こんな夢を観た「チョコレート工場・後編」
甘党ドラゴンは町に降り立ち、手当たり次第に囓りついていく。電柱、街路樹、しまいには道路に敷き詰められたレンガまで剥がして、ガツガツと食べ始める。
「ああ、ゴミ収集車ごとがっついてる。汚いなぁ、あんなもの食べて」わたしは思わず顔をしかめた。
「まあ、どれもチョコレートで出来てるのですが。何しろ、『甘党』ですからねえ、チョコレートには目がないわけですな」工場長は言った。
住人や動物たちもチョコレート製なのに、彼らには見向きもしない。本能的に、おいしくないとわかっているのだろうか。
「この国には軍隊とかないんですか?」やきもきしながら、わたしは聞いた。このままでは、国が滅んでしまう。
「軍隊も兵器もありませんが、唯一、望みがあります」
「なんですか、それは?」
「とにかく、宮殿へ急ぎましょう。わたしは国王と話さなくてはなりません」
宮殿では、国王と大臣達が頭を寄せ合っていた。わたしたちに気づいた国王は、足早にやって来る。
「これはこれは、工場長殿。わしら、万策尽き、どうしてよいか、もうわからんのですじゃ」
「国王、封印を解かなくてはなりませんよ」工場長がきっぱりと提言する。
「なんと、沼の封印をかの?」
「その通り。今すぐにです!」
「しかし……」国王は煮え切らない。何か、相当にヤバイものなのか?
「すっかり封印が解けるまでには3日掛かります。その間に、この者をカカオ山へ向かわせましょう。例の物を取りに行かせるのです。それ以外に方法はありません」
工場長はわたしの肩をぽんっと叩いた。
どうやら、これが求人内容だったらしい。
「よくわかりませんが、やります。チョコレートのためにも、この国のためにもっ」わたしは力強く、決意を示した。
わたしは、会議に加わり、改めて任務を伝えられる。
「ここから1日半ほど歩いた先に、カカオ山という休火山があるのですが」工場長は、広げられた地図を指でなぞる。「てっぺんに耐熱カカオの木が1本ありましてね。その実を持ってきてもらいたいのです」
「なあんだ、簡単ですね。それで、あのドラゴンを退治できるわけですか?」
「まあ、そうじゃ」国王が答える。「できるものなら、わしらが行きたいところなんじゃが、そうもいかなくてのう」
工場長が代わりに説明をする。
「休火山とは言え、周辺は相当に熱いのですよ。チョコレート人間達では、近づいただけでドロドロに解けてしまうでしょう。それに、所々でチョコレートの蒸気が吹き出していましてね。よほどのチョコレート好きでもない限り、とてもじゃありませんが、先へは行けません」
「それなら、工場長お1人でも間に合ったんじゃありませんか?」わたしが首を傾げると、
「いやあ、お恥ずかしい。作るのは大好きなのですが、1口なめただけでもゲッとなってしまうほどでしてね」
きっかり1日半掛けて、わたしはカカオ山の麓までやって来た。
ごつごつとしたカカオマスの塊を乗り越え、さらに進んでいく。
いたるところに岩砂糖が転がっていて、あちこちで混ざり合い、チョコレート溜まりを作っていた。うっかりと足がはまってしまい、そのたびに服や体にチョコレートが染みていく。
山頂に近づくにつれ、だんだんと蒸し暑くなってきた。傾斜もきつく、足を運ぶのもつらい。ところどころに空いた裂け目からは、間欠泉のようにチョコレートの蒸気が吹き上がった。
1度など、蒸気をまともに食らってしまい、熱と香りに思わず、むせ返る。
「ゴホッゴホッ。いくらチョコレートが好きと言っても、確かにこれは……」
やっとの思いで頂上へとたどり着いた。工場長が話してくれた通り、1本のカカオの木が立っている。手前の小さな立て看板には、こう記してあった。
〔お口に溶けて、火に溶けない! 世界にただ1本の「耐熱カカオ」〕
「ついに見つけた!」わたしはカカオの木を揺すって、実を1つ落とすと、それを抱え、元来た道を急ぐ。
宮殿に着いたのは、ちょうど3日目の終わりだった。
「おおっ、伝説の耐熱カカオを取ってきてくれましたね!」工場長がほっとした顔で出迎えてくれる。
「ささ、早く沼へっ」国王が、わたし達を宮殿の裏庭へと案内した。「封印がじきに解ける頃じゃ。そら、その耐熱カカオを沼に放り投げてくれんか」
チョコレートの沼に、わたしはおそるおそる耐熱カカオを沈めた。
沸騰した湯のように、ボコボコと泡立ち始める。
「離れなくて大丈夫ですか?」後ずさりをしながら、わたしは国王と工場長の顔をうかがった。
「そうじゃのう、ちいっとばかり離れておこうか」2人も、わたしの言葉に従う。
次の瞬間、チョコレートを勢いよく撥ね上げながら、何か大きなものが飛び出してきた。
「出たぞっ、わしらスイートランドの守護龍・チョコレート・ドラゴンじゃっ!」チョコレートのしぶきをざぶざふと浴びながら、国王は歓声を上げる。
「いいえ、国王。チョコレート・ドラゴン改、耐熱仕様です」工場長は付け加えた。
神に匹敵する強さを持ちながら、チョコレートなので熱に弱いという、唯一の弱点を克服したドラゴン。我が物顔で暴れ回る赤いドラゴンに向かって、一直線に飛んで行く。
「わたしたちの役目は終わりました。工場に戻って、生産の遅れを取り戻すとしましょう」工場長は言った。
甘党ドラゴンの断末魔を背中に聞きながら、わたしたちは地上へと向かうエレベーターに乗り込む。
「大広場に、あなたのチョコレート像を建てるそうですよ」工場長が教えてくれた。
「ほんとですか? うれしいなぁ」なんだか照れてしまう。「別に、大したこともしてないんですが」
「いやいや、あなたはこの国を救ったのです。もしも、求人に応じてくれていなかったら……。考えただけでも、ゾッとしますよ」
「上に戻ったら、今度こそチョコレート作りを教えてもらえますか?」わたしは聞いた。
「もちろんですともっ。秘伝の調合、温度管理、テンパリング、全て覚えてもらいますからねっ!」
「それにしても、驚きました」わたしはくすっ、と思い出し笑いをする。
「はい? 何がでしょう」
「まさか、工場長がチョコレート嫌いだったなんて」




