お正月のおまけ。活動報告の追記を移動、編集。
新年あけましておめでとうございます!
昨年中は素晴らしい読み手の皆さま、又、尊敬する書き手の皆さまに触発され、非常に良い時間を過ごすことができました。
本年も、よろしくお願いいたします!
ところで今日のネタは、ボヤキです。新年早々、これが私のクオリティ! (キラッ)……などと開き直ってみます。
えーと、自作の宣伝をなさる方に。あ、はい、あくまでも「私の意見」なんですが、読んで少しでも心に留めていただけたら幸いです。
同様のことは「放課後エッセイ」にも若干、書かせていただいたんですが。
ネットのあちこち、私自身も拙作の宣伝をかけることは当然にあります。で、同じように他の書き手さまも、自作の宣伝をなさっていらっしゃるわけで。
しかし、時々「こんな宣伝文句では、マズイんじゃないだろうか」と感じる「売り文句」があるのですけれども。
たとえば。
「駄作ですが読んで下さい!」
「つまんない作品ですが感想ください!」
こういうの見ると、いぢわるな私は(特に、体調が悪い時は“いぢわるメーター”が最高潮に達します、んもうマックス振り切れ状態/笑)
「『駄作』? 駄作だったら宣伝してほしくないな、サーバー負担を考えてもらいたいしね。宣伝文を乗っけてるサイト主に悪いとは思わないのかなあ……。それに『なろう』は、あんたのゴミ捨て場じゃないんだし……いくら株式化したとはいえ、ねえ……?」
とか
「わざわざ駄作を読んでるヒマあったら、好きな作家さまの更新を探すわ」
「つまんない作品に感想を書く時間なんてないわねえ」
とか思ってしまいます。
謙譲の精神は理解できるけど、
「ブッサイクな作品かもしれません、でも一生懸命に書きました! よろしくお願いします!」
っていう言葉の方が、ひたむきさが伝わっていいと思うのよ。
第一、作品って自分の子供みたいなもんでしょう。手塩にかけて(タイトルを決めたりタグを考えたりすることはもちろんですが、それ以上にテキスト画面に向かった時間のすべてを『手塩』と、この場は呼びたい)育てた子供を「あんた駄作やねん!」「おまえツマランねん!」と、わざわざ親が看板を付けることはないでしょう?
実際に、そんな言葉をかけられた子供がいたら可哀想だとは思いませんか? いえ、生身の子供じゃないんだから……と、きっと読んだ貴方は思うでしょう。
でも違います。作品はたとえそれが未完であっても、完結したものであっても、書き手の魂の一部をこめたものには違いないのです。
おそらくそれらは自分の子供よりも、ずっと言いなりになるもの・言いなりになったものでしょう。生身の赤ん坊よりも、とんでもなく育てやすかったはずです。魂を作中に、こめやすかったはずです。魂、というのが大袈裟であれば主張でもよろしい。空気感や世界観でもいいでしょう。
仮に読み手さんが、思いっきりお腹に力を込めて
「この作品、作者の言う通り。マジでくそつまんねええええええええええええ!」
と言い、それに同調する読み手さんが現れて
「ほんと! こんな駄作。『なろう』で初めて見た! ほんとにつまんなかった!」
「私もそう思った!」
とか言いだしたら、どうするの? という話です。
いや、万が一の、そのまた万が一の仮定ですが。最初から「つまらないものなんですけれども」と、不特定多数の前に差し出すよりも「これが私だ! 文句があるか!」とドーンと腹を括って宣伝した方が「読み手さん以外の、眼を通す」側にも、書き手さんの側にも健康的だと思います。
作者は作品の第一番目の読者だから、突き放して「駄作と評する」、だから「駄作ですが……」とへりくだりたくなる、という意見もあるでしょう。
それは理解できます。それでもなお、書いた御本人がそんなことを口が裂けても言ってはならないのです。
なぜなら。
自作が、本当に駄作としか言い様のないものであったとしても。その時に産みだしたのは、書き手自身にしか他ならないのです。
自作が他者からどんなに貶められても、書いた本人が全身全霊を上げて、かばってやれる余地を残しておかなければならないと思います。
でなければ、自分のせっかく書いた作品が可哀想でしょ。
それだったらね。
「一生懸命に書きました! 私は私の作品やキャラが大好きです! もっと好きになりたいです、次にも活かして行きたいんです。
だから皆さまのアドバイスがほしいです、お一人でも多くの方に読んでいただきたいです。どうか、よろしくお願いします!」
こんなふうに真摯に書かれている宣伝文に、誰もテキトーな気持ちで感想やアドバイスを書き込めはしません。それこそ「我が子を千尋の谷に突き落とす」ことに等しいでしょう。だって、読み手さんと書き手さん、互いに知らず知らずのうち、矜持を正していることになってるから。
日本は「言霊」の国なんだよ。
何年か前、とある有名な方が、こう仰っておられまして。
「あのね、日本は言霊の国なんです。発した言葉は、魂を持ってフワフワと漂うんですよ?」
この方のバックグラウンドには、日本文学史に残る有名な詩人がおられます。そういうことを抜きにしても、私にはこの言葉が真実だと思えるんです。
自分の書いた作品に「駄作」「つまらない」「ついでの時の暇つぶしでいい」って魂こめちゃって、いいの? ほんとにそれで構わないの???
ネットで自作・宣伝文句に溢れるほどの「こんなもんなんですけれども」の枕詞がついている書き込みを見るたびに
「本音ではそう思ってないなら、ストレートに言えばいいのに」
と思います。見栄も体裁もかなぐり捨てて「どうか感想がほしいんです!」と発した言霊に、不特定多数の「赤の他人」が共鳴すると思うんです。
追記:2013/1/05
んまあ本気で伸びたい・人寄せしたい覚悟がある書き手さまは、某掲示板の「マイナー」スレに行って晒したらよろしいかと。
当該スレッドから、大きく伸びた書き手さまもいらっしゃるという噂もございます。
私は「放課後」なり当エッセイで「この人たちって……商業作家?」という疑問を抱いているということを提示いたしておりますので、そういったことはいたしませんがwww




