光縄
「なっ……!」
「藍川!」
中距離での撃ち合いのような状態で拮抗していた二人は共に驚愕する。
それもそのはずだ、藍川は完全に『固定粒子』の解除が済みきっていない状態で飛び込んだ。
物理的に圧倒的に不利な場所へと自ら飛んだ藍川の行為に対して敵味方共に驚くのも無理はない。
だが藍川は今の自分ならこの状況でも十二分に勝機はある、そう心からの確信を持って懐に飛び込むという決定を下していた。
「は……はははっ! ずいぶん気が短いねぇ君は!」
敵もその驚きを隠しきれておらず口調の一部が崩れている、藍川は当然そんな言葉に返答するようなことをする事もなく無言で攻撃を仕掛ける。
跳躍と共に藍川の両腕に形成された光縄は回転しながら周囲の光球を一瞬にして薙ぎ払い消滅させる。
薙ぎ払い伸びきった光縄はその勢いを弱めることを知らず、敵を捕らえんと躍動する。
だが敵は焦りの感情を見せつつも藍川が振るう光縄に対して手中から多数の光球を放ちその繋がりを断ち切っていく。
藍川の強い意志と高速で形成される速度で形成された縄であっても、バラバラに切断されていき藍川との繋がりを失った切れ端は空間へと消失していった。
「(なるほど……自信家である以上の腕は持ち合わせているか)」
「これに対応できるかな!」
藍川の縄を全て消失させた敵は自らが攻撃に転じる、振り上げたその手に周囲の立方体が次々と集まっていき先ほど以上の輝きが発せされていく。
その輝く腕を上下左右に振ると同時に多数の光球がその軌跡に沿って形成され、高速で四方へと放たれる、光球は強い弾性を持つかのような動きで空間内を跳ね回り予測が限りなく不可能とも言える軌道を得て距離を詰める藍川の周囲に弾幕の如く展開される。
その弾幕の中へと飛び込む瞬間、藍川は両腕に再形成した光縄を振るう。
両腕から伸びる二本の光縄は藍川の薙ぎ払いと同時に解き崩され、光縄を構成している光糸となって姿を現し周囲に一瞬にして広がっていく。
感覚でとらえきれないほどに乱反射する無数の光球を藍川の光糸は空間ごと包み込むが如く取り囲んで一挙に消失させる。
光縄に払われた光球は立方体にまで戻り、そこから更に粒子の形となって空間へと消えていった、藍川は防御すると同時に『固定』から『自由』にまで一気に戻したのだ
これほどの攻撃であっても藍川の思念にとっては足止めにならない、敵は驚愕の表情を浮かべたまま輝く腕で向かってくる藍川に掌底を繰り出す。
だがその一撃も藍川に触れた途端、輝きを失ってしまう。
光縄を展開していた藍川はその掌底が見えた瞬間にはすでに空間に広がっていた糸を縄にまで組み直し、手元まで引き寄せ掌底を受け止めていたのだ。
「くっ……」
敵の表情には明らかな焦りが見えている、通常の状況であれば実力は同等と判断できるがここは彼の「庭」だ。
先ほどの光球を消滅させた藍川の行為は『固定粒子』を解除したため最初の時よりはマシにはなっているがそれでも空間には未だに十分な量の『固定粒子』が存在している。
この敵にとって有利な状況下においても互角、この光景はそれを表しているのだ。
何より『固定粒子』がまだあることは最初に仕掛けた敵が一番よく知っている、当然今の状況がどれほど自分に有利であるはずかは理解している。
彼にとって有利な状況下での全力を持ってしても藍川と同程度でしかない事をまさに見せつけられた。
精神力が物を言う潜闘において相手の精神に怖気づいてしまうことは敗北を決定づける大きな要因として現れる。
「終わりだ」
藍川は一切の容赦なく光縄を展開し無数の細い光糸で一斉に攻撃を仕掛ける、敵はその光糸を輝く腕と射出する光球で的確に裁断していくがすでにこの時点で勝敗は決している。
すでに敵は防戦一方、近距離で放たれる無数の連続攻撃は反撃の隙を与えない。
「す、すげ……」
それを青島はただ見つめるだけだ、本来であれば自分も援護をするべきなのかもしれない、だがこの光景の前では援護すらも足手纏いになりかねないほどの物であった。
「なんなんだ、お前ッ! どうしてそんなにっ早く出来る!」
先ほどの余裕は消え失せ、ただ必死に防御するだけとなった敵はそう叫ぶ。
「小手先の自信家ほど愚かな物はない、その程度で自分が上に立ったつもりでいたのか?」
藍川は心底忌避した感情を込めながらそう語る。
「ぐっぅ! 俺はっ、お前みたいな奴が一番嫌いなんだ!」
「だったら大人しく降伏しろ、お前では絶対に勝てない」
「なんなんだよっ……楽な仕事だって言われたのに……」
敵の士気は落ち自信と言う感情を支える基盤も崩れかけている今なら捕獲できる、そう確信した藍川は一気に光糸を展開させ捕獲にかかる。
「うわぁぁぁぁあ!」
周囲から一気に迫ってくる光糸は次第に敵の人型に絡みつき捕らえ始める。
「捕獲完了、本部に帰ったら詳しい事を話して貰おうか」
光糸が掛かかり、それと同時に霧散できなかった時点でほぼ捕獲は完了した、こいつは今までとは異なり何かを知っているような素振りをしている、それを辿っていけば今までよりも近い位置にいる存在まで接近出来るかもしれない。
この時の藍川は既にそんな期待を感じていた。
――だがその時、全くの予想外の出来事が起こる。
「……なんだ?」
敵の体を完全にとらえ始めていた光糸の形状が突如として揺らぎ始める、と同時に敵の様子も変わり始めていく。
「なんっ……だっ、こ、こんなの知らなっ……」
敵の精神からは明らかに動揺むしろ恐怖にも近い感情が込められている、それは藍川だけでなくやや遠くで見守る青島にもはっきりと感じられるほど。
「がぁっ……! やめっ、た、助けっ……ぅっうあァあァァァアアアッ!」
潜行空間を揺るがすかのように響く敵の叫び、それと共に共に周囲に未だに残っていた立方体が次々とその形状を失っていき粒子の状態にまで崩壊していく。
それは『固定粒子』つまり敵の指令が突如として完全に解除されたという事を意味している、崩壊から数秒後には藍川がいつも見ている輝く雲海のような光景が戻る。
「発見しました!」
空間が戻り、外部からの観測も元通りになったことにより観測者にもその状況は確認され始めた。
外部で最初に気が付いたのはもちろん碧だ、彼女は藍川と青島の正確な位置が不明になった時から一時の間もなくその位置を捜索していた。
「……何、これ……?」
碧に一瞬遅れること気が付いた朱里は潜行空間で起きている事を数値データとして表す機器を見つめながらそう呟く。
それは「観測者」としての知識を持つ者であれば誰でも疑問の感情を持たざるを得ない者であった。
突如として三つの「潜行者」の存在が現れたと思った瞬間、そのうちの一つが瞬く間にその存在を「消滅」し始めている。
潜行者の存在を表す数値がトラップを解除した時の様に消え失せていく、その異様な光景を観測する二人はそのデータを食い入る様に見つめていた、そして再び万人の予想を超える出来事が起きる。




