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作戦開始


 そして作戦の決行日である二日後、藍川は準備のため部屋で起動状態に入り始めていた。


「藍川さん、異常はありませんか」


 頭部にインターフェースを装着し体も横たえた状態で待機している藍川に向かって碧はそう声を掛ける。


「大丈夫だ」


 インターフェースを付けたままでも全身はリラックスし、心も落ち着きを保ち続けている、いつもと同じで特に問題となるような点はない。


「くれぐれも気を付けてくださいね」


 そう忠告を受けるが、藍川はそれほどの緊張も恐れも感じていなかった。

 藍川は長らく追い求めていた中心的存在にようやく巡り合えたということだけを考えていた。


 たとえ犠牲が出たとしてもその代償として敵の中枢を確保できればそれで十分、そんな考えを持つ人間なのだ。


「――藍川、聞こえるか)」


暗い視界の中、今度は部長の声が聞こえてくる。


「――前衛隊が外部からの進行を開始した、これより順次『潜行』一気に畳みかける、まずはお前が最初に潜行開始だ」


 先日の予定通りに物事が進む中、藍川は指令を受諾する。


「――藍川隆二、潜行開始」


 その言葉と共に長らく求め続けていた存在に繋がる捕獲作戦が開始される。

 高速の流れの中、藍川の精神はいつも以上の高ぶりを見せ始めていた。

 数分後、光の中を抜けた藍川が最初に感じたのは先制攻撃の前兆だった。


「(……早いな)」


 そう思いつつも飛来する矢を焦ることなく腕で払い、消滅させていく。

 今回は以前とは異なり、最初からファイアウォール外に直接進出したので防衛はされていないのだがそれであっても出現と同時に攻撃するという事は珍しい。


 その攻撃を難なく防御しながら藍川は考える。


「(やはり今までとは違う、この先にいるのは確実に……)」


 敵の力量を考察していると自分の周囲にリンクが現れそこから別の存在が形成される。

 リンクから飛び出してきたのは光の塊、形と呼べるものは全くなく単に粒子の密度が高いだけの物。


 その塊が潜行空間に現れると同時に再び光の矢が射出され、塊へと向かって行く。

 それを見た藍川は一瞬、その矢を破壊しようとするが脳内に響いてきた声に従って動きを止める。


――そこまで未熟じゃねぇぞ俺は。


 その声と同時に形を成していなかった塊の中から突如として腕が形成され、飛来してきた光の矢を掴み飛散させた、その受け止めから飛散までの速度を見ただけで実力を持った優秀な潜行者であることが十分に把握できる。


 そしてその腕から徐々に伸びていく様に塊から体が構成されていき、ついには藍川と同様の光る人型となって潜行空間に形を成した。


「待たせたな」


 この人型が同時に潜行している青島である。


 だが、今回は以前新米らしい潜行者を見た時とは異なりこれが青島であるという確信を藍川は持っていた。

 それは「バイアス」によるもの。


 今の藍川は自分と同時に青島が同じ場所に潜行することも青島が現実世界でどのような人間であるかという事も十分に知ったうえで相対しているのだ。


 目の前にいる人間が青島雅人であるという証拠を突き付けられたうえで実際にそこに青島雅人が現れればそれは青島雅人なのだ。


 今の藍川の視界に映る青島は明確な境界を持たない光る人型ではない、そこにいるのは色こそ雲海と同様の黄金色であるものの髪の流れや服装、顔つきまでもが現実世界の青島雅人そのままであり本当にそこにあるかのような存在感を放っている。


 藍川が青島雅人と言う物を知っているがためにその青島の精神と言う存在に対しても現実の姿が無意識化に現れ、明確な形を持たないはずの潜行空間でも現実と同じ姿で投影される。


 人間は客観的に物を見ることなど本当に存在そのものを知らない者以外出来ないのだ。


「――藍川さん攻撃を確認しました、逃走中に大量にトラップを仕掛けながら逃げていったのかリンクが形成される予兆を見て即座に設置したのかはわからないですけど……後者だったらかなりの腕が予想されます」


 青島が潜行空間に降り立つと同時に藍川に伝わる忠告、それに藍川は軽く返事をしつつ青島の方を見る。


「だったら逃げられないうちに一気に行くぞ」


 その視線だけで考えは十分に伝わったのだろう、藍川の視線に青島はそう答える。


 二人の実力的には藍川はランキング一位、攻防速、判断力、精神力、持久力全てにおいてトップクラスの実力を誇る、一方で捕獲ランキング三位に位置している青島はその性格によるものか、相手の防御を正面から突破することを好んでおりさらにその技術にも長けている。


 相手の攻撃を的確に防御し拮抗状態になったところを一気に形勢逆転する突破力に長けていた。

 この万能力と突破力、それぞれに特化したこの二人で行うのだから恐らくは敵も太刀打ちは出来ない、藍川はそんな確信を持ちつつ予定通り敵の逃走していった方へと向かって行く。


「朱里、敵の詳しい位置は分かるか?」


 二人がリンクによって転送された先は追っている敵の近辺ではあるという事は分かっているのだが周囲を見渡しても移動の痕跡らしいものは発見できない。


 敵は移動の痕跡である粒子の乱れも起こさずに移動できるほどの高度な技術の持ち主という証拠だ、その事実は藍川の思考に期待感という波を立てていく。


 一方、青島の方から通達を受けた朱里もその隠蔽の高度さには驚いた様子である様に思えた。


「――凄い……ここまでの隠蔽であれば移動速度の低下は確実……周囲にいてもおかしくはず……」


 無口で短く話すことが多い朱里が早口で話すその様子からは内心驚いているという事実をひしひしと感じさせる。


 だが、その言葉とは裏腹に周囲の確認できる距離には自分達以外の存在は確認できない。


「――痕跡その物はありません、ですが短時間で形成と飛散が行われた痕跡は確認できます」


 潜行空間に存在する粒子は、元からある物と形を崩したばかりの物で微妙な違いがある、つまりその部分を追っていけばそれが移動したルートと言える。


「んじゃ、それを追えばいいんだな」

「探すとするか」


「――青島……少し時間を頂戴……」

「――藍川さんこちらで解析をします、判明までは少し時間を……」


 藍川と青島二人の脳内でお互いの観測者がそう言う。


 だがお互いの観測者が言い終わるよりも前に二人同時に同じ方向に駆け出す。


「これだな」「これだ!」


 声には出さなかった者のお互いそう考えているに違いない、藍川はそんな確信すら抱いていた。


 疾走する二人の脳内ではお互いの相棒が分かるんですか、分かるの、と言うのが聞こえる。

 碧も朱里も優秀な観測者であるがそれ故に観測したデータを元に行動する事を基本としている。


 きっちりとした確信を持ったうえでの行動は正しいがそれだけでは今回の敵は恐らく確保できないと二人とも考えていた。


 粒子の違いと言う物は現実では観測時の数値やその数値が上下する際の不規則な動きとして、潜行空間では粒子の煌めき方の違いや漂い方の違いとして現れる。


 藍川と青島は自分の経験によって感じた直感とも言える感覚で粒子の海の中に存在する微妙な流れの違いを読みその方向へと駆け出したのだ。


 よって分かるか、と聞かれればそれは正確には分からないというのがこの場合は正しいと言える。


 それでも藍川と青島の二人はその直感に運命を託せる程度の自信を持ったうえでの行動に出たというのは同じであると思えた。


 その程度の自信がなければこんな無鉄砲な行動に出るのは無能者のみだ、お互いにどれほどの実力を持っているかの見当などは既に付いている。


「青島もこっちか」

「お前と同じ考えで光栄だ」


 そんな二人の感じた方向が一致した、それはもう確定したと言っても過言ではない。

 だが、そこで青島が異変に気が付く。


「……おかしい、トラップがねぇ」


 逃走経路には足止めや時間稼ぎのためにトラップを仕掛けるのは常識と言えるレベルの話だ、それが設置されていないのは明らかに不自然である。


「藍川、こいつは……」


 並走する青島がそう言うが藍川もその不自然さにはすでに気が付いている。

 そして、これはあえて設置していないと藍川は読んだ。


 逃走時の痕跡の隠蔽から考えて敵の実力が高いことは明白である、ハッカーの間ではトラップを使わない事は直接戦闘の実力であることのあらわれ、などと言った根拠のない実力の誇示が行われていることがある。


 トラップなど使用しなくても並みの捜査官では追跡は不可能。

 例え追跡されたとしても自分の腕を持ってすれば逃げ切れる。

 そんな表情が藍川には想像できた。


――自信家特有の爪の甘さ、足をすくわれるのも時間の問題だ。


「あえて設置していないんだろ」

「……鼻に付く野郎だ」


 敵の心理を想像し不快感を蓄積させていく藍川だがその感情を押しとどめつつ隣の青島の疑問に答える、それを聞いた青島も納得したようでその自信のあり用は気に障っているようにも見えた。




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