶ。


「……………………」


 慎重に。


「……………」


 丁重に。


「……」

 暫く考えた末、俺はあることに気づかされる。

 もはや、選択する言葉すらないという事態に。


「……わかりました。ひとまずは警察を呼びましょう」


「お、おい待て! 早まるな!」


「……? 別に早まってないですよ。それとも何か? 私が納得のいく言い訳でも思いつきましたか?」


「そ、それは……」


 言い訳というか、事実真実なら喉の奥底でもがいているんだが……。


「警察を——」


「わ、わかった! 今すぐ出ていくから!」


 そう言い放つと同時、俺は床を強く踏み込み目の前に現れた扉を勢いよく開く。

 次に見えてきた階段を光の如くスピードで駆け下りると、その先の玄関扉に手をかけ、無駄な動きなど微塵もなしに開け放つ。

 自分でも驚くほど素早い身のこなしであった。

 というか、生き返ったばかりでこんなにも動けることが、より一層の驚きだった。

 ……まぁ当然、その運動量に伴う疲労感が背に足に伸し掛かってくるわけだが。


「った、たく。そうそうに、こりゃ、ねーだろ……はぁ、はぁ……。」


 疲れ切った呟きと共に、俺は扉から離れようと視線を後ろに回す。息を整理する。

 ——と。


「ん? 確かこの字は……」


 その軌道の最中に何やら見覚えのある文字が、厚さ三センチほどの板、つまるところの表札に彫られていることに気づかされる。

 滅多に巡り合わないであろう並びの苗字。

 一文字付け足したいと思わされる、そんな苗字。


「なるほど、な。あの子が——」


 そう呟き、俺はそっと秋のない季節をなぞると、彼女の家に背を向ける。

 どうやら、悪魔探しは必要ないらしい。



 彼女の家から歩いて数分の場所に位置する公園のベンチにて、俺は右耳に装着された奇怪な通信器具を起動させる。

 正しくは起動した、だが。

 起動方法も使用方法も、ましてや装着方法でさえすっ飛ばして手渡された訳で、つまり何が正しい使い方なのかがわからないからだ。

 だがしかし、こういうことはある程度なんとかなるようになっている。説明書が入っていたとしても読まずとして使用できる商品——そんな感じでなんだかんだ活用できている。

 とまあ、そんなこんなでソルナとの連絡は概ね問題なくできていた……のだが。


「……何の冗談だ」


「冗談ではない。おのれを生き返らすまでが我の為せることであり、その後の事は触れることさえ叶わない。よって、我が今おのれに貸せる力と言えば、片手で事足りてしまうのが事実」


 ソルナのそれは、紛うことなき謹厳な声色であった。


「その片手の中に、俺が生きるための術は——」


「無い」


「即答かよ……」


 少し悩むべき場面だと思うが、ソルナにも事情があるのだろう。

 ひとまず、よく噛まずして飲み込むことにした。


「何度でも言うが、我はおのれに何の助けも与えられない。そもそも、神である我等が下の世界に関与すること自体が許されてはいないのだ」


「……お前が神だなんて初耳だ」


「そう、だったな……。しかしなんにせよ、今我が為せることは己の相談相手くらいということだ」


「結局のところ、指一本で事足りるのな」


「こればかりは致し方ない。もしもだ。仮に、今のおのれに助けを与えられるのなら、そもそものスタート地点から間違っていることになる」


 つまりは、俺に手を差し伸べることができるのなら、こんなことになる前に悪魔保持者に手を差し伸べていた——そういうことであろう。

 だとするなら、何も言えないじゃないか……。


「あーっと、つまり要約するとあれか。一人で何とかしてくれと、そんなとこか?」


「そんな言い方をしなくても良いだろ……。本当に何もできないのだ」


 少し不貞腐れた、ソルナには似合わない可愛らしい声が耳に届く。


「今現在、立派な無一文なんだが?」


「…………何とかしてくれ」


「……おまえな」


「し、仕方ないと言っているではないか! 我も無責任だとは思っている。だがこれは、こればかりは仕方がなくてだな…………」


 その声は微かに、だが確かな居た堪れなさを。

 まるで、大きな何かに押しつぶされ身動きさえ許されない——そんな声。


「……はぁ。わーったよ、何とかする。お前にもいろいろとあるそうだし、これに関しちゃ何も言えなさそうだからな」


「ん……。すまんな、雅人」


 今回は流石に悪気を感じたのであろう。いつになく素直で可愛いソルナがそこには現れる。

 見た目は大人な躰で、口調も神という立場を意識してなのか偉そうに飾っているが、実のところ、まだ幼かったりするのだろうか? 見た目は当てにならない、そういうことなのだろうか?

 不意に、そんなどうでもよいことを思うのだ。


 

 それから暫くした後——話が終わりを迎えた後、俺は夜空を仰ぐ。

 満点の空に飾られた星々を眺め、再び昔の記憶をなぞる。

 虚空を握る。

 懐かしくも、悲しい記憶。切なく、あっけない記憶。

 星々の下、俺はそっと目を瞑る。そして、心に誓うのだ。


 もう二度と、あの頃のように悲しみを生まないと。

 手を伸ばし救えるのなら、それを手放さないと。


 熱い雫は頬を伝う。

 瞼は離れず、眠りの誘いがやってくる。

 その誘いに身を預け、深く、深く、眠りへと。


今日最後の投稿です。

次回は三日後までに出せたらと思います。

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