戦闘開始
その後も二人で走っていくが一向にトラップが仕掛けられている様子はなく、それどころか敵の姿も見えない一体どこまで移動してしまっているのか。
流石の藍川であっても不信感が出始めたその時、突如として状況は一変する。
高速で進んでいた二人の動きがほぼ同時に止まったのだ、原因は仕掛けられていたトラップによるもの。
見ると藍川の脚にはトラバサミのような形をした物体が噛んでいるのが見える、粒子の流れをその部分だけ停止させることで全体の動きを止めるトラップだ。
「うぉっ⁉」
「落ち着け、ただの足止めだ」
青島はやや大げさとも言えるような反応をするがこのトラップは別に高度でも何でもない、踏むまで気が付かなかった隠密性は認めざるを得ないが解除に時間はかからない。
――すでに敵の手中に陥りつつあることに二人は気が付いていない。
気が付いたのは足止めのトラップをほぼ同時に解除した瞬間からであった。
藍川の感覚に捉えられている雲海のような風景は突如として発生した暴風のような流れによって押し流され、辺り一面の粒子が一気に巻き上げられていく。
そしてその異変に対応する間もなく、その巻き上げられた粒子は別の物体を形作っていき最後には藍川の見ている雲海は消え、代わりに小さなブロックのようなものが大量に存在する空間へと変わる。
「こいつは……」
どうやら青島も同じような変化を感じたらしく驚いたように声を漏らしている、という事は単なる潜行空間ではない。
ここは壁の中。
敵は藍川と青島の実力の高さを見抜いており、自分の後に確実に追ってくることを逆手にとって未完成のファイアウォール内部に引き入れたのだ。
そして内部に入ったところでそのファイアウォールを完成させ、外に出ることが出来ないようにした、ここは既に敵の手中。
藍川はそこまでの答えをほんの一瞬で理解し、外部で観測を行っている碧に通達を行う。
「碧、敵に制圧権を奪われた可能性がある、数値を教えてくれ」
「――…………――……?」
だが脳内に聞こえる声は強いノイズが入り交じっており内容は全く聞き取れない。
まあ当然か、藍川はそう思いつつ通信を選択肢から消去する。
外部との通信は行えない、恐らくここに設置されたファイアウォールには境界を音声などの情報が含まれた粒子が通過すると強力なノイズが掛かる様に設定してあるに違いない。
勿論言うまでもないことだがそんなところを通過すれば潜行者もただでは済まない。
潜行者も潜行空間では「感情や思考という情報を含んだ粒子」でありそこにノイズが入るという事は感情や思考にノイズが入れられるという事であり、イメージとしては全身の神経に大きさも形もバラバラな感覚を引き起こされるようなもの、そんな事をすれば精神に多大な障害を残すことになるのは間違いない。
これでこの場を離れて距離を取ることも、強制退去を自発的に行うことも出来なくなりここから先は藍川と青島の二人だけで対応するしかない。
まずは周囲の状況を打破する、二人は目を合わさずともその結論に達し実行しようとした時である。
「――やぁお二人さん、ここまで来てくれて嬉しいよ」
潜行空間に響き渡る声、その声が響くと同時に周囲の小さなブロックが集まり型を作り上げていく、そして現れたのは自分達と同じ人型、つまり「潜行者」だ。
「ふふふ、引っかかるまで全く気が付かなかったみたいだね? 僕の神がかり的なステルス技術には驚いてくれて……っと」
その言葉が終わらぬうちに藍川はすでに右腕を起点として縄を形成しその存在へ向かって振り払っていた。
犯罪者を捕らえるという藍川の強い意思に反応した周囲の小さな立方体がひも状に連なっていき目の前の潜行者にまっすぐ向かって行く。
だが敵は特に構えることもなく両手を組んだまま縄を受け、そして縄だけが崩れていった。
「おいおい、人が話しているのにいきなり攻撃とはマナーがなってないんじゃないかい?」
敵がそう言う間も藍川は一切の耳も貸さず淡々と攻撃を行っていく、だが縄を形成しては崩され、再び形成しては崩されていくを繰り返すだけ。
「全くお堅い人だな……っと」
隣の青島も一瞬相手の話を聞くような仕草を見せていたが、藍川が耳を貸すこともなく攻撃を見てそれに続くかのように攻撃を開始していく。
空間を掴む青島の手に粒子が集まり形を成していく、青島の手中から始まる粒子は長く棒状に伸展していきその手中に光る長物を形成する。
そしてその長物の先端部分に一気に大量の立方体が集まり輝いたかと思うと、そこには鋭利な形状の刃が形成されていた。
彼の持つ正面突破と言う信条を体現したかのようなイメージを受けて形成された光槍を手にした青島は虚空へ突きを繰り出す。
するとその動きに呼応するように光槍の先端部分から衝撃波の如く光波が射出される。
放たれた光波は周囲の立方体を激しく吹き飛ばしながら空間を切り裂かんばかりの勢いで敵にまっすぐと向かって行く。
だがその勢いを持ってしても敵に当たると同時に衝撃波は霧散してしまう。
「リンクの形成が見えたから腕試しとしてトラップを近くに仕掛けておいたんだけど……トラップを解除するその速度、賞賛に値するよ」
攻撃を食らいつつも敵は語りを止めることはない、それが藍川にはひどく目ざわりだった。
「だからさ、僕は君たちと……特にそっちの紐みたいなの? を作ってる人と戦ってみたいなって思ったんだ、ようこそ僕の『庭』へ」
自分の腕に自信をもって挑発的な口調で話す人間、藍川が最も忌避するタイプだ。
そんな人間の小芝居に付き合う気などさらさらない藍川だが何度攻撃しても一向に敵に攻撃を加えることが出来ずにいた。




