藍川の汚染
「それで、どうなったんだ?」
重苦しい空気の中始まった会議は開始から未だにその重苦しさは抜ける気配を見せない。
その停滞した空気の中、声を出すのは《第一支部》における最高責任者である金井清だ。
「対象、『ガイスト』メンバーの肉体は現実世界において発見、確保に成功しました」
質問に答えていくのは潜行部門における責任者である黒柳、流石の彼でもこのような場においてはいつものような口調で話すことはせず、冷静に状況を説明していく。
「私が効きたいのはそちらではない、彼の方だ」
「……彼の「精神」も回収には成功しました」
一瞬の間をあけてそう告げる黒柳、だが普段の彼を知る者であればそれだけでも彼がかなりの動揺を示していたという事が分かる。
隣に座る碧、青島、朱里はその動揺が分かる方の人間だ。
「無事に済んだのかね?」
「それは……」
率直な質問に黒柳は言葉を止める、あの部長がこのような状態になっている所を見るなど初めてだ。
それほどの異常事態が起きている。
あの時、藍川は無数に放出された敵の攻撃を全て対処していった、その速度もさることながら同時にエリアの制圧権すらも同時に塗り替えていく、まさに神業としか言いようのない光景だった。
そのまま藍川は敵に肉薄しほぼゼロ距離からの捕獲を試み、それは起きた。
藍川が肉薄した瞬間、敵を形作っていた粒子が突如としてどす黒い物へと変わっていった。
瞬く間に人ではない別の物へと変化したその漆黒の渦は肉薄していた藍川を瞬時に取り込んだのだ。
漆黒の渦は光り輝く粒子の海の中で蠢く大蛇の様にその姿を残し、その光景はその場にいた潜行者、青島の感覚にも捉えられていた。
無論、外部から見ている観測者もその空間に突如として発生した巨大な粒子の蠢きをデータという形で捉えていた。
光の海の中に突如現れた、漆黒の渦。
それはまさにどす黒く、深い闇そのものだった。
そのどす黒い精神が藍川を取り込んだのはほんの一瞬、次の瞬間にはその黒い渦は飛散し周囲の光に塗りつぶされるかのようにしてその姿を消した。
そして後に残ったのが、黒い渦に巻き込まれ全く動かなくなった藍川の「精神」であった。
その後、藍川の精神は即座に回収され元通り体へと戻された。
――そこまでは良かったのだ。
「……それで、藍川君は無事だったのかね?」
黒柳から説明を通して状況を把握していく老人も流石に予想を超える想定外の事態が起こったという事には気が付いたらしい。
会議室内にいるその場にいなかった人間は次に話される事に対する不安によって暗い雰囲気を全身から放ち、その場にいた人間はその事実を再び突き付けられることに対する恐怖によって生じた重い空気を全身から発する。
まさに今の会議場内は会議が始まって以降最大の混沌を示していた。
そしてついに黒柳がその事実を口にする。
「彼は――何かしらの攻撃を受けました」
黒柳がそう事実を口にし、少し深呼吸をした後に説明を加えていく。
「あの時、潜行空間で起こったことが一体何だったのか、ご説明いたします。
彼が電脳空間において敵組織のリーダーを捕獲するべくその距離を限りなく零にしました。これは、当時藍川隆二と共に活動を行っていた「潜行者」及び「観測者」が記録していたデータからも判明しています」
静寂の中、淡々と説明を行っていく黒柳、その全てを知る者も知らない者も彼の一言一言に耳を傾けることに集中していた。
「藍川隆二がその零距離への肉薄を行うのとほぼ同時に敵を構成していた粒子が飛散し瞬時にその性質を変化させました、そしてその性質が変化した粒子は近距離にいた藍川隆二の精神を瞬時にその内部へと取り込み、即座に消滅しました。
残念ながらその性質の変化から消滅までのプロセスがあまりにも短時間であったためサンプルとして解析できるデータ量が少ないこともあり、詳細な解析は行えませんでした。
しかし、過去に観測されたデータと照らし合わせた所、ある仮説が考えられました」
彼が言う仮説、それは「潜行者」が時折口にする都市伝説めいたあの逸話が信実であるという事を証明するとともに藍川を取り込んだ粒子の正体がその都市伝説そのままであるという証明であった。
「彼を取り囲んだ粒子は黒い色をしていた、と言う証言が同時に行動していた「潜行者」青島から得られました、通常、潜行空間において潜行者が確認することが出来る粒子は白を基調としたものであるとされています、しかし過去に数例それ以外の色調を持った粒子を目撃したという報告がありました。」
「これらの目撃については「潜行者」個人の色調の捕らえかたの違い、精神的な疲弊による一時的な色覚の低下などと考えられ放置されていました。」
「しかし、今回もまた同様の現象が発生しています、そこで観測されたわずかな粒子の動きをとらえたデータを施設内の記録と照らし合わせた所、あるものと一部、一致が見られました」
「それはコンピューターウイルスなどと酷似したプログラムです」
長い説明ののちに語られたその言葉、その意味をその場にいる者全員が把握していく。
「つまり……彼は?」
ここまで説明されれば分かってしまったものも多いかもしれない、だがそれでも直接その口から知らせるまでは真実にはなりえない。
彼は隠すことなくその事実を口にする。
「藍川隆二は――我々が未だ知りえない『未知のプログラム』に攻撃されたと考えられます」




