彼らの日常
「……朝か」
帰ってから食事、風呂と手早く済ませ、早く寝るというコンボを決めた藍川であったがその割には早く起きてしまうという結果を引き起こすこともなく目が覚めたのは普段と同じ時間であった。
自分でも気が付かないぐらい疲れていたのだろうか、そんな事を考えながら藍川は起き、顔を洗う、歯を磨くなどの基本的な身支度を整える。
そして一通り準備が終わった藍川はいつもと同じように家を出る、ちなみに朝食は休日なら食べるのだが平日は食べない。
その習慣に沿って今日も朝食を食べることなく家を出た藍川は施設に向かう、分かれ道を通り過ぎ施設への一本道の方へと向かって行くと周囲を歩く人間も見知った者が多くなっていくそんな人の流れに乗る様にして歩いていると藍川の隣に追いつくようにして碧が走ってくる。
「藍川さん! おはようございます!」
「おう、おはよう」
「今朝の気分はいかがですか?」
「ああ、昨日はやたらとたっぷり寝たからな、元気だ」
碧が開口一番聞いてくるのはやはり藍川の体調の事、本当に碧は朝から夕まで藍川の事を心配し続けているのだ。
「ところで朝ごはん食べました?」
「あ~……いや、忘れてた」
本当は習慣化しているせいで食べないのが普通になってしまっているのだが。
「作って来たので食べましょうね?」
「ああ……すまん、ありがとう」
藍川が朝食べないという事実をどこからか入手した碧は、藍川に朝ご飯を作ってくるようになった。
それによってさらに自分では用意しなくなり、今となっては毎日碧の作ってくる朝食を食べているという状態となっており本当に一日も欠かすことなく朝食を作ってくる碧の行動力には藍川はどこからその行動力が出て来るのか不思議なほどだ。
今朝の碧は藍川の体調も戻ったからという事なのか、先日の帰宅時とは打って変わって会話が増え他愛のない雑談なども交えながら二人で施設へと向かって行く。
藍川達の所属する《電脳犯罪捜査機関第一支部》は全三階建ての構造であり、近代的とでもいえる外装広い敷地面積を持つその外見は全く知らない人間が見たら研究所や病院と見間違えるような雰囲気を持っている。
中で行われていることは警察の仕事と似たようなものなのだが施設内の職員は白衣を着用し、見た目もインテリ系とでもいえるような人間が多く、そんな姿も合わさってますます病院のような雰囲気が醸し出されている。
施設正面玄関の自動ドアに見せかけた個人認証のセキュリティゲートを二人で通過し、二階の仕事部屋へと向かって行く。
室内には特に何か特筆するようなものは何もない、大きめの机を中心としてテーブルと椅子のセットがあり、机には資料やらパソコンやらが並ぶ、壁面には棚があり中には目的別の様々な書類がきっちりと日付順に陳列されている、イメージとしては大学などの研究室が近いだろうか、この大きめの部屋を衝立で簡単に分けて二人で使用している。
隣にはもう一つ部屋がありそちらがいわゆる「潜行」を行う部屋となっている、藍川の業務もあってそちらを使っている時間の方が多いため、この部屋は実質休憩室のような扱いをしている。
「まずは食べましょう、朝ごはんは大事ですよ」
室内に入ると碧は中央のテーブルに持っていた手提げ袋を置き、中から大きさの違う二つの弁当箱とアルミホイルに包まれた丸い物体、おにぎりを取り出していく。
そんな碧の姿を横目に藍川は自分がいつも使っている方の椅子を真ん中のテーブルの辺りまで引いてくる。
「はい、藍川さんのです」
そう言って碧は青色を基調とした弁当箱を手渡してくる、初めはおにぎりやらサンドイッチだけだったのだが、碧はいつの間にか藍川用の弁当箱まで用意し立派な弁当まで作ってくるようになった。
「ああ、ありがとう」
藍川がそう言いつつそれを受け取ると、碧は自分の弁当箱に手を伸ばす、緑色のそれは藍川の物よりも一回り小さく女性サイズとでもいえるようなものだった。
「じゃあ頂きましょうか」
「そうだな」
二人で軽く手を合わせ、食べ始める。
だが食べているのは藍川だけだ、碧はと言うと並べられたアルミホイルの物体を何らや小声で確認しつつ手に取り藍川の方へと私始める
「はい、おにぎりです、置いておきますね」
「これって中身はなんだ?」
「えっと……この二個は鮭ですね、それでこの辺りが鰹節、それより手前は梅干しです」
「梅干し……」
その言葉に藍川は一瞬躊躇するが碧はそのあたりもしっかり把握している。
「ふふ、大丈夫です私が食べますから、梅干しはお嫌いですよね?」
「碧は好きなんだろ? どうも俺には理解出来ないな……」
そんな当たり障りのない会話をしながら碧が作ってきてくれた朝食を二人で食べる。
弁当箱には根菜を炒めた物や定番的な卵焼きなどが入っている、料理はほとんどせず冷凍食品類を使うのがせいぜいの藍川であってもこれらが手作りであるの言うのは分かる。
弁当箱の保温機能が進歩しているというのもあるがその温かさから考えると碧は毎朝作っているという事になる。
普通そこまで手間と時間をかけて弁当を毎朝作ってきたりするものなのだろうか、そんな疑問も出てくるがとりあえず藍川は碧が心配性であると言う結論という事にしており今までその考えを口には出した事はない。
「今日は何か通達とかは来てるのか?」
「いや、特に来ていないですね」
「ってことはまたあの作業か……」
「仕方ないですよ」
食事をしながらの雑談で碧にそう言われつつ藍川は気が重いとでも言わんばかりの表情をする、彼にとっては普段の業務ほど暇な物はない。
そして朝食を食べ終えた二人は少々の休憩ののち、隣の部屋へと移動していく。
業務開始である。