短編01 吸血鬼娘
吸血鬼娘の話をいつもより長めに。
あと出会ってから少しだけ。
思い返せば切っ掛けは些細な物だと思う。
理由を付ければいくらでもあげられるだろう。彼女が一人でいたとか、彼女の持ってた紙パックが気になったとか、薄い髪の色が目立ったからとか。
でも、気になった切っ掛けは些細なことだった。
ふと中庭を見ると、端のほう、日陰にあるベンチにいた女の子に目が止まる。陽気ないい天気で、中庭には他にも大勢の生徒が昼食を取ったり雑談をしていた。けれど、彼女は一人で紙パックの飲み物を啜っている。
その紙パックには見覚えがあった。以前気になって飲んでみた事があったからだ。白地におもしろみも何もない「疑似血液飲料ホワイトブラッド」とだけ黒で印字してあるだけのパッケージが逆に気になったのだ。
非常に不味かった。甘いような苦いような、人が好んで飲むようなものじゃない。
それを飲む彼女の顔もあまり楽しそうじゃない。
僕は購買でパンを買った帰りに校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下を歩いていた。渡り廊下は校舎の三階同士まで繋いでいるけど、なんとなく一階を通りたい気分だったからだ。そこで彼女を見つけたんだ。他の生徒と違って髪を脱色しているであろう薄い色だったから目に付いたのかもしれない。
今日は偶然、自分の友達は休んでいたり他のグループと食べるということで、久々に一人で食事するハメになっていた。教室で一人で寂しく食べるのも嫌だし、同じ寂しそうな女の子に声を掛けるのもいいだろう。
ちょっとしたいいことをするつもりで彼女に近づくと、異様な風体に気付く。
小柄、というレベルの体格じゃない。小学生のようだが、しかし制服を着ていると言うことはちゃんと女子高生なのだろう。染めているのだろうと思っていた薄い色の髪は、どうやら元からその色のようで、染めたり脱色したりした髪特有の荒さがない。それに、えらく整ったバランスの良い顔をしている。美少女というのは彼女のような存在を言うのだろう。
「何か用?」
か細い音。それが自分に向かって言われたと気付くのに少し掛かった。
「あっ、いや」
僕は少し慌てながら言う。
「そこ、座っても良いかな?」
すぐに、「一緒に食べよう」とか他に気の利いたことが言えない自分が恥ずかしくなった。
「好きにすれば良い」
少しも表情を変えず、彼女は右側にずれて僕の座る場所を空ける。僕はどうも、といいながらそこに座り、パンの袋を開けた。今日は唐揚げパン。焼きそばパンのパンにマヨネーズと唐揚げを挟んだシンプルなパンだ。それと牛乳。
そこそこ味はいいそれを、彼女に「それ美味しい?」と聞いてから僕はパンをかじった。
「おいしくない」
そっけない一言。けれど、答えてくれた。
口の中のパンを牛乳で流し込み、彼女にもう一度質問をした。
「食事は?」
囓る。流石に三日連続で同じパンは飽きるな。
「これだ」
彼女の方を見ると、紙パックを少しだけ上げていた。確かに昼食代わりにはなるかも知れない。でも一パック200円を二つも買ってそれで済ますのはどうだろう。
「おいしくないのに?」
「これじゃないとダメなんだ」
それ以上の返事はなかった。その理由はなんだろうか。何故か、聞いても教えてくれない気がした。
なら、質問を変えればいいか。
「なんで一人でこんな所に?」
あ、唐揚げがなくなってしまった。残りはマヨネーズが付いたパンの端っこか。
唐揚げを名残惜しいがよく噛んで飲み込んだ。と、そこで彼女から返事がないことにはたりと気付いた。牛乳のストローに口を付けながら彼女の方を見て見ると、彼女は変わった表情で僕を見ていた。そんな反応は初めてだ。彼女の表情は何を現しているのか。
「お前、私を知らないのか?」
僕は彼女と初対面のはずだ。だから、多分知らないと思う。と返事する前に、
「それとも知ってて馬鹿にしているのか?」
と言われた。目の端に涙が溜まり始めている。地雷を踏んでしまったか。
そして彼女は僕が何かを言う前には立ち上がってしまった。引き留めようと手を伸ばして、その手にパンの最後の一切れをまだ持っている事に気付く。彼女もパンの欠片に気付いた。
無言でビンタされた。
「わたしをばかにしているのか!」
そう言って彼女は背を向けて走っていく。思った以上に小さな背中に、僕がどうすればいいのか迷っている内に彼女の姿は見えなくなった。
結論を言えば彼女は固形物を食べることが出来ないのだ。だから、食事の席で自分に遠慮して貰わないよう、教室からいなくなるのだ。
彼女は液体状の物しか摂取・消化できない種族。彼らは栄養効率の良い血液を最も好むため、吸血鬼とも呼ばれる。
物語の吸血鬼は強大な力を持つが、実際の彼らは違う。食糧の問題から体格には恵まれず、筋力も付きにくい。色が薄いため、比較的に、ではあるが日光に弱い。また昔は血を媒介とする様々な病気に罹り、今ではその数を少なくしている。亜人の存在が公にされて以降も彼らを迫害する地域もあるという。
知識としては知っていた。ホワイトブラッドは彼女のために販売されていたのだ。彼女が吸血鬼だと言うことは、少し考えれば分かったはず。だが、教室に帰り友人に聞くまでその可能性を一切考慮しなかった。
僕は彼女に謝らなければいけないのだろう。
「ごめん」
僕は彼女の隣に座り、そういった。
昼休みの彼女はここしか居場所がないのだ。中庭の、端の方、日陰になったベンチ。楽しい昼食時の雑談を邪魔しないよう彼女の配慮。
僕はメンチカツパンに巻かれたラップを剥がしながら彼女に言う。
「君の隣、いいだろ?」
「もう座ってるじゃないか」
彼女はそう答えて、紙パックのホワイトブラッドを啜った。もう量が少なかったらしく、ズズズと空気と飲料を交互に吸う音がした。
僕もホワイトブラッドのパックにストローを刺す。
「好きな物飲んでいいんだぞ。不味いし」
「昨日のお詫びみたいなもんさ」
7割ほど本心だ。残りは、自分でも分からない。
しかし、不味い。ドロっとしてて甘すぎるのに苦みが混じっている。そして何処か錆びた鉄のような臭いが漂う。
「渡せ」
彼女は僕の手からパックを取ろうとした。けれど僕の手からパックは離れない。
「無理に飲むな。代わりにこっちを飲めば良い」
彼女は牛乳をこちらに差し出してくる。牛乳も飲めるんだ、という妙な感想でつい手の力を緩めてしまい、ホワイトブラッドのパックは彼女に取られてしまった。その手に彼女は牛乳のパックを握らせ、彼女はホワイトブラッドのパックに刺さるストローを咥える。
間接キス、なんて言葉が思わず頭に浮かび、顔が熱を帯びる。彼女に悟られない内に顔を逸らすことにして、牛乳を飲むことにした。
牛乳のパックには既にストローが刺さっており、透明なストローの内側は既に白濁した液体が付いている。吸い口も少しだけ濡れているようだ。恥ずかしいような照れるような、よく分からないけど顔が熱いのだけはよく分かった。
「どうした? 飲ま、ないのか」
彼女の言葉はだんだん萎んでいくようだった。
熱が引かない顔を彼女に向け、どうしてか見て見ると、彼女の白い顔に桃色が差していた。
「あ、うん。早く、飲め」
彼女はそのまま僕の手から取ったホワイトブラッドをきゅー、と吸う。強がっている気がするけれど、気にしない、なんてことは出来ないけれど、僕は大人しく牛乳を飲むことにした。
今日のメンチカツパンは味がよく分からない。
好評なら続き書きます。




