潜行捜査官
時は未来、あらゆる技術が進歩し、完全自動運転の車や電車が街中を走り、簡単な受け答え程度であればAIによる代用も可能となる時代となっていた。
だが、そのような進歩した技術の中でも特に人々に大きな衝撃を与え、今日に至るものと言えば「潜行」に勝るものはない。
潜行とは人間の脳内の神経細胞から発せられる生体電気を読み取ることによって精神その物をスキャンし、データとして別の場所へと転移させる技術である。
一言で言えば精神のみを肉体から分離させることが出来るということ。
これによって潜行を行っている人間は精神によって執り行われる全ての事象を総括したかのような感覚で活動が可能となる。
開発された最初期型は脳に専用のインプラントを埋め込むする必要があり、人体実験まがいの事をする粗悪な技術だと言われたものだったがその後、血中に注入するナノマシンを媒介として行うタイプが開発され、今日では外部インターフェースの開発により手術を行わなくても潜行を行えるようになっている。
これによって潜行という行為は一般的に広く行われるようになり、ネットサーフィンを行うかのような手軽さで潜行を行うことが出来るようになった。
その潜行によって向かう場所は今日でも健在のインターネットと同様、あるいはそれ以上の規模を持つと言われるほどの広大さを持った場所「潜行空間」
精神だけが自分の体を離れ別の世界へと飛び込んで行く、そんな未知の現象に身を委ねる者達は未知への恐怖を抱いていた物の潜行を体験し既知の現象とした者達は瞬く間にその虜となっていった。
リンクに触れるとそのリンク先まで体が高速で飛んでいくその速度は現実世界における速さなどと言う概念などまるで遅い。
そしてその高速の中で視界に広がるのは瞬く光の光景。
潜行とは別世界への入り口。
現実と言う場所から切り離されたこの空間は数多くの人間にとってひと時の癒しを与え、現実を忘れさせてくれるもう一つの世界として潜行は人々に受け入れ始められる事となる。
次第にデザインを重視した外部インターフェースの発売や家庭用の安価なものの開発なども行われ、次なる未来技術としての地位を確実な物へとしていった。
だが、素晴らしい技術である潜行は幸か不幸か世間での受け入れが余りにも速すぎるという結果を招くことになる。
新しい存在を支える法案関係の取り組みが明確に決まらぬまま広がり続け、国家ですら手が届かない場所にまで浸透してしまっていたのだ。
使うのに免許は必要とされず何かしらの事故が起きた時の明確な罰則の規定もない、全てがグレーゾーンのまま次々と利用者を増やす事となってしまったのだ。
そのような状態では当然、それを利用した犯罪も横行するようになり始めていた。
そして潜行による犯罪の横行が社会問題となり安全性への疑問視の声が大きくなり始めた頃、あの事件が起こる事となる。
その事件がきっかけとなり潜行の一般人の無制限の使用を禁止する法案を全世界レベルで施行した。
その施行によって無限とも言える広さを持つ潜行空間の統制を測ろうとしたのだが、すでに手遅れであったのは言うまでもない。
すでにそれらの対策に対して先手を打っていた犯罪者グループは高い技術力を持った技術者を多数手中に構え潜行空間に強力な防衛線を設置、許可を受けた物しか侵入できない場所を作り上げ現実世界における政府機関でも手が届かない場所を作りあげていたのだ。
問題は当然それだけではない、全世界で使われていた潜行がわずかな期間のうちに全くの使用不可能という状態になってしまった民間からの反発も凄まじいものであった。
第二の情報共有システムとして様々な方向性での改革が進められていた世論からはあらゆる方面からの批判が殺到し、国家は手が届かなくなった場所への対策を一時棚上げし民間に対する全面的な対応へと追われることとなる。
国家は先手を取られ後手に回ることになったものの、全世界レベルにおける膨大な資金と技術提携によって国家管理の防衛線「ファイアウォール」によって絶対的な安全を保障した「サイト」と呼ばれる場所を作り上げ、その内部でのみ一般人の使用を許可することによって少しずつではあるがその反発は弱まりを見せていった。
そして国家が潜行の一般人の無制限使用を廃止してから数年の月日が経った現在、潜行空間における犯罪者を専門的に取り締まる機関の発足が始まった。
そこに所属する者は潜行に特化した技術を専門的に学ぶ養成施設から排出された者達で構成され、その鍛えられた潜行の技術を用いて潜行空間を介して犯罪に手を染めている者達を捕獲する。
精神だけを広大な別世界へと移しそこで犯罪者の精神と直接相対を行う行為、攻撃を受ければ後遺症が残る可能性もある。
彼等こそが潜行空間において精神同士のぶつかり合いという戦闘行為を行う者達「潜行捜査官」なのだ。