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藍川の覚悟


 藍川と碧が居るのは二人が所属する国内有数の潜行を介した犯罪の捜査機関《潜行犯罪捜査機関第一支部》通称《第一支部》の一室。


 潜行捜査官は全国にある養成所で知識や潜行技術を会得しようやく所属となるが、その中でもこの《第一支部》は特に所属することが難しいと言われる支部と言われている。

 だが、逆に言えばここには一流の者達がそろっているとも言える。


 部屋から出た藍川は既に日が暮れて西日によってオレンジ色に染まりつつある廊下を歩いていく、すると次第に目的地である部長の部屋が見えてくる。


「はぁ……」


 だが報告をすれば帰れるという所まで来たにも関わらず藍川の足取りは重くなる。

その理由は部長の話が長いという事、たかが連絡事項レベルでも一から十まで口頭での説明を求められさらにそこからの質問もまた長い。


 今まで何度も経験してきたあの光景が今から再び始まる、その重圧を感じながらも俺は部長の部屋をノックする。


「どうぞ」


 まるで予測でもしていたかのように即座に返される返答もいつもの事だ、断りを入れつつ室内へと入っていく。


 その部屋にあるものはソファーやデスク、ファイルに至るまで黒で統一されている、その内装からはそこを一室としている人間の厳格な雰囲気が感じられる。


 そして部屋の奥にある黒革の椅子に腰かけている男が藍川達の上司であり《電脳犯罪捜査機関第一支部》における「潜行」に関する物事を一任させられている男、黒柳義久くろやなぎよしひさである。


 室内の黒を基調とした雰囲気に当てはまるかのような人物であり、犯罪者の撲滅に絶対的な信念を持っている男としても知られている。

 堀の深い顔は年の割に老けているなどと言った冗談を言えるどころではなく、むしろその堅牢な雰囲気を倍増させ、神木のような威厳まで感じさせるように思える。


「先ほどの軽犯罪者の捕獲についての通達をお持ちしました」

「聞こう」


流暢に説明する藍川に返されるのはその雰囲気に違わぬ低い声、人によっては恐怖を感じかねないような話し方もいつもの事だ。


「先ほど捕獲した犯罪者ですが、潜行空間における逃走時の様子から見ても特別な訓練のようなものは行っていないと感じられます」

「ふむ」


「この事から、主要な組織と大きな関りがあったとは考えにくく今後の聴取においても有益な情報を得られることはないかと思われます」

「なるほどな」


 藍川が説明をしていくが黒柳の返答は、そうかとか、なるほどといった物ばかりだだがこの方法こそがいつものもやり方であり、一番時間がかかる原因となっているやり方そのものだ。


「……以上で報告を終わりとします」


 その他、潜行中に碧が計測していたデータ類に異常がなかったことや藍川本人の潜行後の身体状況の異常もないことなどをいくつか報告も終了する、すると。


「では、少し質問があるのだが……」


 ほら来た、そんな事を内心思いつつも大方予想は出来ていた藍川は質問に対して身構える。


「私はお前を特に信頼している、その上で今後の方針についての考えを聞きたい」

「そうですね……やはり今回のような末端部分を削ったところで効果があるとは思えません、何かしらの方法を用いて重要な部分を叩く必要があると思われます」

「それには私も同意だ、ではその方法とは?」


 それが分かっているのなら苦労はしない、そう言いたくもなる藍川、だがこの人には言わなくても通じるなどと言った概念は通用しない、反論するならしっかり反論しろというのがこの人のやり方だ。


「具体的にはわかりません」

「私も同意だ」

「やはり水面下での捜索が最も効果的かと」

「それも同意だ」


 この流れが必要なのかと疑問を呈したくもなるようなやり取りが延々と続いていく、だが反論すればまたその理由から始まってしまうので反論するのは危険と判断し藍川は機械的に返答をしていく。


「とにかく今回の逮捕は見事であった、相変わらずお前の潜行技術には感服するばかりだ」

「いえ……まだまだですよ」


一般的には謙遜の言葉と言えるそれもこの人には全くそのままの意味で伝わる。


「そうか、ならば早く一人前になるがいい」

「……失礼します」


 そう締めくくり、藍川は退室しようとする、するとその背中に黒柳の声が掛かる。


「藍川、お前はなぜそこまで熱心にやれる?」


 藍川がこの施設に配属されて数年、その間に今のようなやり取りはそれこそ数えきれないほどに繰り返してきた、だがその質問は今までにない全くの初めての質問であった。


 部長から聞かされる予想外の言葉に、藍川は一瞬考えたのちに答える。


「俺は『潜行捜査官』です。その使命を果たすためにここにいます、そのためにやるのは当然です」


 潜行捜査官は危険な職業と言える、十分な訓練や経験を持ってしても予想外の出来事は起き進歩した科学を持ってしても解明できていない現象など潜行やその周囲を取り巻く環境は不安定な部分が多い。

 潜行捜査官になる者はそのリスクを承知でこの道を選んでいる、だからこそ知識や技術は当然としてその結果に至った本人の意思が重要視されている。


 何故、その選択をしたのかその根底に存在する場合によっては自分でも知りえない物に突き動かされたものがこの道を選ぶことを許される。


 この時の藍川の答えは本当に心の奥底にある本心を答えたに過ぎない。


「藍川、お前に夢はあるか?」


 再び黒柳は質問をする、それを聞いた藍川は全く同じ質問をされたような気分になり戸惑っているようにも見えた。


「……どういうことでしょうか? 『潜行捜査官』は正義として犯罪者を捕らえることを目的にしているんです、それとは何か違うのでしょうか?」


 藍川はさも当然のようにそう言う。


「なるほど、理解したもういいぞ」


 藍川の返答を聞いた黒柳はそう言って藍川を下げさせた、退室し振り向く寸前、藍川の顔に意味が分からない、とでも言いたげな表情が現れているのを黒柳は確かに見ていた。



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