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黒柳の覚悟


 藍川が退室した後、すでに日が暮れ夕闇が射し始めた部屋で一人になった黒柳は呟く。


「藍川……お前はやはり……」


 黒柳は自分の行為に誇りを持っている、犯罪を起こしたものがその姿をくらませ罪を償うことなく逃げ続けていることは許されることではない。

 だからこそ、その者達を捕らえ、贖罪の機会を与える事こそが自分の使命であると黒柳は心に決めていた。


 黒柳は藍川隆二がまだ養成所の訓練生だった頃から噂や人伝いにその存在について知っていた。

 聞こえて来る声はほとんどが賛美と賞賛の声ばかり、藍川は「正義」という言葉を体現したかのような男だった。


 顔も名前も知らない者のために自分の人生を賭ける事すらいとわず、その為の努力も惜しまない姿はまさに「正義」そのもの。


 藍川がこの《第一支部》に所属することが決まった時、黒柳は藍川こそが今の世の中を変える決定的な存在となってくれるのではないかと希望を持っていた。


 だがそんな存在だったとしても現実はそう上手くことが進むことはなかった。

 大々的に公表はされていないが潜行空間における犯罪を裏から手引きする集団が存在するという事実そのものをようやく知りえることが出来た、その程度にしか捜査は進んでいないのが現状であり、ましてやその中核的存在の位置を把握し捕らえるまでには長い期間が必要となる。


 現在、末端から少しずつ組織の広がりを追っていくという方法を取っているが、それも結局は延々と生えては伸びるトカゲの尾を追い回しているようなものだ。

 定期的に犯罪者を捕らえ、外見上の進行が出来ているようには見えてもそこから先に進む気配は全くない。


 そんな状況に黒柳は内心落胆しかけていたのだが、藍川はあきらめなかった。

 誰に頼まれたわけでも言われたわけでもない自分の中にある大きな信念だけを糧として藍川は動く。

 藍川の内側には並大抵の努力や時間では到底変えることが出来ない信念があったのだ。


 始めは黒柳も藍川のそんな信念を組織の士気を高める存在になりえると信じて期待していたもののそれもまた上手くはいかなかった、その原因は何よりも藍川自身にもあった。


 藍川は犯罪者を「概念」で見ている。

「犯罪者」は自分とは違う生き物で、分かり合うことは絶対に出来ない存在だと決めつけ自分がそれを消す事で世界を元に戻そうでもしているかのように。


 藍川も現状から打破したいという考えは当然持っているだが、だからといって軽犯罪を重視しないわけでもなく、自分の目に付いたものは全て徹底的に消し去っていく。


 それが藍川の信念である「正義」


 黒柳も同じく「正義」という信念を持っている、だが藍川の「正義」を分かり合えるとは思えなかった。

 黒柳がなぜこの「潜行」と言う技術を用いた犯罪者逮捕の道を選んだのか。


 犯罪者を逮捕するのなら警察官だって同じことは出来る、今日でも現実で起きる窃盗や殺人は一向に減る兆しは見せていない、そちらでも十分に犯罪者の逮捕し平和や治安の維持といった行為は十分に出来るだろう。


 これは、黒柳個人の話となるが彼は犯罪者の心という物を「理解」したかったのだ。


 潜行という技術では精神そのものが向かい合い、ぶつかり合う。

 逮捕する際には抵抗する相手との格闘のような状況がほぼ確実に起きる、その時に相手の精神そのものを垣間見る事となる。


 黒柳はそこに「正義」の本当の意味があると考えていた。


 殺人犯の精神に見える、どす黒い感情。

 詐欺師の精神に見える、無機質な感情。


 それらを見ることで黒柳は彼らを「理解」したかった。


 勿論、犯罪が許されるという事はないし罪を犯した者は明確な法の下で裁かれ、罪を償う事に変わりはないし、それなくして許すつもりもない。

 それでも彼らがそうなってしまった理由、彼等の信念を知りたいと思った。

 知ったところでどうなるわけでもない、信念を変えることは容易ではないし出来たとしても過去の罪が消えるわけでもない。


 だが潜行によって相対することが出来る彼らの精神は言葉や理論では説明しきることが出来ない本人だけが知ることが出来る「本物」の存在であると黒柳は思っていた。

 本物を感じることで彼らを理解する、何を考え、思って犯行に及んだのか、その理由を知ったうえで正しい判断を下すのが本物の正義なのではないか。


 黒柳はその気持ちを理解してくれる人間を探していた、そして藍川はそれを理解してくれる人間であると期待していたがそれが叶うことはない。


 当然だ、藍川と黒柳は違う。

 自分にとっての正義と他人にとっての正義は全くの別物なのだ。

 同じ場所にいて同じ事をして、同じように見えても「本物」は必ず違う。

 それは当たり前の事なのだ。


 その事実を再び目の当たりにさせられた黒柳は深いため息をついた。


 藍川が部屋を出てからすでにかなりの時間が経過していた部屋に光を差し込んでいた夕日は既にその姿を暗ませ、部屋の中は既に暗闇に近い状況となっている。


 部屋の中でディスプレイの発するブルーライトに照らされた黒柳の表情をもし誰かが見ていたとするなら、思い悩む黒柳の表情はいつもと比べてむしろ和らいだ人間らしい表情をしていたと思うに違いないだろう。


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