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汚染


「ん……」


目を開けるとオレンジ色の光が差し込み、碧は眩しさに目が眩む。


「目を覚ましたか、碧」


 眩しさの中で横を見ると部長がベッドの隣で椅子に座っているのが見えた。


「部長……私は……」


 目が覚めたばかりの曖昧な思考の中少しずつ状況を把握していこうとする、確か藍川さんと面会することになって――

 曖昧な思考も一気に吹き飛ぶ、あの時何があったのかを思い出し緑は飛び起きようとする、だがそれは黒柳の言葉と共に制止される。


「あっ藍川さんは!」

「急に起き上がるな」


 ベッドに押し戻されながら、碧は呆然とする。

 あの時起こったことが夢である訳はない、だとすればあれは一時の安堵を全て消し去るほどの出来事であった。

 一刻も早く事実を知らなければならない、そう思った緑はなるべく慌てないように心掛けながら黒柳に質問していく。


「部長、藍川さんに一体何が……それに私はどのぐらい眠って……」

「一つずつ話していく、だから落ち着くんだ」


 黒柳にそう言われながらも話が始まる。


――藍川の精神に何が起きたのか、それを判定するために精神鑑定が行われた。


 人間の精神をデータとして見る「潜行ディゾルブ」は精神鑑定の分野においても応用がなされ、現在では精神が受けた傷を見分けるパターンが解明されつつある。


 それでも人間の精神の不確定且つ不明瞭な部分は膨大であり、明確なパターンを確定することは出来ないのだが、とにかく藍川の現状を知るためにその装置を使用した。

装置を装着しようとしたらまた暴れ始めたので仕方なく鎮静剤を使って落ち着かせたのちの測定となったが、とりあえず藍川の精神鑑定は完了した。


 そして今は、測定したデータを今まで観察された全ての記録と照合していった所『殺人を犯した者の精神』との一部の一致が確認された……。

 

 黒柳はそこまで話し終えると、黙り再び室内には沈黙が流れる。


「あの、捕獲した犯人の方からは何か……」

「ああ……そうかお前にはまだ話していなかったな……」

「え?」


 箝口令が敷かれているがお前には言うべきだな、黒柳はそう前置きこう言った。


「逃走していた犯人の肉体は確かに確保出来た、『肉体』はな」


 その語られる言葉に碧はすぐに理解する。


「まさか……」

「ああ……中身がない『肉体だけ』だ、恐らく尻尾を切ったんだろうな」


 その答えは碧を絶望へと突き落とす事実であった。


 潜行空間に存在する潜行者の精神は客観的にはデータと変わらない、だから外部からの操作で消すことが出来る。


『ガイスト』の中心的存在に近かかった捕獲犯は藍川に捕獲されたことによって組織から手を切られ、情報漏洩を防ぐために物理的に「抹消」した。

 そんな非人道的な扱い、人の精神を物以下として扱うような存在によって全てが失われてしまったのだ。


「藍川さんは今……」


 落胆の中出てきたのは藍川の事だけだった、あの時の彼の変貌は未だに脳裏に焼き付いている、まるで別人のようになって私の首に手を掛けた彼のあの姿……


「藍川は……心配するなあいつは今もあの部屋にいる」


 あの部屋と言うのは面会を行ったあの小部屋の事だろうか。


「ただ……藍川は……なんだ、変わってしまった」


 そう話す黒柳の声は以前よりもさらに困惑しているように見えた。


「いや、見た目では変わってない、それなのにあいつは外に出ると……変わってしまう」


 それは碧も感じていた、あの時アクリル板越しに藍川と話をした時何も変わっていないように思えた、自分の良く知っている姿だけがそこにあった。


「もしかして、今の藍川さんって……」

「ああそうだ、アクリル板越しに話すだけなら前のあいつと何一つ変わってない」


 検査のために出そうと思ったらまた研究員の首を絞め始めたけどな、黒柳はそう言いため息をつく。


「一体、何が起きたって言うんだ……? 藍川ほどの奴が攻撃を受けるなんてとても考えられないし、『潜行』の後遺症に多重人格は確認されてない」


 黒柳は完全に手詰まりとなっていた、だが碧には何かがつかめているような気がした、それは藍川に数年間付き添ってきた彼女だからこそわかったことなのかもしれない。



 藍川の身に起きた事件から数日後、事態は全くの進展を見せていなかった。


 そんな中、碧は自室にこもりある資料を凝視していた。

 碧が見ていたのは、全国から集められた捜査報告書の一つ、そこには未だに逮捕に至っていない著名な連続殺人鬼の名が記されている。


 通常このような捜査報告書は各施設の責任者レベルの人間以外はわざわざ見るようなことはないのだが、捜査熱心な藍川のサポートのためにあらゆる方面で知識を入れようと努力している碧はこれらの資料すらも全て目に通していた。


 今の時代、時効と言う概念は完全に消え重大な罪を犯した物は永遠にその身を追われる立場となっている。


 だがそのような世となっても未だに捕まらない犯罪者は存在する、個人認証などにより特定がより正確かつ迅速に行えるようになっているにも関わらず何故なのか。


――精神だけとなって潜行空間の中へと逃げ延びている。


 今の世ではそのような噂がされている。


 だが所詮都市伝説レベルのものであり鵜呑みにするほど愚かではない、と碧は思っていたのだが青島が見たという「色彩を持った粒子」という都市伝説が目の前で確認されたのは紛れもない事実であった。

 もし、潜行空間に本当に「殺人鬼の精神」だけが形を持たない粒子として滞留していて、それが何かのはずみで現れ近くの精神と混ざり合ったとしたら……。


 人間の精神を潜行空間へと流しその後、抜け殻となった肉体を処分した時にどうなるのかは現時点では不明であり、倫理の面からも当然実験することも不可能である。


 だが、もし個々の人間を物以下にしか扱わない存在であれば倫理などといった物を一切無視した実験を行っていても不思議ではない。


「……まさか」


 碧の中に次第に芽生えてくる証拠はないが確信は持てる理論。

 それと同時に再び芽生え始める藍川への思い、その強固な思いは碧の精神に強大な思念と言う物を次第に形成していくのだった。


 そして、理論を導き出してからわずか数時間後、碧は黒柳に相談していた。


「……なるほど、まあ可能性としてはなくもないが……だからどうするんだ?」


 碧が導いた理論――殺人鬼の精神が藍川の精神と混ざったことによって藍川も殺人鬼になってしまっている――を聞いた黒柳は多少は納得したような顔をしたものの当然鵜呑みにするようなことはなかった。


「部長、見ましょう」


 そんな黒柳の表情に躊躇する事なく、碧はさも当たり前の様にそう言った。


「見るって……何をだ?」

「藍川さんの精神です」

「精神って……お前、何を……」

「藍川さんの精神に直接「潜行」すれば本物を見ることが出来ます」


 碧がその理論を考案し、それを実証するために出したのは「人間の精神に直接潜行する」という方法だった。


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