前進
「いいんじゃないですか?」
するとそこへ突如別の人物の声が聞こえる、にらみ合うが如く顔を合わせていた二人もその声のする方へと同時に顔を向ける、そこにいたのは二人の男女。
「俺は、賛成ですよ」
「私もです……」
髪を赤茶に染め、威厳や信頼感といった物を真っ向から否定するような風貌の男とそのまさに真逆と言った清楚な身だしなみの女、青島と朱里だ。
「……お前たち……何を言っている」
青島の言葉に否定を向ける黒柳だがその言葉は小さく、否定と言うには余りにも弱い。
「……部長は恐れているんです」
そう言い切ったのは朱里、その後に続くように青島は言葉を繋ぐ。
「藍川がああなって、期待の矛先を向ける人間が居なくなって怖いんでしょう?」
「…………」
それに黒柳は反論しなかった、自身では否定したつもりであったがまさに的を射ていたからだ。
黒柳は自分の限界を悟り始めていた、黒柳は潜行捜査官の初期世代、まだ潜行における多くの事が不明瞭のまま捜査を行っていた世代の人間。
その過程では多くの事があった、つまりは今と比較して格段に殉職者が多数出ていた時代だったのだ。
今となっては潜行空間で攻撃を受ければ強制退去するのが当たり前となっているが当時はそんな逃げ腰では勝てないと躍起になる雰囲気に包まれていた。
黒柳もまたそんな空気に取り込まれていた者の一人だった。
その結果、多くの人間が消えた。
潜行空間で攻撃を食らい、その精神を摩耗し帰還した者達は多くの障害が残った、中でも最悪だったのは帰って来れなかった者。
必要以上の攻撃の被弾により精神を構成している感情を消され精神が消滅した者達、彼らは二度と現実へは帰ってこなかった、残されたのは中身のない肉体だけ。
そんな初代の者達の犠牲によるものなのか、そのの体制は大きく変化し、優秀な者達を後世に残すことを重視するようになった。
強引な方法は廃止されわずかな異常でも発見されたら即帰還、今いる者達を最大限に保守する方向性へと流れていった。
初代を生き残った黒柳はその方針の転換にしがみ付いた。
彼は正義の心を持っていた、今も持ち続けていると信じている、だがそれも自分で気が付かないうちに変わってしまっている。
方向の転換が行われると同時に彼の信念も変化していった、いつしか彼は現状維持に安息を求め始めるようになっていた。
過去の惨状を知る自分だからこそあの事件を再現させまいと躍起になっていた、出来るだけ問題を発生させず、未来に繋がる若い世代を多く生き残らせる、大局を見るという大義名分のもと彼の正義は低迷していたのだ。
だが今の世代の者達、自分の目の前にいる三名はそれを良しとしなかった、今この瞬間からも前に進もうとしている、その意思を今黒柳は見せつけられた。
「すいません、話は立ち聞きで聞いてました、でも藤堂の言っていることはかなり的を射た根拠のある提案だと俺は思います、今の藍川の状態なんて滅多に起こる事じゃない」
「それにもしあの現象がまた起きたらどうするんですか、そうしたらまた藍川さんと同じ状態になる人が出ることになります、だったら今私が真実を確かめた方が良いに決まってます」
黒柳は理解した、自分がいつの間にか衰退の一歩を踏み出し始めているという事を、もしここで拒否すればそれこそ若い意志を停滞させることになるだろう。
「そうか……そうだな」
黒柳の口は自然と動いていた、それは忘れかけていた自分の本心に言い聞かせるようなものであった。
「分かった、俺も協力しよう、上を説得して見せる」
次の瞬間には既に決意を持っていた、彼らの前進を確実とする為の存在になるべく動く確かな決意の意思がそこには込められていた。
「ありがとうございます!」
その返事を聞いた碧は嬉しそうに声を上げる、だがこの碧の状態からしてもかなりのものだ。
碧は藍川に起きている事を知りたい一心でここまでの決断を示した。
まるで今の彼女ならば本当に自分を犠牲にしてでも、藍川をどうにかしようとしかねない、そう思わせるほどに。
「そうだな……まずは、取り合ってみるかそれなりに無理を承知で」
そういわれた碧は返事をして、病み上がりもそこそこに行動を開始した。
その後の展開は実に見事な物であった。
藍川の今後についての話し合いという名目で上層部の人間を集めた黒柳は単刀直入に正面から切りかかったのだ。
だが、当然その提案には満場一致で難色を示すという結果となったがそこは青島の出番である、上層部も元は黒柳と同じ時期を生き延びてきた人間、恐れを知らない青島が捕獲ランキング三位という肩書を使いながら多少強引に説得することに成功した。
そして事件から約二週間後という短期間でその作戦は受諾されることとなる。




