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嬢王ノ歌・下  作者: taishi
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終焉の歌

<開戦>

歌舞伎町区役所通の一番街区、タージマハールのような美しい白い城が再びライトアップされて輝きを放つ。その城の大ホールで向かいあう二つの集団。


「良く逃げずにここまで来たなぁ。遼、褒めてやるよ。」

集団の先頭でダブルのダークスーツに身を包んだ袴田が挑発的に竜崎を睨みつける。

「悪いがあんたを葬る為にはどこにでも現れるぜ。あんたこそ良かったのかい?あんたはここに来て敗北と屈辱の二つをチョコレートのかわりにプレゼントされる運命にあるぜ。」

竜崎も負けじと竜崎と言い返す。細身のスーツに身を包み攻撃的な視線を袴田に返した。

「ふん、減らず口を叩いていられるのも今のうちだ。」

集団の頂点の二人はお互い譲る気はないようだ。


「アゲハさんこんばんわ。いよいよ今日ですね。」

可憐がジェットコースターの順番を待っている少女の様に目を輝かせながら言った。

しかし、その笑顔の奥には悪意の渦が渦巻いていた。

「貴方は私の父を殺した張本人・・・・許せない!必ず父の仇を取る。」

アゲハは怒りに満ちた表情で可憐を睨みつける。

「きゃはは、ウケるんですけど。お父さんの死ぬ間際もちょー面白かったですよ。人って首を締めるとあんなに足をバタバタさせるんですね。けど、大変だったんですよ。キャストに入れあげたバカな男に仕立て上げる為に内蔵を切り取って、架空の通帳とカードまで作ったんですよ。みんなレイカさんが犯人だと騙されるなんて・・・・うける。」

可憐は挑発的に手を叩きながら笑い話をするかのごとく話し出した。

「あなた・・・・どうしてそんなにひどいことを!」

「ゲームに勝つためですよ。あの人は私と袴田さんのゲームの勝利を邪魔しようとしてました。

だから、殺したんです。私はゲームに勝つ。今日の勝利条件は売上だけじゃない。・・・・・あなたを絶望と苦痛で顔を歪ませる事です。私はどんな手段を使っても勝つ。きゃはは、楽しみにしていてくださいね。」

可憐の残忍な表情にアゲハは背筋の凍るような恐怖を感じた。


「美穂!あんた、仲間を裏切るってどういう事よ!」

レイカが美穂を見つけ集団の前に出てくる。

「あら、誰かと思えばレイカはんやないか。さっさと博多に帰ったらよかったのに。」

しれっと、美穂が小さな笑をたたえながら言った。

「あんた、このままただで済むと思っているの?」

アゲハは指を鳴らしながら怒り浸透の様子だ。

「いややわぁ、怖い怖い。まあ、あんたは所詮、福岡の田舎者。都に上がるには品性も資質もかけている事を自覚したほうがいいんと違います?」

美穂が見下したかの様にレイカに言い放つ。

「あんた・・・・ぶっ殺す!」


マーベラスの開店はTVでも取り上げられた。

サファイアルージュの場所に開店する事と、袴田新オーナーがTVに出て自ら広告塔となった。

TVに映る袴田は落ち着いた口調と優しい笑顔でお茶の間の人気を独り占めした。

そこには夜の世界というダーティーなイメージは無かった。


オープン初日は一流、超一流の客のみしか入る事が出来なかった。

サファイアルージュの店鋪をより広く豪華にしたマーベラスの作りは中央のフロアに15席のテーブルが並ぶ、また上座にはそれぞれブロンズ、シルバー、ゴールドの特別なVIP席がもうけられている。

袴田、竜崎の両オーナーはそれぞれのモニタールームで店の状況と売上を確認する。


いよいよ開店だ。

アゲハは竜崎の顔を見た。あの日から竜崎とは一言もしゃべっていない。

竜崎もアゲハの視線を感じたがすぐに目をそらす。

「何ぼーっとしているの?行くわよ。」

後ろからレイカにこつかれて、アゲハは入口付近の出迎えにならんだ。

そして2月14日 21時・・・・・・全てを掛けた戦いが始まった。


開店と共にフロアの15席は全て埋まった。

袴田率いるマーベラスサイドのキャストは30名。

竜崎率いるイーリスサイドのキャストは15名。1席でイーリスのキャストは2人のマーベラスキャストを相手にしなければならない形になる。

芳江の指示どおりそれぞれの席にキャストが分散された。

1番~5番をアゲハ、6番~10番をレイカがそれぞれ接客をしながらフォローしてそのほかの席を芳江がフォローしながら全体のサポート役にまわる。

ギリギリだが今できる最善の布陣でイーリスは挑んだ。

しかし、袴田が連れてきたキャスト達はどれも超一流のキャストばかりである。

開店と共に同じ席にいるイーリスのキャスト達に容赦なく襲いかかる。

開店早々、店はマーベラスサイドの一方的な展開となった。

ルックス、会話、仕草、気遣いどれをとっても超一流のキャスト達にスカウトして一ヶ月の素人の様なキャスト達が敵う相手ではなかった。

「マイさんにロマネコンティー入ります。」

「優香さんにシャトーラトゥール入ります。」

次々とオーダーが入る中で未だにイーリスのキャスト達はボトルを一本も取れてなかった。

アゲハ、レイカが席で善戦するものの半分以上の席はマーベラスペースである。

イーリスのキャストは喋ることすらできずお通夜の様に静まり返っていた。

「あれれれ?これじゃあ、私達が出るまでに勝負が決まっちゃいますね。」

控え室のソファーから可憐がアゲハ達に聞こえるように声を張って言った。

「あの、クソアマ!」

レイカが悔しさを噛み締めながらつぶやいた。レイカの得意のわがままも新規の客に使うにはリスクがある。

VIPの3人が来る時には最低でもレイカかアゲハが接客しなければ勝てない。

しかし、このままではVIPが来るまでに勝負が着いてしまう。

アゲハを見ても自分の席で客とマーベラスのキャストを相手にしていて余裕がない。

このままじゃ負けてしまう・・・・・一体どうすれば?


「すみません。ヘルプに入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

後ろから声を掛けられてレイカが顔を上げた。

そこにはかつての煌びやかなドレスを身にまとった紫乃が立っていた。

「あ、あんた!!どうしてここに!?」


<反撃の狼煙>

レイカは口をパクパクさせながらおどろきを隠せなかった。

「私はキャストよ。ここにいちゃ悪い?始めまして紫乃と申します。よろしくお願いします。」

紫乃の美しさにテーブルの客達は思わず目を奪われていた。

紫乃は優雅に席に座った。

「まったく・・・・・遅いのよ!」

レイカが嬉しさを隠せない表情で耳打ちした。

「ごめんなさい。話は後よ。ずいぶん苦戦してるみたいね。盛り返すわよ。」

今度は紫乃がレイカに耳打ちした。

レイカが笑顔でそれに応えた。

かつてのサファイアルージュNo1の二人が同じ席に着くという夢の様な出来事が起こった。


「紫乃さん、どうして・・・?」

アゲハも紫乃の姿を見て驚きを隠せない。

「うちと同じで今晩限りの復活や。」

後ろを振り返ると真紅のドレスに身を包んだ茜が立っていた。

「茜さん!どうしてここに?」

「決まってるやろ。うちらの店を取り戻すためや。うちだけじゃないで。」

フロアを見渡すとそこにはここなや、玲奈、明美、ミズキなどかつてのサファイアルージュのキャスト達がテーブルについていた。

そこにはもう既存種と外来種の壁は無かった。ここなと明美が、茜と玲奈が、レイカと紫乃が同じテーブルで力を合わせている。

「ほれ、あんたはVIPがくるまで温存や。ここはうちらに任せとき。」

茜はアゲハと入れ替わるように席についた。


紫乃は席を立ち芳江の元に駆け寄った。

「部外者の者が勝手な事をしてしまって申しわけありません。けど、お願いします。今日だけここで働かせて下さい。」

紫乃は芳江に頭をさげた。

「あらあら、部外者なんて・・・・あなた達をいつ首にしたのかしら?少なくとも現オーナーの竜崎さんは貴方達を首にするような事はしないわ。こちらこそ是非、力を貸してくれる。紫乃ちゃん。」

「覚えていてくれたんですね。・・・・・アゲハさん。」

「ふふふ、その名前で私を呼ぶのはあなたぐらいよ。」

「私がこの世界に入って右も左も解らない時に憧れていたキャストがあなたです。あの頃は雲の上の存在だったので、まさか覚えていてくれたなんて・・・。」

「先輩に怒られたり、お客様にひどいことを言われた後でいつも一番奥のトイレで泣いていたわよね。泣くクセはもう治った?泣き虫紫乃ちゃん。」

「ふふふ、それは言わないで下さい。」

紫乃は恥ずかしそうに頭をかいた。

「綺麗になったわね・・・・・貴方は誰もが認めるキャストよ。」

「そんな私も今日でキャストを引退します。」

「寂しくなるわね・・・。だったら今日は思う存分働いて頂戴、これからの時代の担い手達をあなたの手で守ってあげて。」

「はい、私のラストダンス。見ていて下さい。」

紫乃は芳江に頭を下げて席に戻って行った。

紫乃達が入ったおかげでイーリス側の売上が徐々に盛り上げてきた。

「茜さんにドンペリ入ります!」

「伶奈さんにロマネコンティ入ります!」

「紫乃さん指名入りました!!!」

今まで御通夜の様に静まり帰っていたイーリス側のボーイ達も元気を取り戻し声を張り上げた。

イーリスの売り上げがマーベラスの売上を猛追した。



「アゲハちゃん、どうやら一人目のVIPが到着したみたいよ。」

芳江がアゲハに耳打ちする。

「一人目は誰を当てるの?私?」

レイカが近寄ってきた。

「いえ、レイカさんはVIPの2人目の相手をしてもらいます。」

「じゃあ、誰を当てるのよ。」

レイカは眉間にシワくを寄せてアゲハに聞いた。


「さくらちゃん!」

「はーい。」

席に着いていたさくらが立ち上がりアゲハに駆け寄った。

ヒールを履きなれていないせいか、歩き方がグラグラしてぎこちない。

「ブロンズの席にお客様がいらっしゃるから、お相手お願い。」

「解りました!」

さくらはボーイからおしぼりを貰い、元気よく返事をしてブロンズの席へと向かった。

「ちょっと!あの子だれ?あんな素人みたいな子で大丈夫なの?」

レイカがアゲハに耳打ちする。

「まあ、見ていてください。」

アゲハはさくらの背中を見つめながら言った。


<天才は忘れた頃に現れる>

一ヶ月前・・・・

新しいキャストをスカウトするため、前島とアゲハは下北沢のカフェにいた。

前島の協力もあって新しいキャストのスカウトも順調に進んでいた。

スカウトしたキャスト達は芳江にあずけてドルチェで研修をしている。

キャスト達を開店前までにはある程度の形にするつもりだ。

しかし、袴田は金にモノをいわせ一流のキャストを集めている。

付け焼刃の素人軍団で勝てるのだろうか?

前島がスカウトしてきたキャストはどれも粒ぞろいのメンツだった。

おそらく順調に育てば昔のサファイアルージュでTOP10を狙えるレベルに育つキャスト達ばかりだ。

しかし、No1になれるキャストがいるわけではない。

良くも悪くも優等生が揃ってしまったような気がする。前島もそれを危惧していた。

「今回、俺のスカウトした子はどの子も一級品だと思う。けど、違うんだよなー、君やレイカを見た時のあの鳥肌?あの尖った感じ?なんていうかパッションだよ!それを感じないんだ!」

前島が身振り手振りをくわえながら新進気鋭の芸術家のような口調で喋り出す。

「・・・・私、そんなに尖ってましたか?」

アゲハが少しむくれた。

「はははは、ものの例えだよ。要はそういった突き抜けた個性ってのがNo1には必要なんだ。紫乃にしても、レイカにしても、君にしても良い意味でマイウェイだった。ただ・・・。」前島は苦い顔でくちごもった。

「可憐と美穂を始めて見た時は違った。俺は何千人と女の子を見てきたからわかるんだ。その子の人としての芯の部分がさ。あの二人は袴田さんがつれてきたんだけど、正直ぞっとしたんだ。なんていうか人間の暖かい部分を感じなかった。美穂は悪意に満ちているのが解った。なんていうか、人を陥れる事を楽しむような感じだった。

可憐は普段はそんな事も感じないんだか、なんて言うか・・・美穂よりもっと残忍で、もっといたぶる事を楽しむ獣の様な目をしていた。いつも3割ぐらいの力で仕事をしている感じだったな。それでサファイアルージュのTOP10にいつも名を連ねていた。本気の可憐を想像すると恐ろしくなるよ。おそらくサファイアルージュで最強のキャストだっただろう。袴田に美穂、そして可憐・・・・。今思えばあの頃からサファイアルージュの乗っ取り計画は進行していたのかもな。」

アゲハはその話を聞いてぞっとした。

美穂に可憐・・・・・この強大な悪意と、袴田に勝つ店を作り出すには戦力になるキャストの確保が急務だった。

アゲハ、レイカレベルのキャスト、もしくはそれを超える神に愛されたキャスト。

しかし、そのレベルの逸材は未だアゲハ達の前に現れなかった。

「ま、そんな天才、そこらへんにいるわけじゃないんだけどね。」

前島はコーヒーをすすり外に目をやった。


「劇団アポロ座!!冬期公演 猿蟹大戦争!!公演しまーす。大人、なんと3000円!!皆さん是非みてくださーい。」

寒空の下でスウェットにオーバーオールを着た薄化粧の女の子が声を張り上げてビラを配っていた。

「いいねぇ、青春だねぇ。」

前島がコーヒーをすすりながらニヤニヤしていた。

「ちょっとー、真剣に探してくださいよ。」

しかし、ニヤニヤしている前島の表情が水から氷に変わって行くように徐々に固まっていく。

誰かモノになる女の子を見つけた時の顔だ。

しかし、道行く女性を目で追うわけでもなく、ただ一点を真剣に見つめていた。

だれなんだろう?いったい誰に目をつけたんだろう?

「・・・・アゲハちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど。」

「なんですか?」

「あの子からビラを貰って来てくれないか?」


アゲハは疑問を残しながらカフエを出てビラを配る女の子の方へ歩いていった。

女の子が声をはりあげて道行く人に声をかけている。

「すみません。一枚くれますか?」

「はい!喜んで!!そこの角を曲がった本田劇場で15時からやっています!ぜひ、来てくださいね。」

アゲハは少女の顔をまじまじと見つめた。

ショートカット、色白で目が大きく、愛らしいが派手な印象は無い。

むしろ、どこかボーイッシュな印象を受ける少女だ。

しかし、アゲハに向けられた弾けるような笑顔はアゲハの心を鷲掴みにした。

アゲハはそのまま少女の顔を見ながら立ち尽くしてしまった。

「?私、顔になにかついてますか?」

少女が不思議そうにアゲハを見つめた。

「い・・・いえ、あ、その・・・見に行きますね。」

「ホントですか!!ありがとうございます!!」

少女はアゲハの手を取ってぴょんぴょん飛び跳ねた。

アゲハも思わず笑がこぼれる。


「貰ってきました。」

前島にビラを渡した。

「どうだった?」

「あんな透き通る笑顔・・・・始めてでした。正直やられましたね。」

「そうか・・・・、じゃあ、次は俺が彼女からビラを貰ってくる。彼女の表情を見ていてくれ。」

「はい。」

すると前島は立ち上がりカフェを出て少女の元に歩いていったが、如何にも肩をつり上げ、風を切ってあるく姿は安物のチンピラだ。

アゲハは思わずクスリと笑ってしまった。

前島は少女の前に立ち、少女を上から睨みつけるような形で何か言っている。

少女の顔が一瞬怯えた顔になり、眉毛をハの字にして両手をあわせてあやまりだした。

そして、前島に対して何か言い始めた。

気がつくと前島が笑顔で笑っている。

少女も前島にとびきりの笑顔を見せた。

しかし、その笑顔は先ほどアゲハに見せた笑顔とは違っている様に見えた。

しばらくして前島が満足そうに帰ってきた。

「やっぱりだ・・・・俺の目に狂いは無かった。」

「どういう事?」

「おどろくなよ。彼女は相手によって笑顔を変えているんだ。相手の一番好きな口の開け方、顔の形、目の開き具合を見抜き笑顔を作りだしているんだ。それも意図的なんかじゃない。自然にだ!つまり、彼女は人の数だけ笑顔を作りだせる。それに高圧的な態度の人間、怒っている人間に対しても一番なだめる事が出来る笑顔を作り出せる。」

「それって・・・。」

「天才だ!!」

言葉にすると陳腐で安っぽいが、本物を目の前にするとその凄さに圧倒される。

「彼女が出演する舞台がもうすぐ開演するそうだ。見て行かないか?」

アゲハと前島はチケットを買い、劇場の中に入って行った。

まだ新人なのか演技もたどたどしかったがその表情は人々の目線を釘付けにしていた。

天性の才、生まれながらにして常に注目を浴び、舞台の真ん中に立ち続けられる女。

アゲハはまったくの素人の彼女に危機感をいだくほどだった。

舞台が終わりアゲハと前島は少女を食事に誘った。


下北沢のはずれにあるファミリーレストランにアゲハ、前島、少女が座った。

少女はステーキ、エビフライ、ハンバーグ、ラーメン、牛丼、パフェを流し込む様に食べていた。

「すみません。劇団やってるとお金なくて、なかなかお腹一杯食べれないんですよ!」

少女は万遍の笑でハンバーグにかぶりついた。

「今は劇団以外には何で生計を立てているの?」

アゲハが紅茶を飲みながら少女に聞いた。

「はい!今は工事現場の交通整理と運送屋で生計を立ててます。結構、体力あるんですよ。私。」

少女は力こぶを作って自慢してみせた。

そこに女の色気は微塵も感じなかった。

アゲハと前島は目をあわせた。この子で本当に大丈夫なのか?

「君は・・・・夜の仕事とかに興味ある?」

前島は少女に聞いてみた。

「夜??え?・・・・・?無理です!無理です!私、おっぱい小さいし、スタイル良くないし、経験少ないんで!それにまだお嫁に行く夢は捨ててないんです!!」

少女はもごもごしながら必死で身振り手振りをまじえて話だした。

「あの・・・風俗かなにかと勘違いしてない?」

「え?違うんですか?」

少女はパフェを前にポカンとしていた。

「あなたにはキャバクラでキャストをしてもらいたいの。来たお客さんにお酒を作ったり、お話したりする仕事よ。」

アゲハは彼女に優しく説明した。

「そうなんですか?じゃあ、私はなお無理ですよ。だって、ほら、私って色気無いし。男の子みたいでしょ?それに舞台女優になるのが夢なんです。いつかブロードウェイに立ちたいなって。」

少女は照れながら夢を語った。

「素敵な夢ね。あなたが夢を叶える為に邪魔になるなら無理強いはしないわ。けど、運送屋や交通整理のアルバイトより給料はいいし、お客様と接する事によって演技の幅を広げる事が出来ると思うの、それに・・・・・。」

「それに?」

「あなたにとって舞台女優に匹敵する、いえ、ひょっとしたらそれ以上の夢がみつかるかもしれないわ。」

アゲハは身を前に乗り出し少女の手を握り、少女の目を見つめて言った。

少女の目が一瞬輝くのが見えた。

「お姉さん、美人ですけど熱いですね。じゃあ・・・・・・・・ちょっとやってみようかな。」

少女は弾ける様な笑顔をアゲハに向けた。

アゲハはその笑顔にもう釘付けだった。

「今度から、女の子を口説き落とす時はあんたに頼もうかな。」

前島はアゲハに耳打ちした。

この子は間違いなく私やレイカを超える。キャストの歴史を変える才能を持っている。

アゲハは武者震いを抑える事が出来なかった。

「あなた、名前は?」

「さくらです。安東さくら。」

後に歌舞伎町の伝説となるアゲハとさくらの出会いであった。


<若獅子戦!さくらVSスミレ>

さくらはおぼつかない足取りでブロンズの席へと向かった。

今までハイヒールなんて履いたことのないさくらはよろよろと転びそうになりながらも一生懸命歩いていた。

ブロンズには先にマーベラス側のキャストが到着していた。

「あ、あの、よろしくです。」

さくらが握手しようと手をさしだしたがキャストは無視をした。

さくらはちょっと傷ついた顔をした。

マーベラスのキャストは美しい顔立ちに175cmはある9頭身のボディ、折れてしまいそうな細い足に、くびれた腰。

どれを取っても日本人離れしている完璧なスタイル。

「あの女・・・どこかで?」

ここながか考え混むようにつぶやいた。

「なんや?知り合いか?」

茜が聞いてもここなは記憶をたどっていた。どこかで・・・・・・?

「うーん・・・あ!!思い出した。あの女!!柏木スミレです。今、3つの雑誌で専属のモデルをやってる超人気モデルですよ!確かイギリス人と日本人のハーフです!!」

なぜ?そんなやつがキャストに!

竜崎はフロアの真ん中を見た。そこには袴田が得意気な顔をして立っていた。

「・・・なるほど、全ては袴田の差し金か。」

芸能界に顔が効く袴田が話題性充分のトップモデルを呼んだ。

フロアの雰囲気はトップモデル・柏木スミレの登場で一気にボルテージが上がった。

完全アウェーの中でさくらはどう戦うか?

アゲハ、芳江が口を揃えて言う・・・あの子は天才だと。

「さて、お手並み拝見といくか。」

竜崎は椅子に深く腰を掛けた。それと同時に慣れないハイヒールの為、豪快にさくらが顔からころんだ。

「・・・・大丈夫か?」


店の中央の扉が開き一人目のVIPが入ってきた。

そこにはアニメのプリントが入ったパーカーにチノパンを履いた柔かな表情の髭が豊かな白人男性が立っていた。

「こいつは驚いた。」

竜崎は冷や汗をかき小さくつぶやいた。

VIPの白人男性はワールドピクチャーズのアニメーター、スミス・エドワード氏だ。

ワールドピクチャーズは世界的に有名なアニメ配給会社である。ワールドピクチャーズは自らのキャラクターで運営されるテーマパークを世界各国で運営している。今回、日本にもワールドピクチャーズのテーマパークを建設する為に代表であるスミス氏が来日したのだ。

スミス氏はワールドピクチャーズの全てのキャラクターの生みの親であり、アンクルスミス(スミスおじさん)の愛称で世界中から愛されている。そんな世界的な有名人が来店した。

スミス氏を挟む様にさくらとスミレが座った。

「こんにちは、さくらです。よろしくお願いします。」

「ナイストゥーミーチュウ、サクラ。」

サンタクロースの様な風貌のスミスはにこやかな笑顔でさくらと握手を交わした。

<はじめまして、ミスタースミス。私は柏木スミレです。気軽にスミレと呼んで下さい。>

いきなり流暢な英語でスミレが挨拶した。

<やあ、スミレ。私はスミスだ。よろしくね。君は非常に上手に英語を話すね。>

<父がイギリス人なんです。スミスさんもイギリス系アメリカ人だとお聞きしましたが。>

<いかにも、イギリスと日本は同じ島国だ。僕も昔から日本に親近感をもっていてね。いつか来たいと思っていたんだ。>

<それは光栄です。日本には素晴らしい文化がいくつもあります。ぜひ、私に紹介させてください。>

スミス氏とスミレは英語で会話をして盛り上がっていた。

さくらはただ口を空けてポカンと二人の会話を聞いていたが、しまいにうつむき、自分の手元を見つめていた。

袴田は人気モデルのスミレを起用したのは店の宣伝だけではない。スミス氏が来店する事を見越して、英語が流暢なハーフのスミレを起用したのだ。

いくらさくらが天才と言われようか話が通じないのではまるで話にならない。

スミスとスミレは英語で談笑して徐々に距離を縮めていった。

このままでは指名をスミレに取られてしまう。

イーリスのキャストや竜崎がさくらを見つめた。

さくらはうつむいたまま顔を挙げない・・・・・・万事休すか。


すると、スミス氏が何かに気が付いた様にさくらを見た。

<ミス・さくら、君は先から何をしているんだ?>

さくらはその問いに答えなかったがしばらくして急に顔を上げた。

「出来た!!」

さくらは元気な声でいきなり叫んだ。

「えーっと、プレゼント、ふぉー、ゆーだったかな?」

さくらは手をスミス氏の前にもって来た。その手には紙ナフキンの切れ端で折られた小さな折鶴が乗っかっていた。

「ワオ!イッツ・ファンタスティック!!」

スミス氏はえらく興奮した面持ちで折り鶴を見つめていた。

<すばらしい!!これは君が作ったのか?>

スミス氏は英語でさくらに聞いたが英語の解らないさくらは首を傾けるだけだった。

その代わり、とびきりの笑顔をスミス氏に向けて放った。

その笑顔の弾丸がスミス氏のハートを打ち抜きスミス氏の頬が赤くなるのが解った。

「ベリー、キュート・・・・・。」

それはさくらに言ったのか、折り鶴に言ったのか解らなかったが確実にスミス氏の心を打ち抜いた。

そのあとも兜、船、金魚、飛行機、手裏剣などをさくらは作りだしてスミス氏を驚かせた。

最後に紙鉄砲を作って二人で遊んでいる姿はまるで小学生の様だった。

「やれやれ・・・・・・・・・・恐れいったわ。」

アゲハと芳江は同時に言った。

言葉が通じないと解った瞬間に非言語コミュ二ケーションに移り変えて客をひきつける。

おそらく、さくらは意識してそれをやってはいない。お客が一番楽しんでくれて喜ぶ事を考えた結果なのだろう。

「や・・・・やるじゃない。」

となりでレイカも腕を組みながら言ったが、その顔は青ざめていた。

レイカも感じ取ったのだろう。底知れぬさくらの才能を・・・・自分の地位を脅かす強力な才能を。

スミレは屈辱と嫉妬に満ちた目でさくらを睨んだ。今まで全ての中心に自分がいた。

しかし、さくらはいとも簡単にそのポジションを奪った。許せない!

スミレはスミス氏に英語で何かを囁いた。

それを聞いたスミス氏は残念そうな顔をしたがまたいつもの笑顔に戻った。


<さて、私が貰った招待状の中にこんな事が書いてあった。二人のレディのうち1人を指名しなさい。残念ながらその決断をする時が来たようだ。>

全ての視線がブロンズ席にあつまる。果たして結果は?

<私は・・・・・・・・・ミス・スミレを指名するよ。>

袴田がニヤリと笑うのが解った。

竜崎は黙ってモニターを見ていた。

「うそ!!あれだけさくらのペースだったのに。」

アゲハは動揺を隠せない。

しかし、それとは裏腹にさくらは平然としてた。

「ごちそうさまでした。」

グラスを重ねて去ろうとした時、スミス氏がスミレに英語で何かを言った。

そして、笑顔で握手をもとめてきた。

さくらも最高の笑顔でそれにこたえて握手をした。スミス氏の顔がまた高揚した。


「なるほど、そういう事か・・・・。」

最後にスミス氏が言った言葉、日本語に訳すと〈もし、君に旦那と子供がいなかったら君を指名していたよ。人の妻に本気になるところだった。素敵な時間をありがとう。〉

おそらく、スミス氏にスミレはさくらが結婚していて子供がいると嘘をささやいたんだろう。あの女、とんだ女狐だったわけだ。

「すみません。負けちゃったみたいです。」

さくらが少しさみしそうな笑顔で帰ってきた。

アゲハは動揺を隠せない。そんな、天才が負けるなんて・・・・。


「何、青い顔してるのよ。」

顔を上げるとそこにレイカが立っていた。

「次は必ず私が取ってくるから、あんたはいい子にして待ってなさい。」

「VIPのお客様到着致しました!シルバーの席にお通しします。」

「さてと、いっちょ指名取って来ますか。」

レイカが指を鳴らし気合い充分にシルバーの席に向かった。


〈死闘・レイカ対美穂〉

「あら、レイカはんやないですか。よろしゅう。」

シルバーの席の前でレイカと美穂は対峙した。美穂の悪意に満ちた笑顔にレイカは顔をしかめる。

「あんた!よくもまあ、私たちを裏切っておいて、いけしゃあしゃあとしていられるわね。」

「あら、仰っている意味がわかりしまへんわ。うちはもともとあんたらを仲間やと思った事は無いですわ。」

「あんた、ふざけんじゃないわよ!!」

レイカは目をひん剥いて美穂に詰め寄った。

「あらあら、これやから品の無い方は嫌いやわ。これでうちに負けて。はよ、博多に帰り。」

レイカと美穂が一触即発の状況でにらみ合っている時、中央の扉が開いた。

「おい・・・あれ!!」

店にいる人間全員が中央扉に注目する。


「イエーイ!!ロックだぜ!!」

革ジャンに時代遅れの赤いシャツ、ヘビ柄のパンツにエナメルの靴、金色の長髪をなびかせ、耳や指などたるところにシルバーアクセサリーを散りばめている。

しかし、その格好が男性の年齢と比例していないのが痛々しい。

「やーちゃんじゃないか!?八神洋吉!!日本のロック界のカリスマ!!生ける伝説だ!!」

「オッケー、ベイビー、今日も最高だぜ!!」

やーちゃんこと八神はリズムに合わせてシルバーの席に到着した。

「俺っちの今日のレディは君たち二人かい?」

八神は両手でレイカと美穂を指さした。

「今夜はロックでパーディナーイト!!」

美穂は笑顔で八神を見ているが心からは笑っていないだろう。

レイカはただただ八神のテンションに圧倒されていた。

「じゃあ、子猫ちゃんたち、乾杯しようぜ!!カンパーイ!!」

三人は席について乾杯をした。

「八神さんとご一緒できるなんて、夢の様ですわ。うち、八神はんのキル・ユー時代からのファンで今でもよく聞いてるんです。

今度の新曲、ヘブンも今から楽しみですわ。」

「おっ、レディは俺っちのファンかい?嬉しいねぇ。」

美穂の強さはその徹底的な情報収集にある。

常に客の情報を仕入れ、綿密な計算のもとで会話を繰り広げる。恐らく客のほくろの数も知っているような女だ。

「八神はんの誕生日に合わせて武道館でライブをするなんて素敵やわ。うちもあのライブ行ってみたいと思ってたんですよ。」

「へへへ、じゃあ、ベイビーの為に俺っちが特別に招待するぜ。」

「えー、めっちゃ嬉しいわ。」

美穂が八神の腕にもたれかかる。八神も鼻の下を伸ばしてまんざらでもなさそうだ。

「ふーんだ。」

横でレイカがむくれる。

「おいおい、仔猫ちゃん。どうしたんだい?」

「そんなに美穂がいいなら、美穂といればいいでしょ。知らない!」

レイカはわかりやすいようにそっぽを向いた。

「悪かったよ、マイレディー。許しておくれよ。」

八神が胸に手を当てて許しをこうようにレイカに近づいた。

「なによ!許して欲しいなら態度で示してよ!」

「どういう事だい?」

「私、今、この店で一番高いワインが飲みたいの。八神さんの一番になりたいの。」

「おいおい、いきないりかい?」

「だめ?そーなんだ。じゃあ、しらない!」

レイカは八神に背を向けた。

「解った、解った。ヘイ!ボーイ!このレディーにロマネをハリーアップだ。」

レイカのワガママ攻撃は客と親密になればなるほど効果を発揮する。

しかし、今回の様な新規の客には使いにくい技だ。

急に過度のワガママを言ったら嫌われたり引かれたりしてしまう。反面、あまり弱いワガママでは効果がない。

ぎりぎりのワガママの匙加減こそがレイカが経験から身に付けたスキルである。

完璧なデーター収集の美穂と相手によってワガママを使い分けるレイカ、理性と感性、システムとセンス、玄人同士の一進一退の攻防は続いた。


「さてと、そろそろ一時間か・・・・・レディ達、楽しい時間はもう終わりだ。実は俺っちのフレンドである袴田ちゃんからの招待状にはこんな事が書いてあった。二人のうち今日のお相手を選べと書いてある。」

レイカと美穂は八神に向き合った。

「俺っちの人生はロックだ!俺っちの体にはロックの血が流れてる!二人の子猫ちゃんのうちロックな方を指名するぜ!」

ロックな方?一体どういった基準でロックというのだろう?レイカが悩んでいると美穂は立ち上がりボーイを呼んだ。

ボーイは直ぐ様ワインのボトルをもってきた。

「あまりお下品な事はしたくないんですが・・・・八神はんの為、うちのロックを見せます。」

そういうとレイカはワインボトルに口をつけ一気に飲み干した。

「ふぅ・・・・・おいしゅうございました。」

「いいねぇ!!最高にロックだぜ!!」

八神は両手の中指を立てて上機嫌の様だ。

美穂がチラリとレイカを見た。

「上等じゃない。私にもさっきのワインより度数の強い酒もってきて!!」

レイカもボトルに口をつけて飲み干した。

「やれやれ、うちにも一本持ってきて!」

またも美穂がボトルを飲み干した。

「あら、ずいぶん飲むの遅いわね。私にも持ってきて!」

二人は変わるがわるボトルを空け続けた。

一本、また一本と・・・・・気がつくとボトルの本数は二人合わせて20本を超えていた。

周りは二人を煽り、勝負は白熱していった。


流石の美穂もきつそうだ。レイカに至ってはフラフラで立っているのもやっとの状態だった。

おかしい?アゲハは二人の状況の差に違和感を感じた。

「千代崎さん。」

アゲハは近くにいたボーイを呼んだ。

「二人の様子が変なの、私の感が正しければ・・・・・・ちょっと見てきてくれる?」

「解りました。」

千代崎はそそくさとバックヤードに向かった。


ガシャーン!!

何かが床に落ちる音にアゲハはふりむいた。

レイカがヘネシーのボトルを一気飲みしてそのまま机に倒れ込んだ。

机の上のボトルやコップが床に散らばる。

「レイカさん!!」

「こないで!!!」

アゲハがレイカに駆け寄ろうとしたが大きな声でレイカがアゲハを制した。

「レイカ姉さん・・・・あかん。ホンマに死んでしまうって。お願いやからもうやめて!!」

茜は大粒の涙を流しながらレイカに話しかけた。

「私は・・・・・絶対勝つの・・・・・私の居場所・・・取り戻す。・・・・・・・・・・・・、

私には・・・・・・・ここしかないの・・・・・死んでも構わない・・・私は・・・・・・・絶対に勝つ!!!」

レイカは椅子によりかかりながらなんとか立ち上がった。

もう焦点はあっておらず、異常なまでにレイカの体は赤くそまっていた。

「ふん・・・・・、死に損ないがみっともない。次で止めよ!もう一本お願い!」

美穂がボーイを呼んだ。


「てめー、何してるんだ!!」

バックヤードから怒鳴り声が聞こえた。直ぐ様、アゲハ、松井がバックヤードに向かう。

バックヤードに入ると千代崎がマーベラスのボーイを取り押さえていた。

「松井チーフ!アゲハさん!こいつがワインのボトルにぶどうジュースを入れていたんです!アゲハさんの言うとおりでした!」

やはり予感は的中した。美穂は酒でなくジュースを飲んでいた。

同じ量の酒を飲んだレイカとあれほど状態が違う理由が判明した。

「ふん!バレてしまったらしかたない。けど、おれのジュース入りボトルはもう美穂さんの手元だ!

あのレイカっていう女ももう限界だろ。勝負あったな。」

壁に顔を押し付けられながらのボーイの男は不気味な笑い声を上げた。

アゲハは急いでフロアに戻った。

そこにはボトルを持ったレイカと美穂が対峙していた。

「次の一本で止めよ。」

「ふん・・・・・それは・・・・こっちのセリフよ。」

「レイカさんダメ!!罠よ!!」

アゲハの制止もむなしく二人は一気にボトルを飲み干した。


「うっつ、うげげっげげげろろろろろろろっろろろうっるるるるろろろろろっろ!!!!」

不快な音と共に美穂がアイスペールの中に嘔吐物をぶちまけた。

「はあ、はあ、はあ・・・・・・なんで?そんな馬鹿な?」

唾液をおしぼりで拭いながら血走った目をレイカに向けた。

「ぶどうジュースでも・・・・10本も飲めば・・・・気持ち悪くなるわ。」

朦朧とする意識の中でレイカは倒れないように仁王立ちになりながら言った。

「あんた・・・・・・知ってたか?」

「ふん・・・・あたしを・・・・・誰だと思ってるのよ。さあ・・・・・・どっちを指名する?」

レイカはフラフラになりながらも八神に向き直った。

「ヒャーハ!!最高にロックだったぜ!!レイカ、君こそおれのマイ・レディーだ!君を指名するぜ!!」

八神は手を叩き最高にご機嫌の様子だ。

「ありがとう。・・・・化粧直してくるから・・・・・ちょっと待っていてね。」

レイカは控え室に今にも倒れそうな足取りで向かった。


「レイカさん!」

控え室にアゲハと芳江が入った瞬間、レイカは崩れ落ちた。

アゲハはレイカを支えた。レイカの体は普通では考えられないくらい熱かった。

「ママ、急いで救急車を!!」

「待って!・・・・ちょっと休んだらすぐに戻る。」

「馬鹿言わないで!!本当に死んじゃうわよ!」

「お客様が・・・・私を待ってるの・・・・・・それに背を向ける事は死ぬことと一緒よ。」

アゲハはレイカのプロ意識の高さを痛感した。

やっぱり・・・・・この人はすごい!!

「それより・・・・・なんとかあんたに繋いだわ・・・・・・とは、なんとしても勝ちなさい。・・・・私達の店をとりかえすの。」

「解った。あなたの思いは受け取った。絶対に勝ってきます。」

アゲハはレイカの手を強く握り、レイカを芳江にあずけてホールに戻った。


<頂上決戦・アゲハVS可憐>

「あれれれ?アゲハさん。レイカさんはどうされました?」

控え室につながる廊下で可憐が腕を組んで壁にもたれながら問いかけてきた。

アゲハは挑発にのらないように無視をして通り過ぎようとした。

「アゲハさん・・・・このゲームも今のところ1対1のドローですね。次の客の指名を取った方が勝ち決定です。きゃははは、面白くなってきましたね。」

可憐はいたずらな笑みをアゲハに向けた。その瞳の奧はほの暗い憎悪の固まりか渦巻いていた。

「可憐ちゃん・・・・・貴方は本当に人を痛めつけるのが好きなの?私が落ち込んだりした時に笑顔をくれたり、ラーメンを食べに連れて行ってくれたのは嘘なの?」

アゲハの問いかけに可憐は顔を傾けて少し考える様なポーズを取った。

「私・・・・・・基本的に他人に興味ないんですよ。

興味のある事はゲームに勝つこと、私の最近のゲームはサファイアルージュの破滅。まずは紫乃の弱点を美穂を使って探ったわ。そうしたらあの女、子持ちだったじゃない。だからあんたをあの夜ラーメンに誘ったの。

ほら、あんたが帰る道と紫乃が子供と遊んでる公園が同じになるようにあのラーメン屋にしたの。あんたのおかげでいい写真が撮れたわ。

あんたやレイカの客、中小路もきな臭い商売してたしね。ちょっとだけ話しを盛って善良な市民である私が通報いたしましたー。」

おどけたように可憐が敬礼をする。

「けど、あの英二とかいう客も馬鹿よね。会社がなくなったぐらいで自殺するなんて。マジ!受けるんですけど!!そんな弱い男は生きる価値はありませーん。」

おどけた様にアゲハの前で可憐はバッテンを作った。

「あんた!今の言葉撤回しなさい!」

栄二の事を言われてアゲハの怒りが頂点に達した。

「きゃははははははは、アゲハさん、ウケるんですけど。

ねぇ、アゲハさん。猫ってネズミを食べないって知ってます。」

可憐は下をペロリと出して唇を舐めた。なまめかしくも残忍な表情が印象的であった。

「どういう意味よ?」

「猫は・・・・いたぶるんですよ。本能にまかせて。

私が貴方達を苦しめて、ゲームに勝つのは生きるためじゃないんです。

・・・・・本能なんです。

人の苦しむ顔を見ている時、ゲームに勝った時が私の本能が満たされる至福の時なんです。だから、アゲハさんを苦しめて今日はゲームに勝ちます。

きゃははははははははははは。楽しみにしていて下さい。」

それを言い終えると可憐がホールの中に戻って行った。


「VIPが到着致しました!!」

ボーイの勢いの良いコールにアゲハが立ち上がる。

店の反対側で可憐が腕を組んで不敵な笑みを浮かべていた。

いよいよはじまる。アゲハと可憐は同じようにゴールドの席に向かった。

店の中央の扉が開いて黒いスーツを着た男達がなだれこんできた。

ずいぶん物々しい雰囲気の中で一人の男が店の中に入ってきた。

「おい!!あれってまさか!!」

店の客の一人が声を上げる。

アゲハもその男を見て驚いた。


その男こそ、第17代日本国内閣総理大臣・阿藤昇三であった。


日本のトップが来店する。袴田のコネクションと力は本物だった。

仕立ての良いスーツを着て佇む阿藤の姿は今までの客には無いオーラを放っていた。

SPに案内されて阿藤は席に着く。

ゴールドの席にアゲハと可憐が並び立った。

「始めまして、アゲハです。」

「可憐です。よろしくです。」

二人はそれぞれ挨拶した。

「はじめまして、阿藤です。」

阿藤は太く低い声で一言だけ挨拶をした。

「私、総理大臣とお話できるなんて感動です。握手してください。」

可憐がとびきりのミルキーボイスで甘える。

阿藤は相手を詮索する様な鋭い視線を向け握手には応じたがそれ以降は何もしゃべらなかった。


政治家にとって重要なのは知名度の看板、財力の鞄、支持者の地盤だとされている。

阿藤はその看板、鞄、地盤の何一つ持ち合わせていない男だった。

選挙で落選する事13回、その間は自ら工事現場で働き、朝は誰よりも早く駅前で演説を毎日行った。

独特の政治論と、野党の並み居る政治家を前にしてもぶれない力強い発言、そして滅多に言葉を発しないその姿勢は国会で沈黙の阿藤として恐れられてきた。

「阿藤さんはご趣味はなんですか?」

「趣味は特には無い。最近は休みなく働いている。」

無骨なその姿勢は店に来ても変わらない。

しばらく、二人共阿藤に対しての攻め手を欠いていた。


「・・・・・私、実はアゲハさんに阿藤さんの指名を取ってもらいたいんです。」

可憐が突然、節目がちにそう言った。

「それはどういう事だね?」

阿藤は眉を潜めて不思議そうに聞いた。

「アゲハさんは父子家庭で、たった一人のお父さんを自殺で亡くされて大変なんです。

アゲハさんはお父さんの自殺の真相を確かめるために、全身整形をしてまでこの店に入ったんですよ。

違いますか・・・・・・小野寺秀子さん。」

可憐は全てを知っているようだ。そしてここでアゲハの全身整形というカードを切ってきた。

可憐の悪意に満ちた笑顔がアゲハに向けられる。

「それは本当なのか?私は親に貰った体に傷を付けるのは許せんな。」

阿藤が無表情でアゲハに言い放った。

席に重苦しい空気が流れた。

店の全ての人間がアゲハを見つめる。

少しの間、店の中に沈黙が走った。


「それは・・・・・・本当の話です。」

アゲハがはっきりと阿藤に向かって言い放った。

まわりで話を聞いていたキャスト達もおどろきを隠せなかった。

店中の視線がアゲハに集まった。

辺りがざわつく中で、阿藤はアゲハを真っ直ぐ見据えていた。

アゲハは一度、深呼吸をして目を閉じた。

そして、目を見開いて阿藤、そして可憐を見つめた。

余りにも意志の強い視線に阿藤と可憐は思わずのけぞる。

「確かに私は全身整形をしました。それは事実です、批判したければしてください。

けど、そのおかげで自分に自信を持つことができました。新しい世界に飛び込む事ができました。

そのおかげでたくさんの人と出会い、その人達を愛し、そして愛されました。

私はそれは外見が美しくなっただけでは手に入れる事ができなかったと思います。今、私が元の姿にもどっても今までどおり皆、私を愛してくれると思います。」

アゲハは強い視線を阿藤に向けて放った。その目には迷いは一点も無かった。

「なっ、そんな綺麗事!!通用する訳がないじゃない!!あんたがブスな頃に戻ったら、誰もあんたなんかに見向きもしないわよ!!」

可憐はヒステリックにまくしたてた。

「可憐さん・・・・・貴方は何をそんなに怒ってるの?冷静なあなたが珍しい。」

可憐の瞳孔が一瞬大きくなった。

「べ、別に・・・・私は整形してまで美しくなる人は嫌だと思って・・・・ねえ、阿藤さん。」

阿藤は何も応えない。黙って何かを考えている様だ。

「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。佐藤信子さん。」


「な!!・・・どうしてその名前を!!」

「貴方は私にいろいろな言葉で精神的に揺さぶりをかけてきた。父の事、栄二の事・・・・・確かに私の心に深く傷を付けた。けど、全身整形の事については一切触れなかった。

あなたや美穂さんの情報網を使えば私が全身整形している事なんて一発で解るはず・・・・けど貴方はそれを使わなかった。私が推測するに理由は二つある。

一つは今日のこの日の為に私を葬り去る切り札にする為、もう一つは自分自身の為・・・違う?」

アゲハの視線が可憐を鋭く捕らえた。

「どういう事よ!!」

「まあ、百聞は一見しかずよ。松井さん。」

松井は苦い顔をして頷いた。

大丈夫よとアゲハが笑顔で頷いた。

松井が店の照明を一気に落とした。

店中が暗くなり客やキャストたちから悲鳴や混乱の叫び声が聞こえる。

そして、青く怪しい光が店内を照らした。


「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

女性の悲鳴が店に響き渡った。そには鼻と顎が鈍く光る、アゲハと可憐がいた。

可憐は光る鼻と顎を必死にかくしているが隠しきれていない。

「これは一体・・・・どういう事だ?」

阿藤が驚きを隠せずにきいた。

「もうお解りだと思いますが、私と可憐は顔を整形しています。

シリコンがブラックライトで照らされて光るのが何よりの証拠です。」

「あんた!いつ解ったのよ!」

可憐がものすごい剣幕で詰め寄った。

「最初からよ。なんていうか顔を使い方が感情よりも少し遅れてるような気がしたの。

残念ね。同じ整形をした人間だからわかるのよ。竜崎さんに貴方の身辺を探ってもらった。あなたは過去に人を殺しているわよね?その時に今の顔に整形した。

それにあなたはいたぶる事に対しては天才だけど、非効率で理屈に合わない事はしない人だと思う。全身整形と言うカードを持ちながら最後の勝負所まで使わなかった。それは自分にもリスクがあるから・・・違うかしら?」

可憐がアゲハを暗い目で睨んだ。

そんな視線など無かったかの様にアゲハは阿藤向き直り頭を下げた。

「不快な思いをさせて申し訳ございません。みっともない姿をお見せしてしまいました。キャストを変えますか?」

阿藤はしばらく黙っていた。

「いや、このままでいい。アゲハ君、君にひとつ聞きたい事があるがいいかな?」

またしても、低く太いよく通る声で阿藤は言った。

「私は今、ある法案を可決しようとしている。この法案が通れば日本経済の安定とアメリカや中国に負けない国力の礎となるであろう。しかし、野党からの軋轢も多い。党内からの批判の声も上がっている。このままでいいのだろうか?」

阿藤が珍しく落ち込んだ顔を見せた。

彼なりに戦い、考え、苦悩しそれでも前に進もうとして傷つき、疲れ果てた阿藤の顔がそこにはあった。

アゲハは阿藤の手を優しく握り、阿藤を見つめた。

「自分を信じない人に国を変える事が出来ますか?国民がついて来ますか?」

阿藤に対して真っ直ぐな思いをアゲハは言った。

「自分の信じる道を突き進んでください。もしその道が間違いだったら私が責任を持ってあなたと心中します。」

アゲハと阿藤の間に沈黙が流れた。

「心中か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ははははっははは、面白い!!」

始めて阿藤が大声で笑った。

「いいだろう!アゲハ君、君を指名する!!」


店中が沸き立った。アゲハは国のトップをモノにしたのだ。

「きゃあ!アゲハさん凄い!!」

さくらが突然抱きついてきた。

「全く、あんたには恐れいったわ。」

茜が笑顔で近づいてくる。

「おめでとう。アゲハちゃん。」

紫乃が拍手をしてくれた。

紫乃に支えられながらフラフラのレイカが立っていた。

アゲハとレイカが向かい合う。

「ふん、今回は良くやったわ。褒めてあげる。」

レイカは照れ臭そうに顔を背けながらアゲハに向って手を差し伸べた。

その手をアゲハも握り返した。


<終演>

「それでは結果を発表します。」

ひとりのボーイが集計結果を持ってきた。

皆がボーイの方に視線を向ける。

ただ一人、可憐だけはうつむいたままで一人で何かをブツブツつぶやいている。

様々な思いが交錯する中でボーイの口が開いた。

「2月14日の売上結果を発表します。」

イーリスのメンバーは皆で手をつなぎ結果を待ちわびでいた。

お願い・・・・!!アゲハは目をギュッと瞑った。

「マーベラス・2億9974万円、イーリス・5億9825万円!!!

勝者!!イーリス!!!」

イーリスサイドから歓声が広がる。茜とさくらが抱き合って喜び、紫乃の目には光る物が輝いていた。

緊張が一気に歓喜の輪に変わった。

袴田は一人青い顔をして頭を抱えながらしゃがみこんだ。

「袴田、約束どおり全てを吐いてもらおう。」

龍崎が崩れ落ちた袴田を上から見下ろすかのように詰め寄った。

「ふん!ふざけるな!俺がが何をしたというのだ?俺は政財界にも顔が効く男だぞ!俺が一声掛ければお前なんかこの業界から消してやる!今日はたまたま負けただけだ!」

袴田は両手をデタラメに振り回しながら口の端に泡を貯め狂った様にわめき散らし、最後の虚勢を張った。その姿は見苦しくも滑稽な裸の王様の末路だった。

「悪いがそれ以上は署で話を聞かせてもらう。」

おもむろに一人の男が入ってきた。袴田が肩で息をしながら声の方に顔を向ける。

「袴田さん。小野寺義人さん殺害、龍崎美咲さん監禁殺害、不正取り引きなどで逮捕状が出ている。署までご同行願おうか。」

先ほどまで客の一人として席に座っていた男だ。どこか目付きの鋭さを感じでいたがまさか警察だとはだれも気がつかなかった。

「あんた!刑事やったん!」

接客をしていた茜が素っ頓狂な声を上げた。

「すまないなお嬢さん。潜入捜査だったものでね。それと佐藤信子さん。あなたも殺人の罪で逮捕状がきているから署まで・・・・・あれ、おかしいな?先までここにいたのに?」

いつの間にか可憐がいなくなっていた。

どこへ行ったのか、あたりを見回すが可憐はどこにもいなかった。


レイカはその時、背後から寒気を感じた。

扉でも開いているのか?風邪でも引いたのか?

レイカは酔いが周り、意識が朦朧とするなかで寒気がした方へ首をまわした。

そこには憎悪に満ち、充血した目をこちらに向けている可憐と手には光る銀色の何かが握られていた。

「私がゲームで負ける?ありえない?そんなはずはない。全ては計算通り進んでいた。そう、私は負けていない。ゲームはまだ終わらない!私は負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、負けない、私は必ず勝つ!」

その可憐が手に握っているものがテレビゲームで出てくる様な殺傷力の高いサバイバルナイフだとレイカが気付いた時には遅かった。

可憐はナイフを握りアゲハに向けて走りだした。

「アゲハ!逃げて!」

レイカの悲痛な叫び声にアゲハが振り返る。

そこには獰猛な獣の顔をした可憐がナイフを握りしめ突進してきた。

皆が驚き時間が止まったかのように動けない。可憐のナイフが一歩、また一歩と近づいている。もう避ける事のできない距離までナイフの切っ先が到達した。

アゲハは咄嗟に目をつむった。

すると、暗闇のなかでいつか嗅いだコロンの匂いがした。私を自殺から救ってくれた匂い、私にいつも勇気をくれた匂い、私の愛する人の匂い。

アゲハは目を開けた。そこには龍崎が可憐から立ち塞がるように立っていた。

竜崎の背中からわずかに銀色に光る切っ先が生えていた。

「きゃーーーーーー!」

誰かの悲鳴と共に刑事が可憐を抑え込んでいた。

可憐は薄笑いを浮かべて、視点が合わない目をしていた。恐らく精神が崩壊したんだろう。

竜崎はナイフの刺さった胸を押さえその場に崩れ落ちた!

「救急車を!早く!」

いちはやく冷静さを取り戻した芳江が叫んだ。


「竜崎さん!お願い!しっかりして!死なないで!」

アゲハは竜崎の頭を膝枕のようにのせて必死に声をかけている。アゲハのドレスは竜崎の血で染まっていた。

「きいてくれ・・・・・・・・アゲハ!」

竜崎は吐血しながらもアゲハの顔に手を伸ばした。

アゲハはその手を握る。大粒の涙で竜崎がよくみえない。

「喋っちゃだめ!お願い!救急車がもうすぐくるから頑張って!」

アゲハは竜崎に叫ぶ様に言った。

「いや・・・・もういいんだ。それよりも・・・・・・聞いてくれ。前に俺の母と袴田から逃げ出したと言っただろ。」

アゲハは大粒の涙を流しながらうなずく。

竜崎は最後の力を振り絞り話し出した。

「その逃亡期間の5年間で俺たちは君のお父さんに出会った。」

竜崎と父にそんなつながりがあったなんて、アゲハは驚きを隠せなかった。

「母さんは・・・君の父さんと恋に落ちた。父さんは連れ子の俺にも優しくしてくれた。

キャッチボールや・・・・釣りも教えてくれた。

幸せだった。俺の人生で一番幸せだった瞬間だ。そして、二人の間に一人の女の子が生まれた。」

竜崎は咳き込んだ。その咳には大量の血液が混ざっていた。竜崎の命が少しづづ削られているのが手に取るように解る。

「・・・そんな!嘘でしょ!?」

想像もしていなかった真実にアゲハは言葉も出なかった。

「いつか言わないといけないと思っていた。俺は・・・・・君の種違いの兄だ。

君が生まれた時、なんて可愛い子だと思ったよ。ガラスの動物の置物が大のお気に入りだったよな。けど、袴田に居場所が見つかり俺たちは父さんに迷惑がかからないように父さんの前から姿を消した。しかし、袴田に見つかり・・・・・・・母さんは帰らぬ人となった。そして、その死の真相を知り得た父さんまでもを袴田と可憐は殺した。

・・・・・俺は父さんを救う事が出来なかった。

母さんはいつも言ってた。もう一度、家族4人で幸せに暮らそうねって。俺は父さんも・・・・・母さんも救う事が出来なかった。それどころか実の妹を復讐の道具の様に使った。・・・これはその報いだな。」

竜崎は胸部に刺さったナイフを見つめた。そこからは止めどなく血が溢れ出ていた。

「すまない。俺は実の兄でありながらお前を一人の女性として愛してしまった。

しかし、俺はお前の兄だ。だからあの夜・・・・・・お前を突き放した。

すまないな、辛かったろうな。本当にすまない。

お前は俺や父さん、母さんの分まで・・・・・幸せになってくれ。」

それを言い終えると竜崎の手から力が抜けた。まるで糸の切れたマリオネットのように静かに崩れ落ちた。その顔は血に染まりながらも静かに眠っているようだった。

「嫌!ダメ!お願い!!死なないで!!お兄ちゃん!お兄ちゃん!いやーーーーー!!」

アゲハの悲痛な叫びが夜の歌舞伎町に鳴り響いた。


<ハイイロノセカイ>

あれから何日が経過しただろうか?荒れ果てた部屋の中でアゲハは一人うずくまっていた。

お父さん、栄二、竜崎さん・・・・・。

私が愛した人達はもうこの世にはいない。

わたしが愛さなければ、私に出会わなければ、私が生まれてこなければ・・・・あの人達は死ななかったかもしれない。

神様、私が一体何をしたというの?何故、こんなにも辛い思いをしないといけないの。

アゲハは大粒の涙を流した。しかし、どれだけ泣いても涙は枯れる事はなかった。

暗い部屋の中でアゲハは自分の両肩をだいて思い出に浸っていた。父の優しい笑顔と大きな手、英二とのキス、竜崎の温もり。

それをどれだけ望んでも二度と味わう事は許されなかった。

すべての風景が白黒に見える、愛する人のいない世界なんて・・・・・生きている意味があるのか?

・・・・あの人達の元に行こう。きっと、お父さんが、英二が、竜崎さんが私を待っていてくれている。

今のアゲハにとって死がとてつもなく魅力的に感じた。

アゲハは落ちていた包丁を握りしめ見つめた。

包丁には自分のやつれきった顔が映し出されていた。

静かに自分の手首にはわせてみる。不思議と恐怖や痛みはなかった。

「・・・・・今から私もそっちに行くね。」

アゲハは包丁を握る手に力を込めた。


ドバキッ!!!


乱暴に何かが破壊される音がした。

アゲハは顔をあげて音のした玄関に目をやった。

玄関に紙袋をぶら下げたレイカが肩で息をしながらぶち破ったドアの上に乗り、鬼の形相で立っていた。

レイカはドカドカと土足で上がりこみ、包丁をアゲハから取り上げると強烈なビンタをアゲハにお見舞いした。一発、二発、三発・・・・・。

アゲハは鼻血を出し、ぼんやりしながらレイカを見つめた。

力一杯ビンタをしながらレイカは泣いていた。

「あんたね!死ぬなんて最低よ!あんたはどうかしらないけど、あんたは必要な人よ!あんたが死んで悲しむ人間がここにいるの!あんたは死んじゃだめな人なの!」

アゲハの胸ぐらを掴み顔を寄せてレイカは声の限り叫び大粒の涙を流した。

そして、アゲハを強く抱きしめた。

アゲハの目からも自然と涙がこぼれた。


レイカはアゲハの服を脱がし風呂に入れてくれた。久々に感じた爽快感だったが、アゲハはうつむいたままで動かなかった。

「私、今から買い物行ってくるから、それまでに勝手に自殺とかしないでよね!」

レイカはそう言い残し外に出て行った。

アゲハは人形の様に力なくしゃがみこんで部屋の天井を眺めていた。

もう・・・・・・・どうでもいい。

アゲハはまた虚空を見つめた。


ブブブブブ、ブブブブブ!

レイカが忘れた携帯がなり響く、最初は無視をしていたが何度も何ども着信が止まなかった。

緊急の要件だといけないので誰とも話したくなかったがアゲハが電話にでる。

「・・・・・・はい。」

「望美?なにしとっと!?母さんちゃ!ごめんねー、あんたに明太子送っちゃおもっとったけど、普通のたらこやった。こげん失敗してしまうなんて、母ちゃんも可愛いところあるやろ?アハハハハハハ!」

急に電話越しからまくし立てるような博多弁を聞いてアゲハは動揺した。

「あ、あの。お母様ですか?私、その、望美さんの・・・・・同僚で、アゲハっていいます。今、望美さんはちょっと外出してまして・・・・。」

「ありゃ!あんた、アゲハさん!始めまして!望美の母の時子です!いつも、望美がお世話になっております。」

またも、まくし立てる様な九州弁で望美ことレイカの母は挨拶した。

「ごめんねー、アゲハちゃん。あんたの為に送った明太子、普通のたらこやったんよ。」

「え?・・・・・私の為に?」

「望美がね、アゲハちゃんが元気ないけん。博多明太子食わせて元気にしてやるゆうてね。

アゲハちゃんは東京で出来た大切な友達やって言っとったたい。あの子昔から気ばっか強くて、友達ができんかったい。きっと、友達が始めてできて嬉しかったとよ。」

アゲハは驚いた・・・・・・それ以上に嬉しかった。

レイカがアゲハをそこまで気にかけてくれ、自分を友達と思ってくれてたなんて。

吹雪の様に寒かった自分の心に一筋の日が差した様だった。

「あの子は気は強いけど、根は優しい子やからこれからもあの子と仲良くしてあげてね。」

「・・・・・はい。」

時子の言葉に涙し言葉を詰まらせながらもアゲハは声をなんとかひねりだした。

そして電話を切って号泣した。

レイカをしばらく待っていたがレイカがなかなか帰ってこなかった。

気がつくとアゲハは泣きつかれてウトウト眠りについた。


はっ!と目を覚ました時は深夜12時をまわっていた。机の上をみると夕飯が美味しそうに湯気を立てており、横に置き手紙が置いてあった。

''3月9日、イーリス開店。遅れるんじゃないわよ!''

その文字は汚かったが優しさに溢れていた。

アゲハは机の上にあるレイカが作ってくれたであろう夕飯を食べた。

その味は想像を絶するほど不味かった。


<そして、未来へ歩き出す>

「いやー、緊張しますね。」

松井は控え室でウロウロしながら落ち着かない様子だ。

「はいはい、ネクタイが曲がっていますよ。新オーナー。」

芳江が松井を呼び止めてネクタイの歪みを直す。

「そんな、オーナーなんてやめてくださいよ。オーナーなんて。」

松井は照れくさそうに頭をかいた。

「ダメですよ!貴方は今日からこの店のトップなんですから。今日の挨拶はしっかり決めて下さいね。」

芳江は松井の背中を優しく叩いた。

「うう・・・・緊張するな。」


「それではオーナーの松井様よりご挨拶です。」

盛大な拍手の中で松井が右足と右腕、左足と左腕が同時に出るロボットの様な歩き方で壇上に上がった。

イーリスのキャストやボーイ達の視線が松井に集まる。

「えー、あー、先ほどご紹介頂いた。オーナーの松井です。というより・・・皆さん知ってますよね?」

周囲から小さく笑い声が起こる。

「今日からイーリスが始まります。イーリスとはギリシャ語で虹という意味です。

虹はいろいろな色が合わさってひとつとなります。

私達も様々な個性を結集して美しい虹を描きましょう。」

あたりから拍手が巻き起こる。

「それと、虹にはもう一つ意味があります。それは虹には後悔の黒と、何もしない白はないということです。私はそれをある女性から学びました。勇気を持って試練に立ち向かうことを学びました。

・・・・・その女性は必ずやこの店にもどってきてくれると信じています。」

さらに、大きな拍手が松井を包みこんだ。

レイカは腕を組んでアゲハのいないフロアを見つめた。

「はやく帰ってきなさいよ!」レイカは心からアゲハの復帰を願った。


「レイカさん、アゲハさん来ないですね。」

さくらは眉毛をハの字にして心配そうにしている。

「あんた・・・なんて顔してるの!アゲハの事はいいから。開店の準備しなさい。」

レイカは優しい笑顔でさくらの頭を撫でた。

「はーい。」

「みんなも、今日は大事な開店初日よ!気合入れて行くわよ!!」

レイカはキャスト達に向かって大きな声をで気合を入れた。

この店には紫乃もいない、茜もいない、そしてアゲハも・・・・・・。

サファイアルージュは素晴らしい店だった。

しかし、過去を振り返っても仕方がない。

今はこの店をサファイアルージュの様に、それ以上の店に自分が引っ張っていかなければならない。

レイカは頬を叩いて気合を入れた。


「いらっしゃいませー!イーリスへようこそ。」

店は竜崎対袴田の対戦から話題性抜群であり開店から店はすぐに満席となった。

しかし、そんな話題性なんてすぐに消えてしまう。

お客様に本当に喜んでもらえるサービスを提供しなければこの歌舞伎町ではどんな大きな店も潰れてしまう。だからこそ、店のメンバーが一丸となって頑張らなければイーリスという船は歌舞伎町という大海原に飲み込まれてしまう。

レイカは新人に戻ったころの様に全力で接客に望んだ。


「やあ、レイカちゃん!」

レイカが後ろから声をかけられ振り返った。

そこには小柄な中年男性が立っていた。

「貴方は」

「どうも、小野です。こうやって話すのは始めてですよね。」

「ふふ、そうですね。あの・・・・すみません。その、アゲハは。」

「・・・・あんな事があったあとでは仕方ないよ。」

小野は少し残念そうに微笑んだ。

「すみません。」

レイカは小野に向かって丁寧に頭を下げた。

「レイカちゃんが謝る事は無いよ。アゲハちゃんは不思議な子だ・・・・最初に会った時にはあんなにも自信なさげだったのに。いろんな苦難を乗り越えるうちにどんどん強く、美しい女性となった。

まさに蛹から蝶になって夜の空に舞っていたね。だから僕は待っているよ。アゲハちゃんが翼の傷を癒してまた舞い上がるのを・・・・。」

小野は遠い目をしてアゲハの事を思い出した。

「そうですね・・・・・アゲハはきっと戻って来ますよ!その間、役不足かもしれませんが私がアゲハのヘルプに入ります。」

「それは光栄だね。No1のレイカさんにお相手してもらえるなんて。」

「その代わり!小野さん、私のわがまま聞いて下さいね。」

「これは、これは・・・お手柔らかにたのむよ。」

二人の間になごやかな空気が流れた。


ガチャ・・・・・・。

ホールの中央の扉が開いた。

逆光で誰が入ってきたか解らなかったが、その神々しいシルエットは店の全ての人間の視線を惹きつけた。

煌びやかなドレス、ゆるく巻いたカールの髪、歩くたび香るローズの香り・・・・。

階段をゆっくり降りてくる姿はまさに女神そのものだった。

「あ・・・・・。」

レイカが声を発した。

扉が締り、シルエットの正体が浮かび上がる・・・そこにはアゲハが立っていた。


アゲハが松井と芳江の元に優雅に歩いて行った。

「遅れてしまい申しわけございません。ただいま戻りました。」

アゲハは二人に頭を下げた。

「おかえりなさい。アゲハさん。」

松井は万遍の笑で声をかけてくれた。

「もう!・・・・いつまでたっても手のかかる子だわ。」

芳江の目に光るものがたまっていた。

「松井オーナー、芳江ママ、ありがとう。」


「よかったですね。アゲハさん復活ですよ。」

さくらは嬉しそうにレイカに話しかけた。しかし、レイカがから反応は無い。

「・・・・レイカさん?」

さくらがレイカの顔を覗き見ると、レイカは大粒の涙を流しておりさくらは驚いた。

「遅いのよ・・・・バカ!心配したんだから・・・・本当に、本当に・・・・うわああああああ!!」

レイカは大声を出して号泣した。

「ちょ!ちょっと!レイカさん。お店の真ん中ですよ!ほらほら、泣かないの!よしよし。」

さくらがおろおろしながらレイカをなだめた。

「うるさい!!ヒック!ばかああああああああ!」

レイカは号泣しながらさくらに抱きついた。

さくらも困った顔で笑いながらレイカの頭を撫でてレイカをなだめた。

そのまわりで笑いがどっと起きた。


「小野さん、お久しぶりです。」

アゲハは小野に向き直りおじぎをした。

「アゲハちゃん・・・・・お帰りなさい。待っていたよ。早速で悪いんだが君を指名したいんだけどいいかな?」

アゲハは笑顔で応えた。

お父さん、栄二、竜崎さん・・・・・私、もう一度この街で、この世界で舞ってみるね。

だから、私頑張るから・・・・・これからも見守ってね。

「ご指名ありがとうございます。アゲハでございます。」

アゲハは最高の笑顔で応えた。

最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。

あなたの人生の一部にこの小説が登場したことを心よりうれしく思います。

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